王子様の世話は愛の行為から。

月野犬猫先生

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第四十三話 疑問の中にある答え

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「お、おかえりなさい。優一さんっ!」

「ただいま。まだ起きてたのか」

優一が家に帰ってきたのは帰宅時刻の1時間も遅い夜中だった。
なんでも、監督との飲み会が長引いたらしい。
優一は家に帰るなり、ドサッと台本やら何やら入ったバッグを置くとソフィに深くもたれかかった。

「はぁ····」

「お、お疲れ様です···· 。あ、晩御飯ありますけどどうしますか?」

「あー·····。それは明日にする。申し訳ないけど」

「いや俺は全然·····。大丈夫ですか?」

「大丈夫。」

(ど、どうしよ·····謝りたいけどなんか優一さんめっちゃ疲れてる····)

葵は優一の分の晩御飯を冷蔵庫にしまいながら、暫く話を切出すタイミングを伺っていた。
でも昨日も一昨日もこんな風にぎこちない会話だったし、ここで逃したらまた明日·····とかになって、どんどん先延ばしになってしまうような気がした。

(それにこれから映画の撮影とかで益々忙しくなるだろうし、俺のせいで暗い顔したまま仕事するのも悪いし、栄人さんはああ言ってくれたけど、やっぱこれは俺がしたことだから俺が自分から謝っといた方がーーーーていうか謝るって決めたんだろ!こんなとこで迷っててどーすんだ俺!!!)

(言わなきゃ·····)

(言わなきゃ··········)

なのに、上手く言葉出てこない。
またうっかり変なことを言ってしまったらーーー

「·····じゃあ僕はそろそろ寝るーーー」

優一は立ち上がるとそのまま自分の部屋のドアノブに手をかけた。
そしてカチャッと音がして部屋の扉が開く。
その瞬間、葵はハッと我に返った。

(ああ、だめだ。何がなんでも言わなきゃーーー!)

「あ、あの優一さん!!!」

「ーーーん?」

葵はバタンと冷蔵庫を閉じると共に勢いに任せ声をあげた。

「ご、ご·····ごめんなさい!!」

「·····え?」

「こ、この前のことずっと、ずっと謝ろうと思ってて·····でもタイミング逃しちゃって遅くなりました·····」

「え、この前って?」

「あ、あの·····えっと、その·····。だから、麗奈さ····優一さんのお姉さんの事っ····」

葵がそこまで言うと、優一は驚いたように目を瞬かせて葵の方に顔を向けた。


「優一さん嫌がってたのに連絡先消されると思って、勢いで勝手に謝った方がいいとか言っちゃったから····自分でもすげぇー反省してて、そ、そんであの優一さん怒ってたと思うし、えっと、だから····謝りたくて。」

ドクン·····

「·····ごめんなさい。」


 葵がもう一度謝ると、優一はドアノブにかけていた手をおろして少し考えたように目線を外した。

それから暫くの沈黙が続いたような気がした。

(ーーーあ、やっぱ言うの遅かったかな。絶対、怒ってるよな·····?)

こんなたかが高校生なんかに、間借りさせてもらってるだけのやつに、何も知らない上であんな偉そうなこと言われたんだし怒って当然ーーーー

しかし優一は徐に口を開くと、次第に困ったように言った。

「ーーーーそんな事、気にさせてたのか。」

「ーーーーえ?」

「別に怒ってないよ。」

(えええ!!で、でもあれからずっと気まずかったしあの時は明らかに怒ってたようなーーー)

「ーーーただなんて言えばいいか、上手く言葉が見つからなかった。困惑していたんだ。」

「え?」

(困惑してたの·····?)

「まさかあの人が日本に来るとは思わなかったし、それに葵くんと連絡先交換するくらいに仲良くなるとも思って無かったから。葵くんの言葉に怒ったわけじゃない。」

優一はそこまで言うと再びリビングのソファに腰を下ろして、脱いだ上着を置いた。
そしてネクタイを緩めると、一段と大きなため息をついた。

(そ、そうだったんだ。なんだ、怒ってなかったんだ。それは、良かった。·········安心したーーー)

でも、そう思うと同時にまたしても胸に突っかかりを感じてーーー

「あ、あの。優一さん」

「うん?」

「優一さんは一体どうして、そんなにお姉さんの事····」

ーーーー嫌いなんですかーーーー?

葵はそう言おうとして、我に返って口を噤んだ。
ダメだ、また余計なことを言いそうになる。

でもこの胸の突っかかりは、消えてはくれなかった。
時折見せる優一の暗い顔や、あの時に見た麗奈の切なげな顔が浮かんだ。
思えばどうして優一が姉のことを名前も呼ばずにあの人と言っているのかも、気にかかった。

ーーーああいうのを見るとどうしても気になって仕方なくなってしまう。
それは自分自身が小さい頃から人の顔色を酷く伺う癖があったから、きっとこれもそのせいかもしれないだろうけどそれでもーーーー


葵が黙り込むと、優一は暫くしてから徐に口を開いた。

「ーーーまあ、葵くんが言いたいことはなんとなくわかるよ。」

「え·····?」

「でもその前にひとつ言いたいことがある。」

「なんですか····?」

「僕は、あの人のことを姉だと思ったことはない。」


ーーーーーーえ?

その瞬間葵は思いもよらぬ言葉に思わず目を見開いた。
姉だと思ってないーーーなんて一体どうして?

「え、で、でも·····麗奈さんは優一さんのお姉さんなんじゃ·····。」

それに麗奈さんだって弟を心配してわざわざ日本に帰国してきて探してたって言っていたぐらいでーーーそれなのに、優一さんは姉だと思っていないの····?

葵の中で一気に疑問が渦を巻いてドクンと鼓動が波打った。

「そうだね。まあ葵くん目線、あの人の話だけ聞いていれば、僕が家族を避けるような最低な人間ってことになるんだろう。」

「そ、そんな、俺は優一さんを最低だなんて思ってるわけじゃなくて·····!確かに謝った方がいいとか言ってしまったけど、で、でも姉だと思ってないにしてもどうしてそんなにそこまでして避けるのか気になってしまって····なにか大きな問題とかあったのかなって色々考えてしまったんです。まさか連絡先交換してあんなふうになるとは思ってなかったし····」

「そうか。そこまで考えさせるつもりはなかった。」

優一はそう返事をすると目を伏せた。

(あ·····またあの顔だ·····。)

「あの·····。さっき優一さんは麗奈さんを姉だと思ってないって言いましたけど、それは家族として信用出来ないからって意味なんですか·····?」

(それなら連絡取り合うのやめた方がいいかな····?)

だとしたら俺はーーー

「家族として、か。」

優一は考えたように目線を上にあげると、なんとも言えない切なげな顔を浮かべた。

(なに、その顔ーーー)

「そ、そうです家族としてーーー」

そして次の瞬間、優一は困ったように言った。

「そもそも家族がなんなのか、それ自体分からない。」

(···············え?)

葵が驚いて固まると、そういった後、優一は何かを思ったように立ち上がると、「さて、もうこんな時間か。」と背伸びをした。

「葵くん、大丈夫?明日も学校なのに変なことを話してごめん。」
 
「え、·····あっいやそんなの全然·····というか俺が話振ったんだし·····」

(家族が分からないって·····。ああ····俺何聞いてんだろ。よりによって更に深みにハマるようなこと聞いてしまった。けどーーー)

さっきの言葉を聞いて凄く驚いた、それと同時に、もしかしたら優一さんも俺と同じなんじゃないかって何故か無性にそれ以上を知りたくなってしまった気がしてーーー

「じゃあ、寝ようか。」

「ま、待って、優一さん·····!」

「ん?」

「ゆ、優一さんが嫌なら俺、連絡先消しますっ!」

「え?」

「麗奈さんはいい人だと思うけどっ·····でも優一さんやっぱ嫌なんじゃないかっておもって。それに俺、居候させてもらっている立場なのでなるべく迷惑かけたくないし、負担になるなら嫌だし栄人さんも優一さんがココ最近暗い顔してたって言ってたから·········」

「ん?もしかして、栄人がここに来たの?」

「あっ·····は、はい。実は今日·····」

(あ、そういえば言うの忘れてた····!これ、言った方が良かったかな。)

「そうか。あいつなんか言ってた?」

「え·····あ、実は栄人さんが言ってたというか、俺がさっき優一さんに謝ったことを栄人さんに相談しました····。勝手にすみません。」

「そうだったのか。いや、別にいいけど。それでなんて?」

「いや特には·····。上手くいっといてやる的なことは言ってくださったんですけど···でも、やっぱちゃんと自分から言わなきゃと思って」

「そっか。」

「はい····」

「葵くん·····さっきからなんでそんな暗い顔してるの?」

「えっ?」

「連絡先のことは、もういいよ。」

「で、でも·····!!」

「別に、今回のこと葵くんがそんなに気負う必要ない。色々考えさせてしまったのは僕の方だし。ていうか、そんな状態だったらテスト勉強も集中出来なかったんじゃない?」

「あ·····。た、確かにこのことは気になってましたけど····テストはなんとか大丈夫でした。それに優一さんに教えて貰って自信がついたので·····平気だと思います。」

「そうーーーそれは良かった。」

「は、はい····」

「うん、大丈夫ならいいんだよ。」

「っ·····」

(思うけど、なんで優一さんていつも自分より他人を心配するんだろ·····?)

少し前までは、王子様というイメージをつけられただけのイケメン俳優で、実は男好きで家賃の代わりを体で交渉してくる変態で、甘いものが好きで、まるで生活感のない何を考えているか全くわからない人ーーーだった。

けど、暮らすようになってからこの人の色々が見えてきた気がした。
テレビで見せる笑顔だけがこの人の顔じゃない。
ーーー今もこうやって自分の話をしたがらないとか、そういう話になればすぐ他の話にして、大袈裟なくらいに他人の心配をするとことか。
そういう所も含めてこの人にはきっと何か、想像も出来ないくらいに大きな何かがあって、それを隠すために
なにかをひたすら堪えているように思えてしまったのだ。

それはさっきの家族のことに関してでそうなっているのか、はたまた自分自身のことなのかそれはわからない。

けどーーーそれ以上に葵には気になってしまったのだ。



「ーーーあ、そうだ。葵くん。」

「·····はい?」

「もう全部テスト終わったんだよね?」

「あ、終わりました!今日が最終日だったので。伝えるの遅くなってすみまーーー」

「じゃあキス、再開しようか。」

「ふぇ?!な、な、なんで急に·····!?」

「え、急····?僕は普通に葵くんがテストがあるからと思って我慢してただけだけど。」

「えっ!?」

「ていうことで今日はとりあえず、最低5回だね。かなり日数空いちゃったし。」

「ご、5回!?ていうかその家賃分のそれやらないと溜まっていくシステムのままなんですか?!」

「当たり前。今の葵くんは困ったことに完全に家賃滞納です····。」

「や、家賃滞納て!!」

(上手くいったつもりなのか!?)


「ねえ葵くんーーーその状態じゃキスできないから顔、もう少しあげて?」

「うっ·····はい····」

優一は葵の傍によると、葵の顎をクイッと軽く上にあげた。
すると優一の綺麗な顔が視界に映り込んで、澄んだ瞳で真っ直ぐに見つめられると葵は思わず顔を赤らめた。
なんでこうも、この人は真っ直ぐに人を見つめてくるのだろう。

「あ、あのー····」

「ん?」

「ずっと思ってたんですけど、家賃·····キス以外で何か代わりにならないんですか?」

「なんで?嫌なの?」

「えっ·····あ、い、嫌というかその·····」

(ていうか普通に恥ずかしくないのかな····!?いつも平気な顔してサラッとやって退けるけど·····あ、まあ俳優だし恋愛経験豊富そうだしそういうの慣れてるのかな。)

「んー········まあ別に他の方法でもいいけどね。」

「えっ·····良いんですか!?じ、じゃあ今日のあとの4回はほかの方法でお願いしまーーー!!」

「添い寝。一緒に風呂に入る。舐める。どれがいい?ちなみに添い寝でも舐めるを含めてあげてもいいけど。」

(······························はい?)

「やっぱ今のでお願いします·····」

「あれ、残念。てっきり舐めて欲しいのかと思った。」

「な、なわけっ·····!!!」

(ていうかなんでそういう思考に!?)

「ははっ·····ごめんごめん。今のは冗談。」

優一はそう言ってニヤリと笑うと、葵の頬に手を当てて優しくキスをした。

(冗談って·····)

やっぱこの人が純粋で煌びやかな皆の王子様なんてとても思えないーーー

(でも·····)

世間的に知られている優一の笑顔とかじゃなくて、たまにみせる表情とか、自分より他人を思って大袈裟なくらいに優しくしてくれるようなとこがーーー
気になってしまうし、なんだか嬉しいと感じてしまうから。


(ああ俺は·····本当に優一さんを好きになってしまったんだろうか·····?)

葵はそんなことを思い、優一の言った言葉を考えながら、5回目のキスをしたのだった。
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