異世界司書は楽じゃない

卯堂 成隆

文字の大きさ
10 / 121
第一章

第10話 冒険者ギルドのマスター

しおりを挟む
 俺がフリルまみれになったあと、スタニスラーヴァに引きずられてやってきたのは、昨日の冒険者ギルドであった。
 やめてくれ、こんな格好で人前に出たら羞恥で死んでしまう!
 あと、なんでこんな時期に下だけハーフパンツなんだよ!?
 そりゃ、毛が生えていてモコモコだけど、風があたるとけっこう寒いんだぞ!?

 どうやらこのギルドの中でもスタニスラーヴァは頭ぬきんでた存在らしく、周囲の冒険者たちが俺に向ける好奇心の視線も、どこかためらいがちだ。
 こんな格好をしている身としては大変ありがたいが、そもそも原因がスタニスラーヴァなのであまり感謝する気にはなれない。

「ふふん」

 誰にも聞こえないようにささやかれたスタニスラーヴァのつぶやきも、この体についている獅子の耳は逃さない。
 あと、そのドヤ顔やめよう。
 それから、俺の頭を事あるごとにもふもふするのやめて。

 受付に挨拶をしたあと、俺たちが通されたのはおそらく建物の最上階。
 やたらと豪華な扉のついた場所であった。

「ギルドマスター、スタニスラーヴァさまがいらっしゃいました」

「……入りたまえ」

 ここまで案内をしていた受付嬢が俺の予想通りの言葉を口にすると、扉の向こうから低い男の声が応える。
 中にいたのは、四十代ぐらいのガッチリした体格の男だった。

 おそらく体格的には昨日の酔っ払い……マルコルフと横に並んでもまったく見劣りしないだろう。
 ただし、顔に関しては眼鏡をかけた知的なおじさんで、ずいぶんと温和な印象だ。

 そしてギルドマスターは俺とスタニスラーヴァを見るなり、疲れた声でこう告げた。

「担当を別の者に替えるか」

 え、マジですか!?
 やった!!

 あ、ギルドマスターの言葉が理解できる?
 彼の胸に怪しい輝きをともすブローチがあるところを見ると、おそらくこれが翻訳の魔術の代わりなのだろう。
 ほしいなーとは思ったが、おそらく彼の仕事道具のひとつであろうから、そんなわけにはゆかないよな。

 その直後。
 一瞬で周囲の気温が氷点下まで下がった。

「納得できません、ギルドマスター。
 私のどこに落ち度があるというのですか」

 まるでブリザードのような冷たい気迫を纏いながら、スタニスラーヴァはギルドマスターに詰め寄る。
 だが、常人であればお漏らしをしそうなその殺気を前にしても、ギルドマスターはピクリとも動じなかった。
 この男……只者ではない。

「いや、一目瞭然だろ。
 この死んだような目と衰弱した様子を見れば、虐待を受けているとしか思えんな」

 ため息をつきながら、ギルドマスターは俺の顔を指差す。
 あ、なるほど。
 それは納得だ。
 隅々まで洗われた上に数時間も着せ替え人形にされた身としては、もはや生ける屍となるしかない。

「虐待なんてしてません!
 それに、彼は昨日の時点でかなり衰弱をしていました!!」

 激しい口調で反論するスタニスラーヴァだが、ギルドマスターはホゥと声を上げて面白そうな顔をした。

「おや、それはマルコルフの報告と少しちがうな。
 ほかの目撃者からも、トシキくんは自分で歩ける程度には元気だったと聞いておるよ」

 なんと!
 あの酔っ払い、あの後ちゃんと仕事をしていたのか!
 ちょっとだけ見直したぞ。

「あの……筋肉達磨の酔っ払いめ……」

 一方、スタニスラーヴァは青ざめた顔で怒りの言葉を口にしていた。
 これはあとで仕返しをしてやろうと考えている顔だが、思いっきり逆恨みだからな。

「それに、虐待かどうかについては加害者である君が判断することではない。
 愛情のつもりが虐待になっていることなど、掃いて捨てるほどあることだからな。
 彼の意見を聞かず、自分の望みだけを押し付けていないか本人に確認をさせてもらおう」

「……うっ」

 スタニスラーヴァはその言葉に反論が思いつかなかったらしい。
 言葉に詰まり、すがるような目でこちらを見る。
 くっ、やめろ、その視線は俺に効く!!

 だが、ふたたび助け舟を出してくれたのはギルドマスターだった。

「本人に確認をするから、君は退出したまえスタニスラーヴァ。
 余計な圧力をかけることは認めない。
 すこし頭を冷やしてくるといいだろう」

 うぉぉ、ギルドマスターってば、超有能!
 俺の中で、彼の株がうなぎのぼりである。
 さすがに抱かれたいとは言わないが。

 あと、抱擁なら昨日のうちに一生分すませた気がする。

「……わかりました」

 退出を促され、しぶしぶ部屋を出るスタニスラーヴァ。
 最後までこちらをちらちらと見るしぐさが未練がましい。
 すごぶる美人なんだけどねぇ。
 いや、惜しいことだ。

「すまないねぇ。
 普段は理性的な彼女だが、たまにあんなふうに暴走してしまうんだよ」

 そういいながら、ギルドマスターはふかぶかとため息をつく。
 なんというか、苦労していそうですな。

「さて、トシキくん。
 先ほども言ったとおり、君の進退についての確認をさせてもらおう。
 君はどうしたい?」

 ギルドマスターは俺のほうに向き直ると、きわめて建設的な議題を持ち出した。
 つまり、しばらく冒険者ギルドから世話役を派遣するけど、どんな奴が良いか……ということだろうな。
 どうせその人材派遣の費用は智の神もちだろうし。

 だが、誰を選んでもひと悶着あるだろう。
 スタニスラーヴァがこのまま黙っているとは思えない。

 とはいえ、基本的な方針はすでに頭の中で決まっていた。

「うーん、智の神からは司書として働くように言われているんで、赴任地に向かいたいですね。
 あと、できるだけはやく安定した生活を送りたいです」

 紆余曲折あったものの、最初から目的はそれだ。
 冒険者ギルドのほうも、俺にずっと人手をとられているわけにはゆかないだろう。

「ふむ。
 だが、君の赴任地がどこかという情報が無いことには動きようが無いね」

 ギルドマスターは顎に指をあてると、そんな問題を口にする。
 さすがに冒険者ギルドに智の神殿の内部人事の情報まで把握しておけというのはお門違いだ。

「この町には智の神の神殿がないし、魔術をつかった高速輸送で手紙を送れば返答をくれるだろうけど、数日はかかると見たほうがいい。
 神殿の類の対応は、いつもそんなかんじだよ。
 でも、君はもっと早い対応がほしい……そうだね?」

 そのとおりだ。
 時間がかかると、確実にスタニスラーヴァが何かを仕掛けてくる。
 一文無しの状態では、彼女の財力と顔とおっぱいにどこまで抵抗できるかわからない。

 だが、問題の解決方法はすぐにギルドマスターの口からもたらされた。

「では、神にお伺いを立てるとしようか」

「神に?」

 それは価値観が現代日本にどっぷりと浸かった俺には無い考え方である。
 だが、ここは神の実在する剣と魔法の世界なのだ。

「この町に智の神を祭る神殿はないが、かわりに全ての神を祭る万神殿がある。
 そこにゆけば、君の主である智の神から啓示が降りるだろう」

「……なるほど」

 そして俺はギルドマスターから手書きの地図と紹介状をいただき、部屋を出たのである。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

「俺が勇者一行に?嫌です」

東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。 物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。 は?無理

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...