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第7話 ただ一人の英雄

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 フレイが帰宅すると、玄関に駆けてくる姿があった。
 その姿の正体は、セリナであった。

 セリナはこちらに向かってくるなり、ニコニコと笑顔で語りかけてくる。

「おかえり、すごい歴史を知ったの」

「歴史?」

「うん。これは大発見だよ。この前ね、資源調査をしているときに見つけたんだけど」

 資源調査というのはダンジョン攻略後にパーティが獲得した資源をギルドハウスの奥にある獲得所にて調査することである。ダンジョンが崩れ去ったことにより、人間街には多くの資源が散ったという話があった。これもよくよく考えてみれば、あの行列の原因なのかもしれない。獲得した資源はギルドで換金できるからだ。

 セリナは歴史研究家として獲得所にて立ち入りが許可されている。ダンジョンの歴史や正体は未だ謎であり、いったいどこから生まれどのように成り立ったのかが不明である。この歴史が分かれば、攻略難易度も大幅に下がるのではないかと予想されている。

「さ、来てよ! とりあえず部屋で説明するからさ」

 彼女に手を引かれ、フレイは足早に部屋へと向かう。
 向かったのは彼女の部屋であった。

 彼女の部屋に入り、提示されたのは一メートル四方の文字板であった。文字板には何かが刻まれている。丸い文字と角度がはっきりしている字、また丸い字に近いがどこかカクカクとしている字もあった。

「これはなんて書いてあるの?」

「これ古代文明の字でさ。えとね。現れた怪物にたいして、ティタンと共に人類は立ち向かった。ティタンは巨大な怪物を倒すために存在している。この文字板はここまで」

 フレイにとってはっきり言って意味が分からなかった。
 これがどう驚くべきものなのか。セリナに対して目を細めると、彼女は早口に語り始めた。

「このティタン、って言葉なんだけどさ。古代の言葉で巨人を表すみたいなんだよね」

「巨人ってまさか……」

 セリナの言葉に一週間前の自分を思い出してしまう。
 その通りに彼女は発言した。

「一週間前、現れたでしょ。あの巨大な美女。絶対あれがティタンだと思うの」

 テミスが呟いた。

「わ、私。ティタン、なのかな? それで巨大な怪物って、あの昨日のやつみたいなこと、かな?」

 フレイはそれを無視して、言った。

「あのさ」

 歴史を目の当たりにしたというあまりの出来事にうっとりしているセリナは笑顔のままフレイの顔を見る。

「うん?」

「セリナはどうして、こんなことを調べているの?」

「それはまぁ、歴史研究家だし」

 フレイはその返答をうつむきながら聞いた。

「じゃあ、なんで歴史研究家になったの?」

「それは、ダンジョンやダンジョンボスのことを知って、みんなが簡単に攻略できるようになったらなぁって。そうなれば、ギルドに所属するレアの民族の人たちも、フレイも死ななくて済むだろうしさ」

 フレイはその返答にしどろもどろになってしまった。
 そして、ぼそぼそと呟く。

「もう、危険だからさ、やめてみない?」

「……どうゆうこと?」

「いや、あのさ、禁止級のダンジョンボスもこんなのさばっているらしいしさ。こう調べるのも危ないと思う。僕ももうパーティ辞めよっかなって」

 フレイのその声にセリナは目を見開いたかと思うと、そのまま胸元をつかみかかった。

「何を言っているの!? ふざけてんの!? フレイはこれまでどうして戦ってきたの?」

「それは……」

「フレイは何度もクビになって。それでも何度も繰り返して、今があるんでしょ」

 フレイはそれに言い返していた。

「ずっと、憧れていたんだ。お姉ちゃんに。だからかっこつけて、ずっと続けてきたんだ。自分もああなれたら、英雄になれたらいいなって。でも。無理だ僕には。あんな怪物予測もできない、強くもない」

 彼の弱音にセリナは胸元をつかんでいたのを緩めると、体をフレイに預けた。

「そんなの、もう英雄になってるじゃん……あの私の家族が襲われた日。君が助けにきたからずっとこれまで、安心して生きてこれたの。フレイは私にとって英雄だから。そんな強くないとか、予測もできないなんて言わないでよ」

 最初は怒っていたのに、段々と言葉尻が弱くなっていくセリナ。胸倉をつかんでいたその手は、フレイにすがるようになっている。
うつむいているせいで顔は見えないが、震える声は彼女が泣いているの表していた。

けれど、フレイには彼女にかけられる言葉がなかった。

「ごめん……」

結局、ようやく出てきた言葉もそれで、フレイはそのまま後ずさりするようにして部屋を去っていった。
そのまま、家を出ると、フレイは当てもなく街を歩き始めた。

 大通りに出ると、この前セリナを襲った不良たちがいたが、喧嘩しているように見えた。フレイはそれを止めようとしたが、何も言えず、そのまま人間街へと向かおうとする。フレイの姿はレアの民族であっても人間にしか見えない。レアの民族の衣装と人間の民族の衣装は異なるが、人間街の方が過ごしやすかった。

 フレイのもつ予言は、特別な力じゃない。
 自分の得た情報や経験から、未来を予測しているだけにすぎない。
 あのメムロの弟であるという七光りと、その予測の正確さから尾びれがついた呼び名。それが予言士だった。

 しかし、その名に彼はかなりの自負を感じていた。
 確かにこの予言で助けられた人はいたかもしれない。だが、彼が憧れていたその人の失踪を、彼は予測することができなかった。

「そんな僕が英雄だなんて……」

 そこで地響きがあった。
 見ると、建造物を通り越して複数の巨大な蛇が顔を表していることがわかった。

「禁止級……!?」

 フレイは息をのんだ。そして体が震えてきてしまう。
 その中で脳内に声が響き渡った。

「……そんな怖いのに、どうしてわ、私のことを手放さない……んですか?」

「それは……」

 言い淀んだフレイを代弁するようにテミスは続けた。

「私になって、戦って、傷つく人を見たくないからじゃないんですか?」

 フレイの身体がぴくりとはねた。

「助けたい人が、護りたい人が、いるんじゃないですか?」

 わかっていた。知っていた。
 未来を予言するぐらい周囲を観察しているフレイが、自分自身の心に気づいていないわけがなかった。

 フレイの体の震えが止まった。そして、呟く。

「僕は誰も傷つけたくないんです。そして、誰も傷つく姿を見たくないんです。ただ、一人の英雄になりたいんです」

 姉の姿がフレイの脳裏に浮かんだ。
 彼女一人でいったいどれほどのことを背負っていたのだろう。

「そうですか……どうします?」

 結局、恐れても、何をしても自分は変わらなかった。
 みんなを守るために、支えるために活躍したい。姉がいないなら自身が姉の代わりになる。
 姉は予測もできない、そんな強さの敵と戦い続けていたのなら。
 思いが駆け巡り、フレイは拳を握りしめていた。

「戦うよ。怖いけど、英雄になってみせる」

 フレイはそうつぶやくと人間街へと駆け抜けていった。



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