悠々自適な高校生活を送ろうと思ったのに美少女がそれを許してくれないんだが

逸真芙蘭

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四方山日記

灯台下暗し

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 山口天満宮やまぐちてんまんぐうの宮司が言うには、神宮かみのみや高校はかつて、四宮しのみや中学という名であったらしい。
 四宮中学の前身は、藩校であるわけだが、藩校から、中等學校へと移行する際に、げんを担《かつ》ぐということで、山口天満宮の別称、四宮を頭につけたらしい。けれども、四宮というのはどうも具合が悪い。尾張一宮、二宮、三宮、四宮。どうにも、格下であるという感が否めない。神社であるから、神の宮というには問題はないだろうということで、四宮から神宮へと名称を変えたのだという。
「祖父に聞いた話ですと、高等学校へと変わる際に、校舎の改修をしたそうなのですが、わが山口天満宮の当時の宮司が中心となって、その寄付金を募ったというのです。そこで最も多くの寄付をした、綿貫家の当主が名前も変えたらどうだ、ということを言って、四宮は神宮かみのみやになったと聞いております」
 ほう。またまた綿貫さんは地域に貢献してしまったというわけですね。その頃は病院立ち上げの初期で、決して今ほど余裕があったというわけではないだろうに。
「そうでしたか。大変ためになるお話を聞かせて頂き有難うございました」
「いえいえ、叔父様にはよろしく伝えておいてください」
「はい」
 礼をして、俺たちは外へと出てゆく。宮司は俺たちを境内の外まで見送るという。綿貫様様だな。

 靴を履いて、戸を引いたところ、割と近くの空が、ピカリと光った。須臾しゅゆの後、雷鳴が響き渡る。
 そして、バケツをひっくり返したような雨だ。
「うっわ。土砂降りだよ」
 ほんと、世界が一丸となって地球温暖化に取り組むべきでは? このままではデイアフタートゥモローだ。図書館で本を燃やす羽目になるぞ。
「中に戻られますか? おそらくにわか雨でしょう」
 宮司はそう提案する。
「うーん。でも、もう止みそうですね。この後もすることが沢山あるので、なるべく早く帰ります」
 綿貫の言うように、話している間に雨は小雨になってきている。まったく異常気象だよ。そのうち日本でもスコールが始まるんじゃないか。最近はスーパーセルがどうとかで、長時間土砂降りの雨が続くことも有る。例のゲリラ豪雨とかいうやつだ。これは憤怒した悟飯でも倒せまい。
「そうですか。では、よかったら使ってください」
 そういって宮司は綿貫に傘を差しだした。
「いいんですか?」
「はい。綿貫のお嬢様に風邪をひかれては、叔父様に会わす顔がありませんから」
「では、お言葉に甘えて」
 綿貫は傘を受け取り、外へと出た。……俺の傘はないの?
「深山さん、何しているんです? 早く行きましょう」
 そういって綿貫は、身振りで傘の下に入れと言っている。それはちょっとなあ。
 俺が渋る顔をしているにもかかわらず、綿貫は早く早くと言っている。……まったくもう。
 仕方がないので、綿貫の差す傘を代わりに持ち、俺たちは学校へと向かって歩き出した。狭い傘の下に二人入るのだ。必然、肘やら、肩やら、足やらが触れ合う。その度に、俺はどぎまぎするのだが、綿貫はまったくと言っていいほど気にしていない。その上、彼女の髪の毛からはシャンプーの匂いだか知らないが、髪が揺れる度に、甘い香りがしてきて、どうにもこうにも。どうか知り合いに会いませんように。
 
 突然の雨のためか、多くの人は傘を持たずに、走って屋内に移動しようとしている。雨に濡れて女子高生のセーラー服はぴったりと肌にくっつき、カラフルな肌着が透けている。ピンクに黄緑に水色に。本当に色とりどりだ。
 どうして下着というか、下着売り場というのは、ああもカラフルでキラキラしているのだろうか。おかげで横を通るだけで、なんだか背徳感を感じ、場違い感が半端ない。自然、歩くスピードが速くなる。普段は見せもしないものを、ああも主張激しく売りつけるのは、理解し難い。
 どうして、他人に見せるわけでもないのにあんな派手なものをつけるのかしら。いや、見せないからこそ派手なのか? けれども、雨のせいでスケスケだぜ。白く薄い夏服の弊害がこんなところで出てくるとは。
 俺がボケーっと、セーラー服に身を包んだ女子高生を観察していたところ、綿貫が俺の脇腹をつついた。
「深山さん?」 
 ジト目をして、心なしか頬を膨らませている。
「どうした? 腹でも冷えたか?」
 降っているのはだいぶ生暖かい雨だが。
「……別に、何でもないです。……ついでですけど、よだれ垂れてますよ」
 えっ、うそ。ああいけね。
 何のついでだろうかぼんやり考えながら、よだれぬぐってから、綿貫の方を見た。俺が顔を向けたところ、ふいとそっぽを向く。心なしか拗《す》ねているように見える。そうしてぽつりと「でもやっぱり深山さんも男の人ですし」とかなんとか呟いていた。なんのことやら。
 ところで、綿貫の下着の色は何色なのだろうか? 俺の関心ごとはもっぱらそれだ。他の女の下着は、綿貫の下着の次くらいにしか興味がない。
 ちらと綿貫のほうを見てみる。
 傘の下の綿貫の下着の色は分かりそうにない。綿貫も濡れればいいのに。……他意はない。下心はある。
 ……白とか似合いそうだな。確か北岳に石碑を見に行った時の下着は白色だった(若干俺の希望で歪んだ記憶かもしれない)。白の下着というのは、お嬢様らしいというか、綿貫らしい気がする。いや、レースのついた黒ショーツとかかもしれない。それはそれで良い。ギャップにグッとくる。けれども、シースルーとかだと行きすぎかな。やっぱり純朴じゅんぼくさは捨ててはいけないよ。
 ヤバい、鼻血出そう。
 
 学校に着くころには雨もすっかり上がり、お天道様さえ、顔を出している。
 部室へと戻ったところ、雄清も部室に戻って来ていて、佐藤もいた。
「いよう。俺の記事のほうはなんとかなりそうだぜ」
 事のあらましを、雄清達に説明した。

「なるほど。宮司さんがそういうのならばその通りなのだろうね。四宮中学という名称は学校誌にも載っているしね」 
 俺の話を一通り聞いた雄清はそうコメントした。
「それで、お前のほうはどうなんだ。よさげな記事は見つかったのか?」
 雄清は新聞部や文芸部の他に、二十年前の事件について記録を残している部がないか調査をしていた。俺と綿貫が、山口天満宮に行っている間に、何か資料でも見つけたのだろうか。
「それがねえ。二十年前の部誌となると、そもそも保存しているところも少なくて」
 雄清は頬をポリポリと掻きながら言う。
 うーん。まあ、それが現実か。
「うちのはどうだったんだ?」
 続けて雄清に尋ねる。山岳部がゴシップを部誌に残している可能性は低いだろうが。
「うちのって?」
「山岳部の部誌だよ。二十年前も書いているんじゃないか?」
 伝統がどうとか言っていたんだから、そのくらいから続いてもらっていないと困る。
「ああ、山岳部のか。見てないな。確認してみるよ」
 雄清はそういって立ち上がり、部室の脇にある戸棚を探り始めた。
 雄清が二十年前の山岳部の部誌を探している間、俺は単語帳を開いて、英単語の復習をしていた。それを見た佐藤が、
「深山どうしたの? テスト前でもないのに小説読まずに勉強なんて」
 テスト前じゃないと勉強しないという発想が、馬鹿っぽいぞ。
 と素直に言えば、肘鉄を食らうのが落ちなので言わない。代わりにそれらしいことを言う。
「なんだかんだで、入学してから半年だろう。つまり、高校生活の六分の一は終わったわけだよ。二学期中には文理選択の大体の意思の確認は終わるし、まあそろそろ、受験を意識するのもいいだろうと」
 国医を目指すのならば遅すぎるくらいだ。うちの県で一番、というか日本で一番医学科合格者を出している、私立高校は中高一貫で、六年タームで受験計画を作っているだろう。俺達公立高校の生徒は既にスタートから遅れている。
「えっ、早くない? うちらまだ一年だよ」
 佐藤がどのレベルを目指しているのかは知れないが、ほかの国公立を目指すなら、早くても二年からという意識はあるのだろう。なんなら、高三の夏まで本気出さないやつらもいる。なめんとんのか、われ? 最初から四年計画なのか知らんが。
 浪人するのは悪いことではない、と言う人は大抵浪人している説、がある。予備校に缶詰めとか無理……。人混み嫌い。というか大抵の人が嫌い。……それ社会生活不適合者じゃね。医者になったら死ぬで。
 
 閑話休題。
「わーお」
 突如として、雄清が大きな声を上げた。俺を含めた三人は何事かと雄清のほうを見やる。
「ビンゴだよ。マスコット倒壊のことについて書かれてある。しかも文芸部の記事にも触れているよ」
 文芸部の記事のほうは文化祭特別号に乗っていたものだから、二十年前の山岳部員はそれを読んで急遽きゅうきょ部誌に付け加えたのだろう。
「なんて書いてある?」
「僕が読むより、自分で読んだほうが早いだろう」
 そういって雄清は部誌を寄こしてきた。
 俺は記事に目を通す。

『マスコット倒壊の裏話の裏話』

 この記事を読んでいる皆さまは文芸部の『二人の確執』を読まれただろうか。読んでないのならば、読む必要はないし、読んだ人は、私が以下に記す文章を注意して読んでほしい。
 題名には裏話の裏話と銘打ったが、つまるところ、文芸部の秋風に対する抗議文である。
 かの記事は、嘘偽りこの上ない。まったくもって悪意に満ちた文章であって、信憑性しんぴょうせいのかけらもない。書き手の人間性が疑われる。
 生徒会長は温厚篤実おんこうとくじつの人で、逆恨みに誰かを傷つけるような人ではない。感情的で主観的な文章かと思われるかもしれないが、これは絶対性を有する。 
 そもそも、会長が己の才能のなさを悲観して、陸上部を退部したかのような書き方を、文芸部の何某はしていたが、それが間違いだ。
 私の知るところで、全中に一年のころから出場している彼女が、一公立高校の一年生エースに嫉妬するというのがおかしい。そもそも、彼女が陸上部を退部していなかったならば、彼女がエースとして、我が校にインターハイで栄誉ある賞をもたらしていた可能性すらある。才能に溢れた生徒会長が、陸上部のかつての仲間の才能に嫉妬する訳がないのだ。
 彼女が陸上部をやめた理由は、が周りに嫉妬されたからである。
 私には、かのマスコット倒壊事件は仕組まれたことのように思えてしまう。もちろん、会長の手によってではなく、陸上部の何某の手によって。これこそ邪推であるので、皆さんには忘れてもらって結構だが。

「読み終わったかい?」
 雄清は顔を上げた俺に尋ねてきた。
「……やけに血気盛んというか、|扇情的せんじょうてきだな。やり方としては文芸部とさして変わらんように思えるんだが」
 今も昔も、山岳部員はどこか頭のねじが緩いのかもしれんな。ほんと迷惑。
「生徒会長の名前というのは調べられるか?」
「うーん、立案室に歴代の役員の名前が書かれてあったと思うから分かると思うよ」
「全中云々の話も何とか調べられそうか?」
「大会の記録は残っているだろうから、多分」
 本当に、この二十年前の先輩の記述に合致した結果が出てくれば、多少は記事の内容を保証できそうだ。少なくとも、文芸部の記事の内容を否定するぐらいの論拠にはなるだろう。
 それが終わっても、まだまだすることはたくさんありそうだが。
 まったく、本当に骨の折れる仕事を残したもんだ、雄清は。

 雄清は公的に出している記事なんかよりも、日誌とかに書かれている記述が案外参考になるかもしれないと言って、その資料探しに出て行った。今日はそのまま解散するという。
 俺はバッグを取り、帰ろうとして、部室の戸を開く。そこで、綿貫と途中まで一緒に行こうかと思ったが、綿貫は佐藤と楽しそうに話し込んでいたので、そのまま出てきた。
 夕立はすっかり止み、強い西日が空を赤く染めていた。
 
 
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