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第1章
幕間.第3王子の憂鬱
しおりを挟むリンデルから連れ戻され、ルシアンが王都から離れたこの離宮に押し込められて、数日が経過した。
彼はあの日の事を思い出す。
リンデルから帰城後、ルシアンはなんの通達もなく5日間自室に1人軟禁状態となった。
部屋の扉は外から施錠され、固く閉ざされた扉の外には見張りの騎士までいる始末。
扉が開くのは食事の際と、身の回りの支度のみ。
父母である王、王妃とも、兄2人でさえも、面会は取り合ってもらえず未だに会う事も叶わない。
共にリンデルへ同行したグリードや彼の愛しいマリアとも、帰りの馬車を別にされた上、そのまま会えないまま部屋へ閉じ込められたのだ。
従者のナギすらそばに居ない部屋で、彼は暴れ、悔しさに震えながら、自室のソファーに項垂れるように腰掛けていた。
暫くすると扉の外からガヤガヤと声が聞こえ、ノックをされる事もなく鍵が開けられる音がしたと思えば、部屋の主の許可なく、その扉がおもむろに開かれた。
「ノックぐらいしろ!不調法者め!私をいつまでこのままにしておくつもりか!!」
力無く項垂れたまま、ルシアンは入ってきた何者かへ苛立ちを隠す事なく怒鳴り散らす。
「ほぉ。常識も弁えぬ脳味噌が空っぽの愚者に、不調法と罵られるとはな。滑稽すぎて最早笑えん」
その声に息を呑み、ルシアンはガバッと勢いよく顔を上げる。
目の前には無表情のランバートとリカルドが、王族独特の風格を放ちながら悠然と立ち構えていた。
「……っ?!あ、兄上?!……も、申し訳ありません……」
2人の兄を視界に捉えるやいなや、ルシアンは顔を青ざめ畏敬に体を震わせながら、何とか足に力を込めてフラフラと立ち上がる。
「口先だけの謝罪など不要。よい、座れ」
座る、というより、膝に力が入らずまるで腰が抜けるかのように、ルシアンはソファーへボフンッと勢いよく腰を落とした。
ランバートはルシアンの対面のソファーへと静かに腰掛け、リカルドは彼の背後で姿勢良く佇んでいる。
王太子である兄から向けられる圧に、なんとか姿勢良く座ろうと腹に力を入れるルシアンだが、獅子に睨まれる子猫の如く、震える全身と吹き出る汗を己の意思で止める事が出来ない。
対面のランバートは悠然と足を組み、ソファーに背をゆったりと預けながら、目の前の問題児を睥睨威圧する。
「其方はこの後王城を離れ、離宮へ行け」
端的に放たれた言葉に、ルシアンは意味がわからず返事を返す事も出来なかった。
離宮とは王都から離れた北の地にある、代々王族が休暇用に過ごす避暑地であり、かつては王位を退いた歴代の王達が残りの余生を過ごした場所だ。
涼しく過ごしやすい地ではあるものの、冬は雪で閉ざされ、辺境にもほど近いその地は、非常に田舎で鬱蒼と生い茂る森や山しかない。
しかも猛者を揃え、当人も猛将と呼ばれる北の辺境伯が睨みをきかせる地域。
普段ならばその睨みが魔獣や魔人から守られ安心となるが、今回のこれに至っては監視の意味が強い。
「……ど、どういう事でしょうか……」
「言葉のままだ。なに、心配はいらん。其方の大好きな父と母も一緒だ。そこで好きなだけ甘えて暮らすがいい」
「……父上と、母上も離宮へ……?い、一体何故……」
「……何故?……何故と貴様はほざくか」
突然、ランバートの気配が変わり、ルシアンは思わず息を呑む。
目の前の兄が眉間に皺を寄せ、苛立ちを露わに容赦なく放つ覇気に、押し潰されそうで呼吸が浅くなり眩暈を起こしそうになる。
「……兄上。話す前に気絶されては、元も子もないですよ」
ランバートの後ろに控えるリカルドがバリトンの響きの良い声で、彼を静かに宥める。
そのお陰か覇気が緩み、ルシアンは青ざめたまま何とか大きく息を吸い込み、肩を大きく揺らしながらゼェゼェと呼吸をし、肺に空気を送り始めた。
「……さすが、あの愚かな2人が17年の歳月をかけて作り上げた駄作だな。散々王家に泥を塗り、あまつさえ国家へ傷までつけ貶め、態度だけはご立派に知らぬ顔で踏ん反り返っている。無知もここまで来ると、流石に反吐が出る」
吐き捨てるように言い放たれるその言葉に、ルシアンは最早顔を上げていられず、呼吸を荒げながらただ震えて俯く事しか出来ない。
王家に泥を塗った?
国家を貶めた?
自分が?
彼は今まで己が行ってきた事の、何がそんなに悪かったのか、まだ理解が出来ていない。
歳の離れた兄姉達は非常に優秀で、いつも比較されて来た。
己の力量を示したい。
己の存在価値を認められたい。
己の愛した者と添い遂げたい。
母から向けられる過剰な愛から解き放たれたい。
己の意思のまま、生きたい。
ただそれだけだった筈なのに。
ただただ目の前の兄が怖くて震えるしか出来なかった。
「この国にとって貴様は最早、不要。リンデルでS級冒険者の少女に言われたのであろう?切り捨ててきた者は、切り捨てられるのも仕方がないのだと。貴様は己の私欲を優先し、民や国家を守るべく持つ矜持と尊厳を履き違え、切り捨てた。故に、切り捨てられる。まさに彼女の言う因果応報だな」
「……わ、私は学びました!……私はまだ若い!……まだやり直せます!」
「そうだな。やり直したければ勝手にしろ。我らは何度も嗜め機会を与えたが、今まで耳を傾けず己の行動を改めなかったのは貴様だ。最早どうでも良い。これ以上掻き回されては敵わん。離宮で好きなだけ、口先だけのやり直しとやらをやっているが良い。……だが、あの愚かな王と王妃が、それを許すはずもないだろうがな」
「……くっ……」
「王妃が以前茶会で何やら言っておったようだな?今の貴様の婚約者を切り捨て、新しい婚約者の選定をすると。お陰でこちらは、ハロルド家への待遇の見直しでてんてこ舞いだ。本当はあの無能な伯爵と息子を切り捨てたい所が、貴様がやらかしてくれたお陰で、あの家の世間の評価は、娘を王家に冷遇され廃人にまで落とされた、哀れな伯爵家となっている。貴様の愚行を我らが尻拭いせねばならぬとは……毎度毎度、貴様は余計な仕事を増やしてくれる天才よな」
「……」
「あの無能共から生まれたとは思えぬハロルド伯爵令嬢だけは……あの才女を失うのだけは、本当に惜しかった……あの歳で我が子らを慈しみ、ミネルヴァとも渡り合える稀有な存在であった。将来は王子妃として、素晴らしい才覚に目覚めたであろうに……本当に痛ましい。あぁ、そういえば貴様のお気に入りの男爵令嬢だが、別の家との縁談が決まり既に承諾され、学園も去り領地へ戻ったぞ。あの男爵家、なかなかに知恵が回るな。王家に睨まれる前に引きおった。またもや貴様は切り捨てられたな」
「なっ?!マリアが?!そんな馬鹿な!!」
「元々学園でも男なら誰彼構わず侍る、気の多い礼儀も知らぬ娘だ。見目の良い歳上の上級商人の息子との縁談に乗り気だったそうだぞ。……まぁあそこの息子、外で幾人もの愛人を抱えておるがな。そちらも因果応報だな」
「……そ……んな……」
「貴様はこれから外部との接触を一切断ち、離宮で過ごす事になる。そんな閉ざされた箱庭に、あんな愚か者2人を交えて、共に歩んでくれるような新たな婚約者が現れると良いがな。まぁそんな傍迷惑な話が流れぬよう、有力な者達には手回しは済んでいる。せいぜい力の無い落ち目の貴族共がそちらに群がるだろうが、何、瑣末な事だ」
「な、ならば!私に良い考えがあります!あのキサギとかいうS級冒険者はレイスリーネと瓜二つだ!!リカルド兄上だって見ているから、どれ程似ているか知っているはずだ!髪色や瞳の色、雰囲気はまるで違うが、怪我の影響による変化にすれば良い!魔術師団の手練れに魔法で色を変えさせる事だって出来る!彼女をハロルド家へ入れ、レイスリーネの代わりに立てれば……!!」
「貴様……今度は、この国を消し去りたいのか……?」
「……は?」
「彼女は史上最短でS級冒険者へと昇りつめ、世界で3組目となる、我が国で初の、全員S級冒険者パーティ“神楽旅団“のリーダー。まさにこの国の誉れ。世界でも稀有な存在。……貴様は一体、何を学んだ?冒険者へ国が介入しようものならば、ギルドは国から去り、その影響で他国だけでなく、あらゆる商人はこの国を容赦なく切り捨てる。歴史上、地図から消え去った国が行った愚行だ。貴様は貴様の私欲で国を消し去り、無辜の民を殺すつもりか!」
「そ、そんなつもりは……」
「またしてもお前は“己の事“なのだな」
「……は?……リカルド兄上……?何を……?」
「あの時、お前はリンデルで赤髪のS級冒険者に言われた筈だ。お前の目には何が映ってる?と……お前の目の前にいるのは、自国の"民"じゃないのかと。迷惑事を呑み込み、魔獣の恐怖に怯え、互いに助け合い、身を削って命を懸けて戦ったのに、お前は王族でありながら、民に対して何も口にすることもなく、お前の都合ばかりを優先する、と。何一つ学んでいないのだな……」
「……!!そ、それは……」
「もう良い。これ以上何を言っても、微塵も理解出来ん貴様には、時間の無駄だ。さっさと離宮へ行け。そして口先だけのやり直しとやらをやってのけるか、それが無理ならあの愚か者2人の、都合の良い玩具として果てるが良い。連れて行け!」
「ま、待って!兄上!待って下さい!私は……っ!私は……っ!」
王都から離れた父母の居る離宮に押し込められて、今に至る。
毎日ウンザリするほど、母である王妃から新しい婚約者選定の話を聞かされる。
父である王は何も言わない。
やはり自分の何が悪かったのか、ルシアンはわからない。
(やり直すとは……何をすれば良い?)
彼は今日も離宮で安穏と暮らしている。
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