異世界司書は楽じゃない

卯堂 成隆

文字の大きさ
99 / 121
第一章

第98話 その頃の人間組

しおりを挟む
 その頃。
 ジスベアードたちは、人の気配が消えた街の大通りでチンピラたちと喧嘩をしていた。
 ただし、実情はジスベアードがほぼ一方的に殴っているだけである。

 五人いたチンピラはすでに四人が地面の上でだらしなく伸びており、最後の一人ももはや倒れる寸前で、見れば足元がガクガクと震えていた。
 顔はボコボコ。 鼻からは血が流れており、これで逃げ出さないのは褒めてもいいぐらいだろう。

 なお、ポメリィさんは見ているだけである。
 そして、彼女のほかに観客はいない。

 聡明な人であれば、ここでおかしなことに気付くであろう。
 いくら深夜とはいえ、大通りでこれだけ物音を立てれば近くの住人も目を覚まさないはずも無く、とうぜん自警団がすっ飛んでくるはずだ。

「なぁ、まだやるか?」

 ジスベアードが切れた唇から滴る地を拳でぬぐいながら尋ねると、その男は痣だらけになった顔で周囲を見渡した。
 ……おそらく、味方は全員が戦闘不能。
 うめき声を上げているところを見ると意識はあるようだが、起き上がるのがやっとだろう。

 これ以上やれば、勝ち目が無いどころか逃げることすらできなくなるに違いない。
 最後に残った男は、現状を冷静に判断すると、そろりそろりと仲間にかけよってその体を抱き上げた。

「……逃げるぞ。 歩けるか」

「すまん。 しくじった」

 そんな会話をしながら、チンピラたちはよろよろと起き上がって、ジスベアードをにらみつけたまま後ずさる。

「ちくしょう、覚えていろよ!」

 そして、とってつけたような捨て台詞を吐くと、互いに肩を貸しながら逃げていった。
 やがてチンピラたちが見えなくなった頃。
 ジスベアードはようやく構えを解いてため息をついた。

「覚えているも何も、最初から顔見知りだっつーの」

「え? 知ってる人なんですか?」

「あいつら、私服だからチンピラみたいに見えたでしょうけど、本職はこの街の自警団っすよ。
 前に武闘会で対戦したことありますからね。
 まぁ、その時も俺の圧勝でしたけど」

「まぁ、なぜ自警団の方がジスベアードさんに殴りかかってきたんですか?」

「あの……俺たちが何しにこの街に来たか忘れてませんか?
 いまの状況で俺がこの街にきたら、どう考えてもお姫様の奪還でしょ。
 そりゃ、非番や仕事帰りでも襲い掛かってきますって」

 むしろ、その状況でお互いに武器を抜かないだけ遠慮があったともいえよう。

「じゃあ、逃がしたらまずかったのでは?
 仲間をつれてきちゃいますよ?」

「いやぁ、それならとっくに来てますって。
 あいつらは最初からただの時間稼ぎですよ。
 まぁ、この様子からするとやってくるのは自警団じゃないと思いますけどね」

 そのときである。
 街の中の明かりが一斉に消えたのは。
 星の明かりすらない暗闇の中、ジスベアードは思わず舌打ちをする。

「トシキのやつ、しくじりやがったな」

 こんな派手な真似をする輩、精霊以外に心当たりは無い。
 いや、森の町にいた魔術師の老人ならば可能かも知れないが、彼がこちらに来ているという話をジスベアードは聞いていなかった。

「むしろ、あの精霊さんたちを止めるのが最初から無理という奴ですよぉ」

 ぜんぜん困った風には聞こえない声で、ポメリィさんはなぜか誇らしげに答える。

「ところで気付いているんですか、ポメリィさん?」

「何をですかぁ?」

「囲まれているんですよ。
 たぶん、この街の影をつかさどる連中に……」

 ジスベアードの台詞が終わるのを待たず、闇を切り裂いて何かが飛んでくる。
 すると、ポメリィさんはモーニングスターの柄の部分で飛んできた何かを叩き落した。

「そう見たいですね」

「この真っ暗な中で、飛んできた刃物を打ち落としますか。
 いやぁ、惚れ惚れしますねぇ」

 ニヤついた顔が見えるような声でジスベアードが褒めると、ポメリィさんもまた顔が真っ赤になっていそうな声をあげる。

「こ、こんな時におかしなこと言わないでください!
 向こうがこれ以上仕掛けてくるよりさきに、こちらから仕掛けて主導権をとります!」

 やや低い声でそういいながら、彼女はモーニングスターの先端をゴトッと地面に落とした。
 そして、鎖のこすれる音がチャラチャラと闇の中に響きはじめる。
 ――なんて不吉な音だ。
 その音はまるで蛇の一種が奏でる威嚇の音のようで、間近で聞くジスベアードの背中をつめたい汗が伝って落ちた。

「祖父は言いました。
 戦いは先手必勝。
 何かされる前に全部ぶっ殺せ」

 その瞬間、金属がこすれる耳が痛くなるような甲高い音を立てて、何かが飛ぶ。
 あまりの音に、ジスベアードは反射的に耳を押さえようとしたが……。

「おわっ!?」
 ズズンと激しい衝撃が何度も襲い掛かり、まるで地震のように足元が揺れてジスベアードは思わずたたらを踏んだ。
 続けて土砂崩れでもおきたかと思うような振動と破壊の音、そして複数の悲鳴がが響き渡たる。

「あの、ポメリィさん?
 トシキからできるだけ穏便にといわれませんでしたか?」

「はい、たぶん一軒か二軒ぐらいしかつぶしてないとおもいます!」

「……さようですか」

 その誇らしげな返事に、彼はこれ以上彼女を戦わせてはいけないことを理解した。

「では、残りの奴らは俺が始末しますので、ポメリィさんは安全なところへ」

「いえ、ジスベアードさんにはお姫様との面通しという大事な役目があるじゃないですか!
 だから、私が貴方を守ります!」

「あ、あははは、アリガトウゴザイマス」

 ダメだ、この子、何もわかっちゃいない!
 ジスベアードは、この作戦がものすごい勢いで崩壊していることを感じ取っていた。

「さぁ、行きますよ! 覚悟しなさい!!」

 先ほどの惨状を知り、距離をとっていては不味いと思ったのだろう。
 足音も無く何かの気配が近づいてくる。
 この闇の中でもやすやすと動くところを見ると、おそらくは風かなにかを源とする暗視の魔術でも使っているに違いない。
 それを察して、ジスベアードは手持ちの魔導書を指でなぞりつつ、心の中で魔術の詠唱を始めた。

「火のうから、陽光の精霊フラターニティに願いあげる。
 夜を払いし真昼の光、輝かしき汝が姿、刹那の邂逅を我は求む」

 こうしている間にも、ナイフのような何かが風を切っていくつも飛んでくる。
 だが、ポメリィさんはまるでそれが見えているかのように空中で叩き落とした。
 まったくもって物語の英雄じみた姿だ。

 そして気配が十分に近づいた頃を見計らい、ジスベアードはポメリィの後ろから魔術を発動させる。

「くらいやがれ――真昼の急訪」

 シュボッ……と、ライターでもつけたかのような音と共に光の塊が生まれ、周囲がしばし真昼の明るさを取り戻した。
 戦場では照明弾のかわりにも使われる魔術である。
 魔術の光に照らされて、近づいていた暗殺者……おそらくコウモリの獣人たちは目を灼かれて一瞬ひるんだ。

「助かります!」

 それは、ほんの数秒ほどの時間。
 だが、ポメリィさんには十分すぎる時間であった。

 消えてゆく魔術の残照の中を、分裂して見えるほどの速さで鉄球が飛んだ。
 この次に何が起きるかを悟り、俺は黙ってモニターを切り替える。

「あぁっ、なんだよトシキ。
 いいところだったのに」

 文句を呟くアドルフに、俺は少し血の気の引いた顔で答えた。

「スプラッタは苦手なんだよ」
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱
ファンタジー
おっとりヲタク男子二十五歳成人。チート能力なし? まったく知らない世界に転生したようです。 何のヒントもないこの世界で、破滅フラグや地雷を踏まずに生き残れるか?! 頼れるのは己のみ、みたいです……? ※BLですがBがLな話は出て来ません。全年齢です。 私自身は全年齢の主人公ハーレムものBLだと思って書いてるけど、全く健全なファンタジー小説だとも言い張れるように書いております。つまり健全なお嬢さんの癖を歪めて火のないところへ煙を感じてほしい。 111話までは毎日更新。 それ以降は毎週金曜日20時に更新します。 カクヨムの方が文字数が多く、更新も先です。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...