悠々自適な高校生活を送ろうと思ったのに美少女がそれを許してくれないんだが

逸真芙蘭

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日和見日記

人は思ったほど自分のことを見ていないんだ

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 俺たち四人は教室で待つことにした。
 犯人が来るのを。

 しばらくするとがらりと戸が開いた。入ってきた人物は俺たちがいることにかなり驚いたようだ。

 髪の毛は若干明るい色をしている。地毛なのか、そうでないのか微妙に悩むラインだ。制服を着崩していて、シャツは外に出てるし、ズボンの位置も低い。
 一目見て分かった。教室でも、グラウンドでも、学校外でも集団になって騒がしい奴ら。
 リア充と言われるような奴ら。
 俺の嫌いなタイプだ。

「こいつか」
 佐藤に向かって聞く。
「ええ」
 すぐにその男は、落ち着きを取り戻して、話し出す。俺は何か妙な違和感を感じたが、それが何かわからなかった。

「何だ佐藤じゃんか。もうすぐ下校時刻だぞ」
「遠足費がなくなったから探していたのよ」
「何っ、金がなくなったのか」
「ふん、白々しいわ。お金とったのあなたなんでしょ。佐橋さはし海斗かいと君」
「はぁ? 俺は何も知らねえぞ!」
 そうは言うが、動揺の仕方が尋常ではない。まだ四月だというのに額に汗がにじんでいる。
「深山、説明して」
「ん。佐橋海斗さはしかいと、お前は今日、佐藤のロッカーである三五番のロッカーから、金を盗んだ。遠足費、八十万円だ」
 俺は静かに、だが十分に聞こえる声量で言った。
「俺は知らねえって、いってんだろ」
 馬鹿の一つ覚えみたいに佐橋は同じ言葉を繰り返す。

「ぐだぐた説明するより見る方が早い。お前のロッカーを開けるぞ」
「人のもんを勝手に見るんじゃねえ」
 そういって佐橋は俺に掴みかかろうとするが、雄清が飛んできて制止した。俺は三六番のロッカーを開ける。雑然とした状態であるが、プリントの山の中に手をいれると茶色くずっしりした封筒が出てきた。お目当ての遠足費である。

「どういうことだい、太郎」
 雄清は俺に尋ねた。
「簡単なことだ。佐藤の南京錠は錠の役割を果たしていなかった」
「安物だったから?」
「いや、どんなに高級な鍵を使っても結果は同じだ。そもそもこのロッカーを鍵で施錠すること自体が不可能なんだよ。見てみろ」

 そう言ってロッカーの上を指す。三人はロッカーの中を覗き込む。
「このロッカーの天井はネジで止められているんだが、このようにドライバーすら要らず指ではずすことができる。俺が見たときには既に緩んでいた。ネジをはずせば天井を動かすことができ、上のロッカーに入っているものを滑り落とさせることができる」
 そういって天井をぱかぱかと動かす。
「もし佐藤が金の他に何かものを入れていれば支えて板は動かなかっただろう。だが佐藤は金しか入れていなかった」
「なるほどねえ」

 俺たちの会話を聞いていた佐橋は頭の悪そうな発言をする。
「俺じゃねえ、誰かが俺をめようとしたんだ」
 まったく往生際が悪い。お前をめて誰が得をするんだよ。
「やったのは佐橋、お前だ。クラスのみんなが見ているなか、三六番のロッカーでごそごそしていても、誰にも怪しまれないのは、使用者であるお前しかいない」
「俺は知らない。なんもやってねえ」
 本当におんなじことしか言わないな。

 俺はむなしく思った。名門神宮かみのみや高校も落ちたものだな。こんな低俗のやからの入学を許してしまうとは。
 これも、大学全入時代の流れの一つなのだろうか。国民全体の気質が悪化しているんじゃないか。

 俺は情けない気持ちを感じつつ話を続けた。
「どうしてもお前じゃないと言い張るのなら、警察を呼ぶ。もしお前が犯人でないのなら、この金の入った封筒や、三五番のロッカー内にお前の指紋は残っていないはずだ」
「警察?」
「そうだ。どのみちお前が犯人でないのなら、窃盗事件として警察に捜査してもらうしかないからな」
 佐橋はうつむく。

 低俗な輩にとっても己の保身は大事なものだろう。経歴に傷のつくことがどういう意味を持つかこの男に分からないということはいくらなんでもあるまい。
「……頼む。警察にだけはつき出さないでくれ」
 佐橋は観念したように、小さな声で言った。

 はったりがうまく行った。複数人がさわっている封筒の指紋を採取したところで証拠にはならんだろうし、そもそも学校が校内に警察をいれるのを渋るだろう。何せ八十万円はこうして佐藤の手元に戻ってきているのだ。

 俺がほくそ笑んでいたところ、佐橋はもごもごと話し出す。
「俺は金を本当に取る気はなかったんだ。ただ……」
「ただ、なんなのよ」
 佐藤がとがめるような口調で言った

「お前の馬鹿な行為を、お前の悪友たちが褒めるのをみて、悦に浸ろうとしていた」
 佐橋が俺の事をはっと見た。

 そう、俺はこいつが誰なのか、そして何をしようとしていたのかも知っていた。
 こいつが教室に来たときに覚えた妙な違和感とは、俺が知るはずのないこいつの事を知っていたために生じたものだったのだ。
 こいつの顔を見て話をするうちに、こいつが誰なのかを思い出した。

 こいつの数々の愚行はSNSに「偉業」としてあげられていた。昨日の晩、その愚行の一端を俺はたまたまネットで見ていたのだ。

「おそらく今日奪った金をお前の馬鹿仲間に見せて明日の朝早くに学校に来て、金をもとに戻しておくつもりだったのだろう。お前には本当の犯罪をする度胸なんかない」
佐橋は何も言わない。
「佐藤に謝れ、お前のせいで佐藤がどれだけ不安になったと思っているんだ」
 佐橋は俺の事をじっと見るだけで何も言わない。溜め息が自然と出る。

「佐藤、職員室にいくぞ。雄清、連れて行くのを手伝ってくれ」
「了解」

 俺たちは佐橋を職員室につれていった。佐藤と雄清は中まで入り俺と綿貫は外で待った。話を聞く教師たちの表情は堅い。

 その時綿貫が、
「でもわかりません。どうして佐橋さんはお金をロッカーに入れっ放しにしていたのでしょうか」
 と俺に尋ねる。
 俺は綿貫に説明してやった。
「あいつは呑気のんきに部活をしていた。誰も八十万の大金を持ち歩く気にはならん。ロッカーに置いておいて、部活が終わったあとに取りに来るつもりだったんだ。間抜けなことに携帯電話と財布も置いてあったよ。だから教室に戻ってくると思ったんだ」

 綿貫は質問を重ねる。
「不思議です。防犯上問題がないと思わなかったのでしょうか」
「佐橋がか?犯人は普通まさか自分が被害に遭うとは考えていないからな。というか大抵の人間がそうじゃないか。じゃなきゃこの人間だらけの世界のなかでは誰も信用できなくなる」
「初めロッカーを開けたときにお金を持っていくこともできましたよね。なぜわざわざ彼の目の前で開けたのですか」
「犯人が誰なのか知りたかったというのもあったが、俺はな、犯人に、佐橋に、話をしてそれであいつに自発的に佐藤に謝ってほしかった。佐藤は非がないのに自分を責めた。あいつの馬鹿な行動が人に迷惑をかけているということに気付いて欲しかった。無理だったがな」

 それを聞いた綿貫は微笑んで俺を見た。
「優しいんですね、深山さんは」
「別に、ただの気まぐれさ」
「うふふ、そうでしょうかね」

 綿貫がそういったところで、雄清が戻ってきた。佐藤はまだ話を聞かれているようだ。
「いやぁ、見事だったよ太郎。瞬殺だったね」
「俺はほとんどなにもしていないさ。見れば明らかだったからな」
「謙虚だなあ」
 話の分からん奴だ。俺は事実を言っているだけなのに。まあいい、こんな事でこいつと揉めても非生産的だ。大人しく聞き流すことにしよう。
  
 後日話を聞くと佐橋は1ヶ月の停学になったらしい。
「遠足にもいけないな、佐橋は」
「自業自得よ」
 と佐藤が言う。

 佐橋はくだんの事件を佐藤が朝、金を入れるところを見て即興で思い付いたと言う。
 佐橋とつるんでいた連中は誰が一番馬鹿な行為ができるかと言う意味不明のゲームをしていた。仲間からの注目を集めたいがために行為がエスカレートしたようだ。

「愚行に及ぶ奴はもちろん、それを見て囃し立てるやつもまた愚かだ。人を傷つけるつけるようなゲームはもはやゲームではない。すべての人間がそれを意識してほしいね」
 放課後の部室で、事件についての感想を俺は述べていた。
「急になに評論家ぶってんの」
 と佐藤は冷ややかに言い放ったが、綿貫は妙に感心した様子で聞き入っていた。
「やっぱり深山さんは優しいです。優しい人でなければ他人の気持ちを慮るようなことはできません」

 俺は自問した。
 俺は果たして優しいのだろうか。俺は他人の感情を逆撫でするようなことをして厄介事に巻き込まれたくないだけだと思っている。つまり結局は利己的な動機だ。それを優しさと捉えるのは少し違うんじゃないか。

「俺は善かれ悪しかれ他人の注意が俺に向かうのを嫌っているだけだ。本当に周りの人間の事を考えているのとは違う。他人の感情を害して俺にいいことはない。ただそれだけのことだ」
「謙虚ですね、深山さんは」
「照れてんのよ」

 駄目だ、俺の言っていることを理解しようとしない。そうじゃないと何度言ってもこいつらに通じる気がしなかった。いや、待てよ。
「綿貫、お前この前佐藤が俺に助けを求めに来たとき『情けは人のためならず』と言ったよな」
「はい、言ったと思います」
「その言葉通りに俺が行動したのなら、結局俺は利己的に動いたことになるだろう」

 俺自身そうは思っていないがこのまま綿貫に言い負かされた形になるのはしゃくだったのでそんなことを言ってしまった。

 だが、綿貫にいい加減な言葉は通じなかったようだ。
「そうかもしれません、ですが深山さんが功徳を積むことに興味があるとも、戻ってくるか分からない恩恵を本気で当てにしていたとも思えません」
 はい、その通りです。……呆気あっけなく論破された。

 俺と綿貫のやり取りを見ていた佐藤が言う。
「ていうかさ、何であんたそんなに認めるのが嫌なわけ。別に悪いことじゃないし、むしろ褒めているんだからそんなむきになって否定しなくてもいいでしょう」

 なぜだ。
 何も分かっていないくせに深山と言う人間はこういう奴なのだ、と決めつけられる不快感が、なぜこいつらには分からないのだろうか。
 雄清ならなんと言うだろうか。
 そういえばこの話題について雄清と以前話したことがあった。

『自分に対する他人の評価?』
『ああ俺は往々にして無口で愛想がないからな。他人が俺の事を薄気味悪いやつだと思っているんだろうなと思ってな』
『はは、それはあえて否定しないよ』
『ストレートだな』
『ごめんごめん。でも意外だなあ』 
『何がだ』
『太郎が他人の目を気にするなんて』

 そうか、俺は他人の目が気になって仕方がないのか。

『他人は案外自分の事を見ていないよ。大抵の人は自分のことで精一杯だからね』

 言われてみれば確かにそうだ。俺が何も言わないでいると、

『それにもし他の人が太郎の事をとやかく言っても、太郎は気にする必要はないだろ。太郎は太郎だ。すべての人にいい顔するなんて到底無理だよ。桃源郷はこの世に存在しない。十人いれば十人の希望があってそれらが一致するはずがないんだ。まさか太郎は八方美人になりたい訳じゃないだろう。阿諛迎合あゆげいごうなんて、柄じゃない。だから太郎は太郎らしくいればいいんだよ』

 俺はあのとき至極感動して雄清の言を心に刻もうと思ったのだが今の今まで忘れてしまっていた。そうかそれでいいんだ。
 そう考えると綿貫が俺の事をどう思っていようと気にならなくなった。

 結構結構、綿貫よ、お前は俺が優しいと思うんだな。好きにそう思うがよい、と一人解決に至ったのであった。すると佐藤が、
「何、にやついてんのよ。気持ち悪い」
 ……決意を貫くのは容易くない。
 
 件の一件から佐藤は山岳部に入り浸るようになった。雄清がいることも理由のひとつであろうが。
 雄清と綿貫がどうせなら山岳部に入ってしまったらどうだと余計な提案をしたので佐藤は「めでたく」入部を果たした。
 ああ去らば平穏な高校生活。
 同性同士気を使わないからなのか、佐藤と綿貫はすぐに打ち解けた。

「そういえばさ、こっちゃんどうして山岳部に入ったの」
「こっちゃん?」
 名字が綿貫で名がさやか。どこにも「こ」の字はないぞ。俺が眉をひそめていると、
「綿からとったのよ」 
 と佐藤が説明した。 
 ああコットンか。
「なぜひねる?」
「別にどうでもいいでしょ。あんた細かいとこにこだわるわよね。神経質な男」
 そこまで言うか?年を経る毎にこいつの口は悪くなっている気がする。
 嫁の貰い手がないぞ。
 ……ああ、雄清がいるか。

「それよりさ、ねえなんで」
 綿貫は答えにくそうだ。俺も知らないがあえて聞くことはしていなかった。
「あの~、その事は」
 綿貫は口を濁した。
「あっ、別に言いたくなかったらいいわよ」
「すみません」
 綿貫は申し訳なさそうに言う。
「謝らなくていいわ。私が不躾だったんだから」
「はい」

 彼女たちが楽しそうに会話をしているのを見て、自分でも珍しく会話に参加しようという気になったので、
「俺には聞かんのか、入部理由を」
 と話に割って入った。
 ところが寸鉄に刺される。
「別に興味ないし」
 うっ、冷たいな。
「あっ、私は知りたいです。深山さんが山岳部を選んだ理由」
 俺はしまったと思った。面と向かって教えてくれと言われると何だか言いにくい。なれないことはするもんじゃないな。
「いやー、それはだな、一身上の都合だ」
 適当にごまかそうとしたのだが、うまくいかなかった。
「何いってんの。健康のためでしょ。雄くんから聞いたわよ。爺臭いわね」
 何だ、こいつ知っていたのか。綿貫は笑っていやがる。
「ほっとけ」
「あとは……」
 と佐藤がにやにやしながら意味ありげに綿貫の事を見ている。

 何だ、俺が女目当てで入ったとでも言いたいのか。ったく雄清め、いい加減なことを佐藤に吹聴しやがって。
 こいつらと話しているとろくなことがないと思ったので俺は口を閉じて本を開いた。
「深山逃げた。まっいいけど」

 何とはなしに窓の外を見た。美しい青空が広がっている。
 俺は生まれて初めて五月晴れの空を味わっているかもしれないなと感慨かんがいに浸るのだった。
 
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