悠々自適な高校生活を送ろうと思ったのに美少女がそれを許してくれないんだが

逸真芙蘭

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恋慕日記

結局やらされるのはポーター

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「夏帆ちゃん、もう疲れたんだが」
 別段疲れたわけではないのだが、長々と待たされていた俺は、多少退屈していた。
「お兄ちゃん何言ってるの? そんなんじゃ山男として生きていけないわよ」
「……俺は別に山に生きるつもりはさらさらないんだが」
「とにかく、そのくらい、ちょちょいと持ってよ」
 
 俺はため息をついて荷物を持ち直す。

 俺と夏帆ちゃんは、今日も名古屋にいた。名駅周辺のデパートで、夏帆ちゃんの買い物に付き合わされているのである。
 
 親父も過保護である。もう中三なんだから、一人で街に来るぐらいできるだろうに。
 やれ痴漢だ、やれ誘拐だ……それはある。

 しかしながら、いくら可愛い妹とはいえ、いいように使われるのは、気に食わなかったので、俺は皮肉を言う。

「お前大阪にいたんだろう。名古屋でわざわざ買うようなものなんてあるのか?」
「大阪の気質ってどうも私に合わないのよ。名古屋のハイカラな感じがいいの」
 名古屋を大阪よりハイカラな街として扱うやつは、生まれて初めて見た。我が妹ながら地元賛美が過ぎるのでは。尾張を、なんちゃって大都市圏なのでは、とうすうす気が付いている俺に対して、夏帆ちゃんの異常な地元愛はぶれない。

「どれも似たようなもんじゃないか。夏帆ちゃんなら何着ても似合うよ」
 そうなのだ。例えるなら、俺の大好きな綿貫が、怒っても、俺を叱っても、ドジをやらかしても、もちろん笑っても、可愛いように、夏帆ちゃんは何をしても可愛い。つまり何を着ようが、夏帆ちゃんは可愛いのである。むしろ、その傾国すらさせうるその美貌は、あえて地味な服を着ても、隠せないほどなのだ。……例えになっていない。

 妹に対する愛が溢れる実兄の横、本人は冷めた目で兄を見ている。
「……ほんとお兄ちゃん、ごみね」
「実の兄をごみ呼ばわりするな」
「そんなこと言ってばかりじゃ、さやかさんに愛想つかされちゃうわよ。さやかさんだって可愛い服着たら、褒めてもらいたいんだから」
「お前は、あいつには会ったことないだろうが」
 第一、綿貫はいつでも可愛さが、人間が認識出来る範囲を超越しているので、もはや彼女の美しさを形容すること自体、愚行でしかない。そんなレベルについていける俺も、かなりすごい。
 何を着ても可愛いのが夏帆ちゃんであるならば、綿貫は何を着なくても可愛いのである。むしろ服が彼女の美しさを、減じている可能性すらある。……うへへ。

 妹の横で、俺の変態脳が起動しかけていたところ、
「わかるわよ。女の子だもん」
 と夏帆ちゃんは言った。
 どうだか。

 そのあとも、何が違うのか良く分からないような、服やら、雑貨やらを夏帆ちゃんに見せられては意見を求められた。

 朝早くに起きだして、名古屋に来ていたので、普段から毎日十キロランニングしている、俺とは違って、現代っ子の夏帆ちゃんは歩き疲れてしまったようである。……夏帆ちゃんはほとんど手ぶらだったのに。

 そのため、カフェで休憩をとっていた。

「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだい夏帆ちゃん」
 コーヒに口をつけながら、本のページを繰っていた俺に、夏帆ちゃんは話しかけてきた。

「あの人、萌菜先輩じゃない」
 夏帆ちゃんが目線で示す方向を、そっと窺ってみる。
 
 後姿だし、椅子に座っているから良く分からないのだが、確かにあの頭は、萌菜先輩に似ている。
 そうは思ったが、
「他人の空似だろう。そもそも顔が見えないが」
 と言った。
「確かめてきてよ」
「いやだよ」
 面倒くさい。
「じゃ行ってくるよ」
 俺が制止することさえ叶わずに、夏帆ちゃんはその萌菜先輩に似た人のところに行ってしまった。

 夏帆ちゃんが、その御仁に声をかける。彼女は振り向いた。……本当に萌菜先輩じゃないか。最近、なぜかは知らないが、彼女によく遭遇する。名駅周辺は、綿貫家の近所と言えば近所だから、仕方ないのかもしれないが。

 萌菜先輩は、夏帆ちゃんに連れられ、俺たちの席へとやって来た。

「妹とデート中のシスコンの深山君、奇遇だねえ。また会ったね」
 何か余分な形容句が、長々とついていたような気がしなくもないが、俺は気にせず会釈した。
「どうもです。……お一人ですか?」
「なかなか意地悪なことを言うなあ。私がイブに一人で映画館にいたの、君も知っているだろう」
 お嬢様なのだから、一人でうろつくのは不自然だ、という意味で俺は言ったんだがな。

「……別に萌菜先輩だったら、誘えば誰でもついてきてくれると思うんですが。というか何人かの誘いを断っているんじゃないですか?」
「どうかな?」
 にんまりと彼女は悪戯いたずらっぽく笑う。
「違いますか?」
「違うねえ。だってもし君を誘ったとしても、君は来てくれないだろう。その時点で、誰でもじゃないってことになる」
 ……それは例外中の例外。第一、俺は萌菜先輩に気がないことを知っているのだから、応える義理もない。どうせ、うまく利用されるのがおちである。

「これからどうするの」
 萌菜先輩が俺たちに尋ねた。
「今から大須行こうと思ってたんです。萌菜さんもどうですか」
「おい、夏帆ちゃん。先輩は忙しいんだぞ」
 用事もなくこんなところにいるというのは、どうも考えにくい。

 というか、一緒にいるのは何だか気詰まりで、乗り気になれない。
 だいたい、今日は夏帆ちゃんと兄妹水入らずで過ごしていたのだ。たとえ萌菜先輩であろうと、それを邪魔することはできないのである。

「構わんぞ私は」
 ……。女傑は暇ですか。
「ほら、ね、お兄ちゃんいいでしょう? 決まりね」
 俺の意思は確認されない。

 ……最近俺の話を聞いてくれるやつが、全くいない気がするのは気のせいだろうか。見えざる手が、俺をカーストの底へ底へと、追いやろうとしている気がしてならない。

 大須。大須観音の門前町として発展した。21世紀に入ってからは、世界コスプレサミットが開かれるようになり、名古屋の商店街の中で、異彩を放っている。

 大須商店街を一言でまとめるならば、「ごった煮」というほどふさわしい表現はないだろう。
 それが街の気質のせいか知らないが、大須観音を中心に催される、祭りや、呉服屋などの伝統文化が色濃く残る一方で、先程のコスプレサミットのように、俗にオタク文化と言われるようなもの、広場では大道芸が披露されたり、海外で流行する最新の大衆文化や、奇抜なファッションといった若者文化も受け入れられている。
 大須が大須としてあり続けるために、変容を受け入れ、新しいものを吸収し、街は変わり続けているのだ。

「本当にごちゃまぜだな」
 一言、俺は感想をこぼす。何回か来たことはあるのだが、感じることはいつもそれである。

「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだい夏帆ちゃん」
「まだ『ちゃん』をつけているんだね」
 妹の呼びかけに反応した俺に、萌菜先輩はニヤリとしながら言った。
 ……こういうのは開き直ったもん勝ちだ。
「誰にだってつけられますよ、萌菜ちゃん。……隆一さんは萌ちゃんって言ってましたっけ? 俺もそう呼んでいいですか、萌ちゃん?」
 萌菜先輩は自分の体を抱くようにして、二、三歩下がり、
「……気持ち悪い」
 
 本気でドン引きされた。……いいよその反応。美女にドン引きされるって、ちょっとドキドキする。えへへ。我々の業界ではご褒美です。
 もっと言って下さい、と言わないだけの理性は、幸いにも残っていた。

 俺が新しい扉を開きかけている中、夏帆ちゃんは再三、俺の袖を引く。
「ねえ、お兄ちゃんてば」
「……なんだい夏帆ちゃん」
「私お腹減った」
 悦から覚めた俺は、低い調子で返す。
「そうか、もう昼時か」

 せっかくここまで出てきたのだし、名古屋らしいものを食べたいと俺は思った。……いつも食べてるけど。

 味噌カツなんかどうだろうか。
 だが、夏帆ちゃんはともかく、萌菜先輩の抜群のプロポーションを見るに、そんな脂っこいものは受け付けそうにないな。
 
 というわけで、俺は自分の意見を押し殺して、萌菜先輩に尋ねた。
「なにか食べたいものはないですか」

「「味噌カツ!」」

 異口同音に出た台詞。口元が隠されていれば、目の前の美少女二人が、発した言葉だとは、露も思わなかったろう。

 ……嗚呼、この女達、いいわ。


 



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