6 / 66
第1章
幕間.とある令嬢の幕引き
しおりを挟むコンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえる。
「お嬢様、失礼します。お体を拭きましょうね」
ゆっくりと中を伺いながら扉を開けて、侍女2人が入って来た。
レイスリーネは痩せた体をクッションを敷き詰めたベッドボードに背を預けたまま、無表情に窓の外を眺めている。
侍女達は1ヶ月前に昏睡から目覚めたそんな自家の令嬢の姿に心を痛めつつ、いつものように甲斐甲斐しく世話を始めた。
「全く、旦那様も奥様も酷いと思わない?」
1人の侍女がレイスリーネの体を拭きながら同僚に愚痴を零し始めた。
「アン。お嬢様の前よ。口を慎みなさい」
少し冷たい表情の侍女が、アンと呼ばれる侍女を咎めた。
見覚えがあるその顔は、キサギが目覚めて最初に見たメイリィという名前の侍女で、寝衣を替える準備をしている。
「お目覚めになられてから1ヶ月経つけど、この状態がずっと続いてるのよ?聞いててもわからないだろうし、話す事も出来ないわよ」
「…アン!」
「だってメイリィもそう思わない?旦那様も奥様も、お嬢様に会ったのは王都のお屋敷で目覚めたあの日だけ。あれからすぐお嬢様を領地に引っ込ませて、自分達は王都に戻ったっきりよ?全くご自分の娘なのにどういうつもりなんだか」
アンはプリプリと憤慨しながらも、手つきは優しくレイスリーネの体を拭いていく。
「…全くアンは…。でも私は王家の方が酷いと思うわ。あれからお嬢様に何のお見舞いもないなんて…あんまりだわ」
メイリィは苦い顔をしながら脱がされた寝衣を手際良く片付けていく。
アンは体を拭く手を止め、自分達以外に誰もいない事を確認してから、メイリィに向けて小さな声で話し始めた。
「その事なんだけどね、王都のお屋敷に勤めてるいとこに聞いたんだけど…伯爵家に王家から多額の報奨金が払われたんですって。やっぱりお嬢様の婚約、白紙になったって!」
「なんですって?!それ本当?!」
アンの爆弾発言にメイリィが目をむいて叫び、思わず両手で口を抑えた。
「間違いないわよ。第3王子の婚約者選定が始まったって、手紙に書いてたもの。旦那様は今回の王子を救った功績として、魔力研究所の所長補佐に抜擢ですって。しかも留学中だったグリード様をこちらの魔法学園に特別待遇で編入させて、婚約者様も魔法師団の第1師団長様の御息女に変わったって」
「え?確か資産家の子爵家の令嬢と婚約されてたわよね?しかも第1師団長様って、侯爵家じゃない!それって乗り換えって事?!」
「まぁ王家とか上位貴族の方々の思惑なんでしょうから、伯爵家としては断る余地もないし、こんな美味しい話断る理由もないわよねぇ」
メイリィの驚きに、アンが苦笑いしながら首を横に振った。
(ハロルド家は王家との縁を無くした代わりに、王子を救った褒美として出世を用意された。そうなるとお嬢様は……)
2人の侍女は思わず手を止め、物言わず窓の外を眺めたままの令嬢に憐憫の目を向けた。
「それでね、お嬢様、辺境領にある療養所に入るのですって」
アンのその言葉に、メイリィが息を呑んだ。
「療養所?確かなの?」
メイリィは驚きつつもやっぱりか、という思いでアンにそう返した。
「王妃様がご提案されたんですって。旦那様も奥様もすぐ手配して、3日後に療養所からお迎えが来るらしいわよ」
アンは淡々とそう語り、拭き終えたレイスリーネの体に新しい寝衣を着せていく。
「王妃様にとっては第3王子の新しい婚約者選定の為には、お嬢様の存在が近くにあることが何かと気になってしまうのでしょうね…旦那様や奥様にとっても、王家に嫌な顔はされたく無いでしょうし…」
侍女2人は、滑らかな黄金色の髪に虚ろながらも輝くエメラルドの瞳の美しい少女に心を痛める。
あの痛ましい事故がなければ、それはそれは美しい王子妃になっていた事だろうに…と。
王子を身を呈して守ったにも関わらず、療養という名の追い払われるようなこの仕打ち。
だが、ベッドボードにもたれる痩せた少女は、自分達の下世話な話に何の反応も示さず、ただただまるでお人形のように静かに窓の外を眺めるだけだった。
まさか、ソレがレイスリーネを模した形代で、当の本人は別の人格と融合して、しかも短期間で既に冒険者として確固たる地位を築き、ここにはもういない事を侍女2人は知る由もなく。
侍女2人はレイスリーネの身支度を終え、軽くため息をついて部屋を後にした。
3日後、ハロルド伯爵邸に療養所からの迎えの馬車が到着した。
青髪の御者の男性、白髪の看護師の女性、赤髪の介助師の男性の3人は、伯爵邸へと入っていった。
介助師がハロルド伯爵家の長女レイスリーネを大事そうに抱え馬車に乗せ、看護師と共に乗り込み、伯爵家執事長と侍女長に挨拶を済ませると、伯爵領を後にした。
こうして、第3王子を崩落から救った勇気ある1人の令嬢は、ひっそりと表舞台から去っていった。
11
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ
如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白?
「え~…大丈夫?」
…大丈夫じゃないです
というかあなた誰?
「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」
…合…コン
私の死因…神様の合コン…
…かない
「てことで…好きな所に転生していいよ!!」
好きな所…転生
じゃ異世界で
「異世界ってそんな子供みたいな…」
子供だし
小2
「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」
よろです
魔法使えるところがいいな
「更に注文!?」
…神様のせいで死んだのに…
「あぁ!!分かりました!!」
やたね
「君…結構策士だな」
そう?
作戦とかは楽しいけど…
「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」
…あそこ?
「…うん。君ならやれるよ。頑張って」
…んな他人事みたいな…
「あ。爵位は結構高めだからね」
しゃくい…?
「じゃ!!」
え?
ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる