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「少しは家(うち)の事情も分かったかしら」
あなたの営業の参考になったかしらと礼子は暗にな家(うち)からの勧誘を勧めた。
「益々混迷を深めてしまった」
野々宮は複雑な事情に尻込みをしてしまった。
「だったら私が口添えしてあげるから野々宮さんあたしの身内を相手に営業すれば」
前回はそんな話で別れたが、翌日には会員一件取れそうよと礼子さんから連絡を受けた。
ついでに相手の佐伯さんの話も訊きたいと、野々宮さんの営業のお手伝いと云う名目で礼子も付いて来た。
二人は同じ市内に住む佐伯のマンションを尋ねた。五階建ての最上階だ。二階建ての自宅と違って、ここは木々に遮られることもなく街並みが見渡せた。そんなマンションに優子は憧れていた。第一階段がない全ての部屋が平行移動だ。二人は入り口近くの応接間のソファに座った。そこで商談が成立した。月々三千円、百回払いで満期三十万の契約書に佐伯は判を押す。
「これで野々宮さんの用件は片付いたのね。ねえあなた次は礼子の話を聴いたげて」
礼子は遺言の一件から祖父をもっと知りたくなった。
「浜頓別ですか・・・。その時、親父は中学生ぐらいで祖父が働き盛りの三十代だった。草むらに倒れている長沼さんを見つけたのは、馬車に農具を積んだ野良仕事の帰りだった。また人が死んでると思い埋めてやるか、と近寄ると死んでなかった。そこで馬車に乗せて家まで運んだ。翌日に意識を取り戻した。一日寝ただけでもう四日も寝たと言って畑仕事に精を出し、強靭な生命力だとたまげた。長沼さんは人手の無い時に良く働いてくれたが、やはり郷里が気になったらしい。内地は食料難だから物価が落ち着くまでここに居ればと説得したが直ぐに長沼さんは帰った。だが親交はずっと続いていたから私が京都の大学へ行きたいと言えば直ぐ受け入れてくれた。丁度それぐらいでしょうか、長沼さんが母を亡くした永倉くんを引き取ったのは。ぼくが予備校に通って彼が小学校の三、四年生ぐらいでしょう。食事が一緒ですからその時によく顔を合わせていた。歳が離れているから大して話すことがない、それより歳の近い礼子さん、あなたとはよくふざけ合っていましたね。残念ながら永倉君のお母さんとは入れ違いで、写真は見ましたが印象がないですね。お前なら何度か会ってるね。
「優子姉さんあの人、家(うち)に来たことあるんですか」
「あるけどあんたがまだひとつふたつだから抱かれたことなんか覚えてないでしょう」
「覚えてない」
「あの遺言で急にその辺のことが知りたくなったのね。雅美も多分覚えてない、と云うか知らないわ。お母さんは知ってるけど今は話したくないのとちゃう。お父さんは多分言わないだってお父さん、永倉君を余り良く思ってないからねぇ。おじいちゃんが生きてる時はそんな素振りこれっぽっちも出さないからね、一番彼の身近にいるけど、あんたにも余り話したがらないわね」
「おばあちゃんよそよそしいかった事は確かね、でどうなの」
「知代子さん、本名は根本知代子だけど子供の為に永倉で通してる。その永倉さんだけど、おじいちゃん知代ちゃんって呼んでた。確かにおばあちゃんとは違った。おじいちゃんって言っても当時は五十前後だからね、知代子さんはお父さんより年下だからね、三十になってなかった。亡くなったのが三十二だから最初連れて来たときは二十七、八かでもいつも歳が解らなかった。こんな人もいるんだと女優さんでもこれだけ幅広い年齢を使い分けられないと子供心に感心した」
「どう云うこと、それって」
「かがみ込んで、ワアー礼子ちゃん可愛いわねとあなたをあやしているところへ恋敵のおばあちゃんが来たのよ、で澄ましてすっと立つと『お初にお目に掛かります』とその見事な変身振り、恋敵も呆気にとられてつい丁寧に返答するからもう可笑しくってあたし涙が出るくらい可笑しかった、あたしはまだ子供だからいいけど周りの大人は堪えるのに大変じゃなかったかしら、お母さんが屈んであたしのお尻をつねったけど止まらなかった。でもお母さんの手も小刻みに揺れてるから余計可笑しかった」
「あたしダシに使われたの?」
「知代子さんにそう云う意図はなかったけど結果的にそうなっちゃったわね、でも恋敵よりもうちのお父さんが嫉妬してるのよ羨ましがっているのよ。だからその子の永倉君には腫れ物に触るように扱うから、おじいちゃんの手前、そりゃあ知代子さんには畏敬の念を込めてもあの子はただの息子に過ぎないのに、同じように振る舞うからお父さんもあの子も肩が凝るったらありゃあしない、知代子さんは早死にしたから神格化されて、それで余計に祭り上げられてるから子供時分は相当気疲れしてたのよあの子」
「あたしにはそんなことなかった」
「あなたにだけは気兼ねがないから永倉君も思いの丈をぶっつけてあなたも気が強いから、だからいつもケンカしてたのよ」
「それで誰も止めなかったの」
「おじいちゃんがいつもホットケって云ってるから気の済むようにしてたのよ、だから直ぐ仲直りしてたわね」
「止めに入るとふたりとも意地になるからなあ」佐伯が言った。
「それにしてもなんでまたロシアへ立ち寄るクルーズ船に乗ったンだろうね。記念旅行ならヨーロッパにすればいいのに、余程想い出があったんかねえ」
「少しは家(うち)の事情も分かったかしら」
あなたの営業の参考になったかしらと礼子は暗にな家(うち)からの勧誘を勧めた。
「益々混迷を深めてしまった」
野々宮は複雑な事情に尻込みをしてしまった。
「だったら私が口添えしてあげるから野々宮さんあたしの身内を相手に営業すれば」
前回はそんな話で別れたが、翌日には会員一件取れそうよと礼子さんから連絡を受けた。
ついでに相手の佐伯さんの話も訊きたいと、野々宮さんの営業のお手伝いと云う名目で礼子も付いて来た。
二人は同じ市内に住む佐伯のマンションを尋ねた。五階建ての最上階だ。二階建ての自宅と違って、ここは木々に遮られることもなく街並みが見渡せた。そんなマンションに優子は憧れていた。第一階段がない全ての部屋が平行移動だ。二人は入り口近くの応接間のソファに座った。そこで商談が成立した。月々三千円、百回払いで満期三十万の契約書に佐伯は判を押す。
「これで野々宮さんの用件は片付いたのね。ねえあなた次は礼子の話を聴いたげて」
礼子は遺言の一件から祖父をもっと知りたくなった。
「浜頓別ですか・・・。その時、親父は中学生ぐらいで祖父が働き盛りの三十代だった。草むらに倒れている長沼さんを見つけたのは、馬車に農具を積んだ野良仕事の帰りだった。また人が死んでると思い埋めてやるか、と近寄ると死んでなかった。そこで馬車に乗せて家まで運んだ。翌日に意識を取り戻した。一日寝ただけでもう四日も寝たと言って畑仕事に精を出し、強靭な生命力だとたまげた。長沼さんは人手の無い時に良く働いてくれたが、やはり郷里が気になったらしい。内地は食料難だから物価が落ち着くまでここに居ればと説得したが直ぐに長沼さんは帰った。だが親交はずっと続いていたから私が京都の大学へ行きたいと言えば直ぐ受け入れてくれた。丁度それぐらいでしょうか、長沼さんが母を亡くした永倉くんを引き取ったのは。ぼくが予備校に通って彼が小学校の三、四年生ぐらいでしょう。食事が一緒ですからその時によく顔を合わせていた。歳が離れているから大して話すことがない、それより歳の近い礼子さん、あなたとはよくふざけ合っていましたね。残念ながら永倉君のお母さんとは入れ違いで、写真は見ましたが印象がないですね。お前なら何度か会ってるね。
「優子姉さんあの人、家(うち)に来たことあるんですか」
「あるけどあんたがまだひとつふたつだから抱かれたことなんか覚えてないでしょう」
「覚えてない」
「あの遺言で急にその辺のことが知りたくなったのね。雅美も多分覚えてない、と云うか知らないわ。お母さんは知ってるけど今は話したくないのとちゃう。お父さんは多分言わないだってお父さん、永倉君を余り良く思ってないからねぇ。おじいちゃんが生きてる時はそんな素振りこれっぽっちも出さないからね、一番彼の身近にいるけど、あんたにも余り話したがらないわね」
「おばあちゃんよそよそしいかった事は確かね、でどうなの」
「知代子さん、本名は根本知代子だけど子供の為に永倉で通してる。その永倉さんだけど、おじいちゃん知代ちゃんって呼んでた。確かにおばあちゃんとは違った。おじいちゃんって言っても当時は五十前後だからね、知代子さんはお父さんより年下だからね、三十になってなかった。亡くなったのが三十二だから最初連れて来たときは二十七、八かでもいつも歳が解らなかった。こんな人もいるんだと女優さんでもこれだけ幅広い年齢を使い分けられないと子供心に感心した」
「どう云うこと、それって」
「かがみ込んで、ワアー礼子ちゃん可愛いわねとあなたをあやしているところへ恋敵のおばあちゃんが来たのよ、で澄ましてすっと立つと『お初にお目に掛かります』とその見事な変身振り、恋敵も呆気にとられてつい丁寧に返答するからもう可笑しくってあたし涙が出るくらい可笑しかった、あたしはまだ子供だからいいけど周りの大人は堪えるのに大変じゃなかったかしら、お母さんが屈んであたしのお尻をつねったけど止まらなかった。でもお母さんの手も小刻みに揺れてるから余計可笑しかった」
「あたしダシに使われたの?」
「知代子さんにそう云う意図はなかったけど結果的にそうなっちゃったわね、でも恋敵よりもうちのお父さんが嫉妬してるのよ羨ましがっているのよ。だからその子の永倉君には腫れ物に触るように扱うから、おじいちゃんの手前、そりゃあ知代子さんには畏敬の念を込めてもあの子はただの息子に過ぎないのに、同じように振る舞うからお父さんもあの子も肩が凝るったらありゃあしない、知代子さんは早死にしたから神格化されて、それで余計に祭り上げられてるから子供時分は相当気疲れしてたのよあの子」
「あたしにはそんなことなかった」
「あなたにだけは気兼ねがないから永倉君も思いの丈をぶっつけてあなたも気が強いから、だからいつもケンカしてたのよ」
「それで誰も止めなかったの」
「おじいちゃんがいつもホットケって云ってるから気の済むようにしてたのよ、だから直ぐ仲直りしてたわね」
「止めに入るとふたりとも意地になるからなあ」佐伯が言った。
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