大魔界創究譚

まもののけ

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プロローグ

大魔界、震撼す

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 緑髪の少女が駆け抜けた先。

 鬱蒼とした暗黒の森は、突如としてひらける。

 恐ろしく長いうえにうごめく不気味なツルや、腰丈ほどにも盛り上がる太い木の根は、その空間へ至った瞬間に消え去った。


「ここが、そうなのね……」


 踏みしめた大地はカサカサとしていて、赤茶けて乾燥しきった土は、凶悪なほどに肥沃であった森の深く、中心部のソレではない。うっとおしいほどまでに充満していた森の香りも消え失せ、その代わりにただようのは……よどんだ空気と、不気味な黒い霧だ。

 来た道──といっても、植物の生い茂るなか強引に拓いてきた道──を振りかえれば、先ほどまで少女を追い回していた紫色のツルが、うらめしそうにゆらゆらとクネっている。




「あまりにも強すぎる瘴気で、植物のモンスターすら近寄れないんだ」


 ともかく、敵はもう追ってこないことを確認した少女は、ようやく「ふう」と、ひと息ついた。
 小麦粉に日焼けした、おでこに流れる汗をこぶしで拭って、パラリと払う。

 ……だが、長くは休んではいられない。
 濃すぎれば魔物にさえ毒となる闇の瘴気は、自分には殆ど無害なことはわかっている。それでも、不気味な気配が身体中に纏わりつくようなこの場所は……長く居たくなるような心地ではない。
 それに、瘴気をものともしない強力な魔物が突然現れたなら、暗黒の森を単独強行軍で突破したての、体力も魔力も消耗した少女なんぞ、ひと捻りに殺されるだろう。

 ならば、とっとと目的の“モノ”にたどり着くのが一番良いに決まっている。


「……うん、もう少し!」


 そうして、すっかり重くなった足取りをなんとか引っ張って……



 光なき大魔界だいまかい、その片隅に横たわる暗黒の森、邪悪な闇の満ち満ちた中心部。

 彼女が辿り着いたそこには、一体の石像が安置されていた。




 まるで天に刃向かうように、緩やかにうねりながら頭部にそびえ立つ、大小さまざまな5つのツノ。


 上半分は、石だというのに柔らかげにみえる羽毛。そしてもう下半分は、石であることを忘れそうなほど、しかし強靭としてつたなびくような薄さの、大きな翼。


 ムチのようにも細く長い尻尾は、蛇の鱗のようなものに包まれており、根本の近くから二股に分かたれている。途中からは肉と皮が溶けたように骨が露出し、それが平たく鋭くなってゆき……最後には凶悪な骨刃となっているようだ。


 石像の上半身には、筋肉が程よい厚さでミッシリとつき、下半身は毛皮のケダモノなのだろう、フワフワだったのか剛毛だったのかはわからないが、それらがすべて逆立っている。硬い石のソレは人肌など容易く刺し貫けそうに見えた。


 三つの目はカッと見開かれており、クチは大きく裂けて半月のよう。伸ばされた片腕は、何かを求めるように掲げられ、その手のひらを開いている。




 ……見るも禍々しい異形の悪魔像。それが、台座に鎮座していた。




「ふふん、伝説どおりね。あの古文書は間違っていなかった。それならば────」




 そんなものを前にして、少女は満足気に微笑む。

 あたりに漂う瘴気はより濃くなるが、そんなものはもう気にならない。つかつかと石像へと歩み寄ってゆく。
 そうやって近付くにつれて、悪魔の表情が彼女にも見えるようになる。彼は天を仰いで……苦悶の色を浮かべていた。三眼に映るのは、驚愕か恐怖か、懇願か。



 そこから目を下ろすと、台座の文字が目に入った。



「“…………魔……フィク………………こに、封……”……ほとんど風化して読めなくなってる。でも、この子がフィクという名前なのはわかったわね!」



 そして台座はこんなにボロボロなのに、石像のほうは傷ひとつなくピカピカ。まるで今にも動き出しそうな……だが、そんなことはアオハには関係ない。なぜなら、これから“動かす”ために──笑みを浮かべ大きく腕を広げて“石解きの呪文”を唱えるのだ。




「“なんじ!いまこそ!めざめるとき!”」




 ─────大地がとどろき、石像がうちふるえた。






「“くろきふういん!とこしえのくさび!”」





 ─────天空がゆらいで、石像がわなないた。





「“あまねくかせより!ときはなたん!”」





 ─────世界が みゃくうち 石像が くだ け……!!!









 この日、大魔界はあらゆる天変地異にみまわれた。


 あるところでは、大河が深紅の血に染まった。


 あるところでは、炎の山が極寒に凍てついた。


 魔族も魔物も慌てふためき、降って湧いた恐怖と、にじりよる不安に苛まれる。


 それでも、彼らは未だに知らない。


 眠っていた滅びの厄災が──


 決して目醒めてはいけない破壊の凶禍が──


 いまここに、目覚めたことを。






 ~~~






『やあ。やっとお目覚めの時間だね』


 ……俺に語りかけるのは、いったい誰だ。


『僕はカミサマさ。といっても、けっこう邪悪な……あー、君たちにとってはむしろ崇める対象になることも多いかもね。──闇の神だよ』


 闇の、神。
 フン……俺は今までもこれからも、いかなる神をも崇めるつもりはない。善悪知らず、神なんてのは厄介事とともに現れるものだからな。……とっとと失せて欲しいのだが……


『そう!今日はね、めでたく復活する君に、プレゼントとお願いを持ってきたんだよ』


 ……こちらのお願いは聞かずに、か。フン、今の俺には、そのケッタイな申し出を突っぱねるチカラもない。……フーッ、わかった。聞くだけ聞かせろ。


『物分かりよくって助かるよ。
 まずね、プレゼント!……の前に、ちょっと説明するね。君含めて、大魔界のモンスターには“闇の因子”が含まれているのは知ってるよね』


 ……ああ。闇に覆われしこの世界は、そもそも闇の因子が無いものは存在し得ない。火も、水も、風も、地も、どこにでも邪悪な闇はくすぶる。生きとし息づくモンスターどもも、それは例外ではない。


『そうそう、あまねくモノは闇の因子ありきで存在し得る。ここまでは良さそうだね?寝ぼけてモンスターのキホンすら忘れてたりしてなくて、本当によかったよ』


 バカにしやがる。
 で、何だ。それがプレゼントとなんの関係が……


『じゃ、とっととプレゼントを渡しちゃうね。
 これは、君の支配下においたモンスターを、他のモンスターと組み合わせ……別なモンスターを創成する秘術だ。合成だとか、配合だとか、なんとでも呼ぶといいよ』



 !?ぐううッ……流れ込んでくるぞ、チカラが……
 ……そうか。すべての魔物は“闇”を宿す……闇の神たる貴様から渡されたこの秘術は……“闇と闇を混ぜるチカラ”というワケだ!
 素晴らしい秘術だ……チカラを失った俺でも、これならば……


『そう、君だけのモンスターの軍勢を成せるってことさ。……デキレバ ダケドネ』


 な、なにっ!?できればってのはなんだ!
 ちいっ……少しでも喜んでやるんじゃなかった。どうせロクでもない代償でも要求するんだろう?


『はっはっは、なんでもないさ!
 要求……お願いもそんなに理不尽じゃないし、案外君は楽しめるかもよ。

 さて、もうじき君は完全に目が覚めそうだ。
 そうしたら、大いなる炎に背を向けて旅立つといい。
 洞窟があるはずだから、そこを見つけて入るんだ。プレゼントとは別に、イイモノを用意してあるからね。
 じゃあそろそろ、お願いのほうに移ろうか?』






『封印されし、世界から名前すら忘れ去られた大悪魔くん』





『君には……』






『────を、創成し直して欲しいんだ』
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