11 / 121
第一章
第11話 万神殿にて
しおりを挟む
ギルドマスターの部屋を出たとたん、下から騒ぎの声が聞こえてきた。
誰が起こした騒ぎかなど、たぶん言うまでもないだろう。
……なんというか、面倒だなぁ。
いっそ、そこの窓から飛んで逃げようかとも一瞬思ったが、それは問題を先送りにするだけである。
それに、空を飛んでいればほかのヤバイ奴に見つかる可能性も無いとは言えない。
そもそもスタニスラーヴァから逃げ続けるというのが建設的ではない。
いずれ不満を溜め込んだ彼女に見つけ出され、全身の毛が剥げるまでもふられるか、あの胸にうもれて窒息死する未来しか見えなかった。
よって、逃亡は無しである。
――しかたあるまい。
自分の言葉でケリをつける。
意を決して下におりると、予想通りスタニスラーヴァがマルコルフにつかみかかっていた。
いや、訂正しよう。
ボコボコにしていた。
野次馬が見物する中、スタニスラーヴァの握り拳がマルコルフの胸板や腹筋に何度も吸い込まれてドスッドスッと鈍い音を立てる。
うわぁ、痛そう……。
死にそうになるぐらい強く抱きしめられたから知っているが、スタニスラーヴァはその容姿に反してかなり腕力が強い。
腕なんかも女性的な細さではあるものの、よくみればハリウッドのモデルのような代物だ。
だが、サンドバッグ状態のマルコルフはその連続攻撃に耐えていた。
スタニスラーヴァより頭ひとつほど体がデカいのもあるだろうが、あの物理攻撃力に耐えられるとか……鍛えられた人間って、ほんとうにすごいのな……。
俺だったら、たぶん元の姿でも一撃で悶絶するぞ。
そんなことを考えていると、当のマルコルフと目があった。
スタニスラーヴァは俺に背を向けているせいか気づいていないようである。
すると、マルコルフは何を思ったのか俺にむかってニカッと笑い、こっそりと親指を立てた。
なんでサムズアップ?
その前に、このジェスチャーって意味は地球のソレと同じなのだろうか?
とりあえず悪意はなさそうなので見守っていると……。
マルコルフは突然スタニスラーヴァの一撃をよけ、カウンター気味にその手を伸ばす。
そして彼女の腰を抱きよせ、その唇を奪った。
うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
周囲の野次馬共ががどよめき、スタニスラーヴァの白い肌が真っ赤に染まる。
すわセクハラか……と思いきや、スタニスラーヴァはまんざらでもない様子。
なるほど、お前らってそういう関係なのね。
しかも、主導権がマルコルフにあると見た。
正直、かなり意外だ。
へにゃへにゃになったスタニスラーヴァの唇をちゅっちゅと音をたてつつ丁寧に攻略しながら、マルコルフは俺に向かってはやく行けとばかりにシッシッと手をふった。
へいへい、お邪魔虫は退散しますよーだ。
くそっ、いろいろと差を見せ付けられた気分だぜ。
そんなわけで……マルコルフの癪に障るサポートの甲斐あって無事に冒険者ギルドを出た俺は、地図を広げて万神殿を目指すことにした。
ギルドマスターからもらった地図はところどころ建物をかたちどったかわいい絵がついていて、とてもわかりやすい。
見た目に反して、なかなかお茶目な仕事をするオッサンである。
そこから先は特にトラブルもなく、俺は万神殿らしき場所に到着した。
万神殿は白い大理石のようなものでできている簡素な建物で、そういわれなければ素通りしてしまうであろう印象の薄さである。
入り口は開けっ放しになっており、入り口には見張りはおろか管理人すら見当たらない。
もしかしなくとも、この町は神への信仰が薄いのだろうか?
智の神の神殿は存在しないとか言っていたしな。
中にはいると小さな神の像がいくつも壁に並んでいるものの、規模的にはただの礼拝堂といった感じである。
床はうっすらと土ぼこりに覆われており、しばらく掃除がされた様子は無い。
ほとんど礼拝にくる人間もいないのか、中には誰一人いなかった。
ひょっとして、地図を見間違えて別の場所にきてしまったのだろうか?
だが、神殿としての機能はちゃんと動いているらしい。
壁沿いに収められた小さな像の一つ一つから、俺は不思議な力を感じとっていた。
いくつもの神像をひとつずつ確認するかのように、俺は壁際を歩く。
その中に覚えのある気配を感じて、俺は立ち止まった。
――これが智の神の像?
目の前にあったのは、穏やかな笑顔を浮かべた若い男の像である。
その像の前に立った瞬間、目の前が白一色の世界にかわった。
気が付くと二メートルほど前にテーブルがあり、一人の男が座っている。
間違いない……智の神だ。
「やぁ、ずいぶんと苦労をかけたようだね」
「ひどい目にあいました。
まったく……こんなハードな業務だとは聞いてませんが?」
口調を仕事用に改め、俺は智の神に皮肉を投げつける。
相手の力を考えると言わないほうがいいのは百も承知だが、言わずにはいられなかった。
それに、たぶん智の神はこのぐらいで怒るほど器の狭い相手ではない。
案の定、智の神は苦笑するような波動を撒き散らした後、優しい言葉づかいで謝罪をのべた。
「すまなかったとは思うが、なにぶんこちらとしても突発的なことでねぇ。
まさか、あんな愚かなことをされるとは思ってもみなかったよ。
君の窮状についても把握していたが、途中までは思った以上にうまくやっていたようだし、手を出さないほうがいいように思えてね」
「たしかに、途中まではけっこう順調だったと自分でも思ってます。
あの妖怪さえでてこなければ……」
思い出しただけではらわたが煮えくり返る。
しらずと奥歯がギリッと音を立てた。
「あぁ、妖怪……ね。
実に不幸なことだったよ」
なぜだろう?
智の神は笑っているような気がした。
人の不幸を笑うタイプには見えなかったのだが、意外である。
「あの時点で助けの手を入れてもよかったんたけどねぇ。
神である私が君を直接助けようとすると、世界に多大な爪あとを残しかねないんだ。
まぁ、結果的に君はほぼ自力で切り抜けてくれたので、こちらとしては非常に助かったよ。
もっとも、昨日君が窒息死しそうになったときはちょっと覚悟したがね?」
……見ていたのか、神よ。
できれば、あの痴態は忘れてほしい。
誰が起こした騒ぎかなど、たぶん言うまでもないだろう。
……なんというか、面倒だなぁ。
いっそ、そこの窓から飛んで逃げようかとも一瞬思ったが、それは問題を先送りにするだけである。
それに、空を飛んでいればほかのヤバイ奴に見つかる可能性も無いとは言えない。
そもそもスタニスラーヴァから逃げ続けるというのが建設的ではない。
いずれ不満を溜め込んだ彼女に見つけ出され、全身の毛が剥げるまでもふられるか、あの胸にうもれて窒息死する未来しか見えなかった。
よって、逃亡は無しである。
――しかたあるまい。
自分の言葉でケリをつける。
意を決して下におりると、予想通りスタニスラーヴァがマルコルフにつかみかかっていた。
いや、訂正しよう。
ボコボコにしていた。
野次馬が見物する中、スタニスラーヴァの握り拳がマルコルフの胸板や腹筋に何度も吸い込まれてドスッドスッと鈍い音を立てる。
うわぁ、痛そう……。
死にそうになるぐらい強く抱きしめられたから知っているが、スタニスラーヴァはその容姿に反してかなり腕力が強い。
腕なんかも女性的な細さではあるものの、よくみればハリウッドのモデルのような代物だ。
だが、サンドバッグ状態のマルコルフはその連続攻撃に耐えていた。
スタニスラーヴァより頭ひとつほど体がデカいのもあるだろうが、あの物理攻撃力に耐えられるとか……鍛えられた人間って、ほんとうにすごいのな……。
俺だったら、たぶん元の姿でも一撃で悶絶するぞ。
そんなことを考えていると、当のマルコルフと目があった。
スタニスラーヴァは俺に背を向けているせいか気づいていないようである。
すると、マルコルフは何を思ったのか俺にむかってニカッと笑い、こっそりと親指を立てた。
なんでサムズアップ?
その前に、このジェスチャーって意味は地球のソレと同じなのだろうか?
とりあえず悪意はなさそうなので見守っていると……。
マルコルフは突然スタニスラーヴァの一撃をよけ、カウンター気味にその手を伸ばす。
そして彼女の腰を抱きよせ、その唇を奪った。
うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
周囲の野次馬共ががどよめき、スタニスラーヴァの白い肌が真っ赤に染まる。
すわセクハラか……と思いきや、スタニスラーヴァはまんざらでもない様子。
なるほど、お前らってそういう関係なのね。
しかも、主導権がマルコルフにあると見た。
正直、かなり意外だ。
へにゃへにゃになったスタニスラーヴァの唇をちゅっちゅと音をたてつつ丁寧に攻略しながら、マルコルフは俺に向かってはやく行けとばかりにシッシッと手をふった。
へいへい、お邪魔虫は退散しますよーだ。
くそっ、いろいろと差を見せ付けられた気分だぜ。
そんなわけで……マルコルフの癪に障るサポートの甲斐あって無事に冒険者ギルドを出た俺は、地図を広げて万神殿を目指すことにした。
ギルドマスターからもらった地図はところどころ建物をかたちどったかわいい絵がついていて、とてもわかりやすい。
見た目に反して、なかなかお茶目な仕事をするオッサンである。
そこから先は特にトラブルもなく、俺は万神殿らしき場所に到着した。
万神殿は白い大理石のようなものでできている簡素な建物で、そういわれなければ素通りしてしまうであろう印象の薄さである。
入り口は開けっ放しになっており、入り口には見張りはおろか管理人すら見当たらない。
もしかしなくとも、この町は神への信仰が薄いのだろうか?
智の神の神殿は存在しないとか言っていたしな。
中にはいると小さな神の像がいくつも壁に並んでいるものの、規模的にはただの礼拝堂といった感じである。
床はうっすらと土ぼこりに覆われており、しばらく掃除がされた様子は無い。
ほとんど礼拝にくる人間もいないのか、中には誰一人いなかった。
ひょっとして、地図を見間違えて別の場所にきてしまったのだろうか?
だが、神殿としての機能はちゃんと動いているらしい。
壁沿いに収められた小さな像の一つ一つから、俺は不思議な力を感じとっていた。
いくつもの神像をひとつずつ確認するかのように、俺は壁際を歩く。
その中に覚えのある気配を感じて、俺は立ち止まった。
――これが智の神の像?
目の前にあったのは、穏やかな笑顔を浮かべた若い男の像である。
その像の前に立った瞬間、目の前が白一色の世界にかわった。
気が付くと二メートルほど前にテーブルがあり、一人の男が座っている。
間違いない……智の神だ。
「やぁ、ずいぶんと苦労をかけたようだね」
「ひどい目にあいました。
まったく……こんなハードな業務だとは聞いてませんが?」
口調を仕事用に改め、俺は智の神に皮肉を投げつける。
相手の力を考えると言わないほうがいいのは百も承知だが、言わずにはいられなかった。
それに、たぶん智の神はこのぐらいで怒るほど器の狭い相手ではない。
案の定、智の神は苦笑するような波動を撒き散らした後、優しい言葉づかいで謝罪をのべた。
「すまなかったとは思うが、なにぶんこちらとしても突発的なことでねぇ。
まさか、あんな愚かなことをされるとは思ってもみなかったよ。
君の窮状についても把握していたが、途中までは思った以上にうまくやっていたようだし、手を出さないほうがいいように思えてね」
「たしかに、途中まではけっこう順調だったと自分でも思ってます。
あの妖怪さえでてこなければ……」
思い出しただけではらわたが煮えくり返る。
しらずと奥歯がギリッと音を立てた。
「あぁ、妖怪……ね。
実に不幸なことだったよ」
なぜだろう?
智の神は笑っているような気がした。
人の不幸を笑うタイプには見えなかったのだが、意外である。
「あの時点で助けの手を入れてもよかったんたけどねぇ。
神である私が君を直接助けようとすると、世界に多大な爪あとを残しかねないんだ。
まぁ、結果的に君はほぼ自力で切り抜けてくれたので、こちらとしては非常に助かったよ。
もっとも、昨日君が窒息死しそうになったときはちょっと覚悟したがね?」
……見ていたのか、神よ。
できれば、あの痴態は忘れてほしい。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
「俺が勇者一行に?嫌です」
東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。
物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。
は?無理
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる