遥かなる遺言

和之

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 辺りは田畑が取り残されたように点在する宅地に変わった。やがて路を曲がりくねりながら走り始めた。そして開発が進んだ一角から急に道が狭まった。入り組んだ路地の果てにポツンと取り残された、雑木林に覆われた中に古い屋敷が埋もれいた。ここが会長の屋敷だった。
 故人の歳を考えると病院から自宅に戻るまで一族が取り乱し、哀しみに暮れる姿をまだ一度も見せなかったのは常としても、その妻のばあさんまでが淡々とこなしている。それを定年間近の中沢が「死にたくねぇなあ」と寂しそうに眺めていた。
 ばあさんは故人との関係が稀薄なのか、本人が気丈なのか、それとも冷めてしまったか。大きく崩れない彼女からその様子は読み取れない、本心が解らなかった。だが中沢の話ではその時折見せる微笑は、亡夫を引きつけるのには十分すぎた。彼も墓場の陰で先立った事を悔やんでいるのが目に浮かぶほどの微笑をたたえているらしい。同乗者の若いふたりにはそこまで読み取れなかったが。三人の孫娘に目を移せば、確かにこのばあさんの血を引いていると納得した。
 しかしあの亡くなったばあさんのご主人は、世間体を余り気にしなかったようだ。この家を見ればそれも納得できそうだと中沢の講釈は続いた。
 屋敷前の道は車一台がやっと通れる幅しかなかった。夜中なのに連絡を受けたのか五十がらみの男が屋敷の前に立っていた。男は喪主を確認すると垣根の切れ目にある鉄製の飾り扉を開けた。彼は中に入る車に一礼してから導いた。
 玄関前の砂利の広場には車三台が楽に止められた。玄関から傘を差した三人ほどの男女が出て来た。遣り取りから女は車を誘導した男の奥さんらしい。残りの二人の男も四十を超えているがそれ以上は分からない。
  三人は搬送車から降ろされるストレッチャーに玄関まで傘を掲げた。玄関の引き戸を開けると星のように散りばめられたタイルの土間を上がると、十六畳ほどのホールになっている。
 片隅にピアノがあった。ホールには三つの出入り口があった。喪主は迎えの三人にはもう休む様に言った。
 遺族は庭に面した長い廊下を通り、奥にある六畳の間に遺体を安置した。枕飾りを設置して隣り十畳の和室の居間に通された。喪主が掛け軸を背にして座り、隣に中沢が座り残り全員が中央の座卓を取り囲むように座った。
 野々宮は廊下に面する庭を見たが、深夜で照明を落とした庭は、暗く広さが解らなかった。雑木林が取り巻く外見からはこの庭は想像がつかなかった。
「まずは葬儀会場ですがどこでなさいます?」
 喪主の両隣は次男と中沢である。中沢は主にこの二人と葬儀の打ち合わせと商談を始めた。
「ご葬儀はどちらでいたしますか?」
 喪主はこの家を希望したが、家を取り巻く環境が大勢の人が出入りするにも車を誘導するのも無理だった。喪主も中沢の説明にそうかと納得して、当社の広い駐車場と百人以上の弔問客にも支障ないホールを勧めると、女達が賛成して直ぐに決まった。
 盛大にしかも安く挙げろが亡き父の遺言だから、喪主の長沼は最初からそのつもりだったが母親の手前、自宅葬儀を持ち出したらしい。要するに専門家に母を説得してもらう腹積もりらしい。 
 此処で葬儀をするには敷地は広いが周りが建て込んで大勢の弔問客の受け入れは難しく御近所さんにも、また来て頂く方々にも迷惑と不便を掛けますと中沢は老婦人を説得した。途中で菩提寺の和尚が枕経を挙げに来て、一時中断したが言い出した母親が折れてからは喪主のペースで運んだ。
 自宅葬儀に拘った祖母を孫達はカマトトぶってと冷ややかに見ていた。野々宮が傘を掛けてやった孫だけは、ツンとして二人の孫とは一定の心の隔たりを保って座っていた。
 商談が終わり長沼家を後にしたのは明け方の三時頃だった。雨がすっかり止みオリオンも消えかかっている。夏も終わりに近い人気のない夜道を本社へ向かった。
 
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