幻想素材拾話集

卯堂 成隆

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狼の安息 (2)

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「結論から言うと、この時期の狼の素材は魔術的な価値が下がるんだ」
 ひょんなことからかかわってしまった少年冒険者をディオーナの隣に座らせると、俺は職場から測定器を持ち出して彼らの向かいの席に座った。

「まぁ、具体的に見せてやるよ」
 そして少年冒険者――アルノリトの狩ってきた狼の素材を測定器にかける。
 すると……。

「うわ、なにこれ! ぜんぜんダメじゃない!!」
「えっと、すいません。 何かおかしいのでしょうか?」
 前者はディオーナ、後者はアルノリトである。
 まぁ、この当たりが魔術しかそうでないかの違いだな。

「まず、数字の読み方から説明しようか。
 素材を鑑定する時に基本となるのは、【魔力容量】【属性稀度】【固有属性】の3項目になる。
 で、このデータをもとに素材の値段を決めるんだが……」

 そう説明した瞬間、アルノリトが「うっ」と小さくうめき声を上げた。
 どうやらなんとなくその意味を理解したようである。

「で、大まかに買取の価格はこんな感じで計算されるんだ」
 俺は職場から持ってきた黒板に、こんな数式を書き込んだ。

【買い取り価格】=【魔力容量】×【属性稀度】×【固有属性の数】×【固有属性の稀少度】+【入手難易度】

 そして、測定値に示された数字は以下のとおりである。

【ウルブズ・スキン】
 魔力容量:0
 属性稀度:Ars0000
 固有属性:月魔術への親和性、敏捷増大

 さらに、このギルドにおける現在の【ウルブズ・スキン】の入手難易度はたったの「5」であった。

「まぁ、そんなわけでこの数字では魔術の触媒としてはまったく使えない。
 査定額としては、入手難易度だけになるからたったの5イリクス銀貨になるというわけだ」

「なるほど……だが、なぜこの時期はこんなに価値が落ちてしまうのだ?」
「それは、狼という生き物が火星アレスの属性を持っているからだよ」
 俺がアルノリトの質問に答えた瞬間、ディオーナが目を見開いた。

「そっか、今は"火星の下落フォール"の時期なのね!!」
 そのとおりである……というか、なんで今まで気づいてないんだよディオーナ。
 火星の影響力は攻撃魔術にかなりの影響を与えているから、攻撃魔術のコントロールしづらくなったり威力が落ちたりするだろ。
 お前さんには死活問題じゃないのか?

「ディオーナ、君は理解したかもしれないがアルトリノにはわかっていない。
 しばらく黙って聞いていてくれ」
「あ……ごめんなさい」
 俺が注意をすると、ディオーナはシュンとうなだれてしまった。
 どうしよう、この落差がたまらなくかわいいんだけど。

「さて、この世界に存在するすべての物は、五つの惑星と太陽と月、そして十二の星座の影響を受けている。
 占星術とは、そこから運命を読み解こうという学問だが……実は魔術の触媒にも強く影響するんだ」
 俺は占星術についてまったく知識の無いアルトリノのために、かなり基礎的なことについて語ることにした。

 そして気が付くと、いつの間にかベテランの冒険者たちまでもが近くの席に腰を下ろして俺の話を盗み聞きしている。
 まったく、目ざとい連中だよ。

「でだ。 知っているかもしれないが、惑星と太陽と月は常に十二の星座の中を移動し続けでいる。
 そして、その星がどの星座にあるか、そして太陽がどの星座にあるかによって、その影響力が増えたり減ったりするわけだ」
 このあたりは魔術師や錬金術師といった職業ならばかならず知っていなければならない内容で、自分の魔術特性に合わない星回りの時期はまったく仕事をしない業者も少なくは無い。

「それは……あまりにも専門的すぎませんか?」
 その奥深さについて感じるものがあったのだろう。
 アルトリノの眉間にはわずかに皺が浮かんでいた。

「そのとおり。 だから、冒険者たちは君みたいに安く買い叩かれる時期を経験として覚えてゆく」
「なるほど、貴方が先輩冒険者とつながりを持つように進める理由がわかりましたよ。
 たしかにそれは駆け出しの僕ではどうにもならない」
 アルトリノはようやく納得したとばかりに大きく頷く。
 なんというか、飲み込み早そうだよなお前。

「でだ、火星という星は巨蟹宮の位置にあるか、太陽が巨蟹宮にあるかの二つの条件でその影響力を失う。
 これを下落フォール損傷ディクリメントと言うのだが、これ以上のことは専門的になりすぎるから割愛させてもらうよ」
 占星術なんて、語りだしたら一晩程度じゃすまない話だからな。

「そして、悪いことに今の時期は太陽と火星が共に巨蟹宮にあって、二重に魔力が落ちてしまうんだ。
 だから、この時期の狼は誰も狩らない。
 それで冒険者たちはこの時期を『狼の安息』と呼んでいるのさ。
 文字通り、運が無かったな」

 そう言いながら俺が苦笑すると、アルトリノもまた同じように苦い笑みを浮かべた。

「……まったくです。
 ですが、その口調からすると他の素材も同じように影響を受けるということですよね?
 逆に今の時期だと素材として買い取り価格が高いものがあるということではありませんか?」
 ほほう、そこに気づいたか。

「鋭いな。 実は今の時期は木星の力が増大している。
 そうだな……駆け出しの冒険者ならばストライクイーグルの相場が上がっているから、お勧めだぞ」
「ストライクイーグルね!
 あ、依頼まだ残っているかな……」
 ディオーナや他の冒険者たちの目が、依頼を貼り付ける掲示板のほうに向く。
 しかし、この時間に残っている依頼は少ない。
 俺が話しをしている間に、めぼしい依頼はすべて持って行かれたあとだ。

 だが……。
「心配するな。
 そういうと思って、ちゃんと確保しておいたから」
 懐からストライクイーグルの素材買取の依頼の紙を取り出す。
 その瞬間、ディオーナの顔がパァッと輝く。

「さすがシエル! わかってる!!」
 同時に、周囲のベテランたちから責めるような視線が俺に注がれた。
 マナー違反?
 有益な情報をただで聞けたんだから、それでいいだろ。
 不満があるなら情報料を請求するぞ。

 俺が視線だけでベテランたちを牽制していると、不意にアルトリノが立ち上がって深々と頭を下げた。

「ありがとうございます。 実に有意義な時間でした」
 なんというか、こいつ本当に冒険者らしくないな。

「まぁ、俺にとっても旬の素材が手に入りやすくなるというメリットがあるからな。
 ただし、うちの部署は人手が足りてないから、ほどほどに稼いでくれ。
 あんまり張り切って集めてくると、処理しきれなくて俺たちがぶっ倒れる」
 素直に礼を言われるのに慣れていないので、ひどく照れくさい。
 俺はアルトリノのまっすぐな視線を避けるように苦笑いをしながらヒラヒラと手を振った。

 そして、その日を境にしてベテラン冒険者たちから今の時期に査定の高い素材について相談を有料で受けるようになり、俺たち素材管理課の面々はちょっとした小遣い稼ぎが出来るようになったのである。

 なお、その日の夕方、黒こげになったストライクイーグルの羽を持ち帰ってディオーナが俺に泣きついてきたのはご愛嬌というべきだろうか。
 俺が彼女に炎以外の魔術を覚えるように進言したのは言うまでもない。

******

【ウルフェン・スキン】※通常値
 魔力容量:52
 属性稀度:Ars0075
 固有属性:月魔術への親和性、敏捷増大、トーテム(狼)

 基本査定額:11700イクリス

******

【ウルフェン・トゥース】
 魔力容量:53
 属性稀度:Ars0125
 固有属性:月魔術への親和性、筋力増大、トーテム(狼)

 基本査定額:19875イクリス
 ※狼の犬歯のみが査定対象となり、他の歯は価値が認められておらず、通常は廃棄される。



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