異世界司書は楽じゃない

卯堂 成隆

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第一章

第103話 復讐者は、忘れた頃にやってくる

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 ハッチの向こうから聞こえてきたのは、紛れもなくアドルフの声だった。

 ここまできて捕まるとか、嫌な意味でタイミングよすぎだろ!!
 くそっ、あと少しだったのに!

「離せアドルフ!!」

 足をバタつかせて抵抗を試みるが、奴の指は揺るぎもしなかった。
 そもそも、上級精霊が絶対に逆らわないような化け物を相手に力でどうこうできるはずもない。

「ずいぶんと妙なことを仕掛けてくれたようだが、何をするつもりだ?
 まさか、お前が自らが人間のメスを助けに行くなんていわないだろうな」

 やはり感づかれていたか。
 知っているのにわざわざ聞きなおすとか、こいつも性格が悪い。

「もしもそうだと言ったら?」

 自棄の混じった俺の言葉に反応し、アドルフの指に力が入る。

「――痛ぇ!? お、おまっ、やめろ!
 足が折れる!!
 ミシって言った、今足がミシって!!」

 俺が悲鳴をあげると、力を入れすぎたことに気付いたアドルフが思わず指を緩める。
 ――しめた!

「……甘い」
「うぎゃぁ!?」

 すかさず足を抜こうとしたが、すぐさまつかみなおされ、ものすごい力で中に引っ張られた。

「ちょっと、ダメ! 引っ張るなって、ふぎゃぁっ!?」

 体がハッチに引っかかり、角になった部分が股のあたりに当たる。
 大事なところにダメージはなかったが、太ももの付け根がものすごく痛い。

「うごぉぉぉぉぉぉ……危うく男として死ぬところだった」

「ふん。
 まったく、油断も隙も無い。
 ……このタイミングで外出とか、許すわけねーだろ。
 とっとと戻ってこい」

「や、やなこった。 お前こそ諦めろ。
 いくら引っ張っても、その隙間の大きさじゃ俺は引きずり込めないぞ!
 いたたたたたたた! 引っ張るな!
 体がちぎれる!!」

 なにせ、俺が自分で通った時もギリギリだった狭さである。
 アドルフが無理やり引っ張っても通るはずが無い。

 ならばハッチを開けばいいのだが、開閉のハンドルまでは少し距離がある。
 俺の足を離さないと、アドルフの手はそこに届かないのだ。

「トシキ。 戻って来い。
 これは命令だ」

「ふざけるなアドルフ!
 お前になんで命令されなきゃいけないんだよ!!」

 アドルフのえらそうな台詞に、思わず反射的に怒鳴り返す。
 すると、アドルフはしばし沈黙した後、今度は優しい声でささやいてきた。

「言葉が悪かったのは謝る。
 だが、お前に何かあってほしくないんだ。
 なぁ、トシキ。 いい子だから戻ってきてくれよ」

「そ、そんな声だしたってだまされないぞ!
 だいたい、あのどうにもならない状況、あいつらだけじゃいつまでたっても終わらないし!
 俺が行かなきゃダメなんだよ!」

「トシキ、少しはあいつらのことも信用してやったらどうだ?
 子供じゃないんだから、いつもお前が面倒を見てやる必要はないんだ。
 お前が手を出したら、あいつらの面子はどうなる?」

 ちっ、こんどはそう来たか。
 もっともらしいことを言っているが、相手は俺よりはるかに長い時間を生きている存在である。
 正論を言っているように見せかけて自分の意見を押し付けるなんて朝飯前だ。

「あいつらの面子なんて、それこそどうでもいいんだよ。
 大事なのは結果だ。
 そもそも、お前が他人の面子に気を使うなんて、らしくないにもほどがある。
 いいかげんケツがかゆくなってきたぞ」

 そう答えると、ハッチの隙間から覗くアドルフの顔がムッとした表情になる。

「……俺だって少しは気を使うぞ」

「だったら、俺の心情を察して手を離してくれよ」

「……嫌だ」

 こちらの善意や良心に訴えても無駄だと悟ったのか、アドルフはようやく本性をむき出しにした。

「お前がわざわざリスクをおかしてまで解決する必要は無い。
 所詮は人間共の問題だ。
 なぜお前がそこまで解決にこだわるのか、理解できん」

「俺が解決したいと思ったからだよ。
 文句あるか!」

 腹筋を使って体を起こすと、俺は狭いハッチの隙間に顔を近づけ、アドルフをにらみつける。
 ……なんだよ、その必死な面は。
 泣いたって譲らないからな。

 すると、アドルフは大きく息を吐いてこう告げた。

「わかった。
 説得は無理なようだな」

「じゃあ……」

「力づくで押しとおる!」

 その瞬間、ハッチがベキベキと音を立ててきしんだ。
 さらには根元に亀裂が入り始める。

「うそぉ!?」

 ぎゃあぁぁぁ、なんて馬鹿力!
 非常識だろ!

 あっけなくハッチを引きちぎると、アドルフはそれを忌々しげに地上へと投げ捨てた。
 そして俺の足を引き寄せ、逆さ吊りにする。

「暴力反対。
 話し合いでの解決を求める」

「よぉ、トシキ。
 可愛いおヘソが丸出しになってるぞ」

「は、離せぇぇぇぇぇ!
 痴漢! ド変態! ショタコン精霊!」

「おとなしく負けを認めろ。
 わめくとみっともないぞ?」

 言われるまでもなく、俺の完全敗北である。
 どれだけ暴れても、アドルフの腕は揺るがない。
 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!

 だが、その時である。

「……あ」

「どうした?」

 俺は、アドルフの後ろに陰気な笑顔を浮かべた大男の姿を見た。
 そしてその大男は、アドルフが決してはずさないバンダナに手を伸ばしたのである。

 なぜかは知らないが、アドルフは絶対にバンダナをはずさない。
 そして無理にはずそうとすると、ものすごい勢いで怒るのだ。
 ひそかに、俺は『アドルフ実はハゲ説』を妄想しているのだが、事実はまだ闇の中だ。

「おわっ! 誰だ!?」

 誰かが後ろからバンダナをつかんだことに気付き、思わずアドルフは振り返る。
 そして大事なバンダナ守るために俺の足を離した。

「し、しまったぁぁぁ!!」

「ふふふ、森の木を勝手に持っていった恨み、思い知るがよいのです!!」

 あ、なるほど!
 道理でアンバジャックが協力的なわけだ。

「ナイスだ、アンバジャック!!」

 自由になった俺は翼を広げると、一気に地上へと降りてゆく。

「トシキぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 上から俺の名を呼ぶアドルフの声が聞こえるが、お前はそこでお留守番をしているがいい。

 さぁ、そろそろこの救出劇もそろそろ幕引きにしようか!
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