何でも屋と季節外れの夢

水之音 霊季

文字の大きさ
6 / 30
一章 アスカとルミ①

一 早起きした朝 ─二〇一九年 三月二十八日─ 一(改)

しおりを挟む
 妹との電話で
 すっかり目が覚めてしまった私は、
 店に下りて時間を潰すことにした。

「大変だねぇ、こんな朝っぱらから」

 開店前の静かな店内で、
 私は優雅に紅茶を淹れた。

 カウンター席から眺める窓の向こうでは、
 サラリーマンや高校生が
 T駅に向かって歩みを進めていた。

 脇目も振らずに歩いていく彼らを、
 私はのんびりと頬杖をついて眺める。

 普通なら忙しい朝も、
 私はテレビの音を聞き流すことができる。

 住居一体型のお店だから、
 出勤が極めて楽なのだ。

 それに、駅も近い。

 物凄く近い。

 窓からT駅の様子が丸見えなのだ。

 所要時間は徒歩十秒。

 油断しすぎて
 逆に電車に乗り遅れることもしばしば。

 だから、仮に会社員であったとしても、
 朝はゆったりと過ごしていただろう。

 外で、バスが唸り声をあげた。

 駅前通りを走り去るバスは
 たくさんの高校生を乗せていた。

 バスが走り去ると、今度はサラリーマン。

 電車の発車時刻が迫っているのか、
 鬼気迫る表情で
 私の視界を駆け抜けていった。

 忙しい朝を過ごす彼らを肴に、
 私は紅茶を一啜り。

 ホッと、ため息一つ。

 もう少し甘みがあってもいいなと、
 角砂糖を一つ投入。

 ちょうどその時、テレビの中で
 とあるニュースが読み上げられた。

『続きまして、
 今月の一日から行方不明になっている
 鮫島さめしま秋文あきふみさんに関する話題です。
 現在も捜索が続いていますが、依然、
 有力な手掛かりは見付かっていません』

 大々的に情報提供を求められているのは、
 私と同い年──二十五歳の男性。
 どこにでもいるような男性の顔に、
 私はどこか見覚えがあった。

「誰かに似てるのかな……」

 このニュースを目にするのは、
 これで二回目。初めて見たときも、
 私は今と同じことを思った。

 あれは、
 タッちゃんが来ていた日だったから……
 そうだ、ちょうど二週間前のことだ。
 ああ、またあの痛みを思い出してしまう。


『ひとつ、頼んでもいいか?』


 あの日、彼は私にそう言った。

 三年間お世話になった母の喫茶店を離れ、
 ここに店を構えたのが二年前。最初は
 喫茶店一本でやっていくつもりだった。

 けれど、お店のビラ配りの最中にいくつか
 人助けをしていたら、あろうことか
 そっち方面のお客さんが増えてしまい、
 やむを得ず
 何でも屋を並行して営むことにした。

 当初は、
 喫茶店が軌道に乗るまでの副業として
 考えていた何でも屋。

 いざ始めてみれば
 お客さんが途切れることはなく、
 それどころか喫茶店と並走して
 軌道に乗り始めてしまったのだ。

 私は迷った。このまま二つの仕事を
 並行して続けていこうか、それとも
 何でも屋をやめて喫茶店だけにするべきか。

 迷った末に、
 私は二つの仕事を続けることを選んだ。
 決め手となったのは、ある思い。


 困っている人達を、私を頼ってくる人達を
 見捨てることはできない。


 その思いを、私は今も胸に抱き続けている。
 だから私は、
 タッちゃんからの依頼も引き受けた。
 鋭い牙に咬み千切られるような
 失恋の痛みに耐えながら。


『もしあいつがこの店に来たら、
 俺のことを伝えておいてくれないか?』


 彼の依頼から早くも二週間。

「ミユキさん……来ないな」

 元より一度も店に来たことない人だから、
 今後も来るかどうかわからない。
 多分、来ない可能性が高い。
 でもそうすると、いつまでも
 この依頼を抱えたことになる……。

「本当、なんでデート前日に
 飲み会なんて行くかねぇ」

 それがなければ、
 タッちゃんは酔い潰れることはなかった。

 酔い潰れなければ、
 デートに遅刻することもなかった。

 遅刻しなければ、
 振られることもなかった。

 振られなければ、
 私がこんな依頼を受けることもなかった。

「ていうか、ミユキさんもミユキさんだよ。
 音信不通はやり過ぎだって……」

 私なら笑って許してあげたのにな。
 いや、嘘です。
 さすがに四時間遅刻は怒ります。けど、
 それでも一方的に振らないのは確かだ。

「私なら……か」

 二週間前にタッちゃんから聞かされた話は、
 いまだに現実味を帯びることなく
 私の脳内で渦を巻いていた。

 その渦に巻き込まれるように、私は上半身を
 カウンターにぐでんと横たわらせた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

近づいてはならぬ、敬して去るべし

句ノ休(くのやすめ)
ホラー
山中、もしあなたがそれに出会ったら…… 近づいてはいけない。 敬して去るべし。   山を降りろ。   六年勤めた会社を辞めた。お荷物だとはわかっていたし、むしろ清々しくもあった。 28歳のコウイチには、仕事より大切なものがあった。 田舎歩きだ。そこ大事なのが学生のときにかじった民俗学だ。廃集落、古い祠、忘れられた神々——それを訪ねることは、彼のたった一つの愉しみだった。   大学時代、民俗学の講義で准教授はこう言った。「神々は神ではない」。人が畏れ、従い、忖度したものがかみになる。その言葉がコウイチを変えた。 会社の営業で関東のあちこちを歩きまわった。コウイチは仕事よりも土地の古老の話に耳を傾けることに熱中した。   ふと見つけた資料にコウイチは目を奪われた。 「名付け得ぬ神」。 東京の西、檜原村の奥深く、コボレザワという場所にその祭祀を担った一族がいたという。山奥には祠があるらしい。だがもう六十年も前に無人になってしまっているようだ。   コウイチは訪ねることにする。 道中、奇妙な老人に出会う。一人目は気のいい古書店主。二人目は何かを知りながら口を閉ざす資料館の老人。そして三人目は——   雪深い山の中でコウイチはついに祠を見つけた。巨大な岩を背にした祠は古び、壊れていたが、まだ人が来ている痕跡があった。 不穏な気配にコウイチは振り向くが、なにもない。 あれ? 鳥の声が、まったくない。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...