16 / 121
第一章
第16話 廃寺院
しおりを挟む
「これ……ちょっとすごいですね」
寺院に到着した俺は、その建物を見上げて乾いた笑いを浮かべる。
なんというか、イメージとしてはアンコール・ワット?
枯れかかった緑の蔦に覆われたその建物は、元の荘厳な建築様式とあいまってちょっと近寄りがたい空気を纏っていた。
正直に言うと、入ったら呪われそうである。
その威容から、どうもホームレスたちからも敬遠されているらしい。
周囲の建物と違って人工的なゴミなどはまったく落ちていなかった。
「確かにすごいところだね。
けど、こんなところでボサっとしていてもしかたがない。
とりあえず入ろうか」
たしかに雷鳴の言うとおりだろう。
俺はおっかなびっくりその敷地に足を踏み入れる。
だが、目の前には草と潅木の壁ができており、とても進めるような状況ではなかった。
しかたなく雷鳴が草刈鎌よろしくハルバードを振るって足元の草を刈り取ると、茶色の枯れ草の下から建物に続く長い石畳らしきものが見えた。
だが、植物の根によってその配置がゆがみ、すでに歩く邪魔にしかならない。
俺と雷鳴はほぼ開拓するような感覚でゆっくりと道を作りながら進み、やがて建物にたどり着く。
だが、その建物のほうもかなり悲惨だった。
まず、門に扉がついていない。
蝶番が残っているところをみると、誰かが持って行ったか壊れて腐ってしまったかのどちらかだろう。
そして床を見れば、屋内であるにもかかわらず一面に苔が生えていた。
たぶん、屋根からは雨水がたれ放題なんだろうな。
もはや蝙蝠が住み着いていてもおかしくは無い……というか、いまなんかそれっぽいのが上を飛んでいたな。
悪いけど、彼らには出て行ってもらうしかない。
蝙蝠がいると、その大量に垂れ流す糞で家屋が汚れ、病原菌の温床になってしまうのだ。
しかし……本当にここで生活するのか?
もはや野外でサバイバルするのとかわらない気がするのだが。
しかも、ここは森よりも資源に乏しいハードモードである。
せめて井戸ぐらいは使用できるといいのだが。
俺が呆然としつつそんなことを考えていると、雷鳴もまた似たようなことを考えていたのだろう。
隣から、あきれたようにため息をつく音が聞こえた。
「初めてきてみたが、予想以上の状態だな。
神は本当にここを再生しろと?
おそらく、建物を一度取り壊して立て直す必要があるぞ。
柱なんかも見るからにヒビが入っているから、いつ壊れるかわかったものじゃない」
雷鳴のそんなつぶやきに、俺もまったく同感である。
寝ている間に柱が崩れて屋根につぶされたりするのはまっぴらだ。
「ですが、神意には逆らえませんよね。
幸い、バレーボールができそうなほど天井が高いので、中でテントを張って生活しようかと思います」
本当ならば庭にテントを張りたいのだが、ここは遺跡のように見えてスラム街のド真ん中である。
ならば、おそらく出るだろう。
ネズミあたりならばまだしも、物取りの類が。
「……こんな子供にそのような苦労をさせなければならないなど、大人として忸怩たる思いだよ。
ところで、バレーボールとは何だね?」
しまった。
うっかり口に出してしまったが、この世界にバレーボールがあるとは思えない。
「私の故郷の遊びです。
網を壁のように張って、それをはさんで鞠を打ち合う感じですね」
「なるほど、優雅な遊びだな」
微笑む雷鳴の台詞に、そういえば昔の日本や中国の貴族も蹴鞠なんかをたしなんでいたことを思い出す。
この世界でに紹介したら流行るだろうか?
「いえいえ、これがなかなか激しい動きを伴う代物でしてね。
まぁ、その話はいずれ暇なときにでも」
あいにくと、今の俺には無駄話をする余裕が無い。
はやいところ宿泊可能な環境を作らなければ。
「そうだな。
まずはここで生活できるようにする必要があるだろう」
……となると、まずはテントのようなものを買う必要があるだろう。
あと、暖かな毛布もほしい。
冬に向かっているのか春に向かっているのかはしらないが、とにかく気温が低いのだ。
「せっかくここまできたけど、一度買い物をするために戻ったほうがいいみたいですね。
あと、今日のところはどこか別の宿をとったほうがよさそうです」
俺の判断に、雷鳴もうなずく。
今日からここで寝泊りするなど、無謀でしかない。
「それがよいだろうね。
まぁ、初日からここで寝泊りができるとは初めから思ってなかったが……・
もしよかったら、敷地内に居住区だけでも作ったほうがいい。
よい業者を紹介するよ」
業者か……俺が預かった金で修繕費用に届くとはちょっと思えないな。
さて、どうしたものか。
せっかく神からもらった能力があるので、それを活用してなんとかできないか考えてみたいな。
そうなると、雷鳴には退出してもらいたいところである。
「ありがとうございます。
その前に、自分でいろいろとこの場所を調べたいと思うので、しばらく一人にしていただけますか?」
「わかった。
できるだけヒビの入った柱のそばには近づかないように。
あと、地面が陥没しかかっている場所があるかもしれないから、足元にも注意してくれたまえ」
そんな注意事項を残すと、雷鳴は建物の入り口のほうへと歩いていった。 さて、これで好きなことができるな。
俺は精霊辞典を取り出すと、はじめてその表紙をめくる。
すると、冒頭にはこのような一文が記載されていた。
――この書を開く者。
一切の悪しき欲望を捨て智の神に誠意を示せ。
汝、神に恥ずべき行いせし時は、この書より手に入れた全ての知識を放棄することを誓うべし。
なんとも仰々しい一文である。
つまり、この書物を開きたければ神の呪縛を受け入れよということか。
だが、そんな処置も仕方があるまい。
これは精霊たちの真の名を記した書物であるのだから。
――まったく、なんてものを預けるかねぇ。
「わたし、白井俊樹は智の神に誓う。
この書の知識を悪用したならば、この書物より手に入れた全ての記憶を放棄することを」
すると、精霊辞典は自らめくりあがり次のページを示した。
そして、そこには無数の精霊の名が記されていたのである。
寺院に到着した俺は、その建物を見上げて乾いた笑いを浮かべる。
なんというか、イメージとしてはアンコール・ワット?
枯れかかった緑の蔦に覆われたその建物は、元の荘厳な建築様式とあいまってちょっと近寄りがたい空気を纏っていた。
正直に言うと、入ったら呪われそうである。
その威容から、どうもホームレスたちからも敬遠されているらしい。
周囲の建物と違って人工的なゴミなどはまったく落ちていなかった。
「確かにすごいところだね。
けど、こんなところでボサっとしていてもしかたがない。
とりあえず入ろうか」
たしかに雷鳴の言うとおりだろう。
俺はおっかなびっくりその敷地に足を踏み入れる。
だが、目の前には草と潅木の壁ができており、とても進めるような状況ではなかった。
しかたなく雷鳴が草刈鎌よろしくハルバードを振るって足元の草を刈り取ると、茶色の枯れ草の下から建物に続く長い石畳らしきものが見えた。
だが、植物の根によってその配置がゆがみ、すでに歩く邪魔にしかならない。
俺と雷鳴はほぼ開拓するような感覚でゆっくりと道を作りながら進み、やがて建物にたどり着く。
だが、その建物のほうもかなり悲惨だった。
まず、門に扉がついていない。
蝶番が残っているところをみると、誰かが持って行ったか壊れて腐ってしまったかのどちらかだろう。
そして床を見れば、屋内であるにもかかわらず一面に苔が生えていた。
たぶん、屋根からは雨水がたれ放題なんだろうな。
もはや蝙蝠が住み着いていてもおかしくは無い……というか、いまなんかそれっぽいのが上を飛んでいたな。
悪いけど、彼らには出て行ってもらうしかない。
蝙蝠がいると、その大量に垂れ流す糞で家屋が汚れ、病原菌の温床になってしまうのだ。
しかし……本当にここで生活するのか?
もはや野外でサバイバルするのとかわらない気がするのだが。
しかも、ここは森よりも資源に乏しいハードモードである。
せめて井戸ぐらいは使用できるといいのだが。
俺が呆然としつつそんなことを考えていると、雷鳴もまた似たようなことを考えていたのだろう。
隣から、あきれたようにため息をつく音が聞こえた。
「初めてきてみたが、予想以上の状態だな。
神は本当にここを再生しろと?
おそらく、建物を一度取り壊して立て直す必要があるぞ。
柱なんかも見るからにヒビが入っているから、いつ壊れるかわかったものじゃない」
雷鳴のそんなつぶやきに、俺もまったく同感である。
寝ている間に柱が崩れて屋根につぶされたりするのはまっぴらだ。
「ですが、神意には逆らえませんよね。
幸い、バレーボールができそうなほど天井が高いので、中でテントを張って生活しようかと思います」
本当ならば庭にテントを張りたいのだが、ここは遺跡のように見えてスラム街のド真ん中である。
ならば、おそらく出るだろう。
ネズミあたりならばまだしも、物取りの類が。
「……こんな子供にそのような苦労をさせなければならないなど、大人として忸怩たる思いだよ。
ところで、バレーボールとは何だね?」
しまった。
うっかり口に出してしまったが、この世界にバレーボールがあるとは思えない。
「私の故郷の遊びです。
網を壁のように張って、それをはさんで鞠を打ち合う感じですね」
「なるほど、優雅な遊びだな」
微笑む雷鳴の台詞に、そういえば昔の日本や中国の貴族も蹴鞠なんかをたしなんでいたことを思い出す。
この世界でに紹介したら流行るだろうか?
「いえいえ、これがなかなか激しい動きを伴う代物でしてね。
まぁ、その話はいずれ暇なときにでも」
あいにくと、今の俺には無駄話をする余裕が無い。
はやいところ宿泊可能な環境を作らなければ。
「そうだな。
まずはここで生活できるようにする必要があるだろう」
……となると、まずはテントのようなものを買う必要があるだろう。
あと、暖かな毛布もほしい。
冬に向かっているのか春に向かっているのかはしらないが、とにかく気温が低いのだ。
「せっかくここまできたけど、一度買い物をするために戻ったほうがいいみたいですね。
あと、今日のところはどこか別の宿をとったほうがよさそうです」
俺の判断に、雷鳴もうなずく。
今日からここで寝泊りするなど、無謀でしかない。
「それがよいだろうね。
まぁ、初日からここで寝泊りができるとは初めから思ってなかったが……・
もしよかったら、敷地内に居住区だけでも作ったほうがいい。
よい業者を紹介するよ」
業者か……俺が預かった金で修繕費用に届くとはちょっと思えないな。
さて、どうしたものか。
せっかく神からもらった能力があるので、それを活用してなんとかできないか考えてみたいな。
そうなると、雷鳴には退出してもらいたいところである。
「ありがとうございます。
その前に、自分でいろいろとこの場所を調べたいと思うので、しばらく一人にしていただけますか?」
「わかった。
できるだけヒビの入った柱のそばには近づかないように。
あと、地面が陥没しかかっている場所があるかもしれないから、足元にも注意してくれたまえ」
そんな注意事項を残すと、雷鳴は建物の入り口のほうへと歩いていった。 さて、これで好きなことができるな。
俺は精霊辞典を取り出すと、はじめてその表紙をめくる。
すると、冒頭にはこのような一文が記載されていた。
――この書を開く者。
一切の悪しき欲望を捨て智の神に誠意を示せ。
汝、神に恥ずべき行いせし時は、この書より手に入れた全ての知識を放棄することを誓うべし。
なんとも仰々しい一文である。
つまり、この書物を開きたければ神の呪縛を受け入れよということか。
だが、そんな処置も仕方があるまい。
これは精霊たちの真の名を記した書物であるのだから。
――まったく、なんてものを預けるかねぇ。
「わたし、白井俊樹は智の神に誓う。
この書の知識を悪用したならば、この書物より手に入れた全ての記憶を放棄することを」
すると、精霊辞典は自らめくりあがり次のページを示した。
そして、そこには無数の精霊の名が記されていたのである。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
「俺が勇者一行に?嫌です」
東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。
物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。
は?無理
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる