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第1章
幕間.第2王子の憂鬱
しおりを挟む部屋を後にしたリカルドが出張所を出ると、外には所長のオリガと自身の副官バリーが談笑しているのが目に入る。
「待たせたな、バリー。戻るぞ」
そう声をかけると、彼らは出てきたリカルドへと向き直り歩み寄る。
「お疲れ様でした。いかがでしたか?」
オリガはにこやかにリカルドへ話しかける。
彼女は元A級冒険者として現役の頃に何度か彼とも顔を合わせているので、互いに知った仲という事もあり、彼にとてもフランクに接する。
「ん?馬鹿共なら、神楽旅団の奴らに心をへし折られていたな。まぁあれで少しはマシになれば良いんだがな…」
眉間に少し皺を寄せながら肩をすくめ、ひとつ溜息をこぼす。
だがオリガはクスクスと目尻に皺を寄せながら笑っている。
リカルドは怪訝そうにオリガを見やった。
「いえ、その神楽旅団の事を聞いたつもりだったんですが、聞き方が悪かったようですね。まぁ、立ち話もなんです。歩きながら話しましょう」
オリガがそういうと、彼らは門の外で待機中の、王城から引き連れて来た騎士達の元へと歩き始めた。
「それにしても神楽旅団……ですか?俺は聞いた事ないですねぇ」
「あぁ、バリーさんはマティアスギルド長と話してませんでしたものね」
「なんでも昨日登録に来たばかりの新人でありながら、緑の魔宝石は砕くし、グエン達の天狼との模擬戦も圧倒的な強さと早さで勝利した挙句、魔獣と上位魔人も瞬殺したんだそうだぞ」
「はあぁぁぁ?!」
自身の主であるリカルドからの話に、バリーは驚愕の表情で声をあげる。
「まぁ、驚くだろうな。しかもリーダーの少女……キサギだったか?随分と大人っぽいが、まだ15だぞ」
「成人を迎えたばかりの女の子じゃないですか?!……うわぁ……そんな子がチームのリーダーで、しかもさっきの大型魔獣を……こりゃたまげた」
先程見た圧倒的な光景を思い出しながら遠い目をする2人に、オリガはずっとクスクス笑いっぱなしだ。
リカルドは遠い目をしながら、そもそもの発端を思い出す。
ランテル冒険者組合のギルド長マティアスから、リカルドの持つ、王族だけが持つ事を許されるという深紫の魔宝石に直接連絡が入った。
ちなみに、これを王族内で唯一ルシアンだけは持つ事を許されてはいない。
理由は言わずもがな。
連絡は、戒厳令が発令中のリンデルに、ルシアン達が魔法学園の生徒達数名を引き連れて来て迷惑を被っているので、早々に引き取りに来いとのものだった。
しかも要請者は、この国のS級冒険者グエンだ。
この名前を出されれば、冷や汗が出ることは間違いない。
彼ら冒険者に睨まれるのは国にとって、非常によろしくないのだ。
ルシアンの名前が出た時点で、誰もが頭を抱えたのは言うまでもない。
何せ現在進行形の王家きっての問題児。
王太子とは10歳、既に他国へ嫁いだ王女とは8歳、第2王子であるリカルドとは7歳離れて産まれた末っ子は、何せ甘やかされて育った。
特に元凶は母である王妃だ。
普通は乳母や専属の教育係に任せる育成を、ルシアンだけは自らの手元に置いて育てたものだから、思い入れも一際で蝶よ花よと甘やかした。
それによってルシアンは我が儘、屁理屈、横暴、傲慢王子とあらゆる言葉で揶揄され、王国一の才女であり美少女と謳われたハロルド伯爵令嬢を婚約者に持ちながらも冷遇し、学園に入学してから知り合った礼儀知らずの男爵令嬢に傾倒。
しかも王城の老朽化した一角が崩れ、身を呈して守った婚約者に対しての冷遇が、市井にまで露呈する始末。
王家の威光に、ことごとく泥をベタベタと塗りまくる存在に、王太子を始めとした周囲は彼を切り捨てる動きまで見せるほどだ。
だがそんな事はお構いなしの王妃が庇い甘やかし続け、王妃に甘い国王も強くは言えず、ルシアンに向けられる不穏な空気の中でも、結局自身の態度を改める事もない暴君ぶり。
そしてその暴君を引き取りにリカルドが直々に直轄の部下を連れてリンデルに到着するも、魔獣の大群が襲撃中で街は大騒動。
正直ルシアンどころの話ではなく、リカルド自身も部下を率いて援護しようと動こうとしたところ、先程の宵闇色の髪の神秘的な少女の活躍。
S級魔法剣士から繰り出される妙技、圧倒的存在感、絶対的信頼感。
リカルドをはじめとした騎士らは目を奪われ、息をするのも忘れそうになった程だ。
襲撃事件後、周囲の話に耳を傾けてみると出るわ出るわ。
馬鹿騒ぎの元凶たるルシアンを叱責し、更生の慈悲まで示したという懐の深さ。(実際は意味合いが少し違うが)
戦いともなれば、瞬間移動を使い、希少な結界魔法も使い、凄まじい采配力を持ってパーティを率い、圧倒的な強さと早さで魔獣を蹂躙。
高い魔力が必要な魔法を駆使して、なぜ魔力が枯渇しないのか、不思議を通り越してもはや恐ろしい程だ。
騒動の後先程のギルドの一室で、リカルドだけは彼女にルシアンの婚約者であり意識を取り戻したものの、現在も痩せ衰え廃人状態と聞くハロルド伯爵令嬢の面影を重ねて、少し胸を痛めて見ていた。
「さっき彼女に王城への招待と手合わせを願い出たら、即刻拒否されたよ」
「えぇぇ?!王族からの直々の招待なんて覚えめでたいはずでしょうに~。殿下、なんか嫌われるような事したんですか?……いや、ルシアン殿下がやらかしてたんだったな……」
困ったように笑うリカルドに、バリーも苦笑いだった。
「恐らくそういう問題ではないですよ」
リカルドとバリーは、唯一至って真剣な表情を崩さず話すオリガへ顔を向けた。
「私も直接見たわけではないのですが、見ていた者達から話を聞きました。彼女は……確かにルシアン殿下達のやらかしに大分苦言を呈していましたが……」
オリガが少しこの先を言うのを躊躇う。
だが、リカルド直々に遠慮は要らないと、言葉を投げかけられるでもなく目で先を促され、口を開き始めた。
「彼女はルシアン殿下自身や、貴族子息子女達へどうこう……という事だけではなく、彼らが導くこの国の未来への絶望を語っていたのです」
「「?!」」
思わぬ発言にリカルドとバリーが驚き、お互いに顔を見合わせて息を呑む。
『……全く、将来この国の未来の一端を貴方がたのような能無しが背負うのかと思うと、絶望しかない』
『一度、現実を見たほうが良い。ぬくぬくとした箱庭が世界の全てだと信じ切ってやまない彼らが、今後国を背負って立つのなら、尚更』
『命が失われる様が、それが間近にある恐怖が、一体どんなものか教えるのも、本来は先達たる大人の仕事です』
『例え、トラウマになり使いものにならなくなって切り捨てられても、それは仕方がないこと。だって、彼らも使いものにならなくなった者を切り捨てて来たのだから』
たった15歳の少女の言葉とは思えないものだった。
彼女の人生に一体何があったのか。
大人の彼らからしたら耳が痛いし、このような言葉を言わせてしまうだけで胸が痛くなる。
「彼女らは史上最短で、しかも世界で3組目となる全員S級冒険者パーティに昇格しただけでなく、思慮深く、短時間で絶対的信頼感を皆に与える、間違いなく世界最強のS級冒険者達と言えるでしょう。まさにこの国の誉れ。皆さまの行いが間違った方向へと進めば、彼女らはなんの躊躇もなくこの国を捨てるでしょう」
真剣な面持ちでオリガが話をしたところで、彼らは門の前へと到着した。
「彼女らのような存在は、他国にとっても喉から手が出るほど欲しい存在。ですがこの国の冒険者にとっても、彼女らのような存在は、言葉には出来ない程の心の拠り所。そして、糧なのです。くれぐれも我々の思いを挫くような事はありませんよう、よろしくお願いしますよ、殿下」
そう言い放つと、オリガは一礼して出張所へを戻っていった。
その背中を見つめるリカルドは、己の背負う、王家の背負う、そして国の背負う重責を改めて思い知る。
『君には1番世話になったようだ。愚弟の件も、先の魔獣襲撃の件も。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう』
『……いえ。どういたしまして』
あの時の事をふと思い出し、リカルドはククッとまた笑みを深める。
「殿下?」
バリーが訝しみながら彼を見る。
「あぁ、なんでもない。ちょっとさっきあった事を思い出していた」
(どういたしまして……か。王族からの礼をあのように答える者はいない)
あのような場面で王族である自分が声をかければ騎士達や貴族達ならば「勿体無きお言葉」などの返答がほとんどだ。
冒険者は特殊な立ち位置なだけに、謙るような事は無くとも、王族として皆自分には敬意を払ってくれる。
それが当たり前だと思ってしまっていた己自身も、彼女からすれば“ぬくぬくとした箱庭が、世界の全てだと信じ切ってやまない彼ら“のうちの1人なのだろう。
(彼女は、最初から俺たちに何の期待もしていない。たがらこそ王城への招待もバッサリと切り捨て、あのような答えが返って来たのだろう……)
あの時リカルドへ向ける彼女の瞳。
深い藍色の瞳の先は、なんの光も宿さない“無“。
それを思うリカルドは、チクリと少しだけ胸が痛む。
(今回だけは愚弟に感謝しなくてはな……良い機会を与えてもらった。また彼女に会いたいものだ。その時は……)
彼はフッと笑みをこぼし、すぐにいつもの鋭利な目元へと戻す。
「待たせたな。戻るぞ」
そう言って彼は部下達を率いて、リンデルを後にし、王城へと戻っていった。
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