悠々自適な高校生活を送ろうと思ったのに美少女がそれを許してくれないんだが

逸真芙蘭

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四方山日記

持つ者と持たざる者

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 昨晩の雄清の電話から一夜明けた、翌日。
 
 俺はいつもより少し早くに家を出て、職員室へと向かった。数学の質問をすると言う口実で、数学教師である木下の所に行ったのだ。都合のいいことに木下はまだ学校に来ていなかった。教師のくせに。
 俺はそのまま教室には帰らずに、社会科教諭の席の集まる場所へと向かう。どちらかというと、いや、最初から目的はこっちだ。
 そのあたりに座っていた教師に尋ねる。

「あのすみません」
「どうした?」
「山岳部なんですけど」
「山岳部? ああ、先生なら今、門の方で、当番やってるよ」
 うちの顧問はどうやら挨拶当番らしい。ちぃ、出直すか。あ、でも。
「先生の席ってどこですか?」
「ここだけど」
 その教師はすぐ隣の席を指した。席には地理の資料やらが並べられてあったが、家族の写真や、山の本などの私物も置いてあった。俺が写真をじっと見ていたところ、
「何か伝言あるなら伝えとこうか?」
 とその教師に言われた。
「あ、今日の放課後深山が伺うかもしれないと、伝えといてください」
「かもしれない? まあ、一応言っておくけど……」
「お願いします」
 俺は職員室を後にし、教室へと向かった。

 学校祭の準備で消耗しきった、生徒達の気だるげな雰囲気が漂う、日中の授業が終わり、放課後。
 いつも通りに部室へと向かう。

 雄清は、今日新たな資料を見せると言っていたが、どのようなものを見つけたのだろうか? 飯沼春子いいぬまはること陸上部の何某なにがしとの間に、あった不穏なものを、はっきりと示すようなものだろうか?

 確かに、新聞部の記事や、部誌といった、最初から人に見せることを、前提とするものには、書きにくいようなものもあるだろう。佐藤が得意とするゴシップなど最たるものだ。

 誰も発言の責任を負わない点で、ゴシップなど信頼すべきものではないのだろうが、当時の雰囲気を知る上では、ゴシップほど適したものはない。

 部室に入ると、雄清が待ちくたびれたよ、とでもいうような顔をして俺を出迎えた。

「やあ太郎」
「うす」
 雄清は何も言わずに、俺に冊子を寄こしてきた。
「なんだこれは」
 お決まりのように、わかりきっていることを聞く。
「昨日言っていた資料さ。事件から二年後の新聞部の記事と、二十年前の数学部の日誌だよ」
 
 数学部の日誌はいいとして、なぜ二十年前の事故から二年後の記事を持ってきたのだろうか?
 俺が、その疑問を口にする前に
「まあとにかく読んでくれ」
 と雄清に押し切られてしまったので、しぶしぶ読み始める。

 まず新聞部の記事から読み始める。
 学校祭が中止された年から二年後、神宮かみのみや高校陸上部はインターハイ出場を果たしたようである。その時の部長のインタビューが載っているらしい。
 堀越久美子ほりこしくみこ。三年の女子か。であれば事故当時は一年生であったわけだな。
 この堀越という生徒は、くだんのけがをした生徒ということになるのだろうか。読めばわかるか。
 記事にざっと目を通してみた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 今回は、インターハイ出場を果たした、陸上部部長の堀越久美子さん(三年)に当部の記者がインタビューを行った。彼女は一年生の頃より、神宮かみのみやのエースとして活躍してきたが、二年前の学校祭の時に、マスコット倒壊の事故に巻き込まれ、怪我を負った。
 しかし逆境にめげず、彼女は努力に努力を重ね、わが校に名誉ある賞をもたらしたのだ。

記者「一年の時にけがをされたということですが、復帰から栄光を掴むまで紆余うよ曲折きょくせつあったと思います。一番つらかった思い出は何ですか?」

堀越「走りたいのに走れないという板挟みですね。けれどもけがをしてよかったと思います。そのおかげで、試合に出られない人の気持ちもよく分かりましたから」

記者「事故の原因となったのは生徒会の不手際らしいと聞いているのですが、その点については何か思うことはありますか?」

堀越「別に当時の会長を恨んではいません。ここにいない人のことを悪く言っても仕方ないですし。あんなところで遊んでいた私達も悪いですから。彼女はまだ責任を感じているのかもしれませんが、彼女に会えたのなら、私は当時のことはすっかり許しているのだということを伝えたいですね」

 全校生徒諸君も、彼女及び陸上部のインターハイでの活躍に期待し応援されたい。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「お前よくこんな記事見つけられたな」
 記事を読み終えた俺は、雄清にそう告げた。素直に、無数にある資料の中から、この記事を見つけ出したのはすごいことだと思う。
「陸上部の大会成績を見て、インターハイに出場していたから、もしかしたら、と思ってね。それでどう思う、この記事について?」
 思うところはあったのだが、とりあえずは雄清の意見を聞いてみる。
「お前は何か引っかかることはなかったか?」
「うーん特には」
 ……言葉の綾、というか、表現のブレ、と言われても仕方ないものではあるか。
「まあ、とにかく、数学部のほうも読んでみてよ」
 雄清は俺に意見をせっつくことなく、続きを読むよう促《うなが》した。

 二十年前の数学部の古い日誌だ。よくこんなものが残っていたな。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 十月六日
 最近はどうもぎすぎすしていて敵わない。山岳部の何某君の記事のおかげで我が校はすっかり二分されてしまった。陸上部を筆頭とする、堀越派と、生徒会長一派。けれども会長一派は劣勢だ。上級生は会長派に怒り心頭。祭りを台無しにされたのだから仕方ないのかもしれない。会長派の熱心な支持者は山岳部の諸氏と、陸上部のエースを除く会長の中学の同級生ぐらいだろうか。両陣営の人間が廊下でかち合えばそれこそ暴動になりかねない。犯人探しもまともには進まない。全く誰だよ、鋲を抜くような馬鹿は。
 現段階では雰囲気が悪いだけなので、教師たちも手をこまねいて見ているばかり。本当にどうしたものか。我々数学部のように平穏に生活したいだけの市民に害が及ぶのは避けるべきだ。あいつら、俺を空気みたく扱いやがって。道はお前らのもんじゃねえっての!

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 最後は私怨しえんが垣間見えている。微妙にシンパシーを感じる。もしじかに会っていたら、この書き手とは友達になれていたかもしれない。

 記述からして、当時の事故は、校内を二分するほど大きな問題に発展していたらしいな。数学部の日誌の段階では、生徒会の解体までは触れられていないが、学校中を険悪な雰囲気にしてしまった科《とが》で、生徒会は立案部と、執行部に分けられたという事になるのだろうか。

「どうだい、太郎?」
 雄清は再び俺に意見を求めた。
「……一つ重大かつ、深刻な事実が浮かび上がってくると思う」
「なんだい?」
「飯沼春子は高校生活に重大なダメージを負った可能性が高い」
 雄清は俺の言葉を聞き、
「そんな、何をいまさら。人に大けがを負わせたんだから、それは当たり前だろう」
 といった。
「それはそうだが、新聞の記事で、それが強く示されたと思う」
「どういうことだい」
「堀越久美子のコメントをよく読んでみろ。『ここにいない人の事を悪く言っても仕方ないですし』って妙な言い方じゃないか。結局のところ記事にされて、全校生徒の目に触れることになるんだぞ。単にインタビューの場にいないという事ではなさそうだ」
「……そうなのかなあ?」
「で、次だ。『彼女に会えたのなら』これもおかしい。同じ学校にいるのだから、会おうと思えば、簡単に会えたはずだろう。そうでなければ、この堀越久美子がインタビューの時に思い付きで発言していることになる。そんな軽薄そうな人間に見えるようなことわざわざすると思うか?」
「確かに妙だね」
「要するにだ。飯沼春子は少なくとも、事故から二年後には、学校にいなかった可能性が高い」
「……転校?」
「ないし不登校になっていたか」
 どちらにせよ、その理由は決して前向きなものではなかったのだろう。
「それで、転部の件は? 山岳部に移っていたのか、飯沼は?」
「ああ、それは太郎の言う通りだったよ」
 雄清はそう言って、二十年前の山岳部の日誌を開いた。保存状態が悪かったらしく、ところどころにカビが生えている。
 鼻を抑えながら、見てみる。
 確かに部員名簿には、飯沼春子の名があった。これで、山岳部員が彼女の擁護をした理由も確かめられた。

 数学部の大先輩は、陸上部のエースを除く会長の中学の同級生は、会長の擁護をしていたと書いている。つまり飯沼春子を憎んだのは、同じフィールドに立つ、堀越久美子。
 俺はその記述から、一つの構図を思い浮かべた。それは、偶然にもここ最近、俺自身に投げかけられた問いにも類似していた。
 すべては持たないものの、持つものに対する嫉妬が原因だ。
 嫉妬は人を、夜叉やしゃにする。飯沼春子も周りの人間に翻弄ほんろうされたのだろう。

「太郎、どうしようか?」
 ……あまり、立ち入ったことは聞きたくなかったんだがな。
「答え合わせをするには、本人もしくは、飯沼春子に近しい人に当たるほかないだろう」
「そんなことできないでしょう」
 それが出来てしまうところが逆につらい。
「雄清。飯沼、山岳部で、何か連想しないか?」
「何のなぞなぞだい?」
「いいから」
「飯沼、山岳部、飯沼……あ」
 雄清もようやくそこで気づいたらしい。
「でも、偶然じゃ」
「もう裏は取ってある」
「それは、何という偶然。……というか、いやに、張り切っているね」
「ていうか、そろそろけりつけないとやばいだろ。俺が綿貫にどやされるんだから」
 雄清の宿題なのに。綿貫、俺のこと好きすぎかよ。奇遇だな、俺も大好きだぜ。
「それもそうか」

 俺たちは部室を後にし、職員室へと向かっていった。
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