王子様の世話は愛の行為から。

月野犬猫先生

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第二十六話 旅館1日目

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そして翌日ーーーー

ついに今日は、京都旅行へ出発する日だ。
葵は昨夜、ワクワクして眠れなかったにも関わらず、3時半には目が覚めてしまった。
その頃優一は仕事で疲れてまだ眠っていたが、話では4時半には車で向かう事になっていた。

葵は一人、黙々と支度をする。

(本当にこれから旅行するんだ…すげぇ、楽しみだな)

外はまだ暗闇だけれど、空には雲ひとつ無いことが分かる。
葵はまた改めてホッとした。

そしてその数十分後ーーーー

優一は部屋で着替えを済ませ、リビングに現れた。

「おはよう。」

「おはようございます。」

「昨日は結構遅くに寝ていたと思ったけど、葵くんは相変わらず早起きだね。」

「ま、まあ優一さんと違って、起きるのは慣れてますからね。」

「はは、そうだね。」

(楽しみすぎて目が冴えてしまったとか、口が裂けても言えねぇけど…)



それから優一の車にトランケースを詰め込んで、まだ朝日の登らない街の中、車は高速道路に乗り込んだ。

「葵くんは、眠っていてもいいよ。」

葵は頷きながらも窓の外を見たり、スマホを開いてみたりーーーー心の中がうずうずしていた。

実は、あの後深夜2時まで、葵は考え事をしていた。
やはり行ったことがある場所にしてもちゃんと案内リストを作った方がいいのではないかーーーーとふと思ったのだ。
ということで今朝になってリストを書いてみたものの、自分が良いと思う観光スポットなをただかき集めただけみたいになっていて、今みるとだいぶ人様向けでは無いと気付いてしまった。

(はぁ……)

本当にこんなんで楽しんでくれるのだろうか。

自分だけが楽しんでしまったらどうしよう?


誰かと旅行だなんて初めてで、そんな不安が芽生えてきてしまった。

まあそんなことを思っても今更仕方が無いのだけれど、やはり優一には楽しいと思って欲しいし、案内を頼まれているのだからちゃんと良い思い出にしたいという気持ちがあった。

いやでも、本当は…

それ以外の気持ちもあるのかもしれないけれど。


(考えれば考えるほど…これでいいのかわかんないなぁ…)

葵はじーっとスマホの文字を読み続ける。
けれど暫くして車の揺れが心地好くなり、睡魔に襲われてしまった。

(あ…寝ちゃうかも…)

葵はそう思いつつも眠気がピークを迎え、そのまんま眠ってしまったのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


目が覚めると、もうとっくに車窓の向こうでは朝日が登っていた。

「はっ……すみません。寝ちゃいました」

「ん?大丈夫だよ。おはよう」

「い、今どこら辺ですか」

車は未だ、高速道路を走っていたが、もう関東圏では無かった。

「んー、名古屋辺りだよ。だからもうすぐ。」

葵は急いで時刻を確認する。

(ああもう9時半か…結構寝ちゃったな。)

けれどよく眠れたようで、なんだか気分が良かった。

「よく眠れたみたいだね。良かった」

「はい…。て、優一さんは大丈夫なんですか?」

「ん?」

「眠くないんです?」

「眠くないよ。むしろ、葵くんとの旅行だーって、ワクワクしてる。」

優一は真っ直ぐ前を向きながら、ニコッと微笑む。

葵はその可愛らしい笑顔と言葉にドキドキしてしまった。

(こ、この人本当に27歳なのだろうか…)

優一と同じ年代の俳優の中ではかなり若く見える方だと思うが、ここまでくるとなんだかもう、罪なような気がしてくる。
なのに運転をしている姿自体はかっこいいのだから、そこでまた変にドキドキさせられる。

その姿を眺めながら、葵は渋々思ってしまった。


(小牧さんもこうやって、隣に座ったりしたいのかな)

世間一般では、男女が恋愛というのが普通で男同士とか、女同士とか理解されにくい部分がある。
それに、小牧みたいな美女と優一みたいな美男だったら、それこそカップルになれば人気沸騰するかもしれない。

けれどーーーー内心はそんなことして欲しくないし絶対に嫌だった。
小牧と優一が仲良く話してたっていう報告だけでもモヤモヤするのに、もし今ここにいるのが自分ではなかったらと思うと、益々嫌になってくる。

葵は複雑な心境になりながらも、流れる景色を見てハッと我に返った。

(って俺、早速小牧さんのこと思い出しちゃってるじゃん!!旅行の時はそういうの考えないようにしようって思ってたのに……)

葵は小さくため息をついた、その時だった。

「ーーーーあ、そうそう。葵くん」

「はい?」

「京都に着いたら、旅館に荷物を預けてからご飯を食べに行こうか。それで、旅館のチェックインまではかなり時間があるから、行く場所教えてくれれば3ヶ所くらいは回れると思うんだけど…」

「あ、わかりました。」

「最初どこ案内してくれるの?」

「んー、予約した旅館の周辺だと、花見小路とかですかね。カフェもあるみたいですし…1度俺行ってみたい抹茶のカフェがあって…。」

「おーいいね。そこでお昼にしようか」

「は、はいっ」


ーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それから葵達は旅館に荷物を預けてから石畳の和風な通りを抜け近くの宇治抹茶カフェへと入った。
そして、一度でも口にしたいと思っていた念願の抹茶パフェとトーストを二人分頼んだ。


「わぁ、これ…まじで食べてみたかったんです。本当に美味しいらしくて」

「へぇーそうなんだ」

優一は抹茶アイスをスプーンにすくい、ゆっくりと口に含む。
葵もパフェを口の中に運ぶ。
すると宇治抹茶のほろ苦く甘い風味が口いっぱいに広がった。

「うわ、すげぇ美味しいっ!」

「うん、美味しいね」

抹茶よりチョコだ!と前に栄人と張り合っていたから不安だったけれど、パフェを口に含んで微笑む優一の顔を見て、葵は安心して、それと同時に凄く嬉しくなった。

「こんな美味しいカフェがあったなんてね」

「はい!隠れた名所だと思います」

「教えてくれてありがとう」

「いえいえ。ーーーーあ、次はどこ行きましょう?花見小路には結構お土産になるようもの売ってるところもありますし…回ります?」

「うん、そうだね。回ろう」

会計を済ませてカフェを出ると、その後葵と優一はお茶屋や町屋、紅殻格子べんがらごうしやその家の下の道側に造られている犬矢来などが建ち並ぶ京都風の花見小路の通りをゆっくり散歩しながら見て回ることにした。

「本当に綺麗なところだね。夜にも回ってみたい」

「ですね!明かりが灯ったら更に綺麗らしいです」

葵は頷きながら周りをよく見渡した。
葵自身京都に行ったことはあるし、ここの道も初めて通る訳では無いけれど、あの時はゆっくり景色を眺めるなんてことは出来なかったし、そもそも旅行ではなかったから見て回ることも出来なかった。
ただ、おばさんの古くからの知人が亡くなったということで、そのお葬式のために京都まで一緒に着いていったというだけだったのだ。

ーーーーだからだろう。

今見えるこの景色が前とはまるで違っていて、本当に美しかった。
そしてその横で楽しそうに話している優一の声を聞いて、葵はますます、楽しくなってきた。

(次はどこへ回ろうかな。あの店にも行ってみたいしーーーー)

「あ、あれが東山の寺社仏閣?」

「あ、そうです!ここの両足院の庭が本当に綺麗なんですよー。見たら歓声上がっちゃうくらい」

花見小路の南橋付近を歩くと、そこには建仁寺や両足院、つまりは塔頭寺院の呼ばれる子院がいくつか点在しているのだ。

(ここの庭見せたかったんだよなぁ…)

しかし近くまで寄ると、両足院へは立ち入れないようになっていた。

「あれ?入れないみたいだね。」

「え!?あ……そうだ、初夏にしか公開してないんだった…」

(うわぁあやらかした!折角見せようと思ったのに…)

優一は少し残念そうに笑った。

「そっかぁ…なら、仕方ないね。じゃあここら辺も沢山散歩したことだし、他のところも見て回ろうか。」

「す、すみません!案内任されてるのに俺、ちゃんと調べてなくて…」

「ん?葵くんが謝る必要ないよ。それに、案内って言ってもそんなきっちりしなくていいよ?こうして散歩しているだけでも充分楽しいし」

「……」

(本当にこの人って言葉が優しいよなぁ…)

葵は申し訳なさで落ち込みそうになっていたけれど、優一の言葉の一つ一つがあまりにも優しくて、言葉が出なかった。


それから二人は花見小路を抜け、美術館やらお寺やら神聖な場所を重点的に回って行った。
京都の歴史や歌舞伎や舞妓など、普段なかなか目にすることの出来ない光景に葵も優一も夢中になっていた。

そしてーーーー気付けばもう午後15時になっていた。
チェックインができる時刻だ。


「どうする?結構歩いたけど疲れてない?」

「少し疲れました…」

葵は通りで買った抹茶ソフトクリームを口に含みながら頷く。
小豆も中に含まれていて、甘くてとっても美味しい。

「わかった。じゃあ一旦戻ろうか。そして夜になったらまた景色を見に行こう。」


「はいっ」

こうして二人は、今来た道を戻り旅館へと向かった。

(本当に楽しかったなぁ…明日はどこを回ろう?)

葵はそんなことを考えながら、弾む心を落ち着かせようと抹茶ソフトクリームを大きく頬張った。


しかしーーーーその時だった。


「あれぇー!もしかして、葵くんと優一さんー!?」

突然後ろから声がかけられた。


(え……?)

ドクン……

その瞬間葵は目を見開いたまま、身体が固まってしまった。

「えーうそぉ!こんな所で会えるなんて凄い偶然ー!」

その弾んだ声は、聞き覚えのある明るくて高いあの声だった。

そして、こんな時には絶対に聞きたくなかったあの、声。

そうだ、この声は間違いなくーーーー

「小牧…さん…?」

葵はゆっくりと振り向いて、その姿を改めて見た。
そこにはおしゃれな夏服を着こなした小牧が可愛い笑顔を向けながら立っていたのだった。
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