異世界司書は楽じゃない

卯堂 成隆

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第一章

第73話 移動拠点

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 ジスベアードが帰った後のこと。
 俺はしばらくこの町の周辺に滞在するための準備をすることにした。

「……とまぁ、そんなわけでシェーナ。
 本に戻ってくれる?」

「なんでよ!
 まだこっちの世界で実体化してから一週間もたってないし、おいしいものも食べ歩きしてないし、ショッピングだって楽しんでないわ!」

 この女……守護者の意味わかってないだろ。
 お友達じゃねぇんだぞ。
 まぁ、がんばってくれたらちょっとぐらいそういうの付き合ってもいいかなーと思っていたけど、やめだ、やめ。

「生活に必要なものをいろいろと作りたいんだけど、そっち方面は苦手だろ?」

 なお、シェーナに日曜大工や料理といった才能がないのはすでに確認済みである。
 料理に関してはスープなどに関してのみ、薬物調合の延長のような形でうまく作れるようだが、得意かといわれると黙ってそっぽを向くのでお察しだ。

「うっ……しかたがないわね。
 三十分モフらせてくれたら考えてもいいわ」

「セクハラ、反対」

 俺は彼女の返答を無視すると、問答無用で彼女を実退化させている魔力を抜く。
 すると、彼女は白い霧となってその場から消えうせた。

「と、トシキさん……今のは?」

 急に消えてしまったシェーナに、ポメリィが戸惑いの声をあげる。
 そういえば、ぜんぜん説明してなかったな。

「あぁ、あれは智の神から授かった守護者ってやつですよ。
 私の魔力で実体化させているので、その魔力を抜けばごらんの通り消えてしまいます」

「なんか……すごいですねぇ」

 いや、君の戦闘力も同じぐらいとんでもないとおもうよ。
 その細い腕のどこに、鉄球をあんなスピードで振り回す力があるのか、見ていてもまったく理解できないから。

「さて、では別の守護者を呼び出しますので、驚かないでください。
 ……智の神の叡智と威光において、智の眷属たる書物に命ず。
 我が呼びかけに応え、我に仕えるべし。
 汝が智は力となりて、共に栄光の道を歩まん
 来たれ、アドルフ・ローマン」

 俺が祝詞を詠唱すると、体の中の魔力がいっきにもってゆかれた。
 余談だが、現在知っている精霊の中で、呼び出すのに一番力が必要なのがこのお兄さんである。
 
「ふぅ……やーっと呼んでくれたか。
 ちょいと退屈だったぜ」

 目の前の地面が盛り上がり、目つきの悪い男が姿を現す。
 その瞬間、巨大羊がのそりと体を起こした。
 そしてアドルフとにらみ合いを始めてしまう。

 感覚としては、巨大羊がアドルフを警戒しているといったところか。
 この何を考えているかわからない羊がここまで強い反応を示すのは、俺の髪の毛とアドルフに対してのみである。

「アドルフ。 にらみ合ってないで、この間埋めておいた荷物を掘り起こしておいてくれる?
 しばらく町の入り口近くで野宿しなきゃならなそうなんだ」

「おぉ、そうか。
 そいつは災難だったなぁ。
 ……で、お前がなんで野宿になんかしなきゃならないのかな?
 ちょっとお兄さんとお話しようか」

「やめてよ、アドルフ。
 その笑顔、むちくちゃ怖いから」

 なお、気がつくとポメリィはガタガタとモーニングスターを握り締めて震えていた。
 ただ、アドルフが怖いのか、巨大羊が怖いのかは定かではない。
 たぶん両方だとは思うけどな。

「あぁ、そうそう、アドルフ。
 なんというかさ、この先どんどん人の住む場所が少なくなってくると思うし、野宿しなきゃならないことも多いと思うんだ。
 馬車の中には荷物も積まなきゃならないだろうし、移動可能な拠点って作れないかな?」

 なお、俺の頭の中のイメージは、モンゴルの遊牧民が使うテントのような代物だ。
 ただ、それをアドルフに説明するのも難しい気がするし、なによりも動物の毛を使った建築物は彼の専門から離れてしまう。
 むしろそれはイオニスとヨハンナの専門だ。

 なので、俺は用途だけを相手に伝え、残りをお任せすることにしたのである。

「ふむ、面白そうだな。
 よし、俺に任せろ」

 アドルフは自分の胸を拳で叩き、楽しそうな顔で快諾してくれた。
 さて、どんなものができるかは、出来上がってからのお楽しみということにしよう。

 結局、その日はアドルフが出かけたまま帰ってこなかったのでヨハンナを呼ぶことができず、ジスベアードがそろえてくれたドライソーセージのようなものを水で戻し、ポメリィが探してきたセロリのような葉っぱを刻んでスープを作ることにした。
 やや塩気と癖が強いものの、これがなかなかにうまい。

 固焼きのパンをスープにつけこんで食べると、あっという間におなかがふくれた。
 あとは、アドルフが掘り起こしてくれた馬車の中で毛布に包まって就寝である。
 羊たちが甘えた声で一緒に寝ようと誘ってくるが、お前らは俺の髪の毛をヨダレでベチャベチャにするからダーメ。

 そして翌日。

「と、とと、トシキ! 起きてくれ!
 外が大変なことになってる!!」

 俺はジスベアードの切羽詰った声で目を覚ました。

「朝からいったい何ですか……」

「いいから、あれを見てくれ!」

 まだショボつく目をこすり、俺は馬車のドアを開けて外の景色を……あれ? そういえば、朝からずいぶんと暗いな。

 その違和感の正体は、ドアを開けた瞬間に判明した。

「なんだ……これ?」

 気がつくと、周囲の森が綺麗さっぱりなくなっていたのである。
 かわりにそこにあったのは、いや言い方を変えよう。
 はるか彼方にかすんで見えるのは……少なくとも町ひとつぐらいはすっぽり入るんじゃないかと思うような、巨大な船だった。

 うん、これは……アレだな。
 ヤツの仕業だ。

 俺は大きく息を吸って、この異変を生み出した犯人の名を呼んだ。

「アドルフゥゥゥゥゥゥゥ!!」
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