上 下
26 / 30

第26話 ティタンの能力

しおりを挟む
「今日も、アスラさんいないんすかね」

「まぁ、あんなことがあってからではしょうがないかと」

「まぁ……仕方ないさ」

 ギルドハウスの中に併設された食堂の席にエデン、レイア、フレイは座り、昼食をとっていた。四人席のうちの一つが空いている。
 
 二週間前からアスラは来ていない。
 あの裏切り行為があってから、彼としては立場がないのだろう。

 そんなことを思いつつも、フレイの脳内には彼の声が響いている。

(人間を守る。これが私の信念です)

 フレイはいてもいられず、食事をすぐに平らげ、「ちょっと、行ってくるよ」とギルドメンバーに言葉を残し、去っていった。

「あ、行ってらっしゃいです」

「……止めなくていいの?」

 レイアの小声にエデンは頷く。

「フレイ君って、やっぱり優しいんだよ。凄く」

 

 フレイが向かったのはレアの民族街にある孤児院であった。
 孤児院に入ろうとすると、子どもたちが怪訝そうな顔をして見つめてくるほか、なんとも感情の読めないにこやかな表情を浮かべてくる初老の男が此方を見ていた。
 
(確か院長のヤマブキであったか)

 彼の情報をセリナから聞いていたが、言われていた通り、優しそうな男である。
 ヤマブキはそのままこちらへ向かってきた。そして話しかけてくる。

「何しに来たのかね?」

「この中にアスラさんはいませんか?」

「いるが……どうした? 彼はもうギルドで働きたくないそうだが」

「あー。それとは関係ありません。聞きたいことがあり、来ました」

 フレイは視線を動かさない。どこか決意しているようにも見える。その表情を見て、ヤマブキの笑みがまた柔らかくなった気がした。

「なるほど。分かった。変に疑ってすまないね。私はヤマブキ。よろしく」

「え。あっ、僕はフレイです。今はエデンギルドに所属しています」

 軽い口調にフレイはしどろもどろになってしまった。これもエデンやレイアたちの情報通りであったが、いざ受けてみると、どうにも反応できない。

「さ、案内するよ」

 見た目の年齢の割にひょうひょうとした態度にフレイは怪訝な顔つきになりつつも、ついていった。



 ヤマブキにフレイが案内されたのは孤児院の地下であった。地下の空間は広く、真ん中に通路があり、そこから枝分かれするように部屋が存在している。その部屋のドアの一つをノックすると、中から声が返ってきた。

「はい」

「アスラに会いたがっている子を連れてきてね。フレイ君と言う子らしい」

「……わかりました。どうぞ」

 意外にも抵抗することなく、あっさりとした返事にフレイは目を見開いた。
 ヤマブキが頷くのを見て、フレイはドアを開いた。
 部屋の中は殺風景であり、ベッドと何も入っていない本棚。そして、何も置かれていない机があるだけであった。アスラはベッドの上に座り、こちらを向いている。

「失礼します」

 ドアを閉めるようにジェスチャーされ、閉めさせられると、机に座るように首で指示される。そこからアスラは話し始めた。

「何しに来た? ギルドで働くつもりはないが」

「アスラさんではなく、オケアノスさんとしての質問があります」

 その言葉に彼は顔をしかめる。その反応を予想していたが、フレイは構わず話し続けた。

「ティタンの能力に関する質問です」

 セリナから今朝言われていたのは、ティタンの能力についての話であった。
 彼女曰く、オケアノスには水を操る能力、ヒュペリオンには天候を操る能力、クロノスは大鎌を扱うだけであったが、彼も何かしらの能力があるかのように思えたとのこと。

再生能力はティタン全員が持ち合わせているようで、何かしらそれぞれが持っているのではないかと言うのが能力を持っており、テミスも持っているのではないかと言うのが彼女の分析であった。

「なるほど……。その分析は正しい。確かにテミスには能力がある」

「ほ、ほんと?!」

 フレイの体を介してテミスが大声を出していた。
 全身に鳥肌が立ってしまう。

「突然、出てくるのはやめてよ」

「え、その、だって。この能力があればフレイ君も痛がらなくて済むかもしれないよ」

「心配してくれるのはありがたいけど……なんかぞわぞわする」

「……凄いな」

 その様子を見ていた彼は唐突に呟いた。

「何が、です?」

「フレイは乗っ取られないんだな」

 彼はそう静かに言った。言葉の意味が分からず、フレイは聞き返す。

「乗っ取られないって、どういうことですか?」

「ティタンは生きている人間であれど、乗っ取って、その意志を奪うことができている。精神力の弱いやつほど、乗っ取られやすいんだが。君はだいぶ強いらしい。自分の体をティタンに簡単に乗っ取られないということは」

 フレイは、その言葉を聞いて、アスラの安否を想像してしまう。ただ、それを聞くのが恐ろしくなり、彼は言い出すことができなかった。テミスが「フレイ」とささやく声も脳内に響き、話を戻した。

「それよりも、テミスの能力って何ですか?」

「彼女の能力は、あらゆるものを制限させる能力だ。実際、この能力でクロノスは能力が使えなくなってしまった」

「え、そ、そんなの超強いじゃないですか」

「あぁ。一応、確か一回の変身につき、一度しか使えないらしいがね。ただ、恐ろしいのはそれが永続的に続くことだ。そのせいでクロノスは1万年前に封じられた能力が未だに使えなくなっている」

(変身一回につき、一度だけ……。でも、それでクロノスはあの大鎌だけを持っているということなのか)

 フレイは続けて聞いた。

「それはどうやって使うんですか?」

「……本当に記憶がないんだな。一応いうと、あの本だが」

 本と言う言葉を聞いて、フレイは思い出す。変身した際に握られていたあの本である。それがどうかしたというのか。

「あの本に書き込むと、その能力が使える」

 本と聞いて、ようやく話がつながった。ということはこれまで、テミスは多くのものを封じてきたことになる。そこでフレイはページをめくっていくが、いまだ開けるページは少ない。ただ、白紙のページもあった。

 気になったのは、前まで開けなかったページに『クロノスの能力を封印した』という記述があることであった。これまで使うことができなかったが、そういうからくりがあるとは。

「まぁ、その能力を使えないのはなんとなく分かっていたが、簡単に使えるものではない。数千年前のことであったが、人間と契約し、能力を使おうとしても使えるようになったのはずいぶん後のことだ。最初のうちは使えるものではない」

 それにテミスは答える。

「でも、そんなことを言っている場合じゃないと思っているんです。クロノスも一人では勝つことができなかったと思っているんです。他の禁止級のダンジョンボスたちも。だから、能力を手に入れないといけないんです」

 その言葉を受けて、一瞬、アスラの頬が緩み、力が抜けたように見えた。それは安心の表情ではなく、どこか絶望しているようにも見えた。だが、そこからアスラは微笑むと、言った。

「期待してるよ。フレイとテミスだったらできるさ」

 そんな言葉を受けて、フレイは「ありがとうございます」と言い、一礼すると、席を立った。その後、部屋を出ようとする。

 その、部屋を出ようと、ドアを開いたとき、フレイは足を止めた。

「ギルド……やめないんですか?」

「その用事はないと……」

 アスラの言葉にかぶせるようにフレイは言った。

「考えるというのなら、辞めてください」

 そのまま、また彼は一礼すると、ドアを閉める。
 アスラは彼に向けて手を伸ばしたまま、視線を落とした。
しおりを挟む

処理中です...