24 / 121
第一章
第24話 地の戯れ
しおりを挟む
その日の夜。
俺は後払いの報酬であるバンダナを手に、アドルフからもらった魔導書と契約を試みることにした。
なにせ知己の精霊であるから、瞑想をしたら会いに来てくれるのではないかという期待だ。
ついでに、後払いの報酬も渡してしまいたい。
精神汚染?
まぁ、乱用しなければたぶん大丈夫だろう。
大き目の黒板を用意してもらうと、俺はそこにアドルフ・ローマンと記す。
いや、たぶん記した。
表現があいまいなのは、その文字を俺が知らないからである。
まぁ、別に文字を知らなくても問題ないし。
地属性なのはあらかじめ知っているので、あとはスタニスラーヴァから精霊の名前らしき部分を教えてもらえば準備は完了だ。
あとは読み方なのだが……なにせ自分でつけた名前だから、文字が読めなくとも間違えるはずが無い。
これで失敗したら、スタニスラーヴァが間違えたということになるのだが、たぶんそんなことにはならないだろう。
あの性格は別として、その能力は信頼しているのだ。
俺は黒板をにらみつけ、文字をまぶたに焼き付けてから目を閉じる。
瞑想開始すると、即座に周囲の景色がかわった。
そこは解体された建物の瓦礫と建築資材が山済みになっている、なんとも土臭い場所。
屋根はなく、上には青空が広がっていた。
すぐ近くには道具箱がいくつもあり、なるほど建物を修理する魔導書にふさわしい抽象イメージだとおもえる。
箱には何が入っているのかな……と好奇心の赴くままに手をつけていると、ふいに後ろから人のような気配を感じた。
「おいおい、そいつは子供が触っていいものじゃない。
下手に触ると怪我をするぞ」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはアドルフが腕を組んで立っていた。
予想はしていたが、本当にきたな。
「どうも、アドルフ。
わざわざ、会いに来てくれてとても嬉しい」
「んな堅苦しいしゃべり方じゃなくていい。
そういうのあまり好きじゃないんだ」
ため息混じりにそう告げると、アドルフはまっすぐ手を伸ばして俺の髪に手を突っ込んだ。
「おぉ、思った以上にやらけぇな。
すげぇ、モフモフしてる」
おい、ペット扱いかよ。
「その扱いはわりと傷つくんだが?」
「悪ぃ、悪ぃ、なんかお前の毛並みって、見ているとつい触りたくなるんだよ」
おれがジト目で抗議すると、アドルフは悪びれも無くそう言い放つ。
これ、ぜんぜん悪いと思ってないヤツの面だ。
「というか、悪いと思ってるなら手をどけろ。
……っ、耳はさわるな!
今、全身にビクッときたぞ!!」
「いや、なんか触り始めたらつい癖になっちまってな。
あれだな、弟とかいたらこんな感じなんかねぇ」
「俺はアドルフの弟でもペットでもない」
思いっきりすねた顔をしてみせると、それでようやくアドルフは俺の頭からしぶしぶ手を引いた。
壮絶美人のスタニスラーヴァに触られるのですらいろいろと微妙なのに、なんで野郎に撫で回されにゃならんのだ。
「ははは、俺がお前に障るほど魔導書の内容が理解できるようになるってことで勘弁してくれ」
「わかった。
それで我慢しよう。
それより、後払いの報酬を用意してあるんだが、」
「おぅ。
渋染めのバンダナか。
いい色合いだな。
遠慮なくもらっておくぜ」
俺の用意したバンダナは、いつのまにかアドルフの手に握られていた。
そしてアドルフは、いま巻いているバンダナをはずして新しいバンダナを頭に巻く。
「どうだ、似合うか?」
「まぁ、悪くはないって感じじゃねぇの?」
俺が適当に答えると、なぜかかえってきたのは苦笑いだった。
「そこは素直に褒めろよ。
自分で用意したバンダナだろ」
それを言われるとつらいのだが、それなりの理由はある。
「用意できたのがそんな感じだっただけだ。
いっそ、新しい染物なんかをこの世界に広めるのも悪くないな」
この世界、刺繍は存在するが染めで模様をつくる技術はなぜか発達してないかった。
ろうけつ染めについて尋ねたが、一緒にいた雷鳴やスタニスラーヴァまで首をかしげる始末である。
そいうえば、明かりに使われているろうそくも、臭いと煤のきつい獣脂の蝋燭だった気がするぞ。
もしかして、植物性の蝋が発明されていないのだろうか?
「それはさておき、さっきの接触でどれぐらい魔導書が読めるようになったんだ?」
いろいろと我慢をしたのだから、それなりの成果はあってほしい。
あんなのを何度も繰り返したら、それこそ身がもたんわ。
すると、アドルフは斜め上を向いたまましばらく考え込むと、ポツリともらした。
「第一巻はたぶん全部読めるだろうな」
「そっか……なかなかに厳しいな。
はやいところ全巻読めるようになりたいんだが」
まぁ、地道に文字を覚えることからすれば破格の成果だが、それでももう少し欲張りたかったというのが本音である。
すると、アドルフの奴はとんでもないことを言い出した。
「なんだお前、俺にキスされたいのか?」
「いらん! 激しくいらん!!」
間髪をいれずに拒否である。
断じて否である。
だが、アドルフはなぜかニヤッと笑った。
「そう嫌がるなよ。
名誉なことなんだぜ?」
「別の問題が発生するわいっ!」
身の危険を感じて瞑想を解……解けない。
まて、アドルフ!
ニヤニヤしながらにじり寄ってくるな!!
「やめっ……いやだ、男に唇を奪われたくないっ!!」
「はっはっは、覚悟しろ」
あわてて逃げ出そうとする俺だが、完全に悪乗りしたアドルフにあっけなくつかまる。
足の長さが違いすぎて、走ってもスピードが出ないのだ。
あ、空を飛べばよかった!
ちくしょう、自分の体のこと忘れていたしっ!!
「ほら、もう逃げられねぇぞ」
「む……無念」
抵抗むなしくアドルフの顔が近づき、死んだ目をした俺の口から敗北宣言がこぼれた瞬間。
海外の男性が自分の子供にするように、おでこにキスが落された。
次の瞬間、俺は瞑想から醒める。
「完全に遊ばれた」
夜の静寂の中でポツリとつぶやかれた言葉は、砂漠の砂のように乾いていた。
俺は後払いの報酬であるバンダナを手に、アドルフからもらった魔導書と契約を試みることにした。
なにせ知己の精霊であるから、瞑想をしたら会いに来てくれるのではないかという期待だ。
ついでに、後払いの報酬も渡してしまいたい。
精神汚染?
まぁ、乱用しなければたぶん大丈夫だろう。
大き目の黒板を用意してもらうと、俺はそこにアドルフ・ローマンと記す。
いや、たぶん記した。
表現があいまいなのは、その文字を俺が知らないからである。
まぁ、別に文字を知らなくても問題ないし。
地属性なのはあらかじめ知っているので、あとはスタニスラーヴァから精霊の名前らしき部分を教えてもらえば準備は完了だ。
あとは読み方なのだが……なにせ自分でつけた名前だから、文字が読めなくとも間違えるはずが無い。
これで失敗したら、スタニスラーヴァが間違えたということになるのだが、たぶんそんなことにはならないだろう。
あの性格は別として、その能力は信頼しているのだ。
俺は黒板をにらみつけ、文字をまぶたに焼き付けてから目を閉じる。
瞑想開始すると、即座に周囲の景色がかわった。
そこは解体された建物の瓦礫と建築資材が山済みになっている、なんとも土臭い場所。
屋根はなく、上には青空が広がっていた。
すぐ近くには道具箱がいくつもあり、なるほど建物を修理する魔導書にふさわしい抽象イメージだとおもえる。
箱には何が入っているのかな……と好奇心の赴くままに手をつけていると、ふいに後ろから人のような気配を感じた。
「おいおい、そいつは子供が触っていいものじゃない。
下手に触ると怪我をするぞ」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはアドルフが腕を組んで立っていた。
予想はしていたが、本当にきたな。
「どうも、アドルフ。
わざわざ、会いに来てくれてとても嬉しい」
「んな堅苦しいしゃべり方じゃなくていい。
そういうのあまり好きじゃないんだ」
ため息混じりにそう告げると、アドルフはまっすぐ手を伸ばして俺の髪に手を突っ込んだ。
「おぉ、思った以上にやらけぇな。
すげぇ、モフモフしてる」
おい、ペット扱いかよ。
「その扱いはわりと傷つくんだが?」
「悪ぃ、悪ぃ、なんかお前の毛並みって、見ているとつい触りたくなるんだよ」
おれがジト目で抗議すると、アドルフは悪びれも無くそう言い放つ。
これ、ぜんぜん悪いと思ってないヤツの面だ。
「というか、悪いと思ってるなら手をどけろ。
……っ、耳はさわるな!
今、全身にビクッときたぞ!!」
「いや、なんか触り始めたらつい癖になっちまってな。
あれだな、弟とかいたらこんな感じなんかねぇ」
「俺はアドルフの弟でもペットでもない」
思いっきりすねた顔をしてみせると、それでようやくアドルフは俺の頭からしぶしぶ手を引いた。
壮絶美人のスタニスラーヴァに触られるのですらいろいろと微妙なのに、なんで野郎に撫で回されにゃならんのだ。
「ははは、俺がお前に障るほど魔導書の内容が理解できるようになるってことで勘弁してくれ」
「わかった。
それで我慢しよう。
それより、後払いの報酬を用意してあるんだが、」
「おぅ。
渋染めのバンダナか。
いい色合いだな。
遠慮なくもらっておくぜ」
俺の用意したバンダナは、いつのまにかアドルフの手に握られていた。
そしてアドルフは、いま巻いているバンダナをはずして新しいバンダナを頭に巻く。
「どうだ、似合うか?」
「まぁ、悪くはないって感じじゃねぇの?」
俺が適当に答えると、なぜかかえってきたのは苦笑いだった。
「そこは素直に褒めろよ。
自分で用意したバンダナだろ」
それを言われるとつらいのだが、それなりの理由はある。
「用意できたのがそんな感じだっただけだ。
いっそ、新しい染物なんかをこの世界に広めるのも悪くないな」
この世界、刺繍は存在するが染めで模様をつくる技術はなぜか発達してないかった。
ろうけつ染めについて尋ねたが、一緒にいた雷鳴やスタニスラーヴァまで首をかしげる始末である。
そいうえば、明かりに使われているろうそくも、臭いと煤のきつい獣脂の蝋燭だった気がするぞ。
もしかして、植物性の蝋が発明されていないのだろうか?
「それはさておき、さっきの接触でどれぐらい魔導書が読めるようになったんだ?」
いろいろと我慢をしたのだから、それなりの成果はあってほしい。
あんなのを何度も繰り返したら、それこそ身がもたんわ。
すると、アドルフは斜め上を向いたまましばらく考え込むと、ポツリともらした。
「第一巻はたぶん全部読めるだろうな」
「そっか……なかなかに厳しいな。
はやいところ全巻読めるようになりたいんだが」
まぁ、地道に文字を覚えることからすれば破格の成果だが、それでももう少し欲張りたかったというのが本音である。
すると、アドルフの奴はとんでもないことを言い出した。
「なんだお前、俺にキスされたいのか?」
「いらん! 激しくいらん!!」
間髪をいれずに拒否である。
断じて否である。
だが、アドルフはなぜかニヤッと笑った。
「そう嫌がるなよ。
名誉なことなんだぜ?」
「別の問題が発生するわいっ!」
身の危険を感じて瞑想を解……解けない。
まて、アドルフ!
ニヤニヤしながらにじり寄ってくるな!!
「やめっ……いやだ、男に唇を奪われたくないっ!!」
「はっはっは、覚悟しろ」
あわてて逃げ出そうとする俺だが、完全に悪乗りしたアドルフにあっけなくつかまる。
足の長さが違いすぎて、走ってもスピードが出ないのだ。
あ、空を飛べばよかった!
ちくしょう、自分の体のこと忘れていたしっ!!
「ほら、もう逃げられねぇぞ」
「む……無念」
抵抗むなしくアドルフの顔が近づき、死んだ目をした俺の口から敗北宣言がこぼれた瞬間。
海外の男性が自分の子供にするように、おでこにキスが落された。
次の瞬間、俺は瞑想から醒める。
「完全に遊ばれた」
夜の静寂の中でポツリとつぶやかれた言葉は、砂漠の砂のように乾いていた。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
「俺が勇者一行に?嫌です」
東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。
物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。
は?無理
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる