王子様の世話は愛の行為から。

月野犬猫先生

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第四十二話 知りたい感情

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最後のテスト終了を知らせるベルが鳴ると皆一斉に書くのを辞めてテストを裏返しにした。
葵はその音で目覚め、ぼーっとした目を擦ってから後ろから渡されたテスト用紙を先生に渡すと、大きく伸びをした。

(ああ、やっと終わった…)

四日間の前期テストは本当に全力を出し切ったし、今回も頑張った。それは変わらない。

ーーーーーけれど、そうは言ってもやはり気が重いままだった。

あれから優一はやはり、部屋から出てくることは無かった。
テスト前だったこともあり徹夜していたので、もしもリビングに来たらちゃんと謝ろうーーーーーそう思っていたが、本当に寝てしまったのか、朝も早く起きて仕事に行ってしまいなかなか話せる機会も無くなったし、自分もテスト勉強に追われてそんなことが続いて気づけばテスト期間も終わっていた。

だからこそ本当ならすぐ謝らなければならないというのに謝ることも出来ないままなのである。

(麗奈さんとはあれから頻繁にメールのやり取りするようになったけど、一方で優一さんとはなんか気まずくなってしまったな…)

本当はこんなつもりはなかったのに。そこまで何かを抱えているなんて思わなかったのだ。
だからああいうこと、言ってしまったけどーーーでもーーー
逆にそう考えていると、じゃあなぜ優一は麗奈を避けるのかなーーーーーとか、そもそも家族なのに避けるのがおかしいのではないか、という考えに至ってしまうだけで、余計に気が重くたくなった。

(はぁ····どうしたらいいんだろう。)

テスト終わりで明るくなった教室の中、葵が思わず大きなため息をつくと、ふと後ろから声をかけられた。
小牧だ。

「あーおいくんっ!やっと終わったね!お疲れ様!」

小牧はいつになく輝かしい笑顔を向けて、葵に笑いかける。
そういえば、最近小牧はやたら機嫌が良い。
話によれば、最近仕事の方が上手くいってるみたいだ。

「あ、ああ小牧さん…お疲れ様。」

「あれ、テスト終わりだよー?なんかいつもの葵くんらしくないね。そんな暗い顔してどうしたの?」

小牧は葵の顔をちょこっと覗いて「あれー」と、不思議そうな顔をした。
それにしてもいつも思うけどそのあざといような動きは本気でやっているのだろうか。

「あ、うーん。ちょっと最後のテスト上手くいかなかったからさ。」

「そうなの?葵くんいつも良い点数じゃん!それに、葵くんに教えてもらったから私も今回はいい点数取れたかも!って思ってるんだからー!」

「そ、そうかな。」

「うん!まあ、何かあったらいつでも言ってね!相談乗るからね?」

「う、うん!ありが·ーーー」

「ねぇー小牧ー!!みた!?今月号!映画化記念と黒瀬優一の特集だってー!!」

葵がお礼を言いかけたその時、先程から騒いでいた女子の集団の一人が、小牧に声をかけた。

(優一さん····?)

「あれでしょ!?眠れるプリンスの特集!!ほんとかっこよかった!!」

小牧は集団の方に行くと、「あーこれこれ。」と優一が表紙を飾る雑誌を指さした。

「そうそう、それに見て!これ!この写真の優一の横顔綺麗すぎない?!」

「あー超かっこいい!優一と結婚したーい!」

「わかるー!!」

(なんか最近優一さんの名前をよく聞くようになったな···)

元々優一は大人気の国民的俳優ではあるけれど、それにしても最近はかなり異常だった。
なんだか廊下を歩いているだけで、その名前を聞くほどになっていた。
この学校は割と俳優好きが多いから納得だけど、それにしてもここまで優一の名前が出ると、葵もなんだかザワザワした気分になってくる。

「優一ってなんか凄く性格良さそうだし、良い家庭で育ってる感じするよね!!」

「わかるわかる!子供も好きなんでしょ?最高じゃんー!」

ーーー良い家庭ーーー

ドキン····

(なんか、だめだ····早く帰ろ···)

葵は女子たちが見ていた優一の特集の雑誌が気になったものの、そのまま教室をぬけて真っ直ぐ帰ることにした。


ーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーー

優一は今日も遅くなるらしかった。
今日は話題の特集の撮影か番組の収録か、それはわからなかったが、とにかく仕事が立て込んでいるらしい。

(やっぱ国民的俳優って大変だなぁ…)

葵はテレビをつけると、そっと…録画していた番組に目を通した。
実は話題の本が映画化するらしく、その映画に優一が主役の恋人役で出演すると決定していて、その特集番組をやるというのをクラスの女子の話から小耳に挟んでいて、気になっていた。
そして片っ端から優一の出演するテレビを予約しておいて、テスト終わりに全部見ようと決めていたのだ。

(まあ御本人さまのテレビに黙って録画するのもいかがなものかと思うけど·····)

そんなことを思いながらも、葵は優一の出演しているコマにだけ進めて、そこから見るようにした。
またいつも見ているはずの優一の顔がテレビ画面に映ると、新鮮だし、改めて綺麗な人だな、と思う。
そしてそんな人と住んでいる自分、住んでしまっている自分に信じられなくなって不思議な感情になるのだ。

(まあ本当ならこんなことやってる間に俺はその優一さんに謝らなきゃいけないんだけど…。あ、ここだ。)

優一とアナウンサーが向き合って対談している所までくると、葵はそこで再生のボタンを押した。

【アナウンサー:優一さんが今回出演される映画は恋愛ですけど、最近何かありました?】

女性アナウンサーが優一と個室で向き合うような形でインタビューを始めると、優一はきちっと背筋を伸ばしたスーツ姿で、綺麗な笑顔を向けて「そうですねぇ····」と考え込むように切り出した。

【優一:僕は何年も前にそういう感情を忘れてしまったようなものなので、出来ればこの映画を機に若々しい頃の感情を取り戻せたら…という気持ちですね。丁度僕のやらせて頂く役の「雨宮匠」も、そういう感情が欠けているんですよ。だから、自分も演技をしつつ、そういうのを考えて思い出せていけたら、という思いでしたね。】

【アナウンサー:そうなんですね!あ、ちなみにもうひとつお聞きしたいことがありましてーーー····学生時代は優一さんのファンクラブが大流行していたらしいですが、学生時代に何か、印象に残る事とかはあったんですか?】

(あ、そっか。ファンクラブ…。まあそこまでは予想つくけど…優一さんの学生時代って…そう言えば…)

ふと、葵は栄人が言っていたことを思い出す。
家庭事情があまり良くなくて、家に帰ることも少なかったのだからそれはなんとも複雑な日々を送っていたのだろうと。

けれど優一はそんなこと微塵も感じさせないような笑顔で応答するだけだった。
思えば出会う前にテレビでみていた頃も、いつも笑顔でキラキラしてて、どこにも非がないような本当に王子様みたいな人だなってーーーーーまあ自分と比べるにも値しないぐらいの別世界の人だけど、それでもどこか現実感のない人だと思っていた。
でも突然こうやってその人の家に住むようになってから、この人という人間が人間味を帯びてきているように感じた。

勿論男が好きだとかぬいぐるみを持ってるとか、家のことが出来ないし寝起きの気分が最悪ということも驚きだったし、それだって世間のファンはあまり知っていないようなレアな情報なのかもしれないけど…それ以上に葵は思うことがあった。
それは…
優一さんは何かを隠してるんじゃないかってーーーーーでもそれをテレビなどの情報には一切漏らさず隠してきたのかもしれなかった。

だからこそあの時、優一が嫌なんだと露骨に嫌がった時ーーーーーあれは…

(もしかしたら誰にも見せていない優一さんの一面だったりするの·····かな?)

そう思うと余計に、自分は何をしているのだろうと思ってしまう。

【アナウンサー:ではでは次の質問に行きましょうか!えーっと、今回の背景って基本的に学園内のものだと思うんですが、優一さんにとって青春はどうでしたか?】

【優一:そうですね。青春というものは人それぞれ曖昧なもので、それを明確に考えると複雑ですが·····僕にとっての青春っていうのは、何事も気にせずに目の前のことが出来ていた時期だと思うんですよね。だから、悩みとかがあっても、暗がりがあってもすぐ太陽が刺してくれるようなそんな真ん中にいて、ただひたすら走っていくように生きていたと思います。】

【アナウンサー:わぁ、ありがとうございます!本当に言葉の一つ一つが素敵ですね。】

優一はその言葉に、「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀をした。

【うふふ、あっ、ちなみにもう一つお聞きしたいことがありましてーーー】

アナウンサーはもう既に優一にメロメロな様子で、手を合わせてうっとりした表情を向けながら話していた。
だが優一にだけそれ以上の質問が行く前に、優一が上手く黙っていた監督に話を振ってそこで今度は監督との関係の話へと展開した。

(ーーーやっぱ優一さんって回答が完璧だよな。)

どんなに生活がだらしなくとも、それを1ミリ足りとも感じさせないこの感じ。これじゃあいくら何を言っても輝かしい王子様のインタビューで、過去に何かあったなんてそんなこと誰も思わないはずだ。あのクラスの女子達みたいに。
葵は番組を消して大きな溜め息をひとつ零した。


その時だった。

静まり返ったリビングにピンポーンとチャイムが鳴り響いた。
葵は「はーい」と返事をするとそのまま普通の出で立ちで玄関へ向かう。

そして玄関のモニター画面を見ると、そこには仕事着ではなく普段着の栄人がモニターに向かって片手を上げた。

葵は急いで玄関を開ける。

(今日は仕事無かったのかな·····?)

「栄人さん!!文化祭以来ですね。」

「おう!元気にしてたかー?」

「は、はい!」

栄人はいつものようにリビングに座ると、ぐったりと背もたれによりかかってくつろぐ。
最早、ここに家に来ると、この家に住むーーー(と言っても居候だけど)葵よりも寛いでいる感じがする。
まあこれも、優一の親友であるからこそできることなのかもしれないが。

「そういや小牧ちゃんから聞いたけどテスト終わったんだって?」

「あ、そうです。やっと終わりました!」

「おー。優一が英語教えたって言ってたけど、どう?自信は。」

ドキン·····

「あ·····は、はい!えっと前よりは····あります。」

(って、優一さんの名前だけで動揺すんなし!·····その今は·····あれなだけだから!うん!)

「ほー?怪しい感じだな。まあ、優一が人に勉強を教えることってあんまりないからなぁ。学年一位とは知っていたけど、俺もあんま、教えてもらったりはしなかった。」

「栄人さんと優一さんて、学校でどんな感じで話してたんですか?」

ふと、自然にそんなことが気になって聞いてしまった。
栄人はあまり、優一の過去に触れない方がいいと言っていただけに、少し考えるような眼差しを浮かべつつ、答えてくれた。

「まあ····なんていうか、話しかけるという感覚よりも、いつの間にか話してるって感じの仲だったな。優一は色々な人に話しかけられてて、でもいつもそのうち一人で教室を抜けたりしてさ、んでいつの間にか俺と話してる、みたいな。」

「そうなんだ····」

葵はお茶を淹れた茶碗を栄人に渡しながら頷いた。
栄人は軽く「さんきゅー」と応えつつ、話を続ける。

「まあざっくり、そんな感じだったなぁ。お昼とかもあいつは誘われてても一人の方が多かった。」

「そんなに一人でいたんですね。」

「まあなぁ。今となっては毎日のように食事に誘われたり、会食だの仕事仲間とのディナーだの引きずり回されそうになってっけどな!ま、どうせ断って1人で食ってるだろうけど。」

栄人はそう言いつつ苦笑いなのかなんなのかよくわからない笑みを浮かべた。
しかしやがて思い出したかのように顔色を変えると、葵の方を見る。

「あーーーでも、そっか。今は葵がいるから、家帰っても1人じゃないな。」

「えっ、あ····そうですね。」

その言葉に葵は何故かドキンとしてしまった。
でも栄人は気にしていないようだった。それどころか今度は口元を上げて、悪戯に聞いてきた。

「んで、最近どう?優一とは。」

「えっ」

(さ、最近どうってどういう····!?あっでも····)

「上手く暮らしてるか?」

「あ、·····。」

その瞬間また、今は優一と気まずくなっているということを思い返して、葵は返事をしたものの、軽く俯いた。
その様子を見た栄人は少し考える表情を浮かべると、葵に尋ねた。

「ん?もしや、上手くいってないの?」

「え、そ、そんなことはっ····!」

葵は反射的に否定しようとしてしまったが、動揺は隠せなかった。

「あるっしょ?」

「··········まあ··、はい。」

葵が頷くと、栄人は驚いた様子を見せることも無く、むしろ納得したように頷いた。

「だろうな。いや実はさ、最近優一の様子が暗かったんだよねぇ。何か考え込んでる感じで。」

「·····え?そ、そうなんですか?」

(それってやっぱ俺が言ってしまった言葉を気にして·····)

「あいつはなんでも思い詰めやすいから、あんま考えすぎないようには言ったんだけどな。それでもあんま変わんなかったからさ。友人関係が狭い優一に今1番関わってるとするなら葵だから、もしかして葵と何かあったのかと思ってな。」

「そうだったんですか。 ····すみません」

「別に謝ることはねぇよ。でも、何かあったんなら言った方がいいぜ?俺から上手く言えば、また戻れるかもしれないしな。」

(確かに····。栄人さんは優一さんの親友だし色々知ってるかもしれない。家族と上手くいってないっぽい事とかも教えてくれたのは栄人さんだし····。ここは大人しく栄人さんに相談した方が···)

葵は徐に口を開くと、少し躊躇いながらこの前にあった出来事を説明した。

すると栄人は時折驚いた様子を浮かべながら、暫く考え込んだ。

「ーーーまあ、勝手な事言ってしまった俺が悪いんですけど····テスト前ってこともあって謝るタイミング失っちゃって····。」

「そうか····。それにしても葵は優一の姉に会ったのか。」

「は、はい。·····栄人さんはお姉さんに会ったことあるんですか?」

「いや、無いが·····優一から話を聞いたことがある。」

「え、優一さんから····?」

「ああ。学生の頃だからもう何年も前だけどな。兄弟はいるのかって聞いたら、姉がいるって言ってた。だが、それくらいで、どんな人か聞いても答えたりはしなかったな。だからその時、姉ともあまり良くやっていけてないんだなって事はヒシヒシと伝わってきてそれ以来は触れてなかった。」

「そ、そうだったんですね····」

(やっぱ仲良くなかったんだ····。あんな出掛けたりしてたけど、それは俺がいたから気を遣って優一さんなりに我慢してたのかな···。)

「まあだから、正直驚いたわ。どんな感じの人だった?」

「え、あ·····凄く綺麗な方でした。今はフランスにいて、そこで働いているらしいです。性格も、優しくて明るい感じでした。」

「そうだったのか。んー········。まあ、分からんでもないけどな。葵の気持ちは。」

「え?」

「だってほら、ただでさえあいつは自分の家族のことや自分のこと言おうとしないからさ、どうしてそんな人の良さそうな人に、家族なのにそこまで過剰に避けるのか、単純に気になったんだろ?」

「はい·····」

「まあ実際、俺も気になることは気になるしな。前に過去には触れない方がいいとは言ったけど。それでもあいつが暗い顔するのは嫌なんだよ。あいつは本心を滅多に口に出さない奴だし、我慢するから。」

栄人は困ったような表情を浮かべながら、そっと天井を見上げた。

「ま、だからさ····俺からも言っとくけど、家族のことに触れたんなら早めに改善した方がいいかもな。気まずくなって話しづらくなってるかもしんないけど、あいつ、根は優しいよ。それに一応同居人なんだし、家追い出されてないんだから話し合えば大丈夫。」

「栄人さん···」

「これは優一の親友である俺が言うんだから間違いないぜ。」

「はい。ありがとうございます。」

「ああ」

(良かった·····栄人さんに相談して···· 。)

葵はホッと胸をなでおろした。

「なんか栄人さんって、優一さんの親友というよりは親みたいですね。」

「え、そうか····?」

葵がそう言うと、丁度帰ろうと立ち上がった栄人が驚いた様子で聞き返した。

「あ、面倒見がいいなぁっていう意味で。俺が来る前も起こしに来てたんですよね?」

「あ、ああ。ま、まあな···!あいつはいつも1人でフラフラしててなんか不安になるんだよ。·····だから、かもな。」

栄人はちょっと戸惑ったような顔を見せつつも、半笑いでそう答えた。

「そっか····」

確かに優一さんは危なっかしいというか、生活感ゼロだけどーーー


(良いな、そういう仲の人がいるのって。)

ーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー


それから葵は栄人を駐車場まで見送ると、今日の献立を決め、夜ご飯を作ることにしたのだった。
栄人が上手く言ってくれるというのだから今日は大人しくしていようーーーとそう思ったが、やはり時間が経つにつれて早く謝って方がいいかも。という気持ちも大きくなっていた。

(優一さんは23時頃には帰宅するって言ってたし····)

今日、謝らなきゃダメな気がするーーー
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