男子高校の生物部員はコスプレイヤーの夢を見るのか?はい、見ます!

高城剣

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馬鹿恋人悪化編

第7話 Kが止まらない/エゴイストの流儀

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新学年でのバタバタも、ゴールデンウィーク突入で一息つくわけだが、結局新入生の来なかった我ら生物部は、存続の危機など心の奥に仕舞い込んで、祝祭日を満喫することにした。
とは言え、リア充組と陰キャ組のやりたいことの相違から、少々互いに溝が発生しつつあった。
思春期ゆえのギスギス感?
何にせよ楽しくないことは極力この中にはあってほしくないので、言い出しっぺ慣れした僕が、言い出しっぺになるしかないのである。
要はムリョウさんや宝珠さんと引き合わせれば気が済むはずなんだが、誘う理由に迷う。
コスイベも今週末の開催は無いようで、誘うに誘えない。
そもそも、もうじきレプタイルズプラネットで会うんだから…
でも、好きな相手には常に会いたいわけで、その純粋な欲望を僕自身否定できない。
そういうときは知恵者=グルグルさんに相談だ。

グルグル【大体の流れは分かったが、相変わらずの若さだねぇ。自分の若い頃を思い出すよ。】
ケンチ【グルグルさんも、こんな経験を?】
グルグル【オタクの恋愛なんて、しかもレイヤーが絡んでくりゃ、おのずと似てくるもんさ】
ケンチ【歴史は繰り返す、ですか?】
グルグル【まだ、笑い話になるだけ、君たちの方がマシ、かな?】
ケンチ【いったいどんな経験を……】
グルグル【笑い話にならない話は話せないってことだよ】
ケンチ【すみません】
グルグル【別に謝らなくても。君たちがそういう事態にならないことを祈ってる。ま、年寄りから言えることは、女は怖いよってことかな。雑な扱いしちゃダメ】
ケンチ【わかりました。ありがとうございます】
グルグル【いつでも相談に乗るよ。New Hopeたちww】

よくわかったような、わからないような。そもそも聞きたかったことを聞けてない気がする。
仕方がない。雑な扱いをしないためにも、話を聞いてみよう。
まずは、ムリョウさん。

                   ※

ケンチ【こんにちは】
ムリョウ【こんちは。珍しいね、ケンチから、あたしにLIMEなんて。麻琴《まこと》のことか?】
ケンチ【今回は違うんです。あの、和尚のことで】
ムリョウ【ふぅん、首突っ込む気になったのかな?】
ケンチ【いや、出来れば首突っ込みたくはなかったんですけど】
ムリョウ【正直者だなwww】
ケンチ【僕とコージ、キョウジ、部長、和尚でなんとなく溝が出来つつある気がして】
ムリョウ【和尚を弄《もてあそ》んでる、あたしに責任の一端があるってこと?】
ケンチ【そうじゃなくて、ムリョウさんや宝珠さんは麻琴さんと溝を感じたりします?】
ムリョウ【そう来たか】
それから5分くらい、無反応が続いた。ただ、通信を切られたわけじゃない。
ムリョウ【溝は無いよ。あの娘は大事な後輩で素敵な友人。変わってない】
ケンチ【それは良かった】
ムリョウ【なんか、あたしたちが男子っぽくて、そっちが女子っぽい気がする】
ケンチ【女々しいってこと?】
ムリョウ【ちょっと違うし、そうなっちゃう理由もわからないでもない。同学年の男子で、彼女がいるやつを羨ましいと思うのは、正常だと思うし】
ケンチ【女子は違うんですか?】
ムリョウ【違わなくはないけど、あたしたち、3人とも学年違うじゃない?それになにより、男が欲しくてコスやってるわけじゃないし。あんたらと違ってねw】
あの流れでコスやろう、サークルやろうってなったんだから、そこ=出会いへの期待は否定できない。実際が今なのだし。
ムリョウ【それでもね、あんたたちは、一緒にいて飽きない、特別な存在であることは間違いない。逆に明確にカップルにならないと、存在してほしくないのかな、あたしも宝珠《ほうじゅ》も】
ケンチ【そんなことないです!異性の友人がいてもいいと思うのは、今、麻琴さんがいてくれるからなのかもしれないけど、とにかく、ムリョウさんに宝珠さんにも友人でいてほしい。一緒に遊びたい。それは嘘じゃないです】
ムリョウ【ふぅん、そんな理想主義を貫けるの?あたしたちは、それぞれ別の人間で、別の思惑があって生きてる。実はみんなを繋ぐ共通の思いってのは、ものすごく頼りない細い線でしかない。って言われたら、ケンチは相手を説得、論破してでも仲間でいようとするの?】
また難しい問題を…
ケンチ【説得、論破した時点で嫌われるという可能性が高いですよね】
ムリョウ【そうね】
ケンチ【だから僕は、やたらと首を突っ込まない。成り行きに任せるを常々選びたいと思ってます。だけど今回は、発端が僕と麻琴さんが付き合ったことでもあるし、放っておくと悪い方向にしか転がらなさそうだったんで、勇気を出して首突っ込んだわけです。その辺は理解してもらえると…】
ムリョウ【わかった、わかった。で、期限は?】
ケンチ【レプタイルズプラネット、みんなで楽しく見て回りたい、です】
ムリョウ【とりあえず、了解。で、宝珠はこれから?】
ケンチ【はい】
ムリョウ【まあ、頑張んなよ。こっちは宝珠からの連絡待ってるから】
ケンチ【すいません、失礼します】
さて、最難関に挑まなきゃいけない。

                   ※

ケンチ【宝珠さん、今大丈夫ですか?】
宝珠【いいわ。ムリョウとは話したの?】
え?内容判ってらっしゃる?
ケンチ【話しましたけど】
宝珠【期限決めて、答えはまだってとこ?】
ケンチ【あの、全部わかってます?】
宝珠【私がしてるのは心理的予測。心理的に皆の動きを予測してるだけで、事実を知ってるわけじゃないわよ】
ケンチ【どんな特殊技能を…】
宝珠【大して特殊じゃないけど。まぁいいわ。それで、知り合って3ヶ月、リアルに会ったのは2回っていうレベルの異性のアプローチに対して、もう答えを出せっていうの?麻琴のスピードのせいで勘違いしてない?普通、無理。強制されるくらいならサヨナラする】
ケンチ【ちょ、ちょっと待って】
宝珠【ケンチ。あなた滅茶苦茶だよ。急かすような連絡よこしておいて、望まない答えだと嫌だっていうの?ふざけてるの?】
ケンチ【ふざけてるわけじゃない、です】
宝珠【いいよ。同学年だしタメ口で】
ケンチ【ふざけてない。真面目だ】
宝珠【お、ちょっとドキっとしたよ。いいね、ケンチ】
ケンチ【からかうな】
宝珠【はーい。麻琴並みに迫力出てきたね。字面からさえ伝わってくる感じ】
あの小動物の迫力?多分、宝珠さん、よほどのことしてるとしか…
ケンチ【で、ある程度、心の天秤が傾くとか、無いの?】
宝珠【んー今のところ、無いかな】
ケンチ【無いのか…】
宝珠【あくまで、今のところ、だし、今が楽しいじゃダメなのかな?】
ケンチ【僕はそれでイイんだけど、当事者はやはり、さ】
宝珠【ケンチには言っとくか。私の家、厳しいのよ】
ケンチ【うん、なんとなく聞いて知ってる】
宝珠【特に異性とのお付き合い、禁止まではいかないけど制約があるの】
ケンチ【制約?】
宝珠【二十歳までSEX禁止】
え?
いや、返す言葉を失うインパクト。
宝珠【今時古いとか思うよね】
ケンチ【その、うん】
宝珠【そして、私はこの決まりを破るつもりはない】
文字だけなのに、何か威圧感というか断固とした決意というか、何かが伝ってきて、僕は一瞬震えた。
宝珠【こんな女と付き合える?ケンチ、麻琴がもしそんな考えだったらどうする?我慢できる?】
その聞き方は卑怯だ。
ケンチ【思春期の男子に、その質問はきついよ】
宝珠【でしょ?でも私の場合、仮定じゃなく本当だから】
ケンチ【もし、しちゃったら?】
宝珠【私と相手が行方不明になる、かな。実際どうなるかは言えない】
言えない時点でヤバいんだけど。
ケンチ【もし、もしも、部長なりキョウジなりが耐えるって言うなら、天秤は動くの?】
宝珠【言うだけじゃダメ。結局我慢できなくなって、別れるような話になるの、私イヤだもん。心を動かしてくれないとね】
純粋であり、なおかつ歪んだ乙女…なんて表現が心をよぎる。
ケンチ【将来、しかも自分じゃない人間のことなんて保証できるわけがない】
宝珠【わかってるじゃない。うかつに首を突っ込むと全員の不興を買うだけだよ】
でも……
ケンチ【でも、コミエやコスプレを皆に紹介したのは僕だ。君たちを連れてきたのはキョウジかもしれないけど、そもそもの原因は僕にある。イジメにあっていた僕に心の救いの場をくれたのは皆だ。エゴでもなんでもいい。僕は今の場所を失いたくない】
宝珠【それがケンチの闇か。なるほど、ケンチの行動の意味はよく分かった。で、結局、私にどうしてほしいの?】
ケンチ【さっきの20歳までの制約、部長とキョウジに話してほしい】
宝珠【それで?】
ケンチ【二人がどんな答えを出そうと、残ってほしい】
宝珠【キョウジが他の女子連れてくれば済む気がするけど…ケンチ、どんだけ私のこと好きなのよ】
ケンチ【そもそも嫌う意味がない】
宝珠【やだなぁ。麻琴からNTR展開しちゃおうかな】
ケンチ【僕はもう、麻琴一筋なんで無理】
宝珠【凄いね。本気で惚れるぞw】
ケンチ【はいはい、光栄、光栄】
宝珠【雑いなぁ。で、いつまでをご希望?】
ケンチ【今度のレプタイルズプラネットを皆で楽しく見て回りたい。それが望み】
宝珠【了解。果報は寝て待て】
ケンチ【果報なのか絶望なのか】
宝珠【マイナス思考って逆に叶いやすいからやめた方がいい。じゃね】

                   ※

終わった…のか。とりあえず、自分に今できるエゴまみれのお節介は終わった。
連休中にやることでは無いと思うが、仕方がない。
ちょっと深呼吸して落ち着こう…

突然、電話の着信音が響く。
このメロディーは麻琴さんから。
「はいはい」
「何か変なことしてるでしょ」
「え?いきなり…H」
「そ・ん・な・話・じゃ・ない!」
いかん、とりあえずからかいたくなる衝動は抑えよう。
「両方から話が行ったのかな?」
「うん。来た」
「そっか。巻き込んでごめん」
「そうじゃない!わたしもきちんと巻き込んで欲しいの。最初から、わたしに相談してほしかった」
「ご、ごめん」
「もう、ごめんばっかり。大体の理由は宝珠から聞いたけど」
話速いな…
「わたし、頼りないかもだけど、頑張るから。謙一さんの居場所になるから」
もう、降参だ。なんだかんだで、女子の方が大人なんだよな。
「ありがと。ほんと、参った。僕は君のことが好きすぎちゃうよ」
「へ?う、うん。わ、わたしも…好き」
「明日、会えないかな?ちゃんと話す。相談させて」
「もちろん、大丈夫だよ。どこで会う?」
「僕のウチ、だめかな?」
「え?え?謙一さんの家?ううん、だめじゃないけど…だめじゃないけど…」
あ、変な誤解させたかな。
「母親いるから、紹介したいし、それなりにご馳走も」
「ご馳走、じゃなくてお母さまいらっしゃるんだ、うん、なら、うん?逆に?え?」
何か最初の食いつきが気になるが、葛藤があるようで。
「わかった。お伺いしましゅ」
何か噛んでるし。
「そしたら、駅前で待ち合わせてランチ一緒に食べて、それから、うちに来る流れでどう?」
「よい、です」
「じゃあ、時間は…」

そしてなんやかんや決めた後に、母親に確認。
順序が違うだろと文句を言われたが、きちんと歓迎してあげるから連れてきなさいって。

さて、押し入れの中の封印箱を開けよう。明日、彼女に話すために。

昨夜は電話の後、大騒ぎしてしまった。
彼氏…の家に行って、お母さまにご挨拶。そのハードルの高さにOKしちゃったこと一瞬後悔したけど、紹介してもらえるってこと自体、良い方向なんだとポジティブシンキング。
で、お母さんに何を持って行ったらいいかをこっそり相談。お父さんに話すと、先にうちに連れて来いとか、面倒な話になる気がしたから。
「いきなり、誰もいないから来ない?なんて誘ってくる子よりよっぽど誠実よ。お父さんなんて、その辺…」
何した父。
「それはともかく、持っていくなら無難にケーキか何か、相手の家族分と、自分の分、買っていきなさい」
「うん」
「あと、たまに着てる黒いゴシック?のファッションは、やめなさい」
「それは、もちろん。あれはイベント用だし」
「ご挨拶とかは心配ないと思うけど、にゃあとかぎゃあとか言うリアクションは抑えなさいね」
「し、しないよ…」
で、部屋に戻って服選びに一時間半。お風呂入ってトリートメントとかしてたら、ほとんど寝る時間が…待ち合わせの時間、遅めで良かった。未来さん、望さんに謙一さんの家に行くって言ったら、さっきの悩みモードが消えたかのように騒ぎ出すし。

                   ※

結局、起きて着替えて、軽くメイクして…とかしてる内に、またウトウトして、家を出るのがギリギリになったけど、待ち合わせには時間ぴったり位に着いたんでセーフ?
「来てくれてありがと。今日はまた、一段と…可愛い」
「ふぇ、あ、ありがと。一応、気合入れなくちゃ!って思って」
悩み悩んだ結果、今度のデートで着ようと思ってたパステルグリーンのワンピにした。
「なら、服が汚れないような食事選ばなきゃだな」
「うん…って、なんで、わたしが食い散らかすかのような心配するわけ?」
「いや、念のため」
「例え、ゆるゆるのカレーうどんでも、一滴も飛ばさずに綺麗に食べてみせるよ」
「フラグ立てなくていいから」
「フラグ言うな」
「困った」
「何が?」
「メニューを検討した結果、乾パンと水、くらいしか」
「非常時?今災害直後?大丈夫だから、ファミレス行こう。ね?」
「わかった。覚悟する」
「うん、勝手にしなさい」
会う度に、こんな漫才みたいな会話。慣れてきてる自分が怖い。

で、ファミレスに入ってパスタにした。
謙一さんはウェイトレスさんに紙エプロン頼んでくれた。
やはり信用していないな、と思ってパスタを静かに食べ進めた。
謙一さんが黙って指さす紙エプロンに、ソースの跳ねが確認された。
悔しかった。

「このまま、もうおうちに行くの?」
「そのつもりだけど」
「じゃあ、お土産買うから、ケーキ屋さん連れてって」
「気を遣わなくても」
「ここで遣わなきゃアウトなの」
「はいはい。じゃあ、こっちね」

5分ほど歩いてケーキ屋に入った。
「謙一さん、ご家族何人?」
「ふたり」
「謙一さん入れて」
「ふたり」
「え?」
「あの、両親離婚してて、母子家庭なんだ。兄弟いないし」
「そう、なんだ」
「うん。一人っ子真っ盛り」
…謙一さん、イジメの件と言い、大丈夫なのかな?心配になってきた。
「ずっと?」
「中1から、ね。あとで話すよ」
「う、うん。じゃあケーキ買っちゃうね」

商店街から少し離れた住宅街の中の一軒家。それが謙一さんの家だった。
お邪魔する前に深呼吸。
「あの謙一さん」
「ん?」
「お母さまには、わたしと…その、お付き合いしてるって」
「言ってあるよ。今日は彼女紹介するって宣言した」
「宣…言…」
「さ、どうぞ」
と謙一さんに手を引かれる。
余計心拍数上がるから…
「ただいまー」
と玄関のドアを開けて入る謙一さんの後から、恐る恐ると
「お、おじゃまします」
と入るわたし。
「はい、おかえり。そしてようこそ」
と奥から小走りで来た女性。謙一さんのお母様、だよね、もちろん。
「母さん、こちら栗原麻琴さん」
「初めまして、麻琴さん。謙一の母です」
「あ、ほ、本日は、じゃなくて、初めまして。よろしくお願いします」
テンパリまくり。
「これ、つまらないものですが」
とさっき買ったケーキを渡す。
「あら、お気遣いいただいてどうもありがとうね。あとで、お茶入れて持っていくから、謙一の部屋に行ってて」
「麻琴さん、こっち」
と促されるまま家の中へ。

謙一さんの部屋6畳くらいの部屋に勉強机や本棚、ベッドがあるのは普通だが、壁一面、さらには天井まで、様々な映画のポスターやポストカードが貼られていた。
凄い…異空間っぷり。
「これ座って」
と差し出されたのは大きなビーズクッション。
これ、人間をダメにするやつ。
「わたしをダメにする気?」
「…あぁ、そのクッションね、そうだね」
「そうなの?」
「あんまり際《きわ》どいこと言わないように」
際どい?クッション?…ダメにする気…あ。
「考えすぎだよ、謙一エッチ、謙エッチ」
「悪口言われた」
「悪口じゃないよ、注意だよ」
「謙エッチなんて注意、この世に生まれて初めて聞いたけど」
「今、爆誕《ばくたん》した注意語句」
「返しがうまくなったね」
「日々、謙一さんやら宝珠やらムリョウに鍛えられてるから」
と、ふんぞり返ったら、クッションに埋もれた。
するとドアがノックされ、
「お茶持ってきたわよ」
とお母さま登場。
「あ、あ、あ」
立ち上がろうとするが、立ち上がれない。
「麻琴さん、慌てなくていいわよ。謙一、お客様に出す用じゃないでしょ、そのクッション。昨日座布団渡したでしょ」
「あ、そうだった」
「ほら、麻琴さん。よいしょっと」
え?わたし、脇の下に手を入れられて持ち上げられた。
「ほら、立てる?」
「は、はい」
お母さま、力持ち…じゃなくて
「あ、ありがとうございます」
「ごめんなさいね。謙一、根は優しいんだけど、変なところで気が回らないのよ。嫌わないであげてね」
「い、いえ、嫌うなんて、そんなこと」
「よかったわね謙一、こんな可愛いお嬢さんに嫌われなくて」
「うっさいなぁ」
「麻琴さん、夕飯準備してるから、食べて行ってね」
「はい!」
あ、ここは力強く返事をするタイミングじゃ…
「元気がよくてよろしい」
お母さま、笑いながら部屋を出て行った。
持ち上げられて、可愛いって言われて、恥かいた。もう、やだ。

麻琴さん、相変わらずの展開に安心感。
それはともかく、始めないといけない。僕のエゴに、トラウマに、好きな人を巻き込む行為を。

「麻琴さん、いいかな」
「あ、話す前に一つお願い」
「何?」
「呼び捨てで呼んで、わたしのこと」
「いいの?」
「もちろん、その方が何か嬉しいし、わたしも呼び捨てで呼びたい」
「ん。じゃあ、麻琴。話を聞いてほしい」
「いいよ、謙一」
ここで二人して赤面して1分ほどフリーズ。
破壊力強いね、呼び捨てって。

「さ、さて。今回の差し出がましい僕の行動は、100%、僕のエゴ」
「うん」
「せっかく、広がってきた僕の居場所を失いたくない。それだけでムリョウさんや宝珠に失礼なことをしてる」
「なんで、宝珠だけ呼び捨て?」
麻琴がジト目で睨んでくる。
「昨日の連絡で、向こうから同学年だからタメ口でって言われた…から」
「ふぅん。宝珠からか…それはあとで問いつめとくね」
「そ、そう。うん。続けていい?」
「うん」
「それでね、そんなエゴを抱えてる理由を麻琴に言おうと思った。気持ち悪いかもしれないけど、それでも傍にいてほしいんだ」
「いいよ、謙一。わたしはわたしが好きな人を、ずっと好きでいたいから」
なんだろう、この圧倒的母性、というか女神感…麻琴…真理愛…なるほど
「聖母マリアか」
「え?」
「あ、いや、ふと思ったことが口に」
「そ、そうなの?」
「じゃあ、僕の幼少期から」
と、出しておいたアルバムを広げ、生まれて間もない頃から、小学生の頃の写真を見せた。
「ここまでは順風満帆だったんだ」
「ちっちゃい謙一も可愛い。一人欲しいくらい」
天然に危ういこと言うのやめてほしい。
「中学に入ってすぐ、両親が離婚した。凄くショックでね。原因は父の浮気発覚、なんだけど、何か今までの家族の思い出が全部嘘なんじゃないかって思えちゃって、グチャグチャに心潰された感じがして、笑えなくなった」
麻琴は黙って僕を見つめている。
「普段から暗い感じになって、成績も落ちてね。そしたら、いつの間にかイジメの標的になってた。元々、運動は苦手だったからドンくさいしね。暗い馬鹿でノロマな奴認定まっしぐら。そこそこ仲良かった奴もイジメ側に回っててそれが今でも続いてる。エスカレーター式の学校はイヤだね」
「暗くもないし、馬鹿でもないし、ノロマでもないよ」
麻琴の勢いに言葉が詰まった。
「いつも、わたしを楽しくさせてくれるし、生き物とか映画とか、色んなこと教えてくれるし、イベントで嫌な目にあったとき、すぐ来てくれたし。それに、この前の遊園地の帰りに、わたし言ったよ。幻滅しない。あなたのオアシスになるって」
「ありがと。んで、今回は皆と楽しくいたいから、楽しくないことを率先してやったんだ」
「うん」
「今回のことで、バラバラになりそうなのが怖かった。バラバラになって、僕の周りから誰もいなくなるのが怖かった」
吐き出すのがつらい。でも、このまま溜め込むのもつらい。年下の彼女に、こんな情けないことを言わなきゃいけないのがつらい。そんな自分のちっぽけなプライドがつらい。
「麻琴、僕は」
突然、麻琴が僕の頭を抱きしめた。
「謙一。あなたの優しさが好き。でも、迷惑をかけたくないって優しさが過ぎるんだよ。甘えて、わたしに」
柔らかくて暖かい、麻琴のその胸の感触に、僕は安らぎを覚えた。
「いいのかな、そんな男で」
「大丈夫、わたしは頼りになるよ、きっと。だから、わたしも謙一に甘えさせて」
吐息交じりで言われたその言葉。耳から脳に突き刺さる。
僕はそっと麻琴の胸から顔を離し、改めて麻琴を抱きしめた。
「運命ってあるんだな。麻琴に出会てよかったよ」
「大袈裟だよ」
「麻琴」
「謙一」
僕たちは引かれ合うように、互いの唇をそっと重ねた。

1分、2分、どれだけキスしてたんだろ。
お互いの顔が離れたとき、唇がしびれたような感じがした。わたし、キスしちゃったんだ。
急に恥ずかしくなって、わたしは部屋の隅に逃げた。
「ちょっとお手洗い借りていい?」
「部屋出て、左の奥」
「わかった」

麻琴が駆け出すように部屋を出て行った。
彼女の甘い香りの残り香が、僕の胸から立ち昇る。
なんか勢いでキスしちゃった。ヤバい?嫌われて…は無いよね。
自分の情けない部分をさらけ出して、それを受け入れてくれた。何か嬉しくて愛おしくて、犯行に及んだ。後悔はしていない。
その先に行かなかった自制心を誉めてほしいくらいだ。
いかん、落ち着かないと。
深呼吸、深呼吸。
しまった!また甘い残り香がぁぁぁぁ。

トイレに駆け込んで一息。
うにゃぁぁキスしちゃった。どうしよう。
ってどうしようもないよね、しちゃったんだもん。彼氏の部屋でファーストキッス。うん、嬉しい。好きが止まらない。
さすがに未来さんや望さんに報告する気はないけど…バレるんだろうな。
ひたすらモジモジバタバタして、トイレを出た。
「大丈夫?だいぶ慌ててトイレ入ったみたいだけど」
奇跡のタイミングで、お母さまに出会った。そりゃ会うよね、家の中だもの。
「大丈夫です、全然平気です」
「そう?ならいいけど…そうだ、丁度いいから、こっち来てくれる?」
「は、はい」
何か尋問されちゃうのだろうか?どうしよう。
そのままリビングへ。
「麻琴ちゃん」
「ひゃい」
「そんな緊張しなくていいわよ。謙一とお付き合いしてくれたお礼が言いたかったのよ」
「え?お、お礼だなんて」
「謙一が色々抱えこんじゃってるのは分かってるの。それも、私と元の夫が原因でね。経緯聞いた?」
「は、はい」
「うん。それでね、なかなか原因である親が、その辺のサポート、しづらくて」
「そう、なんですか」
「情けない話よね。でも、あなたがいてくれたら。ううん、最近、あなたと出会ってから、明らかに変わったの、謙一は」
お母さまは、わたしの頭を優しく撫でてくれた。
「あの子のこと、お願いね」
「だ、大丈夫です。ちゃんと、わたしたち、お互いに頑張りますから」
「頼もしい子でよかった」
頼もしい…生まれて初めて言われたかもしれない。
「引き留めてごめんなさいね。部屋に戻ってて。夕飯出来たら呼ぶから」
「はい」

謙一の部屋に入ると、謙一がなんだか悶えているところに遭遇。
「え?」
「あ」
「いったい…」
「いや、その、嬉しくて悶えてましたすみません」
「さ、左様ですか」
上手く返せないよ、もう。
謙一が深呼吸してむせてから、落ち着いたのか正座した。
さっきのキス、嬉しく思ってくれたのは、わたしも嬉しい。
今はそれより、男子ってこういう反応するんだ的な思いが自分の中で強まってる。
そして何より、彼のことをもっと知りたい。知らなくちゃいけない。
「もっと、謙一のこと、教えてもらっていい?」
「いいよ」
「この前は、なんとなく納得しちゃったけど、やっぱり生物部メンバーに頼るべきなんじゃないかと、わたしは思うよ」
「うん。普通はそうなのかもしれない」
「でしょ?友達、親友だよね?」
「今が十分、自分にとっては頼ってる状態、なんだよ」
「一緒にいて、遊んでるだけで?」
「なんていうかなぁ。僕にとっての日常は地獄で、彼らや麻琴たちといるのが非日常で天国」
「わたしとの関係って非日常なの?」
「ごめん、言い方が悪いよね。皆と関係ない時間が苦しいんだ。楽しくない」
謙一には悪いけど、闇が深すぎると思った。どうすれば、ここまで追い詰められちゃうんだろう。わたしが、そういうことに無縁だっただけ?
「謙一、わたし」
「僕は弱い。弱くないふりは得意だけど、弱いんだ。自分で自覚してる」
「弱いって…」
「虚勢を張って辛さに耐えて、虚勢を張って思いっきり楽しんでる。あぁ、なんだか自分でもよくわかんないや。ごめんね、麻琴」
可哀そうなんて思うのはおこがましいんだろうな。わたしは、それでも彼が、謙一を好きな気持ちは変わらない。これから、互いに幸せを作っていこう。彼の心の天秤が正常になるように、幸せを積み重ねていこう。そう思う。
「さっきも言ったけど、わたし、頼りになるから。あなたを嫌いになったりしない。好き。大好き」
「麻琴。ありがとうな」
「こっち来て」
「え?」
わたしは自分の膝をポンポンと叩いた。
「膝枕したげる。恥ずかしいけど」
「重いよ、たぶん」
「わたし、ビーストテイマーだから大丈夫」
「ここで、その設定出てくるのか」
「設定言うな」
「じゃあ、重くなったらすぐ跳ね飛ばしていいから」
「却って上級な動きを要求しないでほしい」
謙一がそっと頭を載せてきた。
「顔を見下ろすの、新鮮」
「顔を見上げるの、新鮮」
二人して笑った。

ひとしきり笑った後、麻琴は僕の頭を優しく撫でてくれた。
「あのね、今度行くイベントの事、教えてほしい」
「レプタイルズプラネットね」
「うん」
「このままでもいい?」
「いいよ」
麻琴が優しく微笑む。
「重くなったら、頑張って跳ね飛ばすから」
「さて、一回起きようかな」
「まだ平気だよ」
「いつ跳ね飛ばされるかのドキドキタイムは、味わいたくないから」
「うー。じゃあ、今度は謙一が後ろからハグして」
「積極的だなぁ」
「いや?」
「嫌じゃないです。とてもハグしたいです」
「謙エッチになるのは禁止ね」
「線引きが難しいなぁ、そして、その言い回しを常用しないでほしい」
そりゃ、母親もいるし、今日はこれ以上の進展を企んじゃいないけどさ。
女の子座りしている麻琴の後ろに回り、立ち膝の体勢で抱きしめた。
「こんな感じ?」
固まってる麻琴。微妙に胸を触らないように腕の位置に四苦八苦する僕。
「何か思ってたのと違う」
「だよね」
初心者がスムーズにするのは難しい。
「普通に座るか」
「そうだね」
「前回の写真をまとめたのが、タブレットに入ってるから、それ見せるね」
「うん」
学校用のカバンからタブレットを取り出し、立ち上げて、ファイルが…
「それ、エッチなのも入ってる?」
「い、いきなり何でしょうか?これは学校用のものだから、そんな写真、入っていませんよ」
「初対面の時以上に他人行儀な話し方やめ」
「はい」
「そりゃ、男子だから、興味もあるんだろうし、自然なことなんだろうし、ウチの弟もなんやかんや隠して持ってるみたいだし、気にしちゃいけないんだろうけど…あ」
「あ?」
「他のレイヤーの写真だな、さては」
鋭い娘の口はキスで塞ぐぜ…なんて真似は出来るはずもなく。
「気づいたか。やりおる」
「変な口調でごまかさない」
このまま、逃亡?いや自宅だぞ、ここは。
「ご覧になられますか?生物部でのプレゼン用に作成したものですが」
「後ろめたいと口調が固くなるの?とりあえず、見せて」
「了解」
で、以前部室で流したレイヤーの写真を繋いだムービーを再生。
なんか真剣に見入ってるし。
結構ヤキモチ焼きなんだな、麻琴って。
そういう感情を向けられたことがないので、ある意味新鮮だし、嬉しくもある。
「あ、ムリョウだ」
「うん、知り合う前に撮ってたんだよね、あとから見て気づくという」
「宝珠もいる…あ、わたし」
「撮られたことなんて、覚えてないよね」
「う、うん。カメラマンの顔まではさすがにね」
しばらくして、再生終了。
「とりあえず、怪しいアングルのとかは出てこなかったけど…」
「結構、男女分け隔てなく撮ってるでしょ?」
果たしてジャッジメントは。
「サンコスじゃ真面目に撮ってるの見てるし。今回は許す」
「ありがてえ、麻琴様、麻琴姫様」
崇拝するが如く、拝む。
「ちょっ!麻琴姫ってどこで?」
「え?ムリョウさんが麻琴への最大級の賛辞だから覚えておけって」
「そっか。それ使用禁止」
「は、はい」
なんとなく、女子チームの仲の良さに嫉妬。
今日は色々押されっぱなしだなぁ。
「では改めまして、レプタイルズプラネットの説明、してもイイ?」
「うん、おっきい生き物いる?」
「ビーストテイマーが乗れるサイズのものはいない、かな」
「そっか、残念」
乗れるとしてもコモドドラゴンかアリゲーターくらい必要だし、コモドドラゴンは毒あるし、どっちにしろ、恰好の餌にしか見てもらえないだろうし。
「乗れるサイズの生き物については、今度、動物園にでも行って学ぼうか?」
「やった、デートで動物園♪」
嬉しそうで何より。
「まずは、レプタイルズプラネットは生体や飼育装置の販売イベントです」
無言でうなづく麻琴。真剣に聞いてくれて嬉しい。
「初めは爬虫類や両生類だったんだけど、徐々に鳥や小動物、虫や植物まで取り扱いが広くなっていきました」
「虫?」
「うん、餌用のコオロギとかゴキブリから、ペットとしてのクモやサソリとかね。あと、じめじめした場所の石をひっくり返すといそうなヤツ」
「石の裏にいるやつ?ダンゴムシとか?」
「そういうのも含めて、奇虫っていうジャンルがあってね」
「それ、謙一も買うの?」
ジト目で睨んでくる…
「え?いらないよ。キモいし」
「よかった。実はここに!とか虫かご出されたら、引っ叩いて帰るかもしんない」
「さ、左様で」
良かった、趣味範囲外で。
「蛇やトカゲや小動物はふれあいコーナーもあるから、そっち行こうね」
「毒あるやつ?」
「そんな危険なふれあいコーナーはありません」
「石ひっくり返す?」
「やんない、やんない」
無用な警戒感を抱かせてしまったか。
と、そこで部屋の扉がノックされ
「夕ご飯出来たから、いらっしゃいな」
と母の声。
「今行く」
と返事をし、二人して部屋を出た。

夕飯は手巻き寿司と天ぷら。
上手く具を海苔で巻けずに四苦八苦する麻琴。
「麻琴、具と酢飯には適正な量というのがございましてな」
「うー」
二巻きほど見本を作ってあげたら、コツを掴んだらしく、刺身おにぎりから手巻き寿司へと創作物が進化を遂げた。

わたしの学校での話などをしつつ、夕飯も終わり、洗い物をお手伝いして、一息ついて、あっという間に帰る時間。
「来てくれてありがとうね,麻琴ちゃん。またいらっしゃいね」
「はい、今日はたくさんご馳走していただいて、ありがとうごじゃいました」
しまった、噛んだ。
「いえいえ、お粗末様でした。謙一、ちゃんと送ってくるのよ」
スルーしてくれたお母さまの優しさを感じる。
「言われなくても、送るさ」

駅までの道を、二人で手を繋いで歩いた。
今日は謙一のこと、色々知った。
キスもした。
ますます好きになってしまった。

今日は駅まででいいというので、手を繋いで、少しゆっくり目に歩いた。
正直、麻琴の優しさに気圧された。一生敵わない気がした。
キスまでしてしまった。
彼女が彼女でいてくれて、良かった。

その夜、帰宅して未来さんと望さんに連絡すると、いきなり
「今日はキスまで行ったよね?」
と望さんから突っ込まれた。
そうだよね、この人は、なぜか気づく人だもんね。
結局散々からかわれた。
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