異世界司書は楽じゃない

卯堂 成隆

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第一章

第108話 つり橋の罠

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 浮遊図書館に戻った俺たちは、まずお姫様を休ませることにした。
 幸い、この浮遊図書館にある部屋はどれもそれなりに豪華で、王族を通しても恥ずかしくない。

 むしろ恥ずかしいのは、その間ずっとアドルフに抱きかかえられていた俺だろう。
 その様子を、なぜか遠巻きにしながらにらみつけているレクスシェーナの存在もよく分からない。
 さらにその様子をニコニコしながら観察し、ものすごい勢いでメモを取っているフェリシアたちはもっと分からない。

 なお、アドルフを出し抜くことに協力してくれたアンバジャックは、昇降口の隅っこで石像になっていた。
 ……えぐいよ、アドルフ。

 アンバジャックには恩義もあるので戻してくれるようアドルフに頼んではみたものの、かえってきたのはものすごく不機嫌な視線だけ。
 これは押してもだめだと思った俺は、奴と視線を合わせないという抗議活動を行い、十五分で奴を陥落させた。
 だが、アンバジャックの石化は解除できても、この『トシキ君大しゅきホールド』(名づけたのはフェリシアである)が解除できない。
 ……マジで誰か助けてくれ。

 困り果てた俺のところにジスベアードがやってきたのは、ちょうどアドルフの隙をついて奴の腕から四十回目の脱走を試みた直後であった。

「何してるんだ、トシキ」

 アドルフに抱きつかれたままになっている俺を見て、ジスベアードがなんとも言えない顔をする。

「見てのとおり捕まっている。
 助けてくれると嬉しい」

 正直言ってさっさと風呂に入って寝たいのだが、それを言うと絶対にアドルフに全身を洗われることになる。
 俺は奴の子供でもなければペットでもないので、それは心からお断りしたい。

 困った顔をするジスベアードだが、アドルフがにらみつけるとすぐに視線をそらす。

「……すまん、俺には無理だ」

「薄情者」

 まぁ、ジスベアードも石になるのは嫌だろうし、無理を言うわけにもゆかない。
 しかし、この『トシキ君大しゅきホールド』はいつまで続くのだろうか?
 無限の時を生きる精霊の感覚で飽きるまでだと、俺が死ぬまで外れない気がして恐ろしい。

「それで、お姫様の様子は?」

「あぁ、かなり疲れているようだ。
 ぼーっとしていて、話しかけても上の空でな。
 まぁ、無理は無い」

「そうか。 あんなことがあれば仕方が無いだろうな」

「あぁ、少し熱があるのか顔が赤かったし、できるだけ早く町に戻って医者に見せたい」

「さすがに夜中に医者をたたき起こすのも気がひけるから、街に届けるのは明日でいいか?」

「それでかまわない。
 改めて、協力に感謝する」

 ジスベアードがそういって頭を下げた、その直後であった。
 ふいに俺を抱きしめるアドルフの腕の力が強くなる。

 なんだろう、何か嫌な予感がするのだが。
 すると、ほどなくして何か凶悪で凶暴な気配が近づいてきた。

 敵か!?
 まさか、例の守護女神が報復にきただろうか。
 ここは雲の上だが、仮にも神を名乗るほどの者であれば関係あるまい。

 だが、ここにはアドルフがいる。
 ドランケンフローラで対応できる相手なら、アドルフの敵ではないはずだ。

 ん? そういえばドランケンフローラとヴィヴィはどうした?
 ここに戻ってから顔を見て無いのだが……まさか!?

 俺の背中につめたい汗が滴り落ちる。
 心臓が早鐘のように鼓膜を揺らし、その凶悪な気配はその圧力を増していった。

 アドルフ、何をしている?
 はやく迎撃しないと!

 そして、その恐るべき存在が扉を開けて顔を覗かせた。
 それは……。

「トシキさん、何か言い残す事はありますかぁ?」

 パンチラトラップに使われ、引きつった笑顔を浮かべたポメリィさんでした。
 思わずアドルフに自分から抱きついてしまった俺を、誰が責められようか。
 そして俺にはこの場を脱出する切り札がある。

「……助けに入った俺に鉄球投げたの誰だっけ?
 しかも、うかつに叫んでヴィヴィの存在ばらしたのも忘れてないぞ。
 あれさえなければ、あんな方法とらなくても他にやりようはあったんだけどなぁー」

「うっ……」

 俺の追及に、ポメリィさんの言葉が詰まる。

「でも、ポメリィさんを犠牲にしなくてもいい方法だって残ってたでしょー。
 トシキの意地悪」

 そんな台詞と共に、細い指が俺の髪の毛の中に入ってきた。
 くっ、裏切ったなヴィヴィ!

「下がれ、ヴィヴィ。 これは俺のだ」

「えー、ずるいよ王様。
 トシキだって私に抱きしめられたほうが嬉しいよねぇ?」

 威嚇するアドルフを嘲笑いながら、ヴィヴィが俺の頭を優しくなでる。
 あかん、これはどっちを選んでも酷い結果しか予想できない。

「これ以上は黙ってみていられませんわ!」

「ぎゃあぁぁぁぁ、レクスシェーナ!?
 お前まで出てくるのか!?」

 乱入してきた水の精霊により、事態はさらなる混沌へと突き進む。
 なお、その日の夜……俺は一人で眠る事が許されなかった。
 詳細については聞かないでほしい。

 そして翌日。
 朝食の場でマリベールと顔を合わせたときのことである。

「おはようございます、マリベール様」

「お、おはようございます。 トシキ様」

 お互いに挨拶を交わすのだが、なぜか目を合わせてくれない。
 嫌われたか? そう思ったのだが、彼女の頬がうっすらと赤みを帯びていることに気づく。

 え、なにこれ?
 まさか?

 妙な胸騒ぎを覚えた俺の耳元で、ヴィヴィがボソリと呟いた。

「……つり橋効果」
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