異世界司書は楽じゃない

卯堂 成隆

文字の大きさ
35 / 121
第一章

第34話 トシキと精霊たちの失敗

しおりを挟む
 予想はしていたのだが、精霊の仕事は早かった。

 翌日、修復の続きをしようと礼拝堂にやってくると、そこには絵本と教材が山済みになっていたのである。
 ヒャッハァァァァァ!
 本だ、本が山ほどあるぞぉぉぉぉぉ!!

「えーっと、トシキくん。
 本に飛びつくのはいいんたけど……これ、どこにおけばいいんだろう?」

 一瞬で本におぼれた俺だったが、途方にくれる兵士の声でハッとわれにかえる。
 くぅぅっ、せっかくの本があるのに、読みふけることが許されないとはなんという拷問。
 いや、お仕事はちゃんとしますよ。
 はぁ……。

「まぁ、順当にいえば図書区画なんですけどねぇ。
 今の状態で本を置くのはちょっと」

 この寺院、じつは三つの区画に分かれている。
 礼拝施設、居住施設、図書施設の三つであり、今手をつけているのは礼拝施設だ。

 さすがに神を祭る場所を後回しにはできないからな。
 だが、図書施設を修復しないと本を保存する場所が無い。

 図書施設の中に関しては、蔵書は誰かが持ち出したのか綺麗さっぱりなくなっており、今はただ書架の残骸が廃材の海を作っている状態である。
 あんなところに大事な本は一冊たりとも置けませんとも。

「仕方がありませんから、修復が終わっている礼拝施設の一角で保管しましょう。
 ただ、その前にどんな本が来ているのか把握して仕分けする必要があります。
 文字が読める方がいらっしゃったら、分類わけの手伝いをお願いできないでしょうか?」

 すると、本日の警備担当である兵士のうち、一人の女性兵士が名乗りを上げてくれた。
 騎士の家の出身なのでしっかりとした教育を受けており、文字は問題なく読めるらしい。

 なお、文字の読めない俺が参加しても意味が無いと思っているかもしれないが、実はフェリシアが書いた著書についてはある程度読めるのである。
 どうも依頼の時に祝福をくれたらしい。
 とは言っても、俺が読むことができるのは紙芝居の台本のみだけどな。
 たぶんだが、ほかの本は俺の知らないほかの精霊の著書じゃないかと思っている。

 そして文字を覚えるための教材については、ちゃんと読めないようになっていた。
 まぁ、文字を覚えるための教材まで祝福の範囲に入っていたら、教材の意味がないしな。
 これは順当である。

 さて、本のチェックを再開するか。
 しかし、よほど仕事が気に入ったのだろう。
 内容もデザインもレベルが高い。
 フェリシアをはじめとする精霊たちがどれだけ力の入れたか、その熱意と愛情が見ただけでもひしひしと伝わってくる。

 横を見ると、絵本についている挿絵を見て女兵士がうっとりしていた。
 あぁ、絵からするとあれはたぶんお姫様と王子様の出会いのシーンだな。
 思わず見入ってしまうのはわかるが、ちゃんと仕事はしてくれよ。

 だが、そんな彼女の口から漏れた一言で、俺は精霊の失敗を悟る。

「すばらしいですね……。
 この絵、このまま貴族の客室に飾られてもおかしくないです」

 その瞬間、俺は思わず背筋が寒くなった。
 あ、これはまずい。

 俺が求めたのは紙芝居のための絵であって、美術館で見るような絵ではないのだ。
 こんな高そうなものをつかって紙芝居をしたら、どうなるか考えてほしい。
 ましてや、ここは治安の悪いスラムのど真ん中なのだ。

 美術的価値の高い絵は窃盗団を招きよせ、俺は金の卵を産むガチョウあつかいになるだろう。
 それはまずい。

 それに、これは大人の価値観で書かれすぎてはいないだろうか?
 子供にはもっとディフォルメした、シンプルでインパクトの強い絵が必要なのではないかと俺は思うのだ。

 そう思った俺は、空き部屋の一室に閉じこもってフェリシアを呼び出した。
 そして、作品を受け取った感想を彼女に告げる。

「まぁ、大変ですわ!
 それはたしかにその通りです。
 私としたことが、自分の理想だけを追求してしまいましたわ」

「……理解してくださってありがたいです」

 さすがにフェリシアの理解は早い。
 すぐさま彼女は次の執筆にうつるといってくれたのだが……

「その前に、子供に見せるための絵というものがどんなものか、デザインの方針を相談しませんか?」

 たぶん、今のままでは同じことを繰り返しそうな気がする。
 そんな時間の無駄を許す気はさらさらなかった。

「たしかにその必要はございますね。
 トシキさんの故郷にはそのようなものがすでに存在しているということでしたが……」

「そうですね、まず絵本の基本コンセプトは子供の興味を引くことではないでしょうか?
 自分の覚えている限りでは、かなりかわいいものが多かったですね」

「かわいい……ですか……」

 だが、これがなかなかに難しい。

 それはそうだろう。
 この世界の絵画とは、まず大人が見てその美しさを楽しむものであり、子供のための絵画というものが存在しないのだ。
 それを一から作るというのは、大変なことなのである。
 ましてや、俺は地球の洗練された絵本を知っており、半端なものでは納得できない。

「うーん、俺の記憶の中にあるものを実際にお見せできたら早いと思うのですが」

「できますわよ?」

「え?」

「人の記憶を覗くというのはかなり繊細な作業ですが、水や地の精霊はそういうことが得意でしてね。
 大丈夫。
 精神汚染は起きないようにしますから、ちょっとだけ……ちょっとだけ覗かせていただけませんか?」

 怪しい笑顔を浮かべ、フェリシアが俺ににじり寄ってくる。
 思わず後ずさりをすると、ぽよんとやわらかい感触が頭に触れた。

「あの……どちらさまでしょうか?」

 振り向くと、見覚えの無い美女たちが笑顔でそこに立っていた。
 すると、彼女たちは笑顔のまま俺に告げる。

「フェリシアの友人です。
 今回の企画に感銘を受けまして、わたくしたちみんなで本を書きましたの」

「大丈夫です。
 私たち、地の精霊でも上級のものばかりだから精神汚染をするなんてヘマはしません」

「たぶん、数日ほど疲労で寝込むだけですから!」

 口々にそんな台詞を掃きながら、美女たちの手が俺に伸びる。

「うひぃぃぃぃぃぃ!!」

 結局、俺はそのまま二日ほど昏睡する羽目になった。
 危険なことをするなと、あとでみんなからしこたま怒られたのは言うまでもない。

 ……解せぬ。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

「俺が勇者一行に?嫌です」

東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。 物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。 は?無理

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...