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第2話 アイラからの釈明
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アイラが目を覚ますと、知らない天井が目に入ってきた。
まだぼんやりとした頭で、自分は捕らえられたのではなかったか、と考えるが、どう見ても自分が寝かされているこの部屋は牢屋などではない。
ゆっくりと体を起こす。
置いてある家具は、ベッド、テーブル、クローゼットなどいたってシンプルなものだが、同時にとても上等なものであることもわかった。
「あら、目が覚めましたか?」
ドアが開いて、入ってきたのは、自分を捕らえたはずのビアンカだった。
「あ、あの…?」
「あなたの魅了を封じようとしたら魔道具が壊れてあなたも気を失ってしまったのです。少し対応に困ったものですから、ひとまず私の邸へとつれてきています」
「ビアンカ様のお屋敷ですか」
「ええ」
ビアンカはドミニク侯爵家の次女だ。そしてドミニク侯爵家は豊かな領地経営で有名で、もちろん質の良い暮らしをしている。この部屋がビアンカの屋敷の一部というのなら、上等そうな家具も納得ができた。
「ご迷惑を……」
「いいえ。それより、少し聞きたいことがあるのだけれど。ああ、その前に」
ビアンカはふわりと壁に触れる。一瞬だけ空気が震えるような感覚があった。
「体調に変化はありますか?」
「え?いいえ、ありません」
「それは良かったです」
ビアンカの問いに首を傾げながら、アイラは答えた。
「今、この部屋に私の加護で魔封じを施しました。どうぞ安心してください、この部屋から外にはありとあらゆる魔法が届きません。私には魅了魔法は効きませんし」
安心して、という言葉にアイラはどきりとした。
魅了が効かない、届かないことを願っているというのをビアンカは知っているのだろうか。
「さて。貴方がこれまでに魅了の魔法を使って多くの貴族の人生を狂わせたことは客観的な事実です」
ずきり、と胸が締め付けられるが、アイラは「はい」とだけ返事をした。
「ですが、それが貴方の意志だったのか、というところに私は疑問を持ちました」
「え?」
「貴方が意図的に使っていたのか、もしかして誰かに操られていたのか。そこのところをはっきりさせないと、うかうか処罰もできないな、と思いまして。陛下にも許可を得て貴方をここに閉じ込めさせていただきました」
ビアンカの口調は淡々としているが、先ほどまでと違い一方的にアイラを責め立てるようなものでなく、アイラはほう、と息をはく。
「信じていただけるとは、思っておりませんが」
アイラがそう前置きをすると、
「どうぞ。貴方の主観だということくらいわかっておりますし、嘘の可能性もちゃんと考慮しています」とビアンカが受けた。
どうしてこの人は、私のほしい言葉を選んでくれるのだろう、とアイラは思う。
一つ深呼吸してから続けた。
「私は、自身が魅了を持っていることを、先程、ビアンカ様に言われて初めて知りました」
驚く様子もなく、ビアンカは一つ頷いた。
「続けてください」
「癒しの力が発現した、十三歳ごろからだったと思います。まず、私の隣に住む六つ上の新婚だった夫婦との関係がおかしくなりました。
旦那さんも奥さんも、まるで私がとても偉い人のように扱いはじめました。それと同時に、夫婦関係は悪化。たしか、三ヶ月くらいしたあとに離婚したはずです。
その時はまだ生きていた両親が、男女の関係なんてちょっとしたことで拗れるから、私のせいではないと言ってくれて、それを信じていました」
アイラはゆっくり息を吐いて、そして大きく息を吸ってから続ける。
「そのあと、両親が事故で亡くなって教会に引きとられたあたりから、周囲の行動が加速しました。この学校に来れるようになったのも、教会で『聖女』だと言われたからだと思うのですが、とにかく、周りの子どもたちやシスターだけでなく神父様まで、私が絶対になっていったんです。
でも、私はそんなこと望んでいない、私はそんなすごい人間ではないとなんど訴えてもダメでした。学校に来てからは、ビアンカ様もご存知の通りです。私が自分で把握しているだけでも、八組の婚約破棄を引き起こしました。そのうち五組は、…男女ともに私のことを崇拝していました。けれど、けれど、私は」
そんなことは、これっぽっちも望んでいなかった。
両親も癒し手だったから、癒し手として能力を望まれること、その能力が高いことは誇りだった。能力のことを褒められるのは、初めのうちは単純に嬉しかった。けれどこんなふうに誰かの人生を狂わせたいなんて願ったことなんて、一度もなかったのに。
「もっとはやく、一人になるべきだったんですよね」
アイラは自嘲気味につぶやいた。
「人なんていないところに行けば、誰とも関わらない場所にいれば、こんなことにはならなかったんですよね。私がもっと早く、自分が魅了を使っていると自覚できていれば」
「やめなさい」
どんどん早口になっていくアイラの口を、ビアンカは優しく塞いだ。
「貴方の今までの気持ちは聞きました。では次は、今後どうしたいという希望を教えてください」
「希望、ですか?」
「ええ。できるできない、というのは横に置いて。貴方は今後どう生きたいですか?」
生きたい?とアイラは首を傾げた。
王族に魅了をかけたのだ。自覚の有無など関係なく死刑ではないのだろうか。
そうは思ったものの、ビアンカが穏やかに自分を見つめてくるので、アイラは一度目を逸らして、そしていつの間にか握りしめていた両手に視線を落としたまま、ぽつりとつぶやく。
「普通に、生きたいです」
まだぼんやりとした頭で、自分は捕らえられたのではなかったか、と考えるが、どう見ても自分が寝かされているこの部屋は牢屋などではない。
ゆっくりと体を起こす。
置いてある家具は、ベッド、テーブル、クローゼットなどいたってシンプルなものだが、同時にとても上等なものであることもわかった。
「あら、目が覚めましたか?」
ドアが開いて、入ってきたのは、自分を捕らえたはずのビアンカだった。
「あ、あの…?」
「あなたの魅了を封じようとしたら魔道具が壊れてあなたも気を失ってしまったのです。少し対応に困ったものですから、ひとまず私の邸へとつれてきています」
「ビアンカ様のお屋敷ですか」
「ええ」
ビアンカはドミニク侯爵家の次女だ。そしてドミニク侯爵家は豊かな領地経営で有名で、もちろん質の良い暮らしをしている。この部屋がビアンカの屋敷の一部というのなら、上等そうな家具も納得ができた。
「ご迷惑を……」
「いいえ。それより、少し聞きたいことがあるのだけれど。ああ、その前に」
ビアンカはふわりと壁に触れる。一瞬だけ空気が震えるような感覚があった。
「体調に変化はありますか?」
「え?いいえ、ありません」
「それは良かったです」
ビアンカの問いに首を傾げながら、アイラは答えた。
「今、この部屋に私の加護で魔封じを施しました。どうぞ安心してください、この部屋から外にはありとあらゆる魔法が届きません。私には魅了魔法は効きませんし」
安心して、という言葉にアイラはどきりとした。
魅了が効かない、届かないことを願っているというのをビアンカは知っているのだろうか。
「さて。貴方がこれまでに魅了の魔法を使って多くの貴族の人生を狂わせたことは客観的な事実です」
ずきり、と胸が締め付けられるが、アイラは「はい」とだけ返事をした。
「ですが、それが貴方の意志だったのか、というところに私は疑問を持ちました」
「え?」
「貴方が意図的に使っていたのか、もしかして誰かに操られていたのか。そこのところをはっきりさせないと、うかうか処罰もできないな、と思いまして。陛下にも許可を得て貴方をここに閉じ込めさせていただきました」
ビアンカの口調は淡々としているが、先ほどまでと違い一方的にアイラを責め立てるようなものでなく、アイラはほう、と息をはく。
「信じていただけるとは、思っておりませんが」
アイラがそう前置きをすると、
「どうぞ。貴方の主観だということくらいわかっておりますし、嘘の可能性もちゃんと考慮しています」とビアンカが受けた。
どうしてこの人は、私のほしい言葉を選んでくれるのだろう、とアイラは思う。
一つ深呼吸してから続けた。
「私は、自身が魅了を持っていることを、先程、ビアンカ様に言われて初めて知りました」
驚く様子もなく、ビアンカは一つ頷いた。
「続けてください」
「癒しの力が発現した、十三歳ごろからだったと思います。まず、私の隣に住む六つ上の新婚だった夫婦との関係がおかしくなりました。
旦那さんも奥さんも、まるで私がとても偉い人のように扱いはじめました。それと同時に、夫婦関係は悪化。たしか、三ヶ月くらいしたあとに離婚したはずです。
その時はまだ生きていた両親が、男女の関係なんてちょっとしたことで拗れるから、私のせいではないと言ってくれて、それを信じていました」
アイラはゆっくり息を吐いて、そして大きく息を吸ってから続ける。
「そのあと、両親が事故で亡くなって教会に引きとられたあたりから、周囲の行動が加速しました。この学校に来れるようになったのも、教会で『聖女』だと言われたからだと思うのですが、とにかく、周りの子どもたちやシスターだけでなく神父様まで、私が絶対になっていったんです。
でも、私はそんなこと望んでいない、私はそんなすごい人間ではないとなんど訴えてもダメでした。学校に来てからは、ビアンカ様もご存知の通りです。私が自分で把握しているだけでも、八組の婚約破棄を引き起こしました。そのうち五組は、…男女ともに私のことを崇拝していました。けれど、けれど、私は」
そんなことは、これっぽっちも望んでいなかった。
両親も癒し手だったから、癒し手として能力を望まれること、その能力が高いことは誇りだった。能力のことを褒められるのは、初めのうちは単純に嬉しかった。けれどこんなふうに誰かの人生を狂わせたいなんて願ったことなんて、一度もなかったのに。
「もっとはやく、一人になるべきだったんですよね」
アイラは自嘲気味につぶやいた。
「人なんていないところに行けば、誰とも関わらない場所にいれば、こんなことにはならなかったんですよね。私がもっと早く、自分が魅了を使っていると自覚できていれば」
「やめなさい」
どんどん早口になっていくアイラの口を、ビアンカは優しく塞いだ。
「貴方の今までの気持ちは聞きました。では次は、今後どうしたいという希望を教えてください」
「希望、ですか?」
「ええ。できるできない、というのは横に置いて。貴方は今後どう生きたいですか?」
生きたい?とアイラは首を傾げた。
王族に魅了をかけたのだ。自覚の有無など関係なく死刑ではないのだろうか。
そうは思ったものの、ビアンカが穏やかに自分を見つめてくるので、アイラは一度目を逸らして、そしていつの間にか握りしめていた両手に視線を落としたまま、ぽつりとつぶやく。
「普通に、生きたいです」
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