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恋慕日記
イベントをきっかけに付き合い出す奴らはすぐ分かれる
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教室の中心に向かい、わいわいと、打ち上げの打ち合わせをしている、連中の中に、予餞会のリーダーを務める某君の姿を認め、近づいて声をかけた。
「なんだ深山?」
「ちょっと話があるんだが、いいか」
例のマントの件だとわかったらしく、すぐに某君は廊下までついてきてくれた。
「その人は?」
某君は廊下にいた佐藤を見て、俺に尋ねる。
「ちょっとしたおまけだから気にしなくていい」
「……おまけって何よ」
なんか佐藤が抗議の文句を並べていたが、気にせんでいいだろう。
「で、深山、話ってなんだ?」
「演者と一緒にカットされたシーンがあるって聞いたんだが」
「ああそのことか。関係ないと思ったから話さなかったんだが」
どうやら本気でそう思っているらしい。
「それって誰か教えてもらえるか?」
「綾部だよ。ほらA組の女子と付き合っている」
男女の話など聞かされても、俺にはてんでわからない。
「もしかして、水瀬さん?」
佐藤が尋ねた。
「あっ、そうそう。水瀬さん」
俺だけ置いてけぼりだ。
誰だよ水瀬って。水瀬と言ったら、世界標準でいっても、心がぴょんぴょんするワードであるはずである。
「おい佐藤、ご注文は俺にもわかる説明だ」
「……さっきの青い服の子よ。……というか男子の方、鈴木でも山田でもないじゃない。あんた、クラスの人の名前くらい覚えなさいよ」
……青い服を着たのがチノち……じゃなくて水瀬さんで、その彼氏が売れない役者の綾部? 覚えにくいな。
某君は話を続けた。
「でも特に問題なかったと思うけどな。みんなで話し合って決めたことだし。綾部も納得したと思う」
「……そうか」
みんな、ね。
この世界の正義は多数決だ。少数派は涙をのむしか生きる方法はない。
これが、俺達の望んだ民主主義の真理。多数決は不動の正義なのだ。
……だのに、世間は若者に個性を持てという。
個性、それはその人しか持ちえない、光る才能。確かに無いよりあったほうが断然いいのだろうが、それを手にすることは容易ではない。
みんながみんな、モネになれるわけでも、スティーブ・ジョブズになれるわけでも、イチローになれるわけでもない。
そんなことは誰にだってわかるはずだ。
そもそも企業が欲するのは、上の言うとおりに動く、従順な社畜じゃないのか。
個性を発揮されては困るはずだ。
大人たちは、子供に自分達の出来ないことをさせる嫌いがあるが、これはその典型だと思う。
いい加減な夢を、いたいけな少年少女に見させるのはやめてほしい。
世界の普遍の真理は、多数決で、少数派は大多数の人間の幸福を脅かす、悪である。話してもわからないのが集団心理。学校の教師はそう教えるべきだ。
俺がその事を教えてもらったのは、もう十年以上も前のことである。小さい頃のことなど、殆ど覚えてはいないのだが、あまりに印象深いことだったので、強烈に記憶に焼き付いている。
*
まだ俺が五歳くらいの頃、保育園の園長が、他の園児と喧嘩して、園庭の隅でミミズを掘っていた俺に言った。
「社会は、人と違うことをする人を受け入れてはくれません。だから、太郎君はもっとお友達と仲良くしなさい」
記憶はあやふやだが、鬼ごっこでずっと俺が鬼をやるのは、不公平だと文句を言ったら、組の連中から、仲間はずれにされた、とかそんな感じだったろう。それで、一人でいたのだが、輪からはずれる俺は、異端児と映るのか、園長に教育されたのだろう。
余談だが、俺がこんな文言を覚えていた理由は、その後にある。
「人と一緒にいると、嫌な思いをすることが多いもん。だから、固まっている奴らは馬鹿だ」
「……辛い時でも、笑いなさい。そうすれば、幸せになれます。私は毎日笑っているので、こんなに幸せですよ。ほら、太郎君も、にこー」
「でも先生、結婚できないってこの前泣いてたって、担任の由美子先生が他の先生と話してた」
そう言ったら、本気で落ち込んでしまった彼女を、俺が、訳も分からず慰める羽目になった。
家に帰ってから、そのことをお袋に話したところ、お袋は面白がってノートに書き留めたので、園長号泣事件は、深山家の面白エピソードの一つとして、今でも語り草となっている。……なんか俺がいじめているみたいだな。彼女は結婚できたのだろうか?
まあ、ともかくだ、学校の教師たちより、俺の保育園の園長のほうが、優秀だったということになるのだろう。……婚活はうまく行っていなかったみたいだが。
世界は個性を受け入れる優しい場所。生きたいように生きなさい。そんな甘言はもはや小学生にすら通用しない。
学校は夢を見させる場所ではなく、現実を教える場所であるべきだと思う。
綾部という男が、それをすんなり受け入れられるやつなのか、俺には判断がつかないが。
俺が、懐かしい思い出に浸っていたところ、某君が尋ねてきた。
「他になんかあるか?」
「衣装班の人に話を聞きたいんだが」
「わかった。呼んでくる」
すぐに某君は、女子を連れて廊下に戻ってきた。
その女子というのは、例の白鴉事件で鞄を盗まれた、智代ちゃんだ。
「あれえ? 深山君」
智代は俺達を見るなり、にっこりと笑った。この女、おそらく俺と佐藤の仲を勘違いしている。
「綿貫さんはどうしたの?」
どどどどどっどうしてあいつの名前が? 俺は内心パニックに陥るのを、必死に隠そうとして、震える声で返答した。
「べっ、別にどうもしていないが」
「そう。で、話って?」
呆気なく、本題に入る。こっちが拍子抜けするくらいに。
俺は小さく咳払いしてから、彼女に尋ねた。
「無くなったマントの事なんだが、どういうマントだったかわかるか?」
「マントォ? えっと、ウールの黒いマントだけど、どうって言われてもねえ。あっそうだ、写真見る?」
そういって、智代はスマートフォンを取り出した。……彼女には校則という概念がないのだろうか?
「これよこれ」
黒いマント。確かにそう表現せざるを得ないか。マントなぞ、日常で頻繁に目にするものではないから、なかなか言葉で言い表すのは難しい。
「これはいつまで、確かに、あったんだ?」
智代は人差し指を顎のあたりに当てて、答えた。
「うーんと、第二体育館には運び込んだの確認したから、今日は確かにあったわよ」
「わかった。ありがとう」
「どういたまして。……あれ? どういたましまして? ……どういたすまして?」
一人で首をひねりながら、脳内辞書を必死に引いている彼女をしり目に、某君が言う。
「後は何かあるか?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
「そうか。……今日打ち上げやるんだけど、深山も来るか?」
よくある社交辞令。答えは一択だ。
「……俺はいいよ。大したことしてないから」
「そうだな」
肯定されちゃったよ。事実その通りではあるけれども。
某君と、まだ正しい言葉が出てきてないらしい智代は、クラスの方へと戻っていった。……某君が、智代の腰に手を回して。
打ち上げ後、そのままお持ち帰りでもするのだろうか。不潔不潔。塩撒いとこ。
多分、女の化粧ポーチにはすでに避妊具でも入っているのだろう。女性ホルモンが出ると、肌艶が良くなるらしいからな。だから、化粧ポーチに入れるのかもしれない。……違うかもしれない。
学校祭のときもそうだったのだが、イベントがあると、どうにもカップルが量産されるようである。
目につくところで、イチャコライチャコラ。
……別に俺は、リア充が嫌いというわけではない。
末永く充実した性生活を送ってもらって、子供を大量に生産してもらえれば、国力も上がって万々歳だ。
綿貫のような、生きているだけで意味のある、ブルジョアを超えた存在を支える国民は多いほうが良い。
産めよ殖やせよ。
俺の役目は、そんな、綿貫を支える大衆を押しのけ、彼女をお姫様抱っこすること。
……お姫様抱っこすると、手がちょっと柔らかいものに触れそう。
……
やべ、涎出てきた。
なんにせよ、俺はバカップルに寛大な方だと思う。
腹が立つとすれば、クラスの学校祭カップルに席を挟まれたとき、彼らがタオルを共有しようと、俺の頭を通り越して投げようとしたところ、アホ女が目測を誤って、俺の顔にぶつけたときぐらいである。
どんだけ、体液混ぜ合わせたいんだよ、お前らは。
そいつらは、今はすでに、目線すら合わせていないが。……ぷっ。
……さて。
「執行室行くか」
二人だけになったところで、佐藤に言う。
「いいの? ほかに聞き込みしなくて」
聞き込みねえ。なんか調べておくことはあっただろうか?
……
「あー、ちょっと寄り道してもいいか」
あまり確証の得られるものではないだろうが。
「いいけど」
妙なもので、俺へのあたりが強いくせに、佐藤は俺の寄り道に付き合ってくれるらしい。
今日は、たまたま機嫌が良かったのかもしれないが。
茶柱が立ってたとかそんな感じだろう。
「ねえ、どこ向かってんの?」
行先も告げずに歩き出した俺に、佐藤は問いかける。
「ちょっちな」
俺はそそくさと歩を進めた。早く仕事を終わらせるに越したことはない。
目的地に向かっている途中で、綿貫のクラスが練習をしているのを発見した。こんな寒いのに外で練習とは。きょろきょろと綿貫を探してみたのだが、見つけることはできなかった。
それから向かったのは、部室棟の裏。
裏門が近くにあって、ごみ捨て場となっているところである。
「こんな所に何の用よ」
佐藤は訝しんで俺を見た。
「安心しろ。俺はお前に変なことをするつもりはない」
「当たり前でしょうが! で、なんなのよ」
平手打ちが飛んでくるかもと思ったのだが、まだ不発。本当に今日は機嫌がよいらしい。
「あれだよ」
俺が顎で示した方を佐藤も見た。
「なにあれ? ストーブ?」
「まあ、そんなものだ」
「ちょっと、真面目に答えてよ」
「じゃあまともなことを言え」
「……お風呂?」
「わかった。お前はボケたいだけなんだな。キャラ作りご苦労」
「うっ、うっさいわね」
俺は勝手に色を成している佐藤を、放っておいて、佐藤がストーブだと言った、煙突付の装置に近づいて、ふたを開けてみた。鎮火されて少し時間が経っているようだが、少なくとも今日何かを燃やしたことは確からしい。俺は手で仰ぐようにして、燃えカスの臭いを嗅いだ。……臭いはあまり残っていないか。
「なにしてんのよ」
「うん。もういい。帰る」
そういって、俺は執行室のある本館へと足を運ぶ。佐藤は、待ちなさいよ、と叫びながら、ついてきた。
帰るとき、再び綿貫のC組の練習場所の横を通った。再三、綿貫がいないかと、目で探す。すると今度は見つけることができた。
手を振ろうかと迷っていたところ、綿貫は、こちらに気が付いて、近づいてきた。
「深山さん、留奈さん、こんにちは」
「よう」
「おつかれこっちゃん」
「どうかなさいましたか?」
部活でもないのに、校舎をぶらついている俺達を見て、綿貫は不審に思ったのだろう。
「ちょっと、萌菜先輩におつかいというか、またお願い事をされてな」
「そうですか。解決しそうですか?」
「うーん、多分。……聞きたいんだが、お前、綾部って知っているか?」
「えっと、コメディアンの方ですか? テレビはあまり見ないのですが、名前だけは存じております」
「あ、そっちじゃなくて、B組の綾部なんだが」
「あ、はい。存じております」
「今日ここを通ったりしなかったか? 部室棟の裏に行くような」
俺の質問を聞いて、綿貫は困ったような顔をする。そんな綿貫も可愛い。心がぴょんぴょんする。
「そうですねえ。どうやら事件があったみたいで、先生方が何人かあわただしくしておられましたが。……B組の綾部さん。……通りましたね。はい、通ったと思います」
「そうか。わかった、ありがとう」
綿貫は俺の言葉を聞いて微笑んで、
「後でお話聞かせてくださいね」
といった。
綿貫とお話しして、ポジティブチャージしたところ、そんな幸福感をぶち壊すことが起きる。
耳になじんだ、校内放送のベルが鳴る。
「連絡です。山岳部員深山太郎君、執行委員長がお呼びです。すぐに執行室に来てください。繰り返します。山岳部員深山太郎君、執行委員長がお呼びです。すぐに執行室に来てください」
……ほんと勘弁してほしい。
端から逃げる気などなかったのだが、先ほどの放送のせいで、やたら足取りが重くなった俺ではあったが、報復が怖かったので、仕方なしに執行室の扉の前にたっている。佐藤は先に部室に戻った。
三回ノックして、どうぞ、という声がかかる。
「失礼します」
執行室に入ったところ、萌菜先輩と雄清がいた。
「どこに行っていたの深山君? 探したよ」
萌菜先輩にとっては、放送をかけることが、探すということらしい。足を使ったのか甚だ怪しい。
「ちゃんと調べてただけなんですが」
「だめよ、男の子は、女の子待たせちゃ」
なんという暴論。……。
「わかりました。俺の負けです」
綿貫萌菜という女性には、論理というものは通用しないらしい。より正確に言うならば、俺がルールだ、を地で行く人なので、俺の論理を当てはめようとすること自体、間違いなのだ。
要するに萌菜先輩は神。
それに対抗するには、ゴッデス綿貫を召喚する必要があるが、生憎この場にはいない。
「それで収穫はあったの?」
「まあ、一応。でも確信にはまだ」
「そう、あとどれくらいかかる?」
「明日までには何とか」
「わかった。うまくいったらご褒美に、頭なでなでしてあげる」
「遠慮しときます。では失礼します」
そういってそそくさと、執行室から出てきた。
「なんだ深山?」
「ちょっと話があるんだが、いいか」
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「その人は?」
某君は廊下にいた佐藤を見て、俺に尋ねる。
「ちょっとしたおまけだから気にしなくていい」
「……おまけって何よ」
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「演者と一緒にカットされたシーンがあるって聞いたんだが」
「ああそのことか。関係ないと思ったから話さなかったんだが」
どうやら本気でそう思っているらしい。
「それって誰か教えてもらえるか?」
「綾部だよ。ほらA組の女子と付き合っている」
男女の話など聞かされても、俺にはてんでわからない。
「もしかして、水瀬さん?」
佐藤が尋ねた。
「あっ、そうそう。水瀬さん」
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「おい佐藤、ご注文は俺にもわかる説明だ」
「……さっきの青い服の子よ。……というか男子の方、鈴木でも山田でもないじゃない。あんた、クラスの人の名前くらい覚えなさいよ」
……青い服を着たのがチノち……じゃなくて水瀬さんで、その彼氏が売れない役者の綾部? 覚えにくいな。
某君は話を続けた。
「でも特に問題なかったと思うけどな。みんなで話し合って決めたことだし。綾部も納得したと思う」
「……そうか」
みんな、ね。
この世界の正義は多数決だ。少数派は涙をのむしか生きる方法はない。
これが、俺達の望んだ民主主義の真理。多数決は不動の正義なのだ。
……だのに、世間は若者に個性を持てという。
個性、それはその人しか持ちえない、光る才能。確かに無いよりあったほうが断然いいのだろうが、それを手にすることは容易ではない。
みんながみんな、モネになれるわけでも、スティーブ・ジョブズになれるわけでも、イチローになれるわけでもない。
そんなことは誰にだってわかるはずだ。
そもそも企業が欲するのは、上の言うとおりに動く、従順な社畜じゃないのか。
個性を発揮されては困るはずだ。
大人たちは、子供に自分達の出来ないことをさせる嫌いがあるが、これはその典型だと思う。
いい加減な夢を、いたいけな少年少女に見させるのはやめてほしい。
世界の普遍の真理は、多数決で、少数派は大多数の人間の幸福を脅かす、悪である。話してもわからないのが集団心理。学校の教師はそう教えるべきだ。
俺がその事を教えてもらったのは、もう十年以上も前のことである。小さい頃のことなど、殆ど覚えてはいないのだが、あまりに印象深いことだったので、強烈に記憶に焼き付いている。
*
まだ俺が五歳くらいの頃、保育園の園長が、他の園児と喧嘩して、園庭の隅でミミズを掘っていた俺に言った。
「社会は、人と違うことをする人を受け入れてはくれません。だから、太郎君はもっとお友達と仲良くしなさい」
記憶はあやふやだが、鬼ごっこでずっと俺が鬼をやるのは、不公平だと文句を言ったら、組の連中から、仲間はずれにされた、とかそんな感じだったろう。それで、一人でいたのだが、輪からはずれる俺は、異端児と映るのか、園長に教育されたのだろう。
余談だが、俺がこんな文言を覚えていた理由は、その後にある。
「人と一緒にいると、嫌な思いをすることが多いもん。だから、固まっている奴らは馬鹿だ」
「……辛い時でも、笑いなさい。そうすれば、幸せになれます。私は毎日笑っているので、こんなに幸せですよ。ほら、太郎君も、にこー」
「でも先生、結婚できないってこの前泣いてたって、担任の由美子先生が他の先生と話してた」
そう言ったら、本気で落ち込んでしまった彼女を、俺が、訳も分からず慰める羽目になった。
家に帰ってから、そのことをお袋に話したところ、お袋は面白がってノートに書き留めたので、園長号泣事件は、深山家の面白エピソードの一つとして、今でも語り草となっている。……なんか俺がいじめているみたいだな。彼女は結婚できたのだろうか?
まあ、ともかくだ、学校の教師たちより、俺の保育園の園長のほうが、優秀だったということになるのだろう。……婚活はうまく行っていなかったみたいだが。
世界は個性を受け入れる優しい場所。生きたいように生きなさい。そんな甘言はもはや小学生にすら通用しない。
学校は夢を見させる場所ではなく、現実を教える場所であるべきだと思う。
綾部という男が、それをすんなり受け入れられるやつなのか、俺には判断がつかないが。
俺が、懐かしい思い出に浸っていたところ、某君が尋ねてきた。
「他になんかあるか?」
「衣装班の人に話を聞きたいんだが」
「わかった。呼んでくる」
すぐに某君は、女子を連れて廊下に戻ってきた。
その女子というのは、例の白鴉事件で鞄を盗まれた、智代ちゃんだ。
「あれえ? 深山君」
智代は俺達を見るなり、にっこりと笑った。この女、おそらく俺と佐藤の仲を勘違いしている。
「綿貫さんはどうしたの?」
どどどどどっどうしてあいつの名前が? 俺は内心パニックに陥るのを、必死に隠そうとして、震える声で返答した。
「べっ、別にどうもしていないが」
「そう。で、話って?」
呆気なく、本題に入る。こっちが拍子抜けするくらいに。
俺は小さく咳払いしてから、彼女に尋ねた。
「無くなったマントの事なんだが、どういうマントだったかわかるか?」
「マントォ? えっと、ウールの黒いマントだけど、どうって言われてもねえ。あっそうだ、写真見る?」
そういって、智代はスマートフォンを取り出した。……彼女には校則という概念がないのだろうか?
「これよこれ」
黒いマント。確かにそう表現せざるを得ないか。マントなぞ、日常で頻繁に目にするものではないから、なかなか言葉で言い表すのは難しい。
「これはいつまで、確かに、あったんだ?」
智代は人差し指を顎のあたりに当てて、答えた。
「うーんと、第二体育館には運び込んだの確認したから、今日は確かにあったわよ」
「わかった。ありがとう」
「どういたまして。……あれ? どういたましまして? ……どういたすまして?」
一人で首をひねりながら、脳内辞書を必死に引いている彼女をしり目に、某君が言う。
「後は何かあるか?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
「そうか。……今日打ち上げやるんだけど、深山も来るか?」
よくある社交辞令。答えは一択だ。
「……俺はいいよ。大したことしてないから」
「そうだな」
肯定されちゃったよ。事実その通りではあるけれども。
某君と、まだ正しい言葉が出てきてないらしい智代は、クラスの方へと戻っていった。……某君が、智代の腰に手を回して。
打ち上げ後、そのままお持ち帰りでもするのだろうか。不潔不潔。塩撒いとこ。
多分、女の化粧ポーチにはすでに避妊具でも入っているのだろう。女性ホルモンが出ると、肌艶が良くなるらしいからな。だから、化粧ポーチに入れるのかもしれない。……違うかもしれない。
学校祭のときもそうだったのだが、イベントがあると、どうにもカップルが量産されるようである。
目につくところで、イチャコライチャコラ。
……別に俺は、リア充が嫌いというわけではない。
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綿貫のような、生きているだけで意味のある、ブルジョアを超えた存在を支える国民は多いほうが良い。
産めよ殖やせよ。
俺の役目は、そんな、綿貫を支える大衆を押しのけ、彼女をお姫様抱っこすること。
……お姫様抱っこすると、手がちょっと柔らかいものに触れそう。
……
やべ、涎出てきた。
なんにせよ、俺はバカップルに寛大な方だと思う。
腹が立つとすれば、クラスの学校祭カップルに席を挟まれたとき、彼らがタオルを共有しようと、俺の頭を通り越して投げようとしたところ、アホ女が目測を誤って、俺の顔にぶつけたときぐらいである。
どんだけ、体液混ぜ合わせたいんだよ、お前らは。
そいつらは、今はすでに、目線すら合わせていないが。……ぷっ。
……さて。
「執行室行くか」
二人だけになったところで、佐藤に言う。
「いいの? ほかに聞き込みしなくて」
聞き込みねえ。なんか調べておくことはあっただろうか?
……
「あー、ちょっと寄り道してもいいか」
あまり確証の得られるものではないだろうが。
「いいけど」
妙なもので、俺へのあたりが強いくせに、佐藤は俺の寄り道に付き合ってくれるらしい。
今日は、たまたま機嫌が良かったのかもしれないが。
茶柱が立ってたとかそんな感じだろう。
「ねえ、どこ向かってんの?」
行先も告げずに歩き出した俺に、佐藤は問いかける。
「ちょっちな」
俺はそそくさと歩を進めた。早く仕事を終わらせるに越したことはない。
目的地に向かっている途中で、綿貫のクラスが練習をしているのを発見した。こんな寒いのに外で練習とは。きょろきょろと綿貫を探してみたのだが、見つけることはできなかった。
それから向かったのは、部室棟の裏。
裏門が近くにあって、ごみ捨て場となっているところである。
「こんな所に何の用よ」
佐藤は訝しんで俺を見た。
「安心しろ。俺はお前に変なことをするつもりはない」
「当たり前でしょうが! で、なんなのよ」
平手打ちが飛んでくるかもと思ったのだが、まだ不発。本当に今日は機嫌がよいらしい。
「あれだよ」
俺が顎で示した方を佐藤も見た。
「なにあれ? ストーブ?」
「まあ、そんなものだ」
「ちょっと、真面目に答えてよ」
「じゃあまともなことを言え」
「……お風呂?」
「わかった。お前はボケたいだけなんだな。キャラ作りご苦労」
「うっ、うっさいわね」
俺は勝手に色を成している佐藤を、放っておいて、佐藤がストーブだと言った、煙突付の装置に近づいて、ふたを開けてみた。鎮火されて少し時間が経っているようだが、少なくとも今日何かを燃やしたことは確からしい。俺は手で仰ぐようにして、燃えカスの臭いを嗅いだ。……臭いはあまり残っていないか。
「なにしてんのよ」
「うん。もういい。帰る」
そういって、俺は執行室のある本館へと足を運ぶ。佐藤は、待ちなさいよ、と叫びながら、ついてきた。
帰るとき、再び綿貫のC組の練習場所の横を通った。再三、綿貫がいないかと、目で探す。すると今度は見つけることができた。
手を振ろうかと迷っていたところ、綿貫は、こちらに気が付いて、近づいてきた。
「深山さん、留奈さん、こんにちは」
「よう」
「おつかれこっちゃん」
「どうかなさいましたか?」
部活でもないのに、校舎をぶらついている俺達を見て、綿貫は不審に思ったのだろう。
「ちょっと、萌菜先輩におつかいというか、またお願い事をされてな」
「そうですか。解決しそうですか?」
「うーん、多分。……聞きたいんだが、お前、綾部って知っているか?」
「えっと、コメディアンの方ですか? テレビはあまり見ないのですが、名前だけは存じております」
「あ、そっちじゃなくて、B組の綾部なんだが」
「あ、はい。存じております」
「今日ここを通ったりしなかったか? 部室棟の裏に行くような」
俺の質問を聞いて、綿貫は困ったような顔をする。そんな綿貫も可愛い。心がぴょんぴょんする。
「そうですねえ。どうやら事件があったみたいで、先生方が何人かあわただしくしておられましたが。……B組の綾部さん。……通りましたね。はい、通ったと思います」
「そうか。わかった、ありがとう」
綿貫は俺の言葉を聞いて微笑んで、
「後でお話聞かせてくださいね」
といった。
綿貫とお話しして、ポジティブチャージしたところ、そんな幸福感をぶち壊すことが起きる。
耳になじんだ、校内放送のベルが鳴る。
「連絡です。山岳部員深山太郎君、執行委員長がお呼びです。すぐに執行室に来てください。繰り返します。山岳部員深山太郎君、執行委員長がお呼びです。すぐに執行室に来てください」
……ほんと勘弁してほしい。
端から逃げる気などなかったのだが、先ほどの放送のせいで、やたら足取りが重くなった俺ではあったが、報復が怖かったので、仕方なしに執行室の扉の前にたっている。佐藤は先に部室に戻った。
三回ノックして、どうぞ、という声がかかる。
「失礼します」
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「どこに行っていたの深山君? 探したよ」
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「ちゃんと調べてただけなんですが」
「だめよ、男の子は、女の子待たせちゃ」
なんという暴論。……。
「わかりました。俺の負けです」
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要するに萌菜先輩は神。
それに対抗するには、ゴッデス綿貫を召喚する必要があるが、生憎この場にはいない。
「それで収穫はあったの?」
「まあ、一応。でも確信にはまだ」
「そう、あとどれくらいかかる?」
「明日までには何とか」
「わかった。うまくいったらご褒美に、頭なでなでしてあげる」
「遠慮しときます。では失礼します」
そういってそそくさと、執行室から出てきた。
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由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
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そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
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ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
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※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
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