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第一章
第71話 火事場の幸い
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「すいませんが、今は火事で焼け出された方々が宿泊しているため、部屋をご用意できないのです」
目の前の中年男は、俺たちから微妙に目をそらしつつ嘘を吐いた。
頬を流れる汗に、彼の心の葛藤が伺える。
「……ここもだと!?
これで七件目だぞ!!」
テーブルをドンと叩いて、ジスベアードが声を荒げた。
だが、それでも引けない理由が宿の店主にもあるのだろう。
しどろもどろになりながらも、彼はさらに嘘を重ねた。
「そう申されても、部屋がないのではどうしようもなく……」
「なら、誰か追い出せ。
ここにいるのは、この町に住んでい大勢の人を救ってくれた方だぞ!
そんな人間に、野宿でもしていろというのか?」
おいおい、なんて無茶振りだよ。
いくらなんでも、それはやりすぎじゃないのか?
「そ、そう申されても、お泊りになってくださるお客様を追い出すだなんて……」
「この嘘つきめ!
今すぐ宿泊者の名簿を見せるがいい!
お前の言うとおり本当に部屋がいっぱいなのか、確認させてもらう!!」
業を煮やしてついに強硬手段に乗り出したジスベアードだが、俺はその肘をつかんで……肘を……お前、背が高すぎるんだよ!
ちっ、しかたがないからケツでも殴るか?
「ジスベアード隊長、トシキ様が何かおっしゃりたいようですよー」
「うぁっ? あぁ、すまない。
気づかなかった」
ポメリィの声に、ジスベアードはようやく振り返る。
「もういいよ、ジスベアード隊長。
泊まることができないとこの方が言うのなら、その言葉を疑うべきではないです。
そんなことをして宿をとったところで、私は心地よく眠る事はできないでしょう。
騒がせてしまって申し訳ありませんでした」
できるだけ穏やかな声でそう告げると、俺は小さく頭を下げた。
残念だけど、このまま宿に泊まるより羊たちと一緒に野宿したほうがはるかに快適なんだよな。
宿を取ることにしたのも、半分はジスベアードの自己満足に付き合ってのものだし。
すると、宿の主人は何か思うところがあったのだろう。
カウンターの向こうからわざわざこちら側に回ってくると、その場で膝をついて頭を下げた。
ほとんど土下座状態である。
「も……申し訳ありません!」
その声には、かすかに嗚咽が混じっていた。
彼からしても、この行いは自分のプライドをドブにすてるようなものだったのだろう。
たぶん、本来はとてもまじめな人間なのだ。
……気に入らない。
こういう人間に、こんな思いをさせるようなクズがどうしようもなく気に入らない。
「ケッ。 この町の治安を守る人間として、ここまで恥ずかしい思いをしたのは初めてのことだよ」
ジスベアードは舌打ちをすると、顔を嫌悪にゆがめながら出口へと向かった。
「確かに恥じるべきことではあるけど、本当に恥じるべき連中はたぶんそう思ってないわね」
シェーナもまた、耳が凍るかと思うほど冷たい声でつぶやく。
そしてジスベアードの後につづいた。
「えー、誰ですかそんなひどいことするのは。
トシキさんをいじめる方々は、神の名において粉砕しないと」
ポメリィは愛用のモーニングススターをジャラリと鳴らし、愛らしい声で物騒なことをつぶやく。
……うわぁ、目が笑ってない。
「後で教えてあげるから、しばらく黙っててね、ポメリィさん」
もしも彼女に黒幕の名を教えたら、この町が地図から消えてしまいそうな気がする。
しかも、彼女にそれを成し遂げかねない実力があるのは、先刻確認できたばかりだ。
さすがは破壊王と呼ばれた人間が作り上げた最終兵器というべきか。
微妙にうすら寒い事を考えつつ宿の外に出ると、シェーナがあきれた声でつぶやいた。
「さて、たぶんこの町の宿屋は全滅ね。
次は短期で借りることのできる借家でも当たるべきかしら?」
「たぶん、そっちも手を回している気はするけどな」
皮肉交じりにつぶやくジスベアード。
たぶん、その予想は間違ってない。
だが、そのとき俺はふと思いついた。
「いや、当たるべきは借家だけじゃないかもしれない」
「どういうことだ?」
いぶかしげな顔で問い返す彼に、俺はこんな質問を返した。
「ジスベアード隊長。
この町の領主と、森の神の神殿って仲はいいの?」
「悪いな。 ただ、お互いに直接手を出すと風聞が悪い。
しかも今は余力のある状況じゃないから、警戒しあっているかんじかな」
おそらく、完全に敵に回す事はできないが、信用できるような存在ではない。
どちらの認識もそんな感じだろう。
予想通りといったところか。
そのような関係性であるならば、森の神の神殿は領主の管轄にまで強く口出しはできないはずだ。
そこまで考えた上で、俺はジスベアードにこんな言葉を投げかけた。
「じゃあさ、昨日の火事で所有者のわからなくなった土地ってあるよね?
それ、どうにか融通できないかな?」
その瞬間、ジスベアードはポンと手を打った。
「おお、そうか。
その手があったな!!」
火事で亡くなった方にとっては申し訳ないが、我々にとっては実に都合のいい話である。
そもそも、日本育ちのオレにとってはあまりなじみのない間隔ではあるが、この町の全ての建物は国王のものなのだ。
つまり、この町の全ての人間は、国王から土地を借りて住んでいるだけに過ぎない。
そして、その土地を誰がどう使うかについては、その町の領主が決めることなのだ。
それこそ、森の神の神殿の土地と建物を丸ごと俺たちに譲渡するということも、理屈上は可能なのである。
もっとも、物事には道理というものがあり、いかな領主でも土地の使用を右から左へと好き勝手に采配するのは問題が出るはずだ。
だが、使用者がいなくなってしまい、空き物権となってしまったものならばどうだろうか?
「……というわけで、領主に許可をもらってくれないかな、ジスベアード隊長」
俺がにっこりと微笑む隣で、シェーナがため息を吐いた。
「あんた、そんな悪巧みができる奴なのね。
ほんと可愛いのは見た目だけだわ」
目の前の中年男は、俺たちから微妙に目をそらしつつ嘘を吐いた。
頬を流れる汗に、彼の心の葛藤が伺える。
「……ここもだと!?
これで七件目だぞ!!」
テーブルをドンと叩いて、ジスベアードが声を荒げた。
だが、それでも引けない理由が宿の店主にもあるのだろう。
しどろもどろになりながらも、彼はさらに嘘を重ねた。
「そう申されても、部屋がないのではどうしようもなく……」
「なら、誰か追い出せ。
ここにいるのは、この町に住んでい大勢の人を救ってくれた方だぞ!
そんな人間に、野宿でもしていろというのか?」
おいおい、なんて無茶振りだよ。
いくらなんでも、それはやりすぎじゃないのか?
「そ、そう申されても、お泊りになってくださるお客様を追い出すだなんて……」
「この嘘つきめ!
今すぐ宿泊者の名簿を見せるがいい!
お前の言うとおり本当に部屋がいっぱいなのか、確認させてもらう!!」
業を煮やしてついに強硬手段に乗り出したジスベアードだが、俺はその肘をつかんで……肘を……お前、背が高すぎるんだよ!
ちっ、しかたがないからケツでも殴るか?
「ジスベアード隊長、トシキ様が何かおっしゃりたいようですよー」
「うぁっ? あぁ、すまない。
気づかなかった」
ポメリィの声に、ジスベアードはようやく振り返る。
「もういいよ、ジスベアード隊長。
泊まることができないとこの方が言うのなら、その言葉を疑うべきではないです。
そんなことをして宿をとったところで、私は心地よく眠る事はできないでしょう。
騒がせてしまって申し訳ありませんでした」
できるだけ穏やかな声でそう告げると、俺は小さく頭を下げた。
残念だけど、このまま宿に泊まるより羊たちと一緒に野宿したほうがはるかに快適なんだよな。
宿を取ることにしたのも、半分はジスベアードの自己満足に付き合ってのものだし。
すると、宿の主人は何か思うところがあったのだろう。
カウンターの向こうからわざわざこちら側に回ってくると、その場で膝をついて頭を下げた。
ほとんど土下座状態である。
「も……申し訳ありません!」
その声には、かすかに嗚咽が混じっていた。
彼からしても、この行いは自分のプライドをドブにすてるようなものだったのだろう。
たぶん、本来はとてもまじめな人間なのだ。
……気に入らない。
こういう人間に、こんな思いをさせるようなクズがどうしようもなく気に入らない。
「ケッ。 この町の治安を守る人間として、ここまで恥ずかしい思いをしたのは初めてのことだよ」
ジスベアードは舌打ちをすると、顔を嫌悪にゆがめながら出口へと向かった。
「確かに恥じるべきことではあるけど、本当に恥じるべき連中はたぶんそう思ってないわね」
シェーナもまた、耳が凍るかと思うほど冷たい声でつぶやく。
そしてジスベアードの後につづいた。
「えー、誰ですかそんなひどいことするのは。
トシキさんをいじめる方々は、神の名において粉砕しないと」
ポメリィは愛用のモーニングススターをジャラリと鳴らし、愛らしい声で物騒なことをつぶやく。
……うわぁ、目が笑ってない。
「後で教えてあげるから、しばらく黙っててね、ポメリィさん」
もしも彼女に黒幕の名を教えたら、この町が地図から消えてしまいそうな気がする。
しかも、彼女にそれを成し遂げかねない実力があるのは、先刻確認できたばかりだ。
さすがは破壊王と呼ばれた人間が作り上げた最終兵器というべきか。
微妙にうすら寒い事を考えつつ宿の外に出ると、シェーナがあきれた声でつぶやいた。
「さて、たぶんこの町の宿屋は全滅ね。
次は短期で借りることのできる借家でも当たるべきかしら?」
「たぶん、そっちも手を回している気はするけどな」
皮肉交じりにつぶやくジスベアード。
たぶん、その予想は間違ってない。
だが、そのとき俺はふと思いついた。
「いや、当たるべきは借家だけじゃないかもしれない」
「どういうことだ?」
いぶかしげな顔で問い返す彼に、俺はこんな質問を返した。
「ジスベアード隊長。
この町の領主と、森の神の神殿って仲はいいの?」
「悪いな。 ただ、お互いに直接手を出すと風聞が悪い。
しかも今は余力のある状況じゃないから、警戒しあっているかんじかな」
おそらく、完全に敵に回す事はできないが、信用できるような存在ではない。
どちらの認識もそんな感じだろう。
予想通りといったところか。
そのような関係性であるならば、森の神の神殿は領主の管轄にまで強く口出しはできないはずだ。
そこまで考えた上で、俺はジスベアードにこんな言葉を投げかけた。
「じゃあさ、昨日の火事で所有者のわからなくなった土地ってあるよね?
それ、どうにか融通できないかな?」
その瞬間、ジスベアードはポンと手を打った。
「おお、そうか。
その手があったな!!」
火事で亡くなった方にとっては申し訳ないが、我々にとっては実に都合のいい話である。
そもそも、日本育ちのオレにとってはあまりなじみのない間隔ではあるが、この町の全ての建物は国王のものなのだ。
つまり、この町の全ての人間は、国王から土地を借りて住んでいるだけに過ぎない。
そして、その土地を誰がどう使うかについては、その町の領主が決めることなのだ。
それこそ、森の神の神殿の土地と建物を丸ごと俺たちに譲渡するということも、理屈上は可能なのである。
もっとも、物事には道理というものがあり、いかな領主でも土地の使用を右から左へと好き勝手に采配するのは問題が出るはずだ。
だが、使用者がいなくなってしまい、空き物権となってしまったものならばどうだろうか?
「……というわけで、領主に許可をもらってくれないかな、ジスベアード隊長」
俺がにっこりと微笑む隣で、シェーナがため息を吐いた。
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