遥かなる遺言

和之

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 中沢は今夜の成果に満足していた。それもそのはず、商談は彼の云うままに成立していた。高い祭壇に棺や霊柩車は最高の物を揃えて付随するものもそれに近かった。二百万は優に超えている。あと親族や弔問客の接待費を入れると持ち込みのないホールだと四百は下るまい彼としては社内で鼻が高い。
「結構な金額ですけど、まああの家では遺言の範囲内ですね、あとはお寺さんへのお布施と戒名ですね」
「野々宮はん、あそこは浄土真宗やさかい戒名って云わへんで、法名って云うんや。まあお寺を借り切って葬儀をすればこんな金額じゃ済まないが、うちの会社の売り上げにすれば大きい。新規会員も七千円コースやなあ。親族からも二、三本取れるんちゃうか野々宮はん」
「どうやろうねぇ。それだけまとまった金をポンと出せる人が月々七千円、百回払いで七十万満期の会員に入るやろうか。今回のは本人が三十年も前に掛けていた奴でしょう。今の羽振りだと葬儀費用なんか積み立てせんでも一気に払えるて云う腹づもりちゃいまっか」
「そうかも知れんがあの喪主やったら、あんたがいたせりつくせりで葬式を取り仕切ったら親戚にも声を掛けてくれそうやで、わしら社員と違(ちご)てあんたらは会員取ってなんぼの世界やと話せばなあ」 
 野々宮はA社から委託を受けた互助会の取扱店の店員にすぎない。入会してもらった会員書をA社が規定の金額で買い取る仕組みになっている。A社が受けた葬儀を担当して取り仕切ってもA社からは手当ては一切出ない。だから会員が取れなければ店長の桐山が口癖のようにボランティアで終わるぞと言って会員獲得にハッパを掛けていた。
 サブロクには坂下の様に半ば強引に判を押させる凄腕の仲間もいるが、野々宮にはそこまでのやり手でないから会員獲得件数に差が付いてしまう。それがそのまま質素な生活に結びついていた。
「親族か、中沢はん。あそこの家族構成はどうなってました」
「参考になるかどうか?」と言いながらカバンから長沼家の会員証を調べた。
「故人の奥さん、つまり喪主の母親は七十二や次はこの人やけど、見て通り元気やったなあ。後は娘が三人や親戚で居たのは喪主の弟だけや。後はこの書類からは分からんなあ、当たるしかないなあ、まあ今夜の通夜には顔ぶれがそろうやろ、そこで野々宮はんがアタック出来そうな親族を捜さんとあかんやろなあ」
「今まで喪主以外に取ったことがないですよ」
「まったくか?」
「十件に一件ぐらいはダブルがありますがあの坂下さんみたいにトリプルがしょっちゅうと云う訳にはいきませんよ」
「鷺山店の坂下さんか。あの人は別格やで社長も役員待遇で誘ってるんやが縦にふらん、なら取扱店の店長になれと言ってもならん、今の境遇と云うよりこの仕事が好きなんやなあ。人の終焉を気の済むように弔いたい、その為に金を貯めさせてどこが悪い、慈善事業やと云うとる、そう思い込まんとあれだけ件数毎月取れへんで」
「噂には聞いていますがどれぐらい取ったはんのです?」
「平均して二十件ぐらい一件五千円としら百万やけど三千円が多いらしいで」
「それでも六十万かそれでも七千が混じるとそれ以上やなあ」
「野々宮はんあんた月何件や」
「四、五件で十七、八万」
「最悪で十二万か」
「家賃払ったら残らへん」
 ポツンと一箇所だけ灯りが点いた本社に戻り、長沼家の家族構成のコピーを中沢から「まあ頑張りや」と言われながら貰った。
 野々宮はアパートへ戻り、三時間ほど仮眠を取って所属する桐山店へ出た。
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