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第1章
10.上位魔人ベリアル
しおりを挟む突然闘技場に姿を現した魔人に対し、マティアスは即座に自身の持つ魔宝石でスタッフに素早く指示を出し、天狼メンバーがビャクランの背後で戦闘態勢をとる。
キサギの前でゆったりと浮かんでいる魔人は、その気配を察し一瞥するも、ハンッと軽く嘲笑った。
「あ~ららぁ~。警戒なんかしちゃってぇ。コワイコワイ」
やれやれと肩をすくめ首を横に振る魔人からは、ここが自分を討伐するかもしれない多数の冒険者達がいる場所であることにも、過去何度も上位魔人と対峙し討伐もしている英雄たるS級冒険者達を前にしても、なんの恐怖心も緊張感さえも微塵も感じられない。
先程から続く嘲りを含んだ間延びする話し方に、グエンを始めとしたパーティ全員が殺気づく。
「ちぇ~っ。せっかく良いオモチャ見つけたから、ちょぉ~っと遊ぼうと思ってたのにぃ。失敗しちゃったなぁ~」
指先で己の髪の毛先をクルクルといじり遊ぶ魔人は、口を尖らせイジけて見せる。
だが、赤い瞳を目の前の少女へ向けた途端に空気が変わった。
「……ねぇ、キミ、いつ気づいたの?」
おちゃらけた雰囲気から一転して、目の前のキサギを己の視野にしっかり捉えると、口の端を吊り上げニタァと嗤う。
魔人は黒いモヤのようなオーラをその身に纏わせながら、容赦なく闇属性特有の負の魔力を放出した。
冒険者を前にしても、普通の魔人ではあり得ない独特の悠然とした態度と魔圧。
ここから導き出される答え。
彼はただの魔人ではない。
「上位魔人か…っ!」
結界の外で状況を見守っていたマティアスは、眉間に深い皺を寄せギリッと噛み締めた奥歯を鳴らす。
天狼メンバーはマティアスのその言葉にビクリと肩を揺らし、更なる緊張感を走らせる。
そんな彼らの様を横目に捉え、上位魔人と呼ばれる彼は愉快で堪らないのか、やたらとご機嫌だ。
上位魔人たる彼は、自身の討伐に訪れる冒険者だけで無く、無抵抗な多くの人間達をオモチャのように弄びながら殺戮を楽しむ狂人だ。
彼の持つ強大な魔力と負のオーラに、大抵の人間は恐怖し、慄き、命欲しさに慈悲を乞う。
彼にとってその無駄な行為が、愉悦で仕方なかった。
彼らも己の放つ魔力に呑まれ、慄き、跪き、赦しを乞うのか。
沢山のオモチャに囲まれた彼は、そんな期待で胸が震えてしまう。
……が、すぐに魔人は、不快感を覚える。
目の前の少女と後ろに控える2人の男は己の魔圧に平然としているし、結界の外を見やっても、彼らも何故か怯えた様子もなく、態勢を崩さないまま警戒を続けているのだ。
先程までのご機嫌はどこへやら、魔人の胸の内にどうにも面白くない感情が芽生える。
「あっれぇ?な~んでビビってくんないの?つまんないなぁ~」
キョトンとした表情で首を傾げる彼のその姿は、まるで無垢な子供のようだった。
その狂人ぶりを目の当たりにする結界外の彼らは最早理解の範疇を越え、その異様な様に警戒を崩せない。
だが、そんな中でもお構いなしで居られる人物は、いる。
「ここは私が作り出した異空間。あちらとこちらはそもそも世界が違う。貴方が魔圧を放ったところで、あちらには微塵も届かないわよ」
キサギが平坦な口調で目の前の魔人に理由を告げる。
彼女の言葉の意味が解らず、魔人は首を傾げキョトンとした表情をキサギに向けたまま、あちら側で警戒するグエン達へとゆっくり片手を向ける。
途端に彼の掌に大きな魔力が練り上げられ、それは大きな炎の玉となって結界の外の天狼らへと放たれた。
グエン達が武器を構え、ベリルがメンバー達への強化魔法を唱え、ラミラが防御魔法を展開しようと構えた瞬間、彼らの前に立つビャクランが素早く一言「必要ありませんよ」とにこやかに伝えた。
「なにやってんのよ、アンタ!!そこを退きなさいっ…!」
目の前に迫った炎の玉に「まずい!」っと誰もが思った。
刹那。
それは暑さも風圧も何故か全く感じさせる事もなく、勢いよく自分達をすり抜けて掻き消えていった。
炎の玉が消えた方向へ体ごと向いたまま、彼らは何が起こったのか理解出来ず、まるで時間が止まったかのように驚愕で固まったまま動けない。
「先程、御前が説明していたはずですよ?あちらとこちらは世界が違う、と。あれは御前が創造した特殊な別空間です。御前が許可したものしか入れず、そして出る事も許されない絶対領域。故にあちらから何をされようとも、あの空間でどんな破壊行動が起きようとも、こちらには何の干渉もありません」
動けない彼らにビャクランは淡々と説明を続け、そして目の笑っていない笑顔で僅かに魔力を放ち、圧をかけ制する。
「故に、決して御前の邪魔はなさらぬよう。……皆さんはここでいい子にしていましょうね?」
その妖艶な姿から微笑んでいるにも関わらず、暗に何もせずじっとしていろと命令されているような有無を言わせぬ圧を向けられ、天狼メンバーは何も言う事もする事も出来なかった。
「えぇ~~~!ナニコレすごっ!僕の攻撃、全っ然当たらないじゃん!…………で?さっきの質問の続きだけど、いつ僕に気づいたの?」
子供のようにはしゃいだかと思えば瞬時にニンマリと異様な笑顔をむける魔人に、結界外の彼らは切り替えの早さと気持ち悪さに眉を顰める。
「気づいたのは魔法陣から魔獣が現れてすぐよ。あぁ、なんかいるなって。別にこっちに害はなかったから気にもしなかったけど、ずーっと見てるんだもの。流石に気持ち悪くてね、声を掛けたってわけ」
まるで友人と他愛もない会話をしているような飄々とした口ぶりに、マティアスと天狼らはキサギに対しても驚きと言い知れぬ気持ち悪さを感じた。
何せ彼女は今日、冒険者登録でここに訪れたばかりの新人だ。
しかもこの世界では大人の仲間入りをする15歳という年齢ではあるものの、経験を重ねた大人達からすればまだまだ尻の青い子供だ。
だがキサギの豪胆さは、どうにもその年齢と見た目に比例しない。
彼女を知らない人間からすれば、空恐ろしささえ感じるのも無理はないだろう。
「気持ち悪いって……酷いなぁ。別に僕、見てただけで何もしてないのにぃ~」
ブゥーと口を尖らせ拗ねる上位魔人。
それに対し、呆れた面持ちで彼に対峙するキサギ。
外から見守るだけの大人達は、やはりその気持ち悪さに吐き気が込み上げそうになる。
「ねぇ……キミいいなぁ。うん、いいよ。僕、気に入っちゃったぁ」
ニンマリとした気持ち悪い笑みを更に深め、魔人は途端にブワリと、先程よりも大きな負の魔力を放散させる。
おもむろにパチンと指を鳴らすやいなや、キサギの周りに魔力で練られた黒く太い鎖が現れ、ガシャンッという鈍い音とともに彼女を拘束した。
「アハハ!持って帰っちゃお!」
初めて歯をみせて嫌な嗤い声をあげると、キサギを拘束する鎖に更なる魔力を乗せて、完全に動きを封じてみせる。
そして、引き寄せようと右手を掲げた、刹那。
「遊んでらっしゃい」
ーブウォンッ
キサギの端的な言葉と共に、空気をつんざく重い轟音が、静かな闘技場に響き渡る。
轟音の名残が少しずつ薄れ行き、辺りに静けさがゆっくりと戻ってくる。
誰もが目の前の光景から目を離せない。
魔人の体が横一閃に真っ二つに切り裂かれ、その崩れ落ちる様をスローモーションで見ている。
まるで時間が止まったような瞬間。
目にも止まらぬ早業。
まさに神旋。
それは、キサギの背後から飛び出したシュリが、己から放たれる赤く燃え上がる炎のような魔力を纏い、殺気のこもった目をギラギラとさせながら、己の愛刀、紅天女で魔人を一閃した音だった。
「俺のもんに何してくれてんだ、テメェ。死ねや」
放たれる凄まじい赤い魔圧は真っ二つになった魔人に向けられた筈なのに、結界内にも関わらず静かだったはずの闘技場全体を、そして結界の外のマティアスや天狼らをもビリビリと震わせる。
更にその真っ二つになった体に、今度は別の魔力を帯びた刃が容赦なく魔人の体へ縦一閃に入り、呆気なく体を4等分にバラけさせる。
赤く染まる圧に重なり、今度は吹き荒ぶ極寒の冷気を思わせる殺気を纏った、絶対零度の視線が魔人を貫いていた。
「万死」
絶対零度無表情のソウエイが一言そう吐き捨て、大鎌で魔人を縦に切り裂き、彼の放つ蒼みを帯びた圧にまたしても闘技場はミシミシと音を立て、外の彼らをも押し潰そうとする。
バラバラになった体のまま、何が起こったのか頭が追いつかない魔人は目を見開く。
そしてその視線を拘束したはずのキサギへ向けると、既に魔法で鎖を断ち切り粉々にして、悠然と構える彼女の姿が目に映った。
砕け散った鎖の破片が、キサギの周りでキラキラと光を反射させながら舞っている。
その場違いな美しい光景に、魔人は赤い瞳を細め、切り裂かれたにも関わらずバラけた顔の口元がニンマリと引き上がる。
「あ~あ。せっかく良いオモチャを見つけたと思ったのに、あっけなくお終いかぁ~。ざ~んねんっ」
バラバラに裂かれた体がシュリとソウエイの魔力の圧でボロボロと砕け崩れていき、少しずつ空気に溶けて消えていく。
「ま、今日はこのまま帰るよ。僕はベリアル。覚えておいて。また逢おうねぇ~、キミ」
ニンマリとキサギを捉え嗤う不気味な顔は上位魔人らしく、見守るマティアス達に得体の知れない嫌悪感を抱かせる。
目の前のキサギはやはり平然としたまま。
そしてベリアルと名乗った魔人は、完全に空気に溶けて消えていった。
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