7 / 21
狼の安息 (1)
しおりを挟む
「おいおい、その依頼をやるつもりなのか? 今は"狼の安息"だぞ」
俺が声をかけると、ディオーナは張り紙に伸ばした手をピタリと止めた。
「あ、シエルじゃない。 "狼の安息"って聴いたこと無い言葉だけど……なにかまずいの?」
「いや、星の巡りの話だよ。
"狼の安息"は冒険者の中でしか使わない言葉だから別にしても、魔術師であるお前からその台詞が出てくるとは思わなかったぞ」
個人的な感想だが、魔術師であるディオーナがこれを知らないのはあまりにも問題だと思う。
「わ、悪かったわね。 どうせ三流魔術師ですよ!」
俺の哀れむような視線に、どうやらディオーナは気を悪くしたらしい。
頬を膨らませてツンと横を向く顔をかわいいと思ってしまうのは、俺の心のどこかが軽くイカれてしまっているからだろうか。
「こういうのは魔術師にとっても基本だと思ったんだが……そういえば、冒険者やっている魔術師はあんまり占星術を気にしないって聞いたことがある」
「なによ、星占いなんてその日の運がいいか悪いかでしょ?
たいした意味ないじゃない」
腰に手を当てて憤慨しているディオーナだが、俺はまじめな顔を作って心からの忠告を口にする。
「……悪いことはいわない。 冒険者として素材を売って稼ぎたかったら占星術は勉強しなおしておいたほうがいいぞ」
そして、親指で背後にある素材の買取の受付を指し示した。
「でなきゃ、あんな事になる」
「あんなこと?」
俺の示した方向を見て怪訝な顔をするディオーナだが、すぐに渋い表情になる。
そこではディオーナも受けようとした狼退治の依頼から戻ってきた冒険者が、受付嬢に食って掛かっているところだった。
「ちょっとまってくれ、買い取り価格が安すぎないか!?
先月の一割にもならないじゃないか!!」
その買取価格を提示されたとたん、まだ駆け出しであろうその冒険者は驚きのあまの目を見開いた。
持ち込まれた狼の皮は、ぱっと見た限り傷も少ないし美品である。
さぞや納得の行かないことだろう。
だが……その査定額は間違いなく正当なものなのだ。
受付嬢はどこかしかうんざりしたような顔をわずかに滲ませ、
「あぁ、ご存じないのですね。
この時期、狼の素材は軒並み価格が下がるんです。
正直……持ち込まれても迷惑なんですよ」
「め、迷惑!?」
そんなこと、聞いてない!
彼の表情を文字に変えたなら、おそらくそんな言葉になるだろう。
狼狩りは初心者にとって美味しい定番の依頼だからな。
たいていは、仲の良い先輩冒険者が事前に『この時期は狼の素材の価格が暴落するぞ』とそこはかとなく教えてくれるのだが……そういうツテの無い奴が毎年この時期になるとこういう騒ぎを起こすのである。
……そんなことを考えていると、ふと受付嬢と目があった。
げっ、また面倒を押し付ける気だろ、お前!!
「よろしかったら、あちらの職員が説明してくださるようなので、ご一緒にいかがですか?」
手で俺を示し、受付嬢はニッコリと笑った。
「……面倒なことを押しつけないでくれ。
この手の説明は、受付の仕事だろ。
知ってのとおり、俺は忙しいんだが?」
「まぁ、私では細かいところまで説明は出来ませんから、ここは専門家にお願いしたほうが早いかと。
それに、そちらのお嬢さんに今から教えるつもりじゃなかったんですか?」
くっ、おまえ見ていたのかよ!!
たしかにそのつもりだったさ。
お前がこっちに目を向けるまではな!!
「……教えてくれ。 なぜこの時期は狼の素材の価格が下がるんだ?」
すかさず新人冒険者が食いついてくる。
いやだなぁ、なんで俺が友人でもない奴にそんなことしなきゃならないのか。
「自分で調べようとは思わないのか?
この話を知らない時点でお前、冒険者として孤立しすぎだと思うぞ。
はっきり言って、相談に乗ってくれる先輩を作っておかないからこういうことになる」
俺が教えても、その状況をなんとかしない限り同じことの繰り返しになるだろう。
悪いが、焼け石に水みたいなことはしたくない。
すると、そのまだ若い冒険者はやけに素直に頭を下げた。
「たしかにそのとおりだ……実に耳がいたい。
たしかにいろいろとアドバイスをくれる人間は必要だと思うが、冒険者になったばかりであまり知り合いがいないんだ。
いますぐにそんな人物を作るのは不可能なので……今回は貴方にお願いしたいのだが、お時間をいただけないだろうか?」
ありゃ、なんか調子狂うな。
たいがいの冒険者はここで胸倉をつかんでくるから、その態度を理由に断るつものだったんだけど……まぁ、しょうがないか。
礼儀を知る者には、礼で返すのが俺の主義だ。
あと、ディオーナ。
お前さんも耳を押さえている場合じゃないからな。
素材については俺が教えてやれるけど、冒険のコツについてはちゃんと頼りになる相手作っておけよ。
「向こうで話しをしようか。
ベテラン冒険者に聞くよりもう少し突っ込んだ話をするから、少し長くなるぞ」
俺は冒険者が待機するために作られたスペースを指で示し、ディオーナとその若い冒険者を座らせた。
俺が声をかけると、ディオーナは張り紙に伸ばした手をピタリと止めた。
「あ、シエルじゃない。 "狼の安息"って聴いたこと無い言葉だけど……なにかまずいの?」
「いや、星の巡りの話だよ。
"狼の安息"は冒険者の中でしか使わない言葉だから別にしても、魔術師であるお前からその台詞が出てくるとは思わなかったぞ」
個人的な感想だが、魔術師であるディオーナがこれを知らないのはあまりにも問題だと思う。
「わ、悪かったわね。 どうせ三流魔術師ですよ!」
俺の哀れむような視線に、どうやらディオーナは気を悪くしたらしい。
頬を膨らませてツンと横を向く顔をかわいいと思ってしまうのは、俺の心のどこかが軽くイカれてしまっているからだろうか。
「こういうのは魔術師にとっても基本だと思ったんだが……そういえば、冒険者やっている魔術師はあんまり占星術を気にしないって聞いたことがある」
「なによ、星占いなんてその日の運がいいか悪いかでしょ?
たいした意味ないじゃない」
腰に手を当てて憤慨しているディオーナだが、俺はまじめな顔を作って心からの忠告を口にする。
「……悪いことはいわない。 冒険者として素材を売って稼ぎたかったら占星術は勉強しなおしておいたほうがいいぞ」
そして、親指で背後にある素材の買取の受付を指し示した。
「でなきゃ、あんな事になる」
「あんなこと?」
俺の示した方向を見て怪訝な顔をするディオーナだが、すぐに渋い表情になる。
そこではディオーナも受けようとした狼退治の依頼から戻ってきた冒険者が、受付嬢に食って掛かっているところだった。
「ちょっとまってくれ、買い取り価格が安すぎないか!?
先月の一割にもならないじゃないか!!」
その買取価格を提示されたとたん、まだ駆け出しであろうその冒険者は驚きのあまの目を見開いた。
持ち込まれた狼の皮は、ぱっと見た限り傷も少ないし美品である。
さぞや納得の行かないことだろう。
だが……その査定額は間違いなく正当なものなのだ。
受付嬢はどこかしかうんざりしたような顔をわずかに滲ませ、
「あぁ、ご存じないのですね。
この時期、狼の素材は軒並み価格が下がるんです。
正直……持ち込まれても迷惑なんですよ」
「め、迷惑!?」
そんなこと、聞いてない!
彼の表情を文字に変えたなら、おそらくそんな言葉になるだろう。
狼狩りは初心者にとって美味しい定番の依頼だからな。
たいていは、仲の良い先輩冒険者が事前に『この時期は狼の素材の価格が暴落するぞ』とそこはかとなく教えてくれるのだが……そういうツテの無い奴が毎年この時期になるとこういう騒ぎを起こすのである。
……そんなことを考えていると、ふと受付嬢と目があった。
げっ、また面倒を押し付ける気だろ、お前!!
「よろしかったら、あちらの職員が説明してくださるようなので、ご一緒にいかがですか?」
手で俺を示し、受付嬢はニッコリと笑った。
「……面倒なことを押しつけないでくれ。
この手の説明は、受付の仕事だろ。
知ってのとおり、俺は忙しいんだが?」
「まぁ、私では細かいところまで説明は出来ませんから、ここは専門家にお願いしたほうが早いかと。
それに、そちらのお嬢さんに今から教えるつもりじゃなかったんですか?」
くっ、おまえ見ていたのかよ!!
たしかにそのつもりだったさ。
お前がこっちに目を向けるまではな!!
「……教えてくれ。 なぜこの時期は狼の素材の価格が下がるんだ?」
すかさず新人冒険者が食いついてくる。
いやだなぁ、なんで俺が友人でもない奴にそんなことしなきゃならないのか。
「自分で調べようとは思わないのか?
この話を知らない時点でお前、冒険者として孤立しすぎだと思うぞ。
はっきり言って、相談に乗ってくれる先輩を作っておかないからこういうことになる」
俺が教えても、その状況をなんとかしない限り同じことの繰り返しになるだろう。
悪いが、焼け石に水みたいなことはしたくない。
すると、そのまだ若い冒険者はやけに素直に頭を下げた。
「たしかにそのとおりだ……実に耳がいたい。
たしかにいろいろとアドバイスをくれる人間は必要だと思うが、冒険者になったばかりであまり知り合いがいないんだ。
いますぐにそんな人物を作るのは不可能なので……今回は貴方にお願いしたいのだが、お時間をいただけないだろうか?」
ありゃ、なんか調子狂うな。
たいがいの冒険者はここで胸倉をつかんでくるから、その態度を理由に断るつものだったんだけど……まぁ、しょうがないか。
礼儀を知る者には、礼で返すのが俺の主義だ。
あと、ディオーナ。
お前さんも耳を押さえている場合じゃないからな。
素材については俺が教えてやれるけど、冒険のコツについてはちゃんと頼りになる相手作っておけよ。
「向こうで話しをしようか。
ベテラン冒険者に聞くよりもう少し突っ込んだ話をするから、少し長くなるぞ」
俺は冒険者が待機するために作られたスペースを指で示し、ディオーナとその若い冒険者を座らせた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる