異世界司書は楽じゃない

卯堂 成隆

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第一章

第36話 図書館ではルールを守ろう

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「うわぁ、なんかすごい雰囲気になっているな」

 臨時の書庫は、吟遊詩人ギルドの連中によって混沌とした状況になっていた。
 そもそも読書をしているはずなのに、まったく静かではない。

 食い入るように読んで、時々感動の叫び声をあげる脚本家たち。
 一冊の台本を手に、唾を飛ばしながらお互いに台詞を言い合っている役者たち。
 楽譜に折り目をつけながら初見で演奏を始める楽師たち。
 おい、なんか酒の匂いまでするんだが?

 図書館ではお静かにといいたいところである。
 つーか、折り目つけるな!
 本に唾を飛ばすんじゃない!!

「ダメだ、こいつら。
 司書としてこの暴挙を認めるわけにはゆかない」

 熱意があるのは結構だが、貴重な書物の扱い方がなってないし。
 しかも、そのときである。

「あぁぁぁっ、そこ! 原本に落書きするんじゃない!!
 くらえ、突き飛ばす左手ぇぇぇぇぇっ!」

 俺が魔術を放つと、図書に落書きをしていた不届き者が吹っ飛んで壁にぶつかる。
 その音に、一瞬だけ吟遊詩人ギルドの連中が俺に注目し、動きをとめた。

「おい、てめぇら。
 本に唾を飛ばし、折り目をつけ、挙句には落書きだと!?
 この神聖なる智の殿堂をここまで冒涜するとはいい度胸だ」

「いや、あまりにも感動したのでついその思いを今すぐ記さねばと……」

 下手人がいけしゃあしゃあと言い訳を口にするが、そんなもん理由になるわけねぇだろ!!

「……もう、許さん。
 お前ら、シメる。
 覚悟しやがれ」

 俺は腰の袋からメモを取り出し、その中身を広げる。
 何かあったときのために書き付けておいた、漢詩の手帳だ。

 読み上げるのは、かの詩聖とよばれし杜甫の作品。
 同時代の大酒呑み八人を歌い上げたという、飮中八仙歌の冒頭である。
 思い描くのは、血中に直接アルコールをぶちこむイメージ。
 死人が出かねないので、よいこは絶対に真似しないように。

 知章騎馬似乗船 ……知章が酔ったまま馬にのる様子は、船に乗っているようにフラフラだ。
 眼花落井水底眠 ……目がくらみ、井戸に落ちても水の底でまだ眠る

「ちょっとまってくれ、話を……うっ、うぐおっ!?」

 すると、言い訳をしようとしていた吟遊詩人ギルドの連中が、フラフラと酔っ払ったようにめまいを覚え始める。
 そして抵抗むなしく一人、また一人と床に倒れ付して寝息をたてはじめた。
 周囲にたちこめる猛烈な熟柿の匂いは、俺がピブリオマンシーの集中をとけば綺麗に消え去るので問題は無い。

 さてと、連中のよだれや嘔吐物が本に落ちないうちに貴重な書物を回収するか。
 貴重な本に散々なことをしてくれた件についても、あとで責任をとってもらわなきゃなぁ。

「これ、どうします?」

 ピクリとも動かない吟遊詩人ギルドの連中を見下ろし、護衛の兵士が醒めた口調で俺に尋ねる。
 どうやら、貴重な書物を汚されて彼もおかんむりのようだ。

「別の部屋でおやすみいただきましょう。
 風邪でもひかれては面倒ですので」

「いえ、それですむ問題ではないのですが……」

 俺がそう指示を出すと、護衛の兵士たちが吟遊詩人ギルドの連中の足を引きずって移動させてゆく
 かなりぞんざいな扱いだが、改める気にはまったくなれなかった。
 そして、奴らの監禁場所として選ばれたのは、くしくもポメリィを隔離するために作られた水晶張りの部屋であった。

「まったく……ロクな連中じゃない。
 今後、吟遊詩人ギルドの連中は出入り禁止にしたほうがいいかもしれないな」

 しかしこれ、もう消せないだろうなぁ。
 俺は吟遊詩人ギルドの連中に落書きされてしまった書物を手にため息をつく。

 これが羊皮紙あたりならばどうには洗い流せるかもしれないのだが、この世界にはまったく同じではないものの、紙に相応するものが存在していた。
 植物から作られているであろうそれはインクを吸収してしまう性質があり、洗剤を使った程度では汚れが落ちそうに無い。
 いったいどうしようかと考えていると、写本をしていた受付嬢にその惨状が見つかってしまった。

「いやぁぁぁぁぁ! なんで!?
 よりによってその本のそのシーンに落書きするだなんてぇぇぇぇぇぇぇっ!
 誰です! 誰がやったんです!!」

 落書きされてしまった本とそのページを理解するなり、受付嬢から大きな悲鳴があがる。
 続いて騒ぎを聞きつけてきたほかの同僚たちも、状況を知るなり同じように悲鳴を上げた。
 なかには失神してしまった者すらいる。

 ショックだったんだろうなぁ。
 なにせその本はとりわけ出来が良く、しかも問題のページは濃密なラブシーンだったから。

「吟遊詩人ギルドの脚本家ですね。
 ちょっとお行儀が悪かったから、途中で取り上げてきちゃいました」

 そう答える俺の声もちょっと冷たい。
 大切な本を汚されて、俺も怒っているのだ。

「お行儀が悪いなんて代物じゃないですよ!
 いいですか、これは精霊が直接記した本、しかも大傑作ですよ!?
 少なくとも国宝レベルの価値があって、値段なんかとてもつけられないぐらい価値があるんです!
 それを落書きだなんて……本を書いた精霊が絶対に激怒するわ!
 呪われて大災害が起きたらどうするのよ!
 領主様に直訴してでも縛り首にしてやるぅぅぅぅぅぅっ!!」

 あ、それはまずい。
 ふだんの清楚な立ち振る舞いも忘れて吼えたける受付嬢だが、それもまぁしかたがないだろう。
 だが、ひとつ言わなければならないことがある。

「智の神殿では、お静かに」

 そう、ここは智の神殿。
 感情に任せて事を行うのはふさわしくない。

 え? つい先ほど怒りに任せて泥酔の呪いをかけた奴がいる?
 さて、覚えの無い話ですね。
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