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第四話 生活感
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優しい日差しが眼差しを照らす。
俺はふかふかの感触に包まれながら、盛大に伸びをした。
そしてーーー目を開ける。
見慣れない天井ーーー大きな窓には薄い緑色のカーテン。
新しい部屋の香り。
(ーーー上京して一日が経った...のか。)
昨日は本当に散々な1日だったな、と改めて思った。
あの後俺は、優一さんに頼まれて早速夜ご飯を作ることになったんだけど、あんなことした後っていうのもあるし、とにかく気まずかった。
なのに黒瀬優一は嬉しそうな顔で「誰かと家でご飯って美味しいね」なんて言ってきた。
確かに王子様的な雰囲気があるのは否めないけど、とにかくあの人の素のイメージはガタガタに崩れ去ってしまったわけ。
まさか心優しい居候先の人がガチめのホモだなんて未だに信じたくないし、自分がまさかその男の手によって気持ちよくなったなんて事忘れたいんだけどーーーおばさんのためだと受け入れればなんとかやり過ごせそうだった。
葵は体を起こすとまだ虚ろな目を擦った。
洗面は確か左側奥にある。
洗面横にある時計を見ると針は丁度7を指していた。
良い時間に起きられたなーーーと思ったけれど、高校の入学式は明日だし、今日は特にすることもない。
とりあえず今日は、明日の学校に持っていくものの再確認をしようーーー葵はそう考えながら優一の寝室の方へと向かった。
優一の寝室はリビングの右隣の扉の奥にあった。
部屋は扉の奥にまだ三つほどあるらしく、副業の仕事部屋や倉庫。あとは優一のプライベートな部屋(つまりは寝室)となっているらしい。(と、昨日優一から説明をされた)ーーーが中は見た事がない。
(優一さん、まだ寝てるのかな....?寝ていたら起こした方がいいのか......?)
葵は立ち止まって考えた。
思えばーーー家事と言われても具体的に何をして欲しいかなどは告げられていなかった。
この時間に起こして、とか言われればやりやすいものの、そのまま普通に寝てしまったのだ。
(おはようございます朝ですよーっみたいな感じのノリでいったほうがいいのかな.....?)
いやーーーでも、相手は芸能人だし眠れる時は眠らせておいた方がいいかもしれないし....。
「......。」
葵は考え直すと優一の扉からくるりと背を向けキッチンの方へ向かった。
しかし、その時だった。
ピンポーン。
ふいに玄関のチャイムが鳴った。
こんな早朝に.....?
というか、この家に人が来るなんて一体....
(そうじゃなくてもここ58階なのに....。)
ピンポーン。
葵が出ないでいるとまたしてもチャイムが鳴った。
(優一さんまだ寝ているんだよなぁ.....で、でも流石に居候している俺が出ちゃだめだよな.....?)
葵が玄関の方に向きながらも突っ立っていると、次の瞬間ーーー
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン。
チャイムの嵐が家中に響き渡った。
(うぎゃぁぁぁあ!!!!何事おおお!!!)
「優一さん!優一さん優一さん大変です誰か来ました!でも俺でれませんから!!今すぐに起きてくださいいい!!!」
葵がパニックになって優一の部屋の扉を思いきり開けるとそこにはーーー
(へ.....?!)
優一の部屋には裸の男のイラストポスターがずらり、ずらり、ずらり。
壁一面を埋めていた。
その中で優一はふかふかのベッドの上に横たわり、綺麗な寝顔でうさぎの抱き枕を抱きしめていた。
そして何やら、むにゃむにゃと寝言を発した。
「もう食べられないよ......あきちゃん.....」
(うげええええ嘘だろぉぉぉぉお!!!何だこのプライベート全開の部屋はオタクか!!!ていうかあきちゃんて誰!!!)
葵は衝撃的な光景に気圧されながらも、連打され続けているチャイムに只事ではないと思い、優一に呼びかける。
「あ、あの!!優一さんっ!マジで誰か来てるんで起きてください!連打されてるんです!やばいです!!」
ピンポンピンポンピンポンピンポン。
「あ、ほら!」
「んんっ...?葵くんか....出て.....」
「え!?で、でも!ぼ、俺が出ても大丈夫なんですか!?」
(ていうか思ったんだけど黒瀬優一は一応一流俳優なわけで.....もしそういう関係の人が来たら俺.....)
ーーー間違いなく殺されるよね!?ーーー
葵の背中をゾッと寒気が襲う。
「優一さんやっぱ俺出れませんって!!優一さんが出てくださいよ!!」
「大丈夫だから出て....」
「えぇ...でもーーー」
「葵くん....」
「は、はい?」
「そういう頼み事も家事の一つだよ....」
「は、はぁ.....?」
(なんだそれ!!!)
優一はそう言い残してゴソゴソっと毛布を被ると、それ以上動かなくなってしまった。
「優一さんっ!」
(あぁもう!!)
葵は大きなため息を吐くと、仕方なく玄関の方へと向かった。
厚いオートロックの扉の向こうには人の影は見えない。
葵は玄関前のテレビドアホンの点滅しているボタンをポチッと押した。
するとそこには黒瀬優一と良い勝負くらいの美形の男性が白いシャツにズボンという出で立ちでモニターのカメラを睨んでいたのだ。
(あれ....この人どこかで見たこと.....)
葵は見覚えのあるその顔をモニター越しからじっと見つめた。
(思い出せない.....でも確実に見た事あるんだよなぁ。)
男は繋がったドアホンのスピーカーの近くで中に呼びかけ始める。
【おーい!!優一!!起こしに来てやったぞ!!おい!起きろ!】
(んー.....誰だったかな。確か...確かーーー.....)
【優一!!俺だよ!東栄人だよ!!起きろ!待たせんな!!】
その瞬間葵の記憶の中の人物とその人物がぴったりと重なって、思い出すことが出来た。
(東栄人...って、あの!主演男優賞を21歳でとったというーーー今は黒瀬優一主演ドラマ「家出した猫」の主人公の親友役をしておられるあの東栄人か.....!!?)
【おい!!返事しろ!!優一!!】
「まじかぁぁぁあああ!!!?」
(すげえええええ!!!!)
葵はスピーカーに向かって正直に驚きの声を上げてしまった。
(や、やべ。声が.....)
【お.....!?な、なんだ!?おい!優一!どうした!?というか声変わった!?おい!!!開けろ!!今すぐ開けろおお!!】
葵が急いでドアを開けると、東栄人が殴り込む勢いで飛び込んできた。
しかし、栄人は葵を見た瞬間驚いてスっと後退りをした。
「なっ!!お、お前、誰だよ!!?」
「はっ!あっ!えっと!すみません!昨日からここに居候をしている秋元ーーーーー」
「い、い、居候!?はぁ!?おいそんな話聞いてないぞ!とりあえず優一は!優一はどこにいんだよーーー!!」
「あっ.....えっとまだ寝てますっ」
「あぁ!?」
栄人は葵を押しのけリビングにズカズカと入り、優一の部屋の扉をバンッ!と開けた。
(うわぁあ!あのホモホモしい部屋にあの東栄人さんがっ!!ていうか栄人さんのプライベートってあんな感じなの!?怖っ)
「起きやがれ!優一!!!今日は2回目の打ち合わせだろーが!」
東栄人は優一のホモホモしい部屋など気にもとめずに怒鳴り散らしまくる。
「んだよ、相変わらずうるさいなぁ。栄人.....」
そんな優一はというと、気迫に満ちた東栄人の事など気にも触れずーーー眠たそうに目を擦るとゆっくりと上半身を起こした。
どうやらこういうやり取りには随分慣れているらしい。
優一は直ぐに横になってしまいそうな姿勢のままとまる。
けれどそんな優一の様子に痺れを切らしたのか、栄人が強引に引っ張り起こした。
「栄人、それ痛い。」
「痛いじゃねぇよ!いい加減起きろ!!あとこれはどういうことなのか説明しろ!!お前の家に居候してる奴なんていなかっただろ!!」
「朝からそんな怒鳴るなよ.......。あの子は知り合いの息子さんだ。昨日から僕の家に居候することになったんだよ。」
「はぁ!?なんだよそれ!?っていうかそれよりお前!まーた寝坊しやがったな!?あんなに時間を言ってたのに!!」
(え、寝坊してたの!?)
「だからさぁ栄人、僕は朝が弱いって言ったじゃん。それなのに、なんでいつも早朝の仕事なのかなぁ.....」
「それなのにってなぁ!仕事人はそんなこと言ってられねぇんだよ!!マネージャーもお前と連絡繋がんねぇって泣き喚いてたぞ!」
「そりゃあスマホの電源切ってあるからねぇ...」
「ああ!?マジでぶちのめすぞ!」
「仕方ないだろう?安眠妨害だけは許せないし....」
「なにが安眠妨害だ、ふざけんじゃねええ!!!」
「ていうか打ち合わせってなんの?小説の方?まだ2話しか書いてないけど」
「ちげぇえええよアホがぁあ!!!!いい加減黙りやがれえええ!!!」
「ももおおお、お、落ち着いてくださいいい!!!」
2人の言い合いを見ていた葵がついに耐えかねてそう叫ぶと、2人が視線が一気に葵一点を向いた。
「ああ、葵くん、ごめんね....驚かせちゃって。」
「葵っていうのか。.....ああ、なんか、悪かったな。」
「あっ....いえ、大丈夫.......です。」
(良かった、とりあえず落ちついた.......?それにしても.....)
葵は2人をまじまじと見つめる。
(この二人ってこんなに仲良かったんだ....凄い光景だな....)
テレビではいつも距離を置いて話しているイメージだったのに、まさか家に入り込むような関係だったなんて。
つまりはテレビに映り込んでいる世界だけを鵜呑みにしてはならないということだろう。
葵がそんなことを思いながら2人を見つめていると、ふいに栄人に名前を呼ばれた。
「ーーーおい、葵。」
「は、はい!?」
(え!?なに!?)
葵が東栄人に名前を呼ばれビクッと体を真っ直ぐにすると、栄人が葵の全身を確かめるように見はじめた。
「な、なんでしょう....?」
葵が怪訝な顔で訊ねると、栄人が近付いてきて葵の肩にポンっと手を置いた。
そして、耳元に顔を近づけ小さい声で囁く。
「ーーーお前.....何があったかわからんが、優一だけはやめとけ。」
ーーーは?
「な、な、なんのことですかっ!?」
(やめとけとは!?)
「え?だって優一の性癖は知ってるんだろう?」
(性癖って....つまりはホモってことだよな?)
「し、知ってますけど.....」
「だろ?それならあいつ本当に王子様って呼ばれてるのが訳わかんねぇくらいに素がヤバいやつだってわかっただろう?確かに顔は良いしスタイルは良いし、黙っていれば王子様ーーーだが、あんなのに食われたらもう人生の半分終わるから。だから間違ってもあいつはやめとけってことだよ。少年。」
(んんん!もしかして、栄人さんに勘違いされてる!?)
「ちょ、ちょっと待ってください。や、やめるも何も第一して俺は狙ってませんよ...!?それに俺のおばさんの提案で俺は上京してここに居候させてもらってるだけなので変なことは何も...!」
(何も......?)
ーーーいや昨日してしまったよね俺!!?
「ああ、そうなの?それならいいんだが.......。てっきり王子様フェイスに騙されてしまった一途な男の子が家に上がり込んだのかと思ったわ。」
(ど、どういうことだ.....)
栄人の言葉に無理やり起こされて不機嫌そうな優一の顔が更に歪んだ。
「おい、栄人。変なことを言うなよ。」
「あ?そう言われるようなことしてるお前に問題があるだろ、優一」
「そりゃあ相手から近寄ってくるんだから仕方ないだろう....?」
「はいはい王子様はモテモテで良かったな!このホモ!」
「黙れ。」
「うるせぇ、とにかく打ち合わせ行くぞ!」
「めんどくさいなぁ....」
「優一、お前なぁ、少しは寝坊する度に起こしに来てる俺の身にもなれよ。」
「いいや、ずっと安眠妨害される僕のことの方を考えてほしいね。」
「あぁ!?58階から突き落とすぞ!」
「あと声のトーンを下げろ。」
「おまえええ!!!」
(ま、また始まった.....。この二人、全く仲良いのか悪いのか....)
葵はため息をついてリビングの椅子にもたれ掛かる。
優一は栄人に支度するように言われ、渋々着替えを始めたようだった。
その姿をまるで試験管のように見守る栄人は、おやのようだった。
(優一さんって随分、手がかかる子供.....みたいな感じだなぁ。)
そんな人の家に居候って俺、本当に大丈夫なのかーーー?
(いや、既に手遅れだ.....。)
葵は静かに落胆した。
「ーーーよし、支度出来たか?優一」
「ああ。」
「んじゃあ行くぞ!ーーー葵、またな!」
「え!あ、はい!あ、ありがとうございます!(?)」
葵が慌ててお辞儀をすると、栄人は足早に玄関を出ていってしまった。
そしてその後から優一がスーツ姿でリビングに現れた。
「はぁ.....本当に眠い.....。」
はぁ、と小さくあくびをしながらのんびりしている優一に葵が声をかける。
「ゆ、優一さん。あのー本当に急がないと....。栄人さんもう出て行っちゃいましたよ。」
「うん、知ってるよ。ーーーでもその前にしなくちゃならないことがある。」
「しなくちゃならないこと.....?」
「うん、葵くん上向いて。」
葵は疑問に思いながらも言われたとおりに上を向いた。すると、優一の手が葵の額にかかった髪を払い、次の瞬間ーーー優一は葵の額に軽くキスをした。
(なっ!!!?)
葵は突然のことに動揺して大袈裟に顔を背ける。
「なにするんですかっ!」
「ーーーん?そりゃあ勿論おはようのキスだよ。」
「へっ!?」
ーーーおはようのキス!?ーーー
葵が顔を真っ赤にしている中、優一は少し申し訳なさそうな顔をして口を開いた。
「ーーーさっきは驚かせてしまって本当にごめんね。一応聞くけど、あの人のことはもう誰かわかるでしょう?」
「そ、それはわかりました.....!」
(あの人俳優の中でもかなり有名な人だし......)
「そうか。.....実はね、栄人と僕は親友なんだ。だから、これからここにいると栄人がいちいち会いに来るかもしれないけど、その時は迷わずに入れてやってね。」
「は、はぁ....わかりました。」
「それじゃあ葵くん、留守番を頼むね。あと言っておくと、基本的に仕事がある日は帰りが遅いから眠くなったらご飯だけ作って寝ていてね。」
「はい。」
「うん!それじゃ、行ってきまーす。」
「い、行ってらっしゃい。」
優一が相変わらずの笑顔で手を振りながら玄関を出ていくと、葵の中でどっと疲れが溢れた。
(まさか一日目からこんな騒がしい朝を迎えるなんてな....。)
本当にこの先大丈夫なんだろうかーーーという疑問だけが葵の頭の中に渦巻いてーーーけれどもう仕方の無いこと。
葵は仕方なく、1人で朝ごはんを食べーーー大人しく自分の部屋に戻って入学式に向けての準備をすることにしたのだった。
............................
優一が帰ってきたのはあれから半日過ぎた22時頃だった。
あんな早くに打ち合わせに行ったのに、こんなに夜遅くまでやっていたんだと思うとなんだか俳優は大変なのだな、と葵はしみじみ思った。
葵はあれから学校の支度を1時間ほどで済ませてしまった。
それで時間があまりすぎたため、とりあえずふわっふわのオムライスを作ろう!ということにして作ったわけなのだが。
「わぁ....凄く美味しそうだね。」
優一はかれこれもう10分ほどオムライスをキラキラした瞳で眺めていた。
「あ、ありがとうございます」
「昨日のもすごかったけどオムライスとか.....誰かに作ってもらうの初めてで凄く嬉しいよ。」
「そうなんですか。」
「うん、本当に凄いねぇ。」
「ありがとうございます。あ、あの.....是非、暖かいうちに食べてください。」
「うん。」
優一はそう言いながらもオムライスを眺めるだけで、スプーンを持ったりはしない。
疑問に思った葵が、もう一度食べるのを勧める。
「あ、あのー優一さん、食べないんですか.......?」
「葵くん。」
「はい?」
「僕.....今日凄く疲れたんだよね。」
「あ、はい。それは本当に、お疲れ様です。」
「栄人に強く引っ張られたから手が痺れちゃってさぁ、それに打ち合わせは長引くし。もうくったくた」
「それは大変でしたね.....」
「だから、あーんして食べさせて。」
「.....はっ!?」
(あーんって....何言ってんだこの人!!!)
「葵くん。言っておくけど、それも家賃分の家事だよ?」
「で、でも家事っていうのは本来皿洗いとか料理作ったりとかでそれは違うかと.....!」
(ていうかまだ女の子にされたことないのに男にするなんていくら黒瀬優一さんでも嫌なんですけど!!)
「んじゃ、大家のお世話だと思ってやって。」
「お世話!?」
「うん、だから早くして。」
「い、いやちょーっと言いたいことがあるんですけどこういうのはなんか違う気がしますよっ!?それにご飯は作るけどそういうのはするなんて一言も俺は.....!」
葵が顔を赤らめアタフタとしていると、優一の手が葵の右腕を掴んだ。
「なっ....」
「ーーーんじゃわかった、身体を使うか、あーんするか、今日の家賃分はどっちがいい?」
(身体をつかっ....... !?)
「わっ!!わ、わかりましたわかりました!あーんしますから!」
「ふふっ.....」
(ああ.....俺この人に良いように使わされる....)
葵は嫌々ながらも向かい側の椅子で、テーブルに肘をつき待っている優一の口の中に、ふわとろオムライスを一欠片救ったスプーンを入れる。
優一はスプーンからオムライスを掬い取り。それを噛み締めると同時に満面の笑みを浮かべた。
「んっ....凄く美味しい」
「っ.....そ、それは良かったです。」
「ほら早く。また、あーんして。」
「は、はい....」
ぱくっ。ぱくっ。
ぱくっ。
黒瀬優一はニコニコ微笑みながら、葵の向けたスプーンからするりとオムライスを頬張る。
疲れているというのに、その笑顔は相変わらずキラキラしていてーーーそんな幸せそうな顔に、何故だかちょっと頬が緩くなってしまいそうーーーになって葵はハッとした。
いけない、危うく王子様スマイルに流されるところだった。
(栄人さんが騙されるとか心配していたのはこの事だったのか....。)
「ああーーーこんなことしてたら本当に葵くんのこと好きになっちゃうなぁ僕」
「ははっ.....どういうご冗談?」
「前にも言ったでしょう?僕は思ったことしか言わない。」
「あはは.......」
(マジで身の危険感じます。)
「ーーーあ、そういえば葵くんていつから入学式なんだっけ?」
「え?ああ....明日です。」
「ふーん、そっか。葵くんの行く高校ってここからどのくらい?」
「ここからだとーーー電車で20分くらいです」
「はーん、そうなんだ。」
「えっと、なにか.....?」
「どこ高校なの?」
「匠南高等学校です。知ってますか?」
「あーうん、知ってる。っていうか母校だ。」
「え!?.....優一さんそこだったんですか!?」
(ま、まじかよ!!)
「まあね。その時は芸能活動挟みながらだったから結構通えてなかったけど.....それにしても懐かしいなあ。」
「久々に考えると行きたくなりますよね。」
「そうだねぇ。.......てことで、明日の入学式僕も行っていい?」
「へ?」
(あれ、俺もしや余計な事言ったかな?)
「ああ、大丈夫。ちゃんと変装していくから。」
「えっ!?い、いや、仕事は!?」
「多分休みだよ。」
「多分って!また栄人さんに怒鳴られますよ!ていうかいつも寝坊してるんですか!」
「まあね....夜は小説書いてるからさ。」
(な、なるほど!だから朝起きれないのか.....ってそれ自業自得.....。)
「ーーーまあとりあえずおばさんの代わりにもなると思うし、行くよ。写真も望んでるだろうからね。」
「.......わかりました。」
おばさんの代わりとか言われると断りにくい.....。
「はぁ.....それならくれぐれもバレないようにしてくださいね。バレると普通の高校生活送れなくなりそうなんで.....」
(それだけ本当に困るし....。)
「葵くん、僕が何年芸能人やっていると思ってる?僕は変装のプロだから心配しないで。」
「ああ、すみません。」
(といっても最初会った時駅がざわついてたけど....)
「うん。ーーーんじゃ、葵くん、明日の為にもそろそろ寝ないとね。寝坊したら大変だから。」
(それ優一さんが言うのか....)
「は、はい。それじゃあ僕寝ます。」
「うん、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
俺はリビングで優一さんと別れると、自分の部屋に入った。
もう高校の制服は届いているし、鞄の中にも入学式当日の資料が入っている。
今日の一日で支度は万全だ。
とりあえず黒瀬優一のことは置いといて。
(これからが本番なんだぞ、俺)
葵は心の中で決意すると、柔らかい布団に身を任せーーーそれからすぐに眠りに落ちたのだった。
俺はふかふかの感触に包まれながら、盛大に伸びをした。
そしてーーー目を開ける。
見慣れない天井ーーー大きな窓には薄い緑色のカーテン。
新しい部屋の香り。
(ーーー上京して一日が経った...のか。)
昨日は本当に散々な1日だったな、と改めて思った。
あの後俺は、優一さんに頼まれて早速夜ご飯を作ることになったんだけど、あんなことした後っていうのもあるし、とにかく気まずかった。
なのに黒瀬優一は嬉しそうな顔で「誰かと家でご飯って美味しいね」なんて言ってきた。
確かに王子様的な雰囲気があるのは否めないけど、とにかくあの人の素のイメージはガタガタに崩れ去ってしまったわけ。
まさか心優しい居候先の人がガチめのホモだなんて未だに信じたくないし、自分がまさかその男の手によって気持ちよくなったなんて事忘れたいんだけどーーーおばさんのためだと受け入れればなんとかやり過ごせそうだった。
葵は体を起こすとまだ虚ろな目を擦った。
洗面は確か左側奥にある。
洗面横にある時計を見ると針は丁度7を指していた。
良い時間に起きられたなーーーと思ったけれど、高校の入学式は明日だし、今日は特にすることもない。
とりあえず今日は、明日の学校に持っていくものの再確認をしようーーー葵はそう考えながら優一の寝室の方へと向かった。
優一の寝室はリビングの右隣の扉の奥にあった。
部屋は扉の奥にまだ三つほどあるらしく、副業の仕事部屋や倉庫。あとは優一のプライベートな部屋(つまりは寝室)となっているらしい。(と、昨日優一から説明をされた)ーーーが中は見た事がない。
(優一さん、まだ寝てるのかな....?寝ていたら起こした方がいいのか......?)
葵は立ち止まって考えた。
思えばーーー家事と言われても具体的に何をして欲しいかなどは告げられていなかった。
この時間に起こして、とか言われればやりやすいものの、そのまま普通に寝てしまったのだ。
(おはようございます朝ですよーっみたいな感じのノリでいったほうがいいのかな.....?)
いやーーーでも、相手は芸能人だし眠れる時は眠らせておいた方がいいかもしれないし....。
「......。」
葵は考え直すと優一の扉からくるりと背を向けキッチンの方へ向かった。
しかし、その時だった。
ピンポーン。
ふいに玄関のチャイムが鳴った。
こんな早朝に.....?
というか、この家に人が来るなんて一体....
(そうじゃなくてもここ58階なのに....。)
ピンポーン。
葵が出ないでいるとまたしてもチャイムが鳴った。
(優一さんまだ寝ているんだよなぁ.....で、でも流石に居候している俺が出ちゃだめだよな.....?)
葵が玄関の方に向きながらも突っ立っていると、次の瞬間ーーー
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン。
チャイムの嵐が家中に響き渡った。
(うぎゃぁぁぁあ!!!!何事おおお!!!)
「優一さん!優一さん優一さん大変です誰か来ました!でも俺でれませんから!!今すぐに起きてくださいいい!!!」
葵がパニックになって優一の部屋の扉を思いきり開けるとそこにはーーー
(へ.....?!)
優一の部屋には裸の男のイラストポスターがずらり、ずらり、ずらり。
壁一面を埋めていた。
その中で優一はふかふかのベッドの上に横たわり、綺麗な寝顔でうさぎの抱き枕を抱きしめていた。
そして何やら、むにゃむにゃと寝言を発した。
「もう食べられないよ......あきちゃん.....」
(うげええええ嘘だろぉぉぉぉお!!!何だこのプライベート全開の部屋はオタクか!!!ていうかあきちゃんて誰!!!)
葵は衝撃的な光景に気圧されながらも、連打され続けているチャイムに只事ではないと思い、優一に呼びかける。
「あ、あの!!優一さんっ!マジで誰か来てるんで起きてください!連打されてるんです!やばいです!!」
ピンポンピンポンピンポンピンポン。
「あ、ほら!」
「んんっ...?葵くんか....出て.....」
「え!?で、でも!ぼ、俺が出ても大丈夫なんですか!?」
(ていうか思ったんだけど黒瀬優一は一応一流俳優なわけで.....もしそういう関係の人が来たら俺.....)
ーーー間違いなく殺されるよね!?ーーー
葵の背中をゾッと寒気が襲う。
「優一さんやっぱ俺出れませんって!!優一さんが出てくださいよ!!」
「大丈夫だから出て....」
「えぇ...でもーーー」
「葵くん....」
「は、はい?」
「そういう頼み事も家事の一つだよ....」
「は、はぁ.....?」
(なんだそれ!!!)
優一はそう言い残してゴソゴソっと毛布を被ると、それ以上動かなくなってしまった。
「優一さんっ!」
(あぁもう!!)
葵は大きなため息を吐くと、仕方なく玄関の方へと向かった。
厚いオートロックの扉の向こうには人の影は見えない。
葵は玄関前のテレビドアホンの点滅しているボタンをポチッと押した。
するとそこには黒瀬優一と良い勝負くらいの美形の男性が白いシャツにズボンという出で立ちでモニターのカメラを睨んでいたのだ。
(あれ....この人どこかで見たこと.....)
葵は見覚えのあるその顔をモニター越しからじっと見つめた。
(思い出せない.....でも確実に見た事あるんだよなぁ。)
男は繋がったドアホンのスピーカーの近くで中に呼びかけ始める。
【おーい!!優一!!起こしに来てやったぞ!!おい!起きろ!】
(んー.....誰だったかな。確か...確かーーー.....)
【優一!!俺だよ!東栄人だよ!!起きろ!待たせんな!!】
その瞬間葵の記憶の中の人物とその人物がぴったりと重なって、思い出すことが出来た。
(東栄人...って、あの!主演男優賞を21歳でとったというーーー今は黒瀬優一主演ドラマ「家出した猫」の主人公の親友役をしておられるあの東栄人か.....!!?)
【おい!!返事しろ!!優一!!】
「まじかぁぁぁあああ!!!?」
(すげえええええ!!!!)
葵はスピーカーに向かって正直に驚きの声を上げてしまった。
(や、やべ。声が.....)
【お.....!?な、なんだ!?おい!優一!どうした!?というか声変わった!?おい!!!開けろ!!今すぐ開けろおお!!】
葵が急いでドアを開けると、東栄人が殴り込む勢いで飛び込んできた。
しかし、栄人は葵を見た瞬間驚いてスっと後退りをした。
「なっ!!お、お前、誰だよ!!?」
「はっ!あっ!えっと!すみません!昨日からここに居候をしている秋元ーーーーー」
「い、い、居候!?はぁ!?おいそんな話聞いてないぞ!とりあえず優一は!優一はどこにいんだよーーー!!」
「あっ.....えっとまだ寝てますっ」
「あぁ!?」
栄人は葵を押しのけリビングにズカズカと入り、優一の部屋の扉をバンッ!と開けた。
(うわぁあ!あのホモホモしい部屋にあの東栄人さんがっ!!ていうか栄人さんのプライベートってあんな感じなの!?怖っ)
「起きやがれ!優一!!!今日は2回目の打ち合わせだろーが!」
東栄人は優一のホモホモしい部屋など気にもとめずに怒鳴り散らしまくる。
「んだよ、相変わらずうるさいなぁ。栄人.....」
そんな優一はというと、気迫に満ちた東栄人の事など気にも触れずーーー眠たそうに目を擦るとゆっくりと上半身を起こした。
どうやらこういうやり取りには随分慣れているらしい。
優一は直ぐに横になってしまいそうな姿勢のままとまる。
けれどそんな優一の様子に痺れを切らしたのか、栄人が強引に引っ張り起こした。
「栄人、それ痛い。」
「痛いじゃねぇよ!いい加減起きろ!!あとこれはどういうことなのか説明しろ!!お前の家に居候してる奴なんていなかっただろ!!」
「朝からそんな怒鳴るなよ.......。あの子は知り合いの息子さんだ。昨日から僕の家に居候することになったんだよ。」
「はぁ!?なんだよそれ!?っていうかそれよりお前!まーた寝坊しやがったな!?あんなに時間を言ってたのに!!」
(え、寝坊してたの!?)
「だからさぁ栄人、僕は朝が弱いって言ったじゃん。それなのに、なんでいつも早朝の仕事なのかなぁ.....」
「それなのにってなぁ!仕事人はそんなこと言ってられねぇんだよ!!マネージャーもお前と連絡繋がんねぇって泣き喚いてたぞ!」
「そりゃあスマホの電源切ってあるからねぇ...」
「ああ!?マジでぶちのめすぞ!」
「仕方ないだろう?安眠妨害だけは許せないし....」
「なにが安眠妨害だ、ふざけんじゃねええ!!!」
「ていうか打ち合わせってなんの?小説の方?まだ2話しか書いてないけど」
「ちげぇえええよアホがぁあ!!!!いい加減黙りやがれえええ!!!」
「ももおおお、お、落ち着いてくださいいい!!!」
2人の言い合いを見ていた葵がついに耐えかねてそう叫ぶと、2人が視線が一気に葵一点を向いた。
「ああ、葵くん、ごめんね....驚かせちゃって。」
「葵っていうのか。.....ああ、なんか、悪かったな。」
「あっ....いえ、大丈夫.......です。」
(良かった、とりあえず落ちついた.......?それにしても.....)
葵は2人をまじまじと見つめる。
(この二人ってこんなに仲良かったんだ....凄い光景だな....)
テレビではいつも距離を置いて話しているイメージだったのに、まさか家に入り込むような関係だったなんて。
つまりはテレビに映り込んでいる世界だけを鵜呑みにしてはならないということだろう。
葵がそんなことを思いながら2人を見つめていると、ふいに栄人に名前を呼ばれた。
「ーーーおい、葵。」
「は、はい!?」
(え!?なに!?)
葵が東栄人に名前を呼ばれビクッと体を真っ直ぐにすると、栄人が葵の全身を確かめるように見はじめた。
「な、なんでしょう....?」
葵が怪訝な顔で訊ねると、栄人が近付いてきて葵の肩にポンっと手を置いた。
そして、耳元に顔を近づけ小さい声で囁く。
「ーーーお前.....何があったかわからんが、優一だけはやめとけ。」
ーーーは?
「な、な、なんのことですかっ!?」
(やめとけとは!?)
「え?だって優一の性癖は知ってるんだろう?」
(性癖って....つまりはホモってことだよな?)
「し、知ってますけど.....」
「だろ?それならあいつ本当に王子様って呼ばれてるのが訳わかんねぇくらいに素がヤバいやつだってわかっただろう?確かに顔は良いしスタイルは良いし、黙っていれば王子様ーーーだが、あんなのに食われたらもう人生の半分終わるから。だから間違ってもあいつはやめとけってことだよ。少年。」
(んんん!もしかして、栄人さんに勘違いされてる!?)
「ちょ、ちょっと待ってください。や、やめるも何も第一して俺は狙ってませんよ...!?それに俺のおばさんの提案で俺は上京してここに居候させてもらってるだけなので変なことは何も...!」
(何も......?)
ーーーいや昨日してしまったよね俺!!?
「ああ、そうなの?それならいいんだが.......。てっきり王子様フェイスに騙されてしまった一途な男の子が家に上がり込んだのかと思ったわ。」
(ど、どういうことだ.....)
栄人の言葉に無理やり起こされて不機嫌そうな優一の顔が更に歪んだ。
「おい、栄人。変なことを言うなよ。」
「あ?そう言われるようなことしてるお前に問題があるだろ、優一」
「そりゃあ相手から近寄ってくるんだから仕方ないだろう....?」
「はいはい王子様はモテモテで良かったな!このホモ!」
「黙れ。」
「うるせぇ、とにかく打ち合わせ行くぞ!」
「めんどくさいなぁ....」
「優一、お前なぁ、少しは寝坊する度に起こしに来てる俺の身にもなれよ。」
「いいや、ずっと安眠妨害される僕のことの方を考えてほしいね。」
「あぁ!?58階から突き落とすぞ!」
「あと声のトーンを下げろ。」
「おまえええ!!!」
(ま、また始まった.....。この二人、全く仲良いのか悪いのか....)
葵はため息をついてリビングの椅子にもたれ掛かる。
優一は栄人に支度するように言われ、渋々着替えを始めたようだった。
その姿をまるで試験管のように見守る栄人は、おやのようだった。
(優一さんって随分、手がかかる子供.....みたいな感じだなぁ。)
そんな人の家に居候って俺、本当に大丈夫なのかーーー?
(いや、既に手遅れだ.....。)
葵は静かに落胆した。
「ーーーよし、支度出来たか?優一」
「ああ。」
「んじゃあ行くぞ!ーーー葵、またな!」
「え!あ、はい!あ、ありがとうございます!(?)」
葵が慌ててお辞儀をすると、栄人は足早に玄関を出ていってしまった。
そしてその後から優一がスーツ姿でリビングに現れた。
「はぁ.....本当に眠い.....。」
はぁ、と小さくあくびをしながらのんびりしている優一に葵が声をかける。
「ゆ、優一さん。あのー本当に急がないと....。栄人さんもう出て行っちゃいましたよ。」
「うん、知ってるよ。ーーーでもその前にしなくちゃならないことがある。」
「しなくちゃならないこと.....?」
「うん、葵くん上向いて。」
葵は疑問に思いながらも言われたとおりに上を向いた。すると、優一の手が葵の額にかかった髪を払い、次の瞬間ーーー優一は葵の額に軽くキスをした。
(なっ!!!?)
葵は突然のことに動揺して大袈裟に顔を背ける。
「なにするんですかっ!」
「ーーーん?そりゃあ勿論おはようのキスだよ。」
「へっ!?」
ーーーおはようのキス!?ーーー
葵が顔を真っ赤にしている中、優一は少し申し訳なさそうな顔をして口を開いた。
「ーーーさっきは驚かせてしまって本当にごめんね。一応聞くけど、あの人のことはもう誰かわかるでしょう?」
「そ、それはわかりました.....!」
(あの人俳優の中でもかなり有名な人だし......)
「そうか。.....実はね、栄人と僕は親友なんだ。だから、これからここにいると栄人がいちいち会いに来るかもしれないけど、その時は迷わずに入れてやってね。」
「は、はぁ....わかりました。」
「それじゃあ葵くん、留守番を頼むね。あと言っておくと、基本的に仕事がある日は帰りが遅いから眠くなったらご飯だけ作って寝ていてね。」
「はい。」
「うん!それじゃ、行ってきまーす。」
「い、行ってらっしゃい。」
優一が相変わらずの笑顔で手を振りながら玄関を出ていくと、葵の中でどっと疲れが溢れた。
(まさか一日目からこんな騒がしい朝を迎えるなんてな....。)
本当にこの先大丈夫なんだろうかーーーという疑問だけが葵の頭の中に渦巻いてーーーけれどもう仕方の無いこと。
葵は仕方なく、1人で朝ごはんを食べーーー大人しく自分の部屋に戻って入学式に向けての準備をすることにしたのだった。
............................
優一が帰ってきたのはあれから半日過ぎた22時頃だった。
あんな早くに打ち合わせに行ったのに、こんなに夜遅くまでやっていたんだと思うとなんだか俳優は大変なのだな、と葵はしみじみ思った。
葵はあれから学校の支度を1時間ほどで済ませてしまった。
それで時間があまりすぎたため、とりあえずふわっふわのオムライスを作ろう!ということにして作ったわけなのだが。
「わぁ....凄く美味しそうだね。」
優一はかれこれもう10分ほどオムライスをキラキラした瞳で眺めていた。
「あ、ありがとうございます」
「昨日のもすごかったけどオムライスとか.....誰かに作ってもらうの初めてで凄く嬉しいよ。」
「そうなんですか。」
「うん、本当に凄いねぇ。」
「ありがとうございます。あ、あの.....是非、暖かいうちに食べてください。」
「うん。」
優一はそう言いながらもオムライスを眺めるだけで、スプーンを持ったりはしない。
疑問に思った葵が、もう一度食べるのを勧める。
「あ、あのー優一さん、食べないんですか.......?」
「葵くん。」
「はい?」
「僕.....今日凄く疲れたんだよね。」
「あ、はい。それは本当に、お疲れ様です。」
「栄人に強く引っ張られたから手が痺れちゃってさぁ、それに打ち合わせは長引くし。もうくったくた」
「それは大変でしたね.....」
「だから、あーんして食べさせて。」
「.....はっ!?」
(あーんって....何言ってんだこの人!!!)
「葵くん。言っておくけど、それも家賃分の家事だよ?」
「で、でも家事っていうのは本来皿洗いとか料理作ったりとかでそれは違うかと.....!」
(ていうかまだ女の子にされたことないのに男にするなんていくら黒瀬優一さんでも嫌なんですけど!!)
「んじゃ、大家のお世話だと思ってやって。」
「お世話!?」
「うん、だから早くして。」
「い、いやちょーっと言いたいことがあるんですけどこういうのはなんか違う気がしますよっ!?それにご飯は作るけどそういうのはするなんて一言も俺は.....!」
葵が顔を赤らめアタフタとしていると、優一の手が葵の右腕を掴んだ。
「なっ....」
「ーーーんじゃわかった、身体を使うか、あーんするか、今日の家賃分はどっちがいい?」
(身体をつかっ....... !?)
「わっ!!わ、わかりましたわかりました!あーんしますから!」
「ふふっ.....」
(ああ.....俺この人に良いように使わされる....)
葵は嫌々ながらも向かい側の椅子で、テーブルに肘をつき待っている優一の口の中に、ふわとろオムライスを一欠片救ったスプーンを入れる。
優一はスプーンからオムライスを掬い取り。それを噛み締めると同時に満面の笑みを浮かべた。
「んっ....凄く美味しい」
「っ.....そ、それは良かったです。」
「ほら早く。また、あーんして。」
「は、はい....」
ぱくっ。ぱくっ。
ぱくっ。
黒瀬優一はニコニコ微笑みながら、葵の向けたスプーンからするりとオムライスを頬張る。
疲れているというのに、その笑顔は相変わらずキラキラしていてーーーそんな幸せそうな顔に、何故だかちょっと頬が緩くなってしまいそうーーーになって葵はハッとした。
いけない、危うく王子様スマイルに流されるところだった。
(栄人さんが騙されるとか心配していたのはこの事だったのか....。)
「ああーーーこんなことしてたら本当に葵くんのこと好きになっちゃうなぁ僕」
「ははっ.....どういうご冗談?」
「前にも言ったでしょう?僕は思ったことしか言わない。」
「あはは.......」
(マジで身の危険感じます。)
「ーーーあ、そういえば葵くんていつから入学式なんだっけ?」
「え?ああ....明日です。」
「ふーん、そっか。葵くんの行く高校ってここからどのくらい?」
「ここからだとーーー電車で20分くらいです」
「はーん、そうなんだ。」
「えっと、なにか.....?」
「どこ高校なの?」
「匠南高等学校です。知ってますか?」
「あーうん、知ってる。っていうか母校だ。」
「え!?.....優一さんそこだったんですか!?」
(ま、まじかよ!!)
「まあね。その時は芸能活動挟みながらだったから結構通えてなかったけど.....それにしても懐かしいなあ。」
「久々に考えると行きたくなりますよね。」
「そうだねぇ。.......てことで、明日の入学式僕も行っていい?」
「へ?」
(あれ、俺もしや余計な事言ったかな?)
「ああ、大丈夫。ちゃんと変装していくから。」
「えっ!?い、いや、仕事は!?」
「多分休みだよ。」
「多分って!また栄人さんに怒鳴られますよ!ていうかいつも寝坊してるんですか!」
「まあね....夜は小説書いてるからさ。」
(な、なるほど!だから朝起きれないのか.....ってそれ自業自得.....。)
「ーーーまあとりあえずおばさんの代わりにもなると思うし、行くよ。写真も望んでるだろうからね。」
「.......わかりました。」
おばさんの代わりとか言われると断りにくい.....。
「はぁ.....それならくれぐれもバレないようにしてくださいね。バレると普通の高校生活送れなくなりそうなんで.....」
(それだけ本当に困るし....。)
「葵くん、僕が何年芸能人やっていると思ってる?僕は変装のプロだから心配しないで。」
「ああ、すみません。」
(といっても最初会った時駅がざわついてたけど....)
「うん。ーーーんじゃ、葵くん、明日の為にもそろそろ寝ないとね。寝坊したら大変だから。」
(それ優一さんが言うのか....)
「は、はい。それじゃあ僕寝ます。」
「うん、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
俺はリビングで優一さんと別れると、自分の部屋に入った。
もう高校の制服は届いているし、鞄の中にも入学式当日の資料が入っている。
今日の一日で支度は万全だ。
とりあえず黒瀬優一のことは置いといて。
(これからが本番なんだぞ、俺)
葵は心の中で決意すると、柔らかい布団に身を任せーーーそれからすぐに眠りに落ちたのだった。
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