遥かなる遺言

和之

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「まあお二人共、棺の中でおじいちゃん笑ってますよ」桐山が言った。
「少し棺が揺れた」と無表情で礼子は棺を指した。
 ウッと息を詰めて雅美が棺と礼子を見る。桐山と野々宮も見た。
「礼子は小さい時から真剣な顔しておかしな事を時々云うのよ」と優子が二人に弁明したが、礼子の真剣な仕草は自然で、そこに演技も拡張も偽りも感じられなかった。
 此処に居る大半の人々が昨夜から緊張の糸が続いて余り寝ていなかった。この一件でその糸が音も無く切れると、さすがにみんな疲れたのか散々に控え室に引き上げた。
 時計は十時を廻ったところだが賑わいが消えた後の静寂さが深夜を思い起こさせた。そこへ三階で家族葬を担当している坂下が通りかかった。
 彼は弱きを助け、強きを挫くタイプだが会員の獲得は膝詰めで、一旦部屋に上がり込んだら判を押すまで帰らないタイプでもある。張りのある低音で喋るがその割に背は高くなく一メートル六十には届かない、それが相手に威圧感を与えないのも営業に向いていた。彼に言わせれば、いずれ先行き不幸に会った時には困らんでええように心を鬼して説得してんにゃ、が彼の持論であった。それがサブロクではトップの成績を維持していた。
「盛大な通夜やったなあ」坂下はリーゼントの頭に櫛を掛けながら言った。
「見てたんか」
「イヤでも目に入るで、今日ホールへ来た弔問客はみんなここで焼香挙げはる人ばっかりや。それにしても遺族は少なかったなあ地元の人ちゃうんか」
「いや菩提寺は近所さかい、それはないと思うが、野々宮どうなんや?」
「はっきりは知らないんですが生まれは丹後みたいですね」
「ホウ、カニが旨いなあ。寒なったらたまらんなあ」
「坂下はんも好きでっなあ」
「そらそうや喰うことと寝る以外に何が楽しみがあるんや。ここの当家は別やろうけど・・・。野々宮さんここは難しいで、わしでも二本ぐらいしか取れへんやろうなあ」
「その喪主のお父さんやが、日頃の鬱憤を晴らせて今日は気分よかったんちゃうか。余程棺のお父さんから言われてるんやなあ。やっぱり一代で築いた人は確かな目と決断力を持ってたんやなあ、きっちり次男の弟の方に継がせてる」
 内輪の時は会員獲得の秘策しかしない店長が、珍しく当家の内情に限定した話をする、余程この家には興味が尽きぬらしい。
「三人の名付け親として行く末までも決めたが、末の孫娘で頓挫してしもうたなあ。じいさんそれだけが心残りなんとちゃうか」
「桐山さん、しかしあの兄弟はそんなにタイプが違わないと思いませんか」
「大きな転換点に立った時の決断力の有る無いの差しかないやろうなあ、案外弟の親戚筋の方が会員取りやすいかも知れんなあ」
 当家の長男がその重責を継いでない、そこにあの一家の歪があるんかと推測してゆくと、当家から多く会員加入者を導くのは難解に見えてくる。それが店長の描く営業戦略らしい。
「雪隠詰めで会員を取る坂下さんはどうです」
「人聞きの悪いこと云わんとって、しゃあけど当家はわしらみたいな貧乏人は相手にしゃあーらへんなあ、もっと高尚なもんしか興味示さんわなあ」           
 坂下はそう長いこと油は売ってられん、これから遺族と膝詰めで懇意にせんと取れるもんも取れんからと。まあ頑張りやと三階へ戻った。

 サブロクの頂点を極める男がさじを投げた。それは殆ど実入りがないのを意味する。花の咲かない果実の木を手入れするようなものだと思いながらも、店長はこの一家には並々ならぬ関心を抱いたようだった。営業本位の店長にしては彼らしからぬ発想に、何にかは分からないまでも救われる思いがした。
 当社で葬儀をする大半の家は、見栄っ張りで派手を装っても、生活臭は拭えない。故人も会員に入った頃は世間同様恵まれない時代だった。しかし財力に余裕が出来た人々には、大雑把な金銭感覚で人生の極みが混在した人間模様が垣間見られる。何か起こったときの貯えにと、脅し半分に勧める互助会の会員なんか、当家には馴染まなかった。店長も興味本位に呑み込まれる前に、この葬儀から早く見切りを告げるべきだと感じながらも、長沼家の人々の醸し出す世界に暫し浸る。
「しかしあの永倉っちゅう男はどう云うやつなんやろうなあ」
「店長、永倉については物の見方が分かれてますね」
「喪主は毛嫌いしとるなぁ。そこに触ると会員取れんようになるさかい要注意やなあ」
「分かってますが良いも悪いもあの一家では台風の目ですね。血は繋がっていませんがそれ以上の繋がりがあるようですよあの家の祖父とは」
「一番下の娘さんから聞いたのか。それにしても飲み屋の女の子供を引き取るなんてあのばあさんにすれりゃ面白ないわなあ」
「それがそうでもないらしいですよ礼子さん曰く祖母は夫の博愛精神、義侠心にえらく感動したようですよ。このままでは孤児院へ引き取られますからね。あの女は気に入らなかったが子供に罪はないってね」
「旦那の子ならともかく誰の子が分からんのによう引き取ったなあ。妾とはいえどっか憎めんところがあったんやなあ。話の持っていきようでは、あのばあさんも自分の葬式は息子の世話にゃあならんとかなんとか言って入ってくれるかも知れん。ウーンこれはその辺で揺さぶったらこれでまた一本取れるなあ」
「会員ですか」とまだ諦めてない店長に野々宮は呆れた。
「当たり前や生活掛かってるのとちゃウんか、押さえる所は押さえんといてまわれるで」
 言葉遣いは荒いが親しみはこもっている。つまりボランティアで終わるぞ、ただ働きほどアホらしいことは無いと店長は言い聞かせてホールを出た。野々宮は今日は泊まりである。
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