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(3)アランside
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しおりを挟む女の口から漏れた"好き"、"愛している"という言葉。
オレは、ずっとそれを誰かから聞くのが怖かった。
今にして思えば、オレがアカリ様に惹かれたのはそんな臆病な感情がずっと心の中に在ったからかも知れない。
アカリ様の心の中には兄上が居るから、彼女がオレに好きとか愛とかいう感情を抱く事がなければ、ましてや言葉にする事も絶対にない。
期待しなくていい。
プレッシャーを感じなくてもいい。
いつか来る別れに怯えなくていい。
愛する事よりも、愛される事が、オレは怖かった。
どうすれば、いいんだっ……?
この女がオレを慕う気持ちは分かっていた。
けれど、"言葉にされなければ"と、気付かない、知らないフリをして居心地の良い身体だけの関係を望んだ。
ーーそう。
この女の気持ちに、オレは気付いていながら傍に置いたんだ。
何故、そんなリスキーな事をした?
"いつか"という可能性があると分かりながらも、この女を抱き、毎夜のように傍に置いたのは何故だ?
そんなの、理由は一つしかなかった。
オレはこの女に、愛してほしかったーー。
そして、オレもこの女の事をーー……。
「っ、……~~~ッ」
暖かく、煩い位に高まる鼓動。
誰に見られている訳でもないのに、ただ恥ずかしくて……。思わず口元を手で隠すようにして俯くと、その手に感じるのは未だかつてない程に熱い自分の頬。
汚かった心を洗い流されて、弱かった自分の心の声を素直に聴けたら、兄上が言っていた"本当の答え"が見付かった。
『その女の子の表情を見てお前がどう感じるか……。そこに答えがあるぜ』
……。
夢の中にオレが出て来ているのか、女の寝顔はとても幸せそうに映った。
そして、その寝顔を見てきゅぅっと締め付けられる胸が伝えてくる。
これが、愛おしいという感情なのだとーー。
……
…………この夜。
オレは、自分の想いをようやく素直に認めた。
普通ならば、これでめでたしめでたし、となるのだろう。
だが、初めての感情に戸惑い、ましてやこれまでずっと"オレ様"をしてきたオレが急に変わる事など出来る筈もなく……。
けれど、女に対してこれまで通り、とも出来ず……。
翌日からオレが出来たのは恥ずかしさを隠す為に女を避け、冷静な態度を装うしか無かった。
それが女を傷付け、苦しめてしまうとも知らずに……、……。
何よりオレは自信がなかった。
心に焼き付いている女の幸せそうな家族写真ーー。
女にとっての当たり前が、オレにとっては違って、あんな"家族になる"自信がなかった。
そんなオレに気付いて、目の前にある幸せを逃さないように叱ってくれるのは……、……。
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