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第25章(4)アランside

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「リオは、その名前を貴方に授けたのね。
……ならば私にとっても、貴方は大切な息子だわ」

そう言ってアンナが、憎き恋敵の息子であろうオレをもう一度抱き締めてくれた瞬間に分かった。
父が何故この女性ひとに惹かれたのか……。
母程の女性でも、敵わなかったのか……。

美しすぎる透明な心。
ドロドロと汚れた感情が溜まった人々の中で生きる者にとって、まるでオアシスのような存在。
いや、まるで天使のような……。次元の違う、存在のような気がした。

そして、今のオレは知っている。
誰かを愛おしく想う気持ちは他人にも、本人にも制御不可能。好きになろうとするのではなく、いつの間にか自分の中で特別な存在となっているのだ。
オレが、兄上の妻であるアカリ様を愛してしまったように……。


「私達の問題を、貴方やヴァロンに背負わせてしまってごめんなさい」

アンナの言葉にオレは首を横に振った。
本当はとっくに分かっていたんだ。ただ、受け止められず、認められず、子供の頃からの想いに卒業出来ずにいた。


母の為と建前をつけて、母を失った悲しみから立ち直れない弱い自分を奮い立たせてきた。

でも。もう、大丈夫だ。
オレが微笑んでいれば、心の中の母さんも目の前の誰かも、必ず微笑み返してくれるのだと分かったから……。


冷静さを取り戻したオレが微笑むと、アンナも微笑ってくれた。
そして、ようやく長きわだかまりが解けて、オレは兄上と本当の兄弟であり、家族になれた気がした。


ーーけれど。
アンナにとっての戦いは、まだ終わっていなかった。
この時の笑顔が、オレが覚えている彼女の最後の笑顔となる。
兄上に母親アンナの事を話してやりたかったのに……。

……、……この暫く後。
オレの記憶はプッツリと途絶え、気付いたら病室のベッドに居て、何故そうなってしまったのか全く覚えていなかった。

《結婚式場の控え室が全焼!!》
《焼け跡から男性一人、女性二人の遺体!一人は身元不明?!》

翌日の新聞の見出し。
それを見て夢でも幻でもなかった、と分かりながら、オレはこの事件の事について、永遠に自分の胸に秘めていく事になるのだった。
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