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第一章
第43話 森の巨獣
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「申し訳ありません。
まさかこのようなことになってしまうとは」
魔法陣から現れるなり、フェリシアは頭を下げた。
「いや、いまさら謝ってもらったところで状況はよくならないんだし、頭を上げてくれる?
それよりも、時間が余ってしょうがないから文字を練習する教材がほしいんだ」
この事件の原因にフェリシアの人選ミスがかかわってないとは言い切れないが、少なくとも彼女を責める気はない。
一番悪いのは、本に落書きをした吟遊詩人ギルドの脚本家だ。
「しばらく旅をすることになりそうだから、持ち歩ける程度の大きさでよろしく」
「かしこまりました」
一礼したフェリシアの姿が消え、ほどなくして魔法陣上にノートぐらいの厚みの本が現れる。
ざっとページを確認し、少し物足りないようにも思えたが、持ち運びをすることを考えるとこのぐらいがちょうどいいのかもしれない。
フェリシアは報酬についてはぜんぜん口にしなかったけど、このままだとクレーマーみたいでいやな感じだから、あとでなにか報酬を考えておこう。
「しかし、本を読むにはまだ語学力が足りないかなぁ。
そろそろ童話のようなものでもいいから、物語が読みたい」
文字をまったく知らない子供ならこんな絵本でも楽しいのかもしれないが、中身が大人である俺にとってはそろそろ退屈になってきた。
あと、できればもう少し大人向けの本が読みたい。
児童文学もそれはそれで良いものなのだが、すぐにそれだけでは満足できなくなってくるだろう。
今のように好きな本を好きなように読めない生活は、どうしようもなくストレスがたまる。
「はやいところ冒険を終わらせて、図書館を再建しなくては。
……じゃなきゃ、退屈で死ぬ」
教材を一通り読み終えた頃、外で朝食を作っていたヨハンナから声がかかった。
どうやら食事の準備ができたらしい。
扉を開くと、魚の焼ける匂いとスパイスに近いような草の香りがぶわっと押し寄せる。
匂いから、てっきり串焼きか何かかと思っていたが、無垢材のテーブルの上には木彫りの器があり、魚の香草焼きのようなものが盛り付けられていた。
隣には、木をくりぬいて作ったジョッキまである。
なんか、サバイバルが一気にイージーモードになった感じだな。
そんなことを考えつつも魚料理に手をつけると、外側は皮がカリッと焼きあがり、中はほろほろと崩れるほどやわらかかった。
香草の匂いが魚の香りと交じり合いながら鼻にぬけ、なんとも心地よい。
無意識に二口目を頬張ると、小さなタマネギのような山菜が口の中に転がり込み、シャキシャキとした触感が心地良かった。
あぁ、これはコメの飯がほしいな。
どう考えても和食っぽくはないものの、慣れ親しんだ食の感性がそれを欲しがる。
「トシキ様、お食事中すいません。
馬車が完成しました」
「ぶっ……馬車!?」
突然横から話しかけてきたイオニスに、俺はおもわず口に入った飯をぶちまけそうになった。
見れば、たしかに馬車が出来上がっている。
しかも、表面に渋か何かを塗ったらしく、落ち着いた赤茶色に染められていた。
いや、まぁ、もともとピブリオマンシー自体が自然の法則捻じ曲げまくっているしろものだけど、これはちょっとやりすぎではないだろうか?
「えっと、中を確認するよ」
食事を一度中断し、俺は馬車の扉を引きあける。
広さはおよそ六畳より少し大きいぐらい。
大人が三人ほど入っても余裕があるだろう。
この短時間で作ったとは思えないほどしっかりしたつくりで、俺が中に入り込んでも軋みはしない。
あ……木造だから、床に爪をたてないよう気をつけないとな。
これだけ広さに余裕があれば、食料や日用品だけでなく本を積み込んでも大丈夫だろう。
早く文字を読めるようになって、精霊たちにいっぱい執筆依頼をかけるのだ。
しかし、ウマがないのにどうやって動かすのだろうか?
手持ちの魔術を使うことも考えたが、『突き放す左手』は基本的に直線にしか進めないから、森の中を移動するのは無理である。
そんなことを考えていると、外から何か大きな生き物の息遣いが聞こえてきた。
まさか……熊!?
俺が逃げ場をさがしていると、ふいに巨大な生き物の顔が馬車の窓からにゅっと突き出す。
「……羊?」
それはどう見ても羊の顔である。
瞳孔が横に広がっているし、顎には髭があった。
「い、いい、イオニスさん?
これ……なに?」
馬車から飛び出して改めてこの生き物を観察してみるが、ウマよりもはるかにデカい。
首を持ち上げた高さが二メートルほどあるといえば、その非常識な大きさがわかるだろうか?
ついでに全身の毛がもっこもこである。
まるで、入道雲が歩いているようだ。
「さっき森で遭遇しました。
見た目より頭がよく、簡単な意志の疎通ができそうなので馬車を引いてもらえるようお願いしてみたんです」
「ど、とど、どうやって?
どう見ても意志の疎通なんで出来そうにないし!」
「いえ、できましたよ?
主様の、このオウムの人形のおかげで」
気がつくと、いつも俺の肩に乗っているオウムの人形が、いつのまにかイオニスの肩に止まっている。
こいつ、動物の言葉も通訳できるのか?
なにげにチートアイテムっぽいんですが……。
そんなことを考えていると、急に頭になにか柔らかいものが押し付けられる。
なぞの物体の正体は、巨大羊の唇だった。
って、お前、俺の髪を食べるんじゃない!
幸いなことに俺の髪の毛を食べ始めるようなことはなかったものの、どうもその感触が気に入られてしまったらしい。
「主様の髪の毛、あとで洗ったほうがよろしいようですわね。
はい、この縄をくわえてね。
そうそう、いい感じ」
巨大な羊は、ヨハンナが作った馬銜を咥え、もぐもぐとしている。
おい、それは食っちゃダメだからな。
そしてイオニスが組んできた水で、よだれまみれになった髪を洗ったあと、俺たちはいよいよ森の奥へと出発することにした。
まさかこのようなことになってしまうとは」
魔法陣から現れるなり、フェリシアは頭を下げた。
「いや、いまさら謝ってもらったところで状況はよくならないんだし、頭を上げてくれる?
それよりも、時間が余ってしょうがないから文字を練習する教材がほしいんだ」
この事件の原因にフェリシアの人選ミスがかかわってないとは言い切れないが、少なくとも彼女を責める気はない。
一番悪いのは、本に落書きをした吟遊詩人ギルドの脚本家だ。
「しばらく旅をすることになりそうだから、持ち歩ける程度の大きさでよろしく」
「かしこまりました」
一礼したフェリシアの姿が消え、ほどなくして魔法陣上にノートぐらいの厚みの本が現れる。
ざっとページを確認し、少し物足りないようにも思えたが、持ち運びをすることを考えるとこのぐらいがちょうどいいのかもしれない。
フェリシアは報酬についてはぜんぜん口にしなかったけど、このままだとクレーマーみたいでいやな感じだから、あとでなにか報酬を考えておこう。
「しかし、本を読むにはまだ語学力が足りないかなぁ。
そろそろ童話のようなものでもいいから、物語が読みたい」
文字をまったく知らない子供ならこんな絵本でも楽しいのかもしれないが、中身が大人である俺にとってはそろそろ退屈になってきた。
あと、できればもう少し大人向けの本が読みたい。
児童文学もそれはそれで良いものなのだが、すぐにそれだけでは満足できなくなってくるだろう。
今のように好きな本を好きなように読めない生活は、どうしようもなくストレスがたまる。
「はやいところ冒険を終わらせて、図書館を再建しなくては。
……じゃなきゃ、退屈で死ぬ」
教材を一通り読み終えた頃、外で朝食を作っていたヨハンナから声がかかった。
どうやら食事の準備ができたらしい。
扉を開くと、魚の焼ける匂いとスパイスに近いような草の香りがぶわっと押し寄せる。
匂いから、てっきり串焼きか何かかと思っていたが、無垢材のテーブルの上には木彫りの器があり、魚の香草焼きのようなものが盛り付けられていた。
隣には、木をくりぬいて作ったジョッキまである。
なんか、サバイバルが一気にイージーモードになった感じだな。
そんなことを考えつつも魚料理に手をつけると、外側は皮がカリッと焼きあがり、中はほろほろと崩れるほどやわらかかった。
香草の匂いが魚の香りと交じり合いながら鼻にぬけ、なんとも心地よい。
無意識に二口目を頬張ると、小さなタマネギのような山菜が口の中に転がり込み、シャキシャキとした触感が心地良かった。
あぁ、これはコメの飯がほしいな。
どう考えても和食っぽくはないものの、慣れ親しんだ食の感性がそれを欲しがる。
「トシキ様、お食事中すいません。
馬車が完成しました」
「ぶっ……馬車!?」
突然横から話しかけてきたイオニスに、俺はおもわず口に入った飯をぶちまけそうになった。
見れば、たしかに馬車が出来上がっている。
しかも、表面に渋か何かを塗ったらしく、落ち着いた赤茶色に染められていた。
いや、まぁ、もともとピブリオマンシー自体が自然の法則捻じ曲げまくっているしろものだけど、これはちょっとやりすぎではないだろうか?
「えっと、中を確認するよ」
食事を一度中断し、俺は馬車の扉を引きあける。
広さはおよそ六畳より少し大きいぐらい。
大人が三人ほど入っても余裕があるだろう。
この短時間で作ったとは思えないほどしっかりしたつくりで、俺が中に入り込んでも軋みはしない。
あ……木造だから、床に爪をたてないよう気をつけないとな。
これだけ広さに余裕があれば、食料や日用品だけでなく本を積み込んでも大丈夫だろう。
早く文字を読めるようになって、精霊たちにいっぱい執筆依頼をかけるのだ。
しかし、ウマがないのにどうやって動かすのだろうか?
手持ちの魔術を使うことも考えたが、『突き放す左手』は基本的に直線にしか進めないから、森の中を移動するのは無理である。
そんなことを考えていると、外から何か大きな生き物の息遣いが聞こえてきた。
まさか……熊!?
俺が逃げ場をさがしていると、ふいに巨大な生き物の顔が馬車の窓からにゅっと突き出す。
「……羊?」
それはどう見ても羊の顔である。
瞳孔が横に広がっているし、顎には髭があった。
「い、いい、イオニスさん?
これ……なに?」
馬車から飛び出して改めてこの生き物を観察してみるが、ウマよりもはるかにデカい。
首を持ち上げた高さが二メートルほどあるといえば、その非常識な大きさがわかるだろうか?
ついでに全身の毛がもっこもこである。
まるで、入道雲が歩いているようだ。
「さっき森で遭遇しました。
見た目より頭がよく、簡単な意志の疎通ができそうなので馬車を引いてもらえるようお願いしてみたんです」
「ど、とど、どうやって?
どう見ても意志の疎通なんで出来そうにないし!」
「いえ、できましたよ?
主様の、このオウムの人形のおかげで」
気がつくと、いつも俺の肩に乗っているオウムの人形が、いつのまにかイオニスの肩に止まっている。
こいつ、動物の言葉も通訳できるのか?
なにげにチートアイテムっぽいんですが……。
そんなことを考えていると、急に頭になにか柔らかいものが押し付けられる。
なぞの物体の正体は、巨大羊の唇だった。
って、お前、俺の髪を食べるんじゃない!
幸いなことに俺の髪の毛を食べ始めるようなことはなかったものの、どうもその感触が気に入られてしまったらしい。
「主様の髪の毛、あとで洗ったほうがよろしいようですわね。
はい、この縄をくわえてね。
そうそう、いい感じ」
巨大な羊は、ヨハンナが作った馬銜を咥え、もぐもぐとしている。
おい、それは食っちゃダメだからな。
そしてイオニスが組んできた水で、よだれまみれになった髪を洗ったあと、俺たちはいよいよ森の奥へと出発することにした。
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