87 / 88
恋慕日記
知られるだけで救われるなんて本当なのかな
しおりを挟む
「私は君が好きだ」
それはどんな言葉よりもシンプルで、しかしだからこそ、彼女の熱い気持ちがビシビシと伝わって来た。
だが俺にはそれを受け止めることができない。
「先輩、俺は……俺はさやかさんが好きです」
「……うん。知ってるよ。……よく知ってる」
そういって、ボロボロと彼女は泣き出してしまう。涙が落ちて、しぶきが足元にかかる。
俯いた彼女に声を掛けようとしたところ、突然先輩は手を上げた。
殴られるのだと思った。でもそれも仕方ないのかもしれない。先輩がいつから俺の事を好きだったのかはよく分からないが、決して短くはない期間、俺は彼女に苦痛を与え続けてきたのだから。
大きく振られた、先輩の手は、俺の頬に当たる直前で止まった。
「どうして……どうして逃げないの? そんなんじゃ嫌いになれないよ」
「俺は……」
次の瞬間体が浮いた。そして冷たい感触がして、気づいたらプールに落ちていた。先輩に突き飛ばされたのだ。
水面に顔を出して、先輩の方を見たら、彼女も一緒に飛び込んできた。ずぶぬれになった彼女のシャツは、身体に張り付き、下着を透かしてしまっている。
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。さやかが好きなら、私に優しくなんてしないでよ! 誰にでも良い格好なんてしないでよ! どうして冷たくしないの? どうして微笑みかけてくるの? どうしてさやかが好きなのに、私と楽しそうに話をするの? 大嫌い! 君なんか大嫌いだ!」
そういって、ぽかりぽかりと俺の事を叩いてくる。
か弱い少女の弱弱しいパンチのはずなのに、痛かった。佐藤の平手打ちよりも、斎藤薫に殴られて、口を切った時よりも、痛かった。
「大嫌いだよ。本当は誰よりも優しいのに、周りの人間が怖くて、自分にすら嘘をついて、優しくない態度を取って。素直じゃなくて、皮肉ばかり言って、格好つけて、厭世的な態度を取って、周りの事がよくわかるのに、分からないふりをして、自分を殺してしまう。本当は誰よりも、周りの事をよく考えているのに、この世はどうにもならないだなんて言って、逃げているばかりの君が大嫌いだ!」
次第に先輩の手の動きは止まり、最期に、
「でも、好きなんだよ。私は深山君が好きなの」
と言ってまた泣き始めてしまう。
それから、俺の方に倒れ掛かってきて、肩に手を置き、顔を俺の胸に埋めるようにした。
「あの先輩……」
「お願い。突き放さないで。今だけだから。もうこんなこと絶対しないから。今だけ。本当にこれで終わりにするから。しばらくこのままで居させて」
そういって、数分間俺の目の前で、体を震わせるようにして泣いていた。
泣いて泣いて、泣きはらした顔をした萌菜先輩も、少し落ち着いてきたらしい。
プールから上がって、俺は着替えを貸してもらい、先輩もシャワーを浴びて着替えていたのだが、俺を申し訳なさそうに見て、
「ほんと、みっともないよね」
「……いえ」
「こうなったら、さやかよりもいい女になって、深山君よりもいい男捕まえて、十年後の君に地団駄を踏ませるよ。どうしてあの時捕まえとかなかったんだって」
「先輩……」
「……ごめん、強がった」
目をこすりながら彼女は言った。
「みんなでソルトレークに行くというのはどうかな?」
「どうしてです?」
ソルトレークというのは米国西部の都市だ。モルモン教の総本部がある。戦時中の排日運動の影響で、米国各地から移り住んだ日系人が多くすんでいるが。
「雰囲気的に一夫多妻でも行けそう。私は第二夫人でいいよ」
「……いや、普通に違法ですし、今は教条にもないですよ」
宗派によっては聖職者に強い貞操観念を求めるキリスト教において、一夫多妻制を認めた初期のモルモン教というのは、完全な異端児だったろう。
「……兵どもが夢の跡か。世間から非難され、逃げて逃げて、ようやく手にした新天地でも理想を貫けないとは」
「理想というより欲望に近いですが」
「愛は欲望と違う。そして、愛の形は一つではないはずだよ」
「そうですか。……でもそれは俺の理想ではないですね」
「君のキャパは大きいんじゃなかった?」
「……いや、それは」
「ごめん、ちょっといじわるだったね。冗談だよ。でも滅多なことは言うもんじゃないよ」
「はい。すみません」
「いいんだ。もしここで君が、Yesと答えるようなことがあれば、私は君のことを嫌いになっていたと思う。だから、いいんだ」
「……俺降りますけど、どうします?」
「しばらくここにいるよ。……下で待っててもらえる?」
五分後に降りてきた彼女の顔には、泣いた跡も何も無くなってしまっていた。
*
「これでよかったと思うか?」
萌菜先輩を屋敷に連れ帰って、解散した後で、帰り道に夏帆ちゃんに尋ねた。
「だって、そうする他なかったじゃないの。お兄ちゃん。それともさやかさん泣かせたかった? 今回は絶対に誰かが泣く羽目になったのよ。誰も傷つかずには居られなかったの」
「……そうかもしれんが」
「いつまでもうじうじしてないで、シャキッとしなよ。お兄ちゃんが好きなのはさやかさんでしょう。他の女の人泣かせるぐらいの覚悟ぐらい持ってよ」
覚悟か。
人に心を開けば、誰かを傷つけ、自分を傷つける。
それを嫌った俺は、周りに心を閉ざして過ごしてきた。
でも、好きな奴ができて、人並みに生きようと思った。
周りに関われば、誰かを傷つけ、自分を傷つける。
十数年避け続けた現実に、今になって再び向き合うことになった。
逃げてしまいたい。足がすくむ。
だけど、夏帆ちゃんの言うとおりなのだろう。
逃げるのは終わりにしよう。
それはどんな言葉よりもシンプルで、しかしだからこそ、彼女の熱い気持ちがビシビシと伝わって来た。
だが俺にはそれを受け止めることができない。
「先輩、俺は……俺はさやかさんが好きです」
「……うん。知ってるよ。……よく知ってる」
そういって、ボロボロと彼女は泣き出してしまう。涙が落ちて、しぶきが足元にかかる。
俯いた彼女に声を掛けようとしたところ、突然先輩は手を上げた。
殴られるのだと思った。でもそれも仕方ないのかもしれない。先輩がいつから俺の事を好きだったのかはよく分からないが、決して短くはない期間、俺は彼女に苦痛を与え続けてきたのだから。
大きく振られた、先輩の手は、俺の頬に当たる直前で止まった。
「どうして……どうして逃げないの? そんなんじゃ嫌いになれないよ」
「俺は……」
次の瞬間体が浮いた。そして冷たい感触がして、気づいたらプールに落ちていた。先輩に突き飛ばされたのだ。
水面に顔を出して、先輩の方を見たら、彼女も一緒に飛び込んできた。ずぶぬれになった彼女のシャツは、身体に張り付き、下着を透かしてしまっている。
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。さやかが好きなら、私に優しくなんてしないでよ! 誰にでも良い格好なんてしないでよ! どうして冷たくしないの? どうして微笑みかけてくるの? どうしてさやかが好きなのに、私と楽しそうに話をするの? 大嫌い! 君なんか大嫌いだ!」
そういって、ぽかりぽかりと俺の事を叩いてくる。
か弱い少女の弱弱しいパンチのはずなのに、痛かった。佐藤の平手打ちよりも、斎藤薫に殴られて、口を切った時よりも、痛かった。
「大嫌いだよ。本当は誰よりも優しいのに、周りの人間が怖くて、自分にすら嘘をついて、優しくない態度を取って。素直じゃなくて、皮肉ばかり言って、格好つけて、厭世的な態度を取って、周りの事がよくわかるのに、分からないふりをして、自分を殺してしまう。本当は誰よりも、周りの事をよく考えているのに、この世はどうにもならないだなんて言って、逃げているばかりの君が大嫌いだ!」
次第に先輩の手の動きは止まり、最期に、
「でも、好きなんだよ。私は深山君が好きなの」
と言ってまた泣き始めてしまう。
それから、俺の方に倒れ掛かってきて、肩に手を置き、顔を俺の胸に埋めるようにした。
「あの先輩……」
「お願い。突き放さないで。今だけだから。もうこんなこと絶対しないから。今だけ。本当にこれで終わりにするから。しばらくこのままで居させて」
そういって、数分間俺の目の前で、体を震わせるようにして泣いていた。
泣いて泣いて、泣きはらした顔をした萌菜先輩も、少し落ち着いてきたらしい。
プールから上がって、俺は着替えを貸してもらい、先輩もシャワーを浴びて着替えていたのだが、俺を申し訳なさそうに見て、
「ほんと、みっともないよね」
「……いえ」
「こうなったら、さやかよりもいい女になって、深山君よりもいい男捕まえて、十年後の君に地団駄を踏ませるよ。どうしてあの時捕まえとかなかったんだって」
「先輩……」
「……ごめん、強がった」
目をこすりながら彼女は言った。
「みんなでソルトレークに行くというのはどうかな?」
「どうしてです?」
ソルトレークというのは米国西部の都市だ。モルモン教の総本部がある。戦時中の排日運動の影響で、米国各地から移り住んだ日系人が多くすんでいるが。
「雰囲気的に一夫多妻でも行けそう。私は第二夫人でいいよ」
「……いや、普通に違法ですし、今は教条にもないですよ」
宗派によっては聖職者に強い貞操観念を求めるキリスト教において、一夫多妻制を認めた初期のモルモン教というのは、完全な異端児だったろう。
「……兵どもが夢の跡か。世間から非難され、逃げて逃げて、ようやく手にした新天地でも理想を貫けないとは」
「理想というより欲望に近いですが」
「愛は欲望と違う。そして、愛の形は一つではないはずだよ」
「そうですか。……でもそれは俺の理想ではないですね」
「君のキャパは大きいんじゃなかった?」
「……いや、それは」
「ごめん、ちょっといじわるだったね。冗談だよ。でも滅多なことは言うもんじゃないよ」
「はい。すみません」
「いいんだ。もしここで君が、Yesと答えるようなことがあれば、私は君のことを嫌いになっていたと思う。だから、いいんだ」
「……俺降りますけど、どうします?」
「しばらくここにいるよ。……下で待っててもらえる?」
五分後に降りてきた彼女の顔には、泣いた跡も何も無くなってしまっていた。
*
「これでよかったと思うか?」
萌菜先輩を屋敷に連れ帰って、解散した後で、帰り道に夏帆ちゃんに尋ねた。
「だって、そうする他なかったじゃないの。お兄ちゃん。それともさやかさん泣かせたかった? 今回は絶対に誰かが泣く羽目になったのよ。誰も傷つかずには居られなかったの」
「……そうかもしれんが」
「いつまでもうじうじしてないで、シャキッとしなよ。お兄ちゃんが好きなのはさやかさんでしょう。他の女の人泣かせるぐらいの覚悟ぐらい持ってよ」
覚悟か。
人に心を開けば、誰かを傷つけ、自分を傷つける。
それを嫌った俺は、周りに心を閉ざして過ごしてきた。
でも、好きな奴ができて、人並みに生きようと思った。
周りに関われば、誰かを傷つけ、自分を傷つける。
十数年避け続けた現実に、今になって再び向き合うことになった。
逃げてしまいたい。足がすくむ。
だけど、夏帆ちゃんの言うとおりなのだろう。
逃げるのは終わりにしよう。
0
あなたにおすすめの小説
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
陰キャ幼馴染に振られた負けヒロインは俺がいる限り絶対に勝つ!
みずがめ
恋愛
★講談社ラノベ文庫新人賞佳作を受賞しました!
杉藤千夏はツンデレ少女である。
そんな彼女は誤解から好意を抱いていた幼馴染に軽蔑されてしまう。その場面を偶然目撃した佐野将隆は絶好のチャンスだと立ち上がった。
千夏に好意を寄せていた将隆だったが、彼女には生まれた頃から幼馴染の男子がいた。半ば諦めていたのに突然転がり込んできた好機。それを逃すことなく、将隆は千夏の弱った心に容赦なくつけ込んでいくのであった。
徐々に解されていく千夏の心。いつしか彼女は将隆なしではいられなくなっていく…。口うるさいツンデレ女子が優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い!
※他サイトにも投稿しています。
※表紙絵イラストはおしつじさん、ロゴはあっきコタロウさんに作っていただきました。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
俺が宝くじで10億円当選してから、幼馴染の様子がおかしい
沢尻夏芽
恋愛
自他共に認める陰キャ・真城健康(まき・けんこう)は、高校入学前に宝くじで10億円を当てた。
それを知る、陽キャ幼馴染の白駒綾菜(しらこま・あやな)はどうも最近……。
『様子がおかしい』
※誤字脱字、設定上のミス等があれば、ぜひ教えてください。
現時点で1話に繋がる話は全て書き切っています。
他サイトでも掲載中。
迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる
九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。
※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。
『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』
まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。
朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。
「ご主人様の笑顔が見たいんです」
その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。
全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!?
甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。
【完結】好きって言ってないのに、なぜか学園中にバレてる件。
東野あさひ
恋愛
「好きって言ってないのに、なんでバレてるんだよ!?」
──平凡な男子高校生・真嶋蒼汰の一言から、すべての誤解が始まった。
購買で「好きなパンは?」と聞かれ、「好きです!」と答えただけ。
それなのにStarChat(学園SNS)では“告白事件”として炎上、
いつの間にか“七瀬ひよりと両想い”扱いに!?
否定しても、弁解しても、誤解はどんどん拡散。
気づけば――“誤解”が、少しずつ“恋”に変わっていく。
ツンデレ男子×天然ヒロインが織りなす、SNS時代の爆笑すれ違いラブコメ!
最後は笑って、ちょっと泣ける。
#誤解が本当の恋になる瞬間、あなたもきっとトレンド入り。
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる