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第二十七話 京都1日目 2
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(なんで……ここに……)
葵はそれ以上の言葉が出なかった。
そして先程まで口に含んでいた美味しい抹茶の味も急に感じなくなったような気がした。
「わぁ、よかった人違いじゃなくて!!本当に葵くんと優一さんだったぁ!」
「小牧ちゃん、なんでこんな所に?仕事?」
優一はにこやかな笑顔を小牧に向けつつ疑問を訊ねた。
「あ、いえ!実は私、京都出身なんですよー!それで、お盆休みで丁度帰ってたんですっ!昨日、私も京都に行くってことを伝えようとしたんですけどーーーー」
「へぇ、そうなんだ。実家ここら辺なの?」
「あ、はい!ここら辺なんです!」
「え、そ、そうだったの…?」
葵も思わず聞き返す。
「え?うん。あれ?葵くんに言ってなかったっけ?ーーーーあー、そっか、言ってなかったね!そうそう、それで昨日京都に来るって話してたからもしかしたらここ来るかなーって思って。」
「あ、…そう、だったんだ…」
小牧はそう言いながらも、視線はずっと優一の方を向いたままだった。
そりゃあ好きな人に会えたのだから仕方の無いことだろう。
けれど、まさかこんなことなら先に京都にいるかもと、説明しといてくれればいいのに…
説明しといてくれれば……
会わずに済んだのに?ーーーー
「それで…もうここら辺は回りました?」
「あーうん。色々回ったよ。それで、今から旅館にチェックインしに戻ろうかなって思ってたところ。」
「あーそうだったんですか!えーでも丁度午後からだと色々イベントやったりするんですよー。もし良かったら今から案内するので行きません?」
小牧は上目遣いで、それこそ男を落とすような目付きで優一の方を見つめながらそんなことを言い出した。
それに対し、葵は慌てて断ろうと口を挟む。
「え、でも沢山回った後だし、そろそろチェックインしなきゃだしそれにーーーー」
「おー良いね!案内してくれるの?」
「はいっ勿論です!」
「え?」
意外にも乗り気だった優一の言葉に、葵は思わず声を出してしまった。
(え、い、いいの?)
「ん?葵くん、どうしたの?」
「あ、い、いや……案内なんてそんな、申し訳ないなーって…?実家に帰ってるなら掃除とかあって忙しいだろうし……」
「え!!私は全然大丈夫だよー?ていうか、むしろ案内したかったもん!折角京都に来てるんだしいい所たっくさんあるから!」
「あ、そ、そうなんだ…」
「うん、それに出身地だからめっちゃ詳しいもん!」
(あぁ…そうだよな…)
「それは、頼もしいね」
「ふふっ、じゃあ早速行きましょ!」
「そうだね。あ、でも葵くん、本当に疲れたら言ってね」
「あ、は、はい…俺は別に、大丈夫です…」
葵はそう言いながら、小牧の本当に嬉しそうな笑顔を見て、モヤモヤした感情が湧き上がって来た。
(なんだよ、なんでだよ…こんな所で、こんな空気で断るなんてできないじゃん……それに…)
優一の小牧を見る目が、優しくてそれだけで何だか全身が痛むくらい嫌な気持ちになった。
「それにしても、こんな所で会えるなんてね。」
「ですよねぇ!私もびっくりです!」
そんな会話を聞きながら葵は、こんなの偶然なわけないじゃないか。と一人心の中で呟いた。
実家が京都だということは事実にせよ、こんなうまい具合で会えるなんて、そもそもありえない事だ。
絶対にタイミングや場所を合わせたのだろう。
それに、そうでもなくちゃ実家帰りにあんなオシャレな服装や化粧なんてしないはずだし、こんな観光地を一人で彷徨くこともしないはずだった。
暫く反対方面を歩いていると、ふと何かを思いついたのか小牧がポケットからスマホを取り出した。
「あー……ちょっと、親に連絡しますね!」
そう言ってから小牧は素早くスマホのキーボードを打ち込んで、ものの数秒でメッセージを送信したようだった。
しかしその瞬間葵の内ポケットから振動がして、葵は急いでスマホを取り出す。
そこには目の前にいるあの小牧からの新着の表示がされていた。
(え、なんで?まさか、今送ったーーーー?)
葵は恐る恐るメッセージを開く。
するとそこにはこんなことが書かれていた。
【葵くん突然ごめんね!でも葵くんなら分かってくれるよね?
【協力して欲しいの!お願い!!】
(協…力…)
ああ…
やはり、偶然なんかじゃなかったんだ。
小牧が実家帰りの時間を合わせてきたのだ。
その事実を知って、葵はますますムカムカしたような気持ちがパンクしそうな程に溢れてきた。
(こっちだって、優一さんとの折角の旅行だったのに…)
でもそんなこと言えるわけがない。
自分はあくまでも、可愛い女の子の恋を応援する助っ人役なのだから。
そう考えるとますます、自分がはっきりと発言できない性格に嫌気が差した。
そしてそのイライラを、ポケットの中に入れていた昨夜徹夜して考えた案内のメモにぶつけ、クシャクシャに丸めるとリュックの端ポケットに強く押し込んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それから三人は、花見小路の方を通り過ぎ、石塀小路の通りへと入っていった。
ここへは舞妓や芸妓さんがよく行き来をしていて、タイミングがいい時には撮影もできるらしい。
その他には秘密基地と呼ばれる昔ながらの駄菓子屋のような場所だったり普門庵などに寄ったりした。
小牧はそれから楽しそうに優一の隣を陣取ったまま、様々な場所の説明をしていった。
自分なんかが必死に考えたプランでは到底思いつかないような詳しいことまで優一に話していて、優一は「すごいね」「詳しいね」「案内してもらってよかった」なんて言葉を言うものだから、葵はその度に勝手に足が重くなるような気持ちになっていた。
(ああ、疲れたなぁ……)
それから何時間も歩き回って、もう時刻は午後六時前を指していた。
すっかり日も落ちたことだし、もう流石に旅館へ戻りたい。
ーーーーと葵は思っていたけれど、前にいる二人は夜景やお店等に未だ夢中で、葵のことなんてまるで忘れているかのようでーーーー
(なんで、いつもこうなっちゃうのかな。)
こういう事はもう慣れてきたはずなのに。
独りぼっちな感覚は慣れているはずなのに。
なんだか今回ばかりは許せなくて、凄く悲しくて。
優一と小牧が本当にお似合いのカップルみたいに見えて、葵はふと足を止めて俯いた。
これ以上見ていたら、自分が嫌な人間になりそうだ。
小牧の邪魔をしたくはないし、優一だって楽しそうなのだからこれでいいのに。なのに…
「そうなんですよぉー。ここが秋になると紅葉がすごくてー」
「へぇーそうなんだ。秋は本当に綺麗だろうね」
「はい!あ、もし良かったら次に来た時にも案内しますよ?機会があったらですけどね!」
「ありがとう。まあまた、仕事で行くこともあるだろうし一応メモしとくよ。」
「はい!あ、良かったら今度そういう本持ってるので貸しますよ?隠れスポットみたいな特集の」
「良いの?ありがとう」
「いえいえ!」
楽しそうな声が耳に響いてきて、葵はますます嫌になった。
これが小牧による作戦だということを知りながら。
しかし、笑い合うふたりの顔を見て、葵の胸の中はもう苦しくて限界だった。
この恋を応援するべきなのに。
2人は事務所だって同じだし、こんなに楽しそうに話しているのに。
「浴衣とか着物のレンタルとかもここだけですよー楽しめるのは」
「そうなんだ。あんまり着ないから似合うかわからないけど」
「えー優一さん、着物着たら絶対似合いますよぉ」
「そうかな?浴衣なら祭りの時とかは着たりするけど…」
「今度見たいですー!写真あげてくださいよ!ファンの子達とも喜ぶと思いますっ」
「うん、そうだね」
「はい!あ、勿論その時は私の母が着付けやってるからそこでーーーー」
(ああ、だめだ……俺って…)
我ながら最低だな。
でもこれでも我慢した方だろ。多分。。
「うん、そうだね。じゃあーーーー」
葵は優一の裾を突如グッと掴むと、道端で立ちどまった。
「…ん?葵くん、どうしたの?」
「え?」
優一が言うと、小牧も驚いて振り返る。
「あ…え、えっと。す、すみません……もうそろそろ旅館戻りませんか?俺、足疲れてきちゃって。」
「ああ…そうだね。もう18時だし戻ろうか。これ以上遅くなると小牧ちゃんにも悪いしね」
「すみません…」
葵が小牧を見ると、なんだか一瞬だけ不機嫌そうな顔をされた気がして、葵は思わず直ぐに目を逸らした。
「そうですよね!いやぁ、でも本当に沢山案内出来て良かったです!」
「うん、僕も凄く楽しかったよ。ね、葵くん」
「は、はいっ…ありがとう小牧さん…」
「いえいえー!んじゃまた葵くん連絡するねー」
「う、うん…」
「優一さんもありがとうございました!!」
「うん、ありがとう。家までは気をつけて帰ってね」
(はぁ…やっと……)
そういって小牧と離れた頃にはもうクタクタな状態だった。
お部屋に入ったらまずは晩御飯を食べて、そのあと温泉にでもゆっくり入ろうーーーー
葵はそう考えながら優一と共に旅館へと戻った。
旅館の部屋は2階の端で、部屋には露天風呂が着いていた。
部屋に着くなりスリッパに履き替えると、畳の独特で優しい香りの床に思わず突っ伏してしまった。
「葵くんごめんね?ずっと疲れてたのに気付かなくて」
「…大丈夫です……。」
別に優一は何も悪くないと言うのに、どこか拗ねているような怒っているような声を出してしまって、葵はもう一度、「本当に大丈夫です」と言い直した。
「うん、でもそれにしても小牧ちゃんが居るなんてね。本当に驚いたよ」
「……はい。俺もめっちゃびっくりしました…。」
(まさかここまでしてくるなんて、ということに対してだけど…。)
「うん。ーーーーまあ、とりあえず…葵くん。」
「…なんです?」
「疲れたと思うけど、夕食を食べに行こうか。時間決まってるし。」
「……そうですね。」
「そのあとで温泉に行こう。まあ、部屋の露天風呂でもいいと思うけど。」
「まあ、それはその時決めます…」
「うん。そうだね。」
それから二人は旅館にて晩御飯を食べた。
穀米と海鮮が豊富で物凄く美味しくて、抹茶アイスを二つも食べたと言うのに、葵も優一も難なく完食した。
そして食べ終わる頃には、また小牧の事を忘れていてすっかり気分も戻っていた。
「美味しかったね」
「はい、本当に美味しかったです」
「食事が1番美味しいってサイトのレビューに書いてあったから期待してたけど、それ以上だったなぁ」
「そうだったんですね。」
「うん。折角京都に来たんだから、1番美味しいもの食べたいしね」
優一はそう言いつつ満足そうにため息をつくと、部屋の座椅子に腰をかける。
ちなみに部屋の真ん中のテーブルには煎餅と、角砂糖のような和菓子と湯飲み茶碗が置かれているが、まだ手をつけていない。
葵はそこからひょいっと和菓子を取って、パクリと口に含む。
甘い砂糖のようなものだ。
「美味しい。」
「んー、僕も食べよっと。」
2人してパクっと和菓子を頬張る。
「あんなに食べたのに、美味しいね。」
「ですね。…あ、そうだ。温泉、どうします?」
「んー、のんびり入りたいし折角部屋に露天風呂ある旅館にしたからここにしようかな。」
「俺もそうします」
「うん。」
「どっちから入ります?」
葵が最後の一口を食べ終えてから訊ねると、優一がすぐに「え?」と聞き返してきた。
「え、俺今なんか変なこと言いました?」
「いや、どっちからって言うか……一緒に入らないの?」
「へ?」
(一緒に入る…?)
「え、えええ!な、なんで一緒に!?」
葵はガタッと座椅子から立ち上がる。
けれど優一は不思議そうに葵を見上げるだけだった。
「え?なんでそんな驚いてるの?」
「え、だ、だってお風呂に一緒に…って…」
「いや、お風呂っていうか露天風呂だし、あんなに広いのに一人ずつってあれじゃない?」
「え、あ…そうですかね?」
(あれ?)
「うん。そうだよ。それに僕達、別に男女じゃないし」
「あ、…そうですね。……って!で、でも優一さんそもそもホモじゃないですか!!」
(そうだよ!絶対変なことしてくるに決まってるし!)
けれど優一はすぐに否定した。
「いやいや葵くん…僕は確かに男が好きだけど、そんなさ…誰にでも反応するわけじゃないよ?」
「え…そ、そうなんです?」
「だって、考えて見て?葵くんと今までキスしてきてその後、僕の体が反応してたなんてことあったかい?」
(それは…)
「…………ないですけど」
「うん。そういうことだよ。流石に男全員いけるとか、思わないで欲しいな」
優一は少し残念そうな、悲しそうな顔をした。
その瞬間葵の心の中でピリッと何かが痛んだ気がした。
(ああ……そっか。たしかに。なんか今俺、もの凄く偏見言っちゃったかも……)
「あぁ……ごめんなさい。」
「まあ、うん。いいよ。」
「はい……」
(はぁ何やってんだよ俺…。もっと考えて発言するべきだったな……)
………ーーーーでも、………あれ??
葵はそう納得したはずなのに、それでもまだドキドキしている自分の心臓に手を当てた。
(なんで………?)
「よし。それじゃ、入る支度しようか。」
優一はそう言って立ち上がると、早速露天風呂の方へ向かっていった。
「葵くん、おいで」
「あ、は、はい」
(なんでドキドキしてるままなんだ…?)
葵は自分の体に違和感を持ちつつも、それはきっと気の所為だろうーーーーと、そう思っていた。
その時までは。
葵はそれ以上の言葉が出なかった。
そして先程まで口に含んでいた美味しい抹茶の味も急に感じなくなったような気がした。
「わぁ、よかった人違いじゃなくて!!本当に葵くんと優一さんだったぁ!」
「小牧ちゃん、なんでこんな所に?仕事?」
優一はにこやかな笑顔を小牧に向けつつ疑問を訊ねた。
「あ、いえ!実は私、京都出身なんですよー!それで、お盆休みで丁度帰ってたんですっ!昨日、私も京都に行くってことを伝えようとしたんですけどーーーー」
「へぇ、そうなんだ。実家ここら辺なの?」
「あ、はい!ここら辺なんです!」
「え、そ、そうだったの…?」
葵も思わず聞き返す。
「え?うん。あれ?葵くんに言ってなかったっけ?ーーーーあー、そっか、言ってなかったね!そうそう、それで昨日京都に来るって話してたからもしかしたらここ来るかなーって思って。」
「あ、…そう、だったんだ…」
小牧はそう言いながらも、視線はずっと優一の方を向いたままだった。
そりゃあ好きな人に会えたのだから仕方の無いことだろう。
けれど、まさかこんなことなら先に京都にいるかもと、説明しといてくれればいいのに…
説明しといてくれれば……
会わずに済んだのに?ーーーー
「それで…もうここら辺は回りました?」
「あーうん。色々回ったよ。それで、今から旅館にチェックインしに戻ろうかなって思ってたところ。」
「あーそうだったんですか!えーでも丁度午後からだと色々イベントやったりするんですよー。もし良かったら今から案内するので行きません?」
小牧は上目遣いで、それこそ男を落とすような目付きで優一の方を見つめながらそんなことを言い出した。
それに対し、葵は慌てて断ろうと口を挟む。
「え、でも沢山回った後だし、そろそろチェックインしなきゃだしそれにーーーー」
「おー良いね!案内してくれるの?」
「はいっ勿論です!」
「え?」
意外にも乗り気だった優一の言葉に、葵は思わず声を出してしまった。
(え、い、いいの?)
「ん?葵くん、どうしたの?」
「あ、い、いや……案内なんてそんな、申し訳ないなーって…?実家に帰ってるなら掃除とかあって忙しいだろうし……」
「え!!私は全然大丈夫だよー?ていうか、むしろ案内したかったもん!折角京都に来てるんだしいい所たっくさんあるから!」
「あ、そ、そうなんだ…」
「うん、それに出身地だからめっちゃ詳しいもん!」
(あぁ…そうだよな…)
「それは、頼もしいね」
「ふふっ、じゃあ早速行きましょ!」
「そうだね。あ、でも葵くん、本当に疲れたら言ってね」
「あ、は、はい…俺は別に、大丈夫です…」
葵はそう言いながら、小牧の本当に嬉しそうな笑顔を見て、モヤモヤした感情が湧き上がって来た。
(なんだよ、なんでだよ…こんな所で、こんな空気で断るなんてできないじゃん……それに…)
優一の小牧を見る目が、優しくてそれだけで何だか全身が痛むくらい嫌な気持ちになった。
「それにしても、こんな所で会えるなんてね。」
「ですよねぇ!私もびっくりです!」
そんな会話を聞きながら葵は、こんなの偶然なわけないじゃないか。と一人心の中で呟いた。
実家が京都だということは事実にせよ、こんなうまい具合で会えるなんて、そもそもありえない事だ。
絶対にタイミングや場所を合わせたのだろう。
それに、そうでもなくちゃ実家帰りにあんなオシャレな服装や化粧なんてしないはずだし、こんな観光地を一人で彷徨くこともしないはずだった。
暫く反対方面を歩いていると、ふと何かを思いついたのか小牧がポケットからスマホを取り出した。
「あー……ちょっと、親に連絡しますね!」
そう言ってから小牧は素早くスマホのキーボードを打ち込んで、ものの数秒でメッセージを送信したようだった。
しかしその瞬間葵の内ポケットから振動がして、葵は急いでスマホを取り出す。
そこには目の前にいるあの小牧からの新着の表示がされていた。
(え、なんで?まさか、今送ったーーーー?)
葵は恐る恐るメッセージを開く。
するとそこにはこんなことが書かれていた。
【葵くん突然ごめんね!でも葵くんなら分かってくれるよね?
【協力して欲しいの!お願い!!】
(協…力…)
ああ…
やはり、偶然なんかじゃなかったんだ。
小牧が実家帰りの時間を合わせてきたのだ。
その事実を知って、葵はますますムカムカしたような気持ちがパンクしそうな程に溢れてきた。
(こっちだって、優一さんとの折角の旅行だったのに…)
でもそんなこと言えるわけがない。
自分はあくまでも、可愛い女の子の恋を応援する助っ人役なのだから。
そう考えるとますます、自分がはっきりと発言できない性格に嫌気が差した。
そしてそのイライラを、ポケットの中に入れていた昨夜徹夜して考えた案内のメモにぶつけ、クシャクシャに丸めるとリュックの端ポケットに強く押し込んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
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それから三人は、花見小路の方を通り過ぎ、石塀小路の通りへと入っていった。
ここへは舞妓や芸妓さんがよく行き来をしていて、タイミングがいい時には撮影もできるらしい。
その他には秘密基地と呼ばれる昔ながらの駄菓子屋のような場所だったり普門庵などに寄ったりした。
小牧はそれから楽しそうに優一の隣を陣取ったまま、様々な場所の説明をしていった。
自分なんかが必死に考えたプランでは到底思いつかないような詳しいことまで優一に話していて、優一は「すごいね」「詳しいね」「案内してもらってよかった」なんて言葉を言うものだから、葵はその度に勝手に足が重くなるような気持ちになっていた。
(ああ、疲れたなぁ……)
それから何時間も歩き回って、もう時刻は午後六時前を指していた。
すっかり日も落ちたことだし、もう流石に旅館へ戻りたい。
ーーーーと葵は思っていたけれど、前にいる二人は夜景やお店等に未だ夢中で、葵のことなんてまるで忘れているかのようでーーーー
(なんで、いつもこうなっちゃうのかな。)
こういう事はもう慣れてきたはずなのに。
独りぼっちな感覚は慣れているはずなのに。
なんだか今回ばかりは許せなくて、凄く悲しくて。
優一と小牧が本当にお似合いのカップルみたいに見えて、葵はふと足を止めて俯いた。
これ以上見ていたら、自分が嫌な人間になりそうだ。
小牧の邪魔をしたくはないし、優一だって楽しそうなのだからこれでいいのに。なのに…
「そうなんですよぉー。ここが秋になると紅葉がすごくてー」
「へぇーそうなんだ。秋は本当に綺麗だろうね」
「はい!あ、もし良かったら次に来た時にも案内しますよ?機会があったらですけどね!」
「ありがとう。まあまた、仕事で行くこともあるだろうし一応メモしとくよ。」
「はい!あ、良かったら今度そういう本持ってるので貸しますよ?隠れスポットみたいな特集の」
「良いの?ありがとう」
「いえいえ!」
楽しそうな声が耳に響いてきて、葵はますます嫌になった。
これが小牧による作戦だということを知りながら。
しかし、笑い合うふたりの顔を見て、葵の胸の中はもう苦しくて限界だった。
この恋を応援するべきなのに。
2人は事務所だって同じだし、こんなに楽しそうに話しているのに。
「浴衣とか着物のレンタルとかもここだけですよー楽しめるのは」
「そうなんだ。あんまり着ないから似合うかわからないけど」
「えー優一さん、着物着たら絶対似合いますよぉ」
「そうかな?浴衣なら祭りの時とかは着たりするけど…」
「今度見たいですー!写真あげてくださいよ!ファンの子達とも喜ぶと思いますっ」
「うん、そうだね」
「はい!あ、勿論その時は私の母が着付けやってるからそこでーーーー」
(ああ、だめだ……俺って…)
我ながら最低だな。
でもこれでも我慢した方だろ。多分。。
「うん、そうだね。じゃあーーーー」
葵は優一の裾を突如グッと掴むと、道端で立ちどまった。
「…ん?葵くん、どうしたの?」
「え?」
優一が言うと、小牧も驚いて振り返る。
「あ…え、えっと。す、すみません……もうそろそろ旅館戻りませんか?俺、足疲れてきちゃって。」
「ああ…そうだね。もう18時だし戻ろうか。これ以上遅くなると小牧ちゃんにも悪いしね」
「すみません…」
葵が小牧を見ると、なんだか一瞬だけ不機嫌そうな顔をされた気がして、葵は思わず直ぐに目を逸らした。
「そうですよね!いやぁ、でも本当に沢山案内出来て良かったです!」
「うん、僕も凄く楽しかったよ。ね、葵くん」
「は、はいっ…ありがとう小牧さん…」
「いえいえー!んじゃまた葵くん連絡するねー」
「う、うん…」
「優一さんもありがとうございました!!」
「うん、ありがとう。家までは気をつけて帰ってね」
(はぁ…やっと……)
そういって小牧と離れた頃にはもうクタクタな状態だった。
お部屋に入ったらまずは晩御飯を食べて、そのあと温泉にでもゆっくり入ろうーーーー
葵はそう考えながら優一と共に旅館へと戻った。
旅館の部屋は2階の端で、部屋には露天風呂が着いていた。
部屋に着くなりスリッパに履き替えると、畳の独特で優しい香りの床に思わず突っ伏してしまった。
「葵くんごめんね?ずっと疲れてたのに気付かなくて」
「…大丈夫です……。」
別に優一は何も悪くないと言うのに、どこか拗ねているような怒っているような声を出してしまって、葵はもう一度、「本当に大丈夫です」と言い直した。
「うん、でもそれにしても小牧ちゃんが居るなんてね。本当に驚いたよ」
「……はい。俺もめっちゃびっくりしました…。」
(まさかここまでしてくるなんて、ということに対してだけど…。)
「うん。ーーーーまあ、とりあえず…葵くん。」
「…なんです?」
「疲れたと思うけど、夕食を食べに行こうか。時間決まってるし。」
「……そうですね。」
「そのあとで温泉に行こう。まあ、部屋の露天風呂でもいいと思うけど。」
「まあ、それはその時決めます…」
「うん。そうだね。」
それから二人は旅館にて晩御飯を食べた。
穀米と海鮮が豊富で物凄く美味しくて、抹茶アイスを二つも食べたと言うのに、葵も優一も難なく完食した。
そして食べ終わる頃には、また小牧の事を忘れていてすっかり気分も戻っていた。
「美味しかったね」
「はい、本当に美味しかったです」
「食事が1番美味しいってサイトのレビューに書いてあったから期待してたけど、それ以上だったなぁ」
「そうだったんですね。」
「うん。折角京都に来たんだから、1番美味しいもの食べたいしね」
優一はそう言いつつ満足そうにため息をつくと、部屋の座椅子に腰をかける。
ちなみに部屋の真ん中のテーブルには煎餅と、角砂糖のような和菓子と湯飲み茶碗が置かれているが、まだ手をつけていない。
葵はそこからひょいっと和菓子を取って、パクリと口に含む。
甘い砂糖のようなものだ。
「美味しい。」
「んー、僕も食べよっと。」
2人してパクっと和菓子を頬張る。
「あんなに食べたのに、美味しいね。」
「ですね。…あ、そうだ。温泉、どうします?」
「んー、のんびり入りたいし折角部屋に露天風呂ある旅館にしたからここにしようかな。」
「俺もそうします」
「うん。」
「どっちから入ります?」
葵が最後の一口を食べ終えてから訊ねると、優一がすぐに「え?」と聞き返してきた。
「え、俺今なんか変なこと言いました?」
「いや、どっちからって言うか……一緒に入らないの?」
「へ?」
(一緒に入る…?)
「え、えええ!な、なんで一緒に!?」
葵はガタッと座椅子から立ち上がる。
けれど優一は不思議そうに葵を見上げるだけだった。
「え?なんでそんな驚いてるの?」
「え、だ、だってお風呂に一緒に…って…」
「いや、お風呂っていうか露天風呂だし、あんなに広いのに一人ずつってあれじゃない?」
「え、あ…そうですかね?」
(あれ?)
「うん。そうだよ。それに僕達、別に男女じゃないし」
「あ、…そうですね。……って!で、でも優一さんそもそもホモじゃないですか!!」
(そうだよ!絶対変なことしてくるに決まってるし!)
けれど優一はすぐに否定した。
「いやいや葵くん…僕は確かに男が好きだけど、そんなさ…誰にでも反応するわけじゃないよ?」
「え…そ、そうなんです?」
「だって、考えて見て?葵くんと今までキスしてきてその後、僕の体が反応してたなんてことあったかい?」
(それは…)
「…………ないですけど」
「うん。そういうことだよ。流石に男全員いけるとか、思わないで欲しいな」
優一は少し残念そうな、悲しそうな顔をした。
その瞬間葵の心の中でピリッと何かが痛んだ気がした。
(ああ……そっか。たしかに。なんか今俺、もの凄く偏見言っちゃったかも……)
「あぁ……ごめんなさい。」
「まあ、うん。いいよ。」
「はい……」
(はぁ何やってんだよ俺…。もっと考えて発言するべきだったな……)
………ーーーーでも、………あれ??
葵はそう納得したはずなのに、それでもまだドキドキしている自分の心臓に手を当てた。
(なんで………?)
「よし。それじゃ、入る支度しようか。」
優一はそう言って立ち上がると、早速露天風呂の方へ向かっていった。
「葵くん、おいで」
「あ、は、はい」
(なんでドキドキしてるままなんだ…?)
葵は自分の体に違和感を持ちつつも、それはきっと気の所為だろうーーーーと、そう思っていた。
その時までは。
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