異世界司書は楽じゃない

卯堂 成隆

文字の大きさ
96 / 121
第一章

第95話 浮遊図書館移動中

しおりを挟む
 お姫様救出作戦が始まったのは、翌日のことであった。

「はぁい、トシキ。
 こちら地上のヴィヴィちゃんよ。
 ちゃんと聞こえている?」

 ヴィヴィからの通信音には、大きな雨の音が混じっている。
 浮遊図書館の姿を隠すために雨雲を呼んでいるせいだが、下界は俺が想像していたより天気が悪いらしい。

「こちら、浮遊図書館のトシキ。
 雨の音が少しうるさいけど、ヴィヴィの声自体はクリアに聞こえているよ」

 俺が通信を返すと、後ろから雨具もを呼んでいるレクスシェーナの不機嫌な声がした。

「雨の音がうるさくて悪かったわね。
 少し弱くする?」

「いや、そのままで。
 下から船の影が見えると不味いしな。
 シェーナの作ってくれた雨雲には感謝しているから、そう拗ねるなよ」

 少しだけ振り返ってそう返事を返すと、彼女は急にプイッと横を向いた。

「べっ、別に拗ねてなんかないから!」

「シェーナってば、素直じゃないから。
 うふふふふ」

 ヴィヴィが地上からそんな通信を入れると、レクスシェーナはいきなり俺を押しのけ、身を乗り出すようにして通信用のマイクにかじりつく。

「ヴィヴィ!
 あとで覚えてらっしゃい!!」

「それよりも、モニターの調子確認してよ。
 あたしの可愛い顔、ちゃんと見える?」

 そういわれてスイッチを入れると、猫耳のついたの雨合羽をかぶったヴィヴィが、羊の上で手を振っていた。
 なお、これは前にヴィヴィに渡された鏡と同じ技術を使っているらしい。
 ドローンはまだ完成していなかったが、これなら最初からドローンなんか必要ないんじゃないだろうか?

「……なんだよ、その雨合羽。
 目立ちすぎだろ」

「かわいいでしょ?」

 文句をつけたつもりだったのだが、ヴィヴィは悪びれるどころか羊のうえに立ち、その衣装を見せびらかすようにくるりと回る。
 靴でグリッとやられたのが痛かったのか、羊がメェーと恨みがましい声で鳴いた。

「今は誰も見てないからいいけど、町の中でそれは完全に浮くぞ。
 それから手を振るな。
 お前、隠密の意味ちゃんと分かってるのか!?」

「誰も見てないんだからいいじゃない」

 そのあっけらかんとした様子に、俺は思わず額に手を当てた。
 おそらく、さっきまでヴィヴィと一緒に地上に降りていたジスベアードも苦労したことだろう。

 なお、奴がヴィヴィと一緒に地上に降りたのは、クジで選ばれたからではない。
 この雨のせいで地上がまったく見えず、街の位置が分からなかったからだ。

 なので、土地勘のあるジスベアードと一緒にヴィヴィ(+ヒツジ)を先に送り出し、この激しい雨の中……街までの進路を誘導してもらったのである。
 まぁ、いくら空を飛ぶ船を作ることができても、GPS機能がなければこんなものだよな。

 そして、先ほどずぶ濡れ状態で帰ってきたジスベアードは、ブツブツ文句を言いながらシャワーを浴びに行ったばかりである。
 おっと、うわさをすればジスベアードが作戦室に戻ってきたようだ。
 ずいぶんと早風呂……って、お前、その格好!!

「おー、ヴィヴィちゃんじゃねぇか。
 ちゃんと映るんだなぁ」

「ジスベアード!
 ここには女性がいるんだぞ!パンツ一枚でうろつくな!!」

 だいたい、それはレクスシェーナかポメリィさんの役目だろ!!
 シックスパックのマッチョの裸とか、興味ないわっ!!

「お、悪い悪い。
 普段男しかいない宿舎で生活しているもんだからよ……ぶはっ、冷てぇ!?」

 頭をかくジスベアードの顔に、冷たい水が降り注ぐ。

「一度だけは許してあげる。
 もう一度シャワーを浴びて、今度はちゃんと服を着て出直してらっしゃい」

 声の主は、絶対零度の表情を浮かべたレクスシェーナであった。

「……へぃ」

 当然、逆らえるはずも無く、ジスベアードはションボリしたままとぼとぼと通路に戻っていった。

「シェーナもやりすぎ。
 奴が風邪でも引いたらどうするんだ?
 あいつには、今から大仕事が待っているんだからな」

 今回の作戦に奴の存在は必須である。
 なにせ、救出対象であるお姫様と面識があるのはジスベアード一人だけなのだから。

 考えてみればすぐにわかるだろうが、面識の無い俺たちが救出に押しかけても、たぶんお姫様は警戒する。
 最悪、何かの陰謀に巻き込まれることを恐れて救出を拒まれてもおかしくないのだ。
 それゆえ、救出に向かう面子からジスベアードをはずす事はできない。

「なによぉ、セクハラ男の味方する気?」

「俺を失望させるなよ、シェーナ。
 相手に非があるからと言って、何でもしていいわけないだろ。
 そんな子供じみた理屈、俺が言わなきゃ分からないのか?」
 
「……なによぉ、トシキの癖に説教?」

「やーい、シェーナったら怒られてやんのー」

「ヴィヴィはその雨合羽を目立たないものに変えてから街に入ってくれ。
 それから、警備の連中に警戒されない範囲で領主の館に接近。
 適当なところに現在地の信号を放つボールを投げ入れたら、その時点で連絡してほしい」

「えー、この雨合羽、気にいっているのに!」

 ヴィヴィは不満を口にするが、ここで奴のわがままを許すわけには行かない。
 つーか、遊びじゃねぇんだぞ。
 たとえ、ヴィヴィにとっては遊びと変わらないようなことだとしてもな。

 だから、俺はボソリと呟くように彼女へと告げる。

「みんなの足を引っ張って楽しいか?
 俺は楽しくないし、みんなも楽しくないぞ。
 次からお前と遊ぶのは無しだ。
 ハブにしてやる」

「ちぇー」

 最近気付いたのだが、ヴィヴィとアドルフはどちらも孤独という感情を非常に嫌う。
 フェリシアは感情を表に出さないのでよく分からないが、どうやら地の精霊はそういうものらしい。

「あ、シェーナはポメリィさんとフローラの様子を見てきてくれるか?
 あの二人もほっとくと何しでかすかわからないから」

 なお、ドランケンフローラはポメリィさんを特訓中である。
 だってあの人、動くたびにガチャガチャ音を立てるからこのままではつれてゆけないし。
 なので、暇そうにしているドランケンフローラに監修をお願いしたのだ。

 ……もっとも、ドランケンフローラ自体も隠密行動に関してはまったく知識が無いそうだが。
 まぁ、他に適任者がいるわけでもないし、無駄に色々と知識は蓄えているっぽいから、なんとかしてくれるだろ。

「そうね。
 じゃあ、ヴィヴィの見張りはトシキにお願いね」

 そう言ってレクスシェーナも部屋を出てゆく。
 ふむ、久しぶりに一人になった気がするな。

「……さぁて、俺も作戦開始の時間が来るまで何か有意義なことしておかないとな」

 俺は大きく伸びをすると、読みかけの魔導書を広げるのであった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

「俺が勇者一行に?嫌です」

東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。 物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。 は?無理

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...