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番外編
賀茂雅という人
しおりを挟むアシェランとミヤビはジェノヴァとシエラを釣殿へと案内すると、4人はそれぞれ籐で編まれたソファーで寛いだ。
「すみません……来客など初めてなので大したおもてなしは出来ませんが、どうぞ召し上がって下さい」
ソファーと同じ籐で編まれた大きめなテーブルには厚さが3㎝程ある大きなガラス板が乗せられており、その上にミヤビは手際よく4人分のお茶と菓子を並べる。
見た事も無い宮の造りや家具、そして出された菓子にシエラは興味津々で、その表情はまるで無邪気な少女のように破顔していた。
「ありがとうございます、ミヤビ様。それにしても本当に素晴らしいお屋敷ですわ……それに見事な造りの家具!このお屋敷にピッタリですわね!この菓子は……もしやミヤビ様がお作りに?」
「はい。お口に合うかわかりませんが……」
「まぁ!素敵!いただきますね!……ん~!美味しい!ジェノヴァ!貴方もほら!」
「あぁ、シエラが手ずから食べさせてくれるのか?嬉しいよ。いただこう」
「ね?美味しいでしょう?アシェラン様への愛がこもった素晴らしい菓子ね!私もジェノヴァの為に作りたいわ」
「我の為に?これほど嬉しい言葉はない。楽しみにしているよ、シエラ」
「でしたら後ほどレシピを差し上げますよ」
「まぁまぁ!ミヤビ様、ありがとうございます!ジェノヴァ、私頑張って作るわね!」
シエラの明るさが先程までのしんみりとした空気を和らげる。
そのお陰で、ミヤビは漸く心から笑みを浮かべる事が出来た。
「ふふふ。ミヤビ様が笑って下さったわ。良かった」
「うっ……先程は取り乱してしまって……失礼しました」
「いいえ。私には深い事情はわかり得ません。ですがミヤビ様にとって、キサギ様がとても大切な存在であるという事は伝わって参りました。どうかお気に病まないで下さいまし」
「……ありがとうございます」
シエラとミヤビは互いに微笑み合った。
キサギの望んだ通り、シエラとミヤビ、番同士で仲良くなれた事は喜ばしい事だが、それぞれの竜は面白くないのは確かで……。
「シエラ。そろそろ良かろう?また菓子を手ずから食べさせておくれ?」
「ミヤビ。もてなしの準備はもう良いだろう?こちらへ来い」
独占欲の強い竜2体は、己の番を引き寄せギュウギュウと抱きしめる始末。
シエラとミヤビは、なんとも狭量な2人の行動に頬を染めながら苦笑いをこぼした。
「……で?話を聞かせて貰おうか」
和やかな空気を割くように、アシェランがジェノヴァへと切り込んだ。
「ふむ……我の話をする前に、ミヤビ殿の話を聞きたい」
「ミヤビの?」
ジェノヴァの言葉にアシェランは訝しみ、ミヤビもまた困惑気に首を傾げる。
「あぁ。シエラにはキサギが転生者であるくだりは話している。だが詳しくは知らんのだ。それならばミヤビ殿の生い立ちやキサギとの関係性、其方達との出会いを聞いておいたほうが理解しやすい」
「あぁ……なるほどな」
「わかりました。あまり面白い話ではないんですけど……少し長くなりますが聞いて頂けますか?」
ミヤビの言葉にジェノヴァとシエラは頷いた。
「僕は皇国という国で生まれました……本当の名前は、賀茂雅。アシェランの番として国を出た時、年齢は20歳でした……僕は皇国において“守護参家“と呼ばれる、厄災や魔物から国を守る特殊機関の一家、賀茂家の次男として生を受けたのです。キサギとは家同士の繋がりで知り合いました……」
…………
僕の生まれた世界は、厄災が蔓延り、魔物が跋扈する世界だった。
人々はそれぞれ魔力を持っており、その中でもとりわけ強い魔力や特殊な能力を持つ者は漏れなく守護参家へ迎えられ、特別な訓練を受けて厄災や魔物から国や民を守る魔法剣士となっていた。
皇国は、遥か昔に神の声を聞く神託者と、それを守護する3人の魔法剣士が中心となり建国されたと皇国の創世記で語られている。
神託者はやがて初代皇王となって国を治め、皇王は3人の魔法剣士に象徴となる“色“と“姓“、そして守護家としての地位を与える。
武力の“赤の蘆屋家“
知力の“白の賀茂家“
そして守護家筆頭、魔力の“黒の真神家“
僕の生家である賀茂家はそんな守護参家の一角を担っており、歳の離れた優秀な兄が当主を務めていた。
父は僕が生まれる直前に国からある密命を受け、とある儀式に失敗して亡くなっていた。
なんでも国は神の力をその身に宿すという禁術を発見し、力ある能力者を片っ端から召喚し、儀式を強行していたそうだ。
父は儀式に向かう前に、生まれてくる僕の名前を遺して逝ってしまった。
どうやら女の子を望んでいたらしく「雅」という名をくれたが、生まれたのは男の僕。
父が生きていたらガッカリしただろうか……今ではもうわからない。
父の死と入れ替わるように生まれた僕の誕生は、最初こそ喜ばれたがのだが……何とも厄介な体質を持って生まれてしまった事で事態は一変する。
まず、体質その1。
陽の光を浴びると途端に肌が焼け爛れてしまうという体質。
生まれてすぐの頃、日差しが差し込む窓際に寝かされた途端に、僕の皮膚が煙をあげながら爛れ始め死にかけたらしい。
何か呪いの類いでも受けたのかとくまなく調べられたが、結局呪詛反応は無く、ただそういう特殊な体質だと診断された。
なんで神様はこんな面倒臭い体で僕をこの世界に送り込んだのやら。
ちなみに母は出産直後に僕の持って生まれた体質を聞かされ、父の死のショックも合わさった事もあり、そこに産後の肥立ちの悪さが重なってあっけなく亡くなったそうだ。
唯一の家族とも言える兄は……
「気持ちの悪い奴め。お前のせいで母は死んだ。お前は賀茂家の汚点だ」
と、侮蔑をこめた冷たい目を向けながら、事あるごとに僕を罵った……。
僕はまるで賀茂家に最初から存在しないものとして、監視という名の世話役を数名つけられ、自邸の地下に作られた一室に幽閉された。
そして、体質その2。
僕が5歳の頃、とある能力が突然開花した。
それが“先読み“、つまりは未来予知の能力だ。
発端は、とある地域に魔獣が出現する予知だった。
最初はこんな気持ちの悪い体質を持つ子供の言う事など誰も信じなかった。
でもその予知の翌日、僕が見た未来は現実となり、一つの村が壊滅した。
ただの偶然だと思われていたが、また予知をするとそれも見事に当たった。
だんだん周囲が、僕の予知が本物かもしれないと思い始めた頃。
僕は変わった予知をした。
それは、膨大な魔力の器を持つ孤児の少女の予知だった。
孤児なら守護参家に引き取って貰って、訓練を受ければ魔法剣士としての仕事を得られて少女の為にもなるし、何より国の為にもなる。
僕を嫌悪するたった1人の家族である兄に、もしかしたら「よくやった」「お前は優しいやつだな」と褒めて貰えるのでは?!と安易に考えた幼い僕は、意気揚々と世話役へその予知を兄に伝えて欲しいと話した。
……当然、褒めて貰う事はなかった。
しかもこの予知のせいで、少女の運命を大きく変えてしまう事になるなんて、この頃の僕は思ってもいなかった……。
そんなある日の夜。
賀茂家の地下にある僕の部屋に、兄を含めた守護参家の当主の面々が訪れた。
こんな大人達に面と向かう事などなかった僕は不安気に兄を見るも、兄は苦虫を噛み潰したような面持ちで睨みつけるばかり。
怖くて俯いてしまった幼い僕の前に、守護参家筆頭である真神家の当主が跪き、こう口にした。
「お迎えに上がりました。“巫覡“の御方」
「ふげき……?の……おんかた?……って、なぁに?」
優しげな声音にビクビクとしながら顔を上げるものの、5歳児に巫覡なんて言葉、わかる訳がない。
この時の僕は大の大人が子供の僕に跪いてどうしたんだろう?と、その程度しか思わなくて首を傾げた。
「巫覡とは、その尊き先読みの力によって我が国を、民を救う、素晴らしい能力者の事です。この様な荒廃した世界に、巫覡の発現は数十年ぶり。まさに僥倖。貴方様は我が国の至宝です。皇王陛下は大変喜ばれ、御身を今代の巫覡に任じられました。心よりお喜び申し上げます。これより貴方様を代々の巫覡の方々が過ごされた屋敷へとご案内致します。そちらで心健やかにお過ごし下さいませ。そしてその尊き御力を遺憾無く発揮され、我々をお導き頂きますようお願い申し上げます」
そう言われ僕はよくわからないまま当主達に連れられて、歴代の巫覡達が過ごしたという屋敷へと連れて行かれた。
沢山の大人達に傅かれ、世話をされ、予知をする度にチヤホヤされている状況は最初こそ戸惑いもしたが、慣れとは怖いもので段々と気分が良くなり、酔いしれた。
気持ちが悪い、汚点だと罵られ、存在すら消され、誰からも必要とされなかった僕は、初めて生きていていいんだと思えた瞬間だった。
それが心から僕の為に向けられている物だと、信じて疑わなかった。
心の中で、今まで虐げて来た兄や賀茂家に対し、僕は国の至宝とまで言わしめる存在になったのだと、お前達より尊い存在なのだと、ざまぁみろ!と……邪な気持ちまで芽生えた。
だがこれが永遠に続くと信じて疑わなかったそんな甘い幻想は、脆くも崩れ去った。
ある日屋敷の奥の閉ざされた部屋の一角から過去の巫覡の日誌を何冊か見つけた僕は、自分の置かれている状況と真実を知り、絶望に叩き落とされる事となる。
力なくペラリ、ペラリとページを捲る紙の音が、虚しく自室に響きわたった。
巫覡とは、神意を世俗の人々に伝える者の事を言い、先読みの能力者に与えられる称号。
皇国には過去数人いたとされ、その能力によって多くの民が救われ、国は守られた。
けれどその称号を持つ者は、皆20歳を迎える頃には亡くなっている。
能力を行使しようが、しまいが、だ。
日誌を見るに、過去には巫覡を継承してすぐに真実を知り絶望した巫覡が役目を放棄し、予知を拒否した者がいたようだ。
だが、能力を大して行使していないにも関わらず、漏れなく亡くなっている。
暗殺されたか?とも思ったが、そうではないようだ。
先読みの能力は、ただ存在するだけで強い魔力だけでなく生命をも削るのだと、その時初めて知った。
どうせ死ぬのなら皆を救う為に喜んで能力を行使しよう、と書いている人いれば、こんなの聞いていない!死にたくない!と震える字で書いている人もいた。
そして一様に皆、それはまるで示し合わしたかのように、日誌の最後にはこう綴られていた。
「誰も死から逃がれられない」と。
巫覡という役目から、ではなく、“死“と、そこにははっきりと記されていた。
僕しかいない暗い部屋の中、震える手で日誌を閉じ天井を仰ぎフゥーッと大きく息を吐き出す。
この事実が決して表に出る事はなく、今の今まで闇に葬られてきたのはこういう事だったのか……と漸く理解した。
真実を知り、絶望のまま、死と向かい合って震えながら予知をすれば、先に心が壊れてしまい巫覡として使い物にならない。
国は……奴らは、少しでも長く能力を行使させる為に、幼少のうちから巫覡を見つけ出し、真実を知らせず、甘い汁を啜らせて使い潰したかったのだ。
全くさ……なんで僕なんだよ……
悔しくて、辛くて、怖くて……僕は自分を抱きしめる。
僕を抱きしめてくれる人なんて、誰も、誰一人としていないから。
そして、僕は全てを諦めた。
だってさ、どのみち僕の体は特殊で、普通には生きられない。
どうせ20歳を迎える頃には、過去の巫覡達と同様に魔力と生命力を絞り取られて死ぬのだ。
真実を知った僕は、もうどうでもいいや、と思った。
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