女神の使いは使命が不明

ひろたひかる

文字の大きさ
19 / 37

18

しおりを挟む
 あのあと私はひと晩考えた挙げ句、ひとつの結論を導き出した。

 レーンハルト陛下にあんなにドキドキしたのはきっと芸能人に会ったみたいなドキドキだったに違いない。ほら、陛下は雲の上の人で本来ならそうそう会える人じゃない。でもほら、すごいイケメンだし仕事もバリッバリだしどこからどう見ても格好いい。まるでテレビで見るイケメン俳優みたいじゃないか。ほら、イベントなんかで有名な俳優さんなんかが出てきて、抽選で舞台に上がって握手してもらえるとかあるじゃない? きっとあんな感じの高揚感だったんだよ、うん。

 レーンハルト陛下だって私には感謝してるって言ってたし、あの指先のキ……キスだって感謝の表れなんだよ。もしくはそういう風習なんだよファルージャは。ということにしておこう。

 そう考えをまとめたらちょっとだけ落ち着いた。これならきっと普通に振る舞えるよ、うん。

 そうしてなんとか数日をやり過ごした、ある日のことだった。

 この日の予定は午前中クリス様と過ごし、クリス様の勉強時間の間はアシュレイさんのところへ行くことになっていた。大体クリス様の勉強時間はメルファスさんとロゼさんが一日ずつ私を教え二日休みというペースを繰り返している。そしてたまにその時間をアシュレイさんとのお話時間に充てる。内容は主に日本の話だけど、私がなにか不自由をしていないかなどを必ず聞かれるので、アシュレイさんはお母さん的キャラというのが私の中で確立しつつある。

 アシュレイさんの執務室に行くべく私はソフィアさん、護衛の女騎士ペネロペさんことペニーさんと廊下を歩いていた。
 ここの廊下を歩く人はそんなに多くない。今の時間は執務室が集まる棟に人がいるから、居室の集まる棟から移動するための廊下――――といっても庭に面した渡り廊下だけど――――に用のある人は少ないんだろう。ちなみに下働きの召使いさんは建物の裏側に召使い専用の廊下や階段があって、貴族や王族の通る表側の廊下は使ってはいけない決まりなんだって。

 で、その廊下を渡っている途中のことだった。

「ええ? 陛下が夜中に?」
「あらご存知ないの? 今すごい噂になっていますのよ」

 庭の方から女性の話し声が聞こえ、三人のきれいに着飾った女性が姿を現した。特に先頭の人は艷やかなマホガニー色の髪をゆるく編み上げ、キリッとした美人顔。着ているドレスもかなり贅沢な作りで高位の貴族だとわかる。あとの二人も言わずもがな。

「あら」

 私の姿を認めるとすぐに先頭の美女が軽く眉を上げた。

「黒い真っ直ぐな髪に黒い瞳。貴女がクリストファー殿下の世話役になったという方?」
「は? はい、そうですが」

 突然知らない人に声を掛けられて面食らっていると、美女は「まあ!」と大げさに目を見開いて手にしていた扇子をパッと広げた。

「ずいぶんと気のないお返事ですこと。マナーのお勉強にはあまり興味がお有りではないのかしら」

 途端に私の背後からものすごい冷気が伝わってきた。振り向く勇気はないけれど、ソフィアさん……だよなあ?
 とはいえ私もこの美女の物言いにはカチンとくる。でもあんまり波風立てたくないしなあ。
 返事をしないのを「返事できない」と受け取ったのだろうか。三人で離し出した。

「お世話役ということは例の」
「ええ、例の」

 扇子で口を隠しながらクスクス笑うの、感じ悪い。関わるのは面倒だからスルーして立ち去ろうと思ったんだけど、なぜか三人に引き止められる。いや、なんか用?

「貴女、お世話役なら身を慎まれたほうがよろしいわよ」
「ええ、あらぬ噂が立ってしまいますもの」
「噂は噂ですけれど、火のないところに煙は立たぬと申しますし」

 噂? 噂って何の?
 知っているか確認したくてソフィアさんとペニーさんを振り返って、ふたりの表情の厳しさに眉をひそめた。

「殿下の世話役などと清廉さ真面目さを求められる人物がこともあろうに夜中に逢引などと」
「おまけに宰相閣下の執務室にもしょっちゅう入り浸り――――あら失礼」
「よほど殿方がお好きなのねえ」

 は?
 三人の会話を理解するのに少し時間がかかってしまう。
 陛下と夜の庭で会ってることをなんで知ってるの? あと、アシュレイさんの執務室に行くのはあくまで日本の話をするためだけで、執務室なら防音もしっかりしているから異世界の情報が誰かに聞かれることを防ぐためだよ(とアシュレイさんは言っていた)?
 それに陛下と会ってるのだっていわば保護者と保母さんの会話で――――あの夜は私の精神的な問題でちょっとだけ違うけど。

 まるで男あさりしてるみたいに言われるの、心外だ。

「あの」
「失礼ながら」

 きちんと反論しないと陛下にもアシュレイさんにも悪いと口を開きかけたけど、背後から冷え冷えとした声が響いた。ソフィアさんだ。

「お嬢様はこれから予定がございます。ご用件がないようでしたら失礼いたします」

 こんなソフィアさん、初めてだ。魔法で気温下げてる? っていうくらいの冷気をまとっているよ……令嬢三人も一様に迫力負けしてるのか腰が引けてる。

「な、何よ、逃げる気?」
「逃げるなどと。急ぎの用があると申し上げました」
「大体、侍女には話していないわ! 出過ぎたマネはしないほうが身のためよ」
「これは失礼いたしました。まだ名乗られてもいないので主人とは話されるおつもりがないのかと」

 うん、マナーで習った。貴族間では初対面の者同士は紹介されるか片一方が名乗るまでは話をしないのが礼儀だ、と。私、はっき話しかけられて返事しちゃってるけどあれも本来はマナー違反。
 まあ今のは呆気にとられて言葉が出なかっただけだけど。

 どんどん令嬢三人の顔が怒りで赤くなっていく。肌が白いと顔が紅潮するのがはっきりわかるんだなあ、とつい関係ないことを考えてしまう。いやいや逃避してないで私。ソフィアさんをこれ以上矢面に立たせるわけに行かない、よね?

「あの、お二人の名誉のために言いますが、どちらともお会いするのは仕事絡みだけです」
「まあ、お仕事ですって」
「そもそもこんな出自のわからない娘を重用せず、もっと身分のある――――」

 上から見下ろすような目線、すべてを否定する物言い。切れ味のにぶったなまくらの刃で心を貫かれるようだ。でも施設にいた頃も似たようなことを言う人は一定数いたんだよね。だから心を貫かれたような痛みをにぶらせるのは得意なんだ、私。こういうこと言う人たちは下手に反応を返すとヒートアップする。だから無視するに限るのだ。

 けれどその時女性三人から私をかばうようにソフィアさんとペニーさんが一歩前へ出た。二人とも威圧感が半端ない。
 やばい、なんか一触即発っぽい雰囲気。
 私は慌ててソフィアさんたちと三人組のみ間に割り込んだ。

「とにかくその噂は真実ではありません。陛下にも閣下にも私と噂を立てられるなんて不本意でいらっしゃると思いますよ。あまり口に登らせないほうがよろしいかと。失礼します」






「そんなことがあったんですか」

 アシュレイさんに少し遅れてしまったことをお詫びしたら何があったか問い詰め……聞かれて正直に答えてしまったら、アシュレイさんは少し困った顔になった。
 う、そうだよね。アシュレイさんもはっきりいってイケメンだからきっとモテモテに違いなくって、改まって聞いたことないけど恋人やひょっとしたら奥さんだっているだろう。そこに私とあらぬ噂を立てられるのは困るに違いない。

「あの、はっきり否定はしておきました。でも噂になっているのならすぐには下火にならないかもしれなくて、陛下にもアシュレイさんにもご迷惑を」
「ああいえ、そういう意味ではありません。むしろサーナ様にご迷惑をおかけしてるのはこちらですからね。申し訳ありません」

 申し訳なさそうに下げられた頭にぎょっとした。いや別に迷惑でも何でもないし、ただの噂だし。

「私の方はともかく、レーン――――あいつは何をやってるんだ」
「レーン……ハルト陛下、ですか? あっ、陛下はあの時間しか時間が取れなくて。その日のクリス様の様子をお伝えしているだけですから!」
「いえ、それはレーンの、陛下の怠慢です。サーナ様と話をしたいと思うならきちんと時間や場所を設定するべきです。夜の庭で二人で、などとあらぬ噂を立ててくれと言わんばかりです」

 不満げにアシュレイさんが窓の外を見た。きれいに晴れ渡っているはずの初秋の空がどこか薄ら寒く見えてしまった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

1番近くて、1番遠い……僕は義姉に恋をする

桜乃
恋愛
僕、ミカエル・アルフォントは恋に落ちた。 義姉クラリス・アルフォントに。 義姉さまは、僕の気持ちはもちろん、同じく義姉さまに恋している、この国の王子アルベルトと友人のジェスターの気持ちにも、まったく、これっぽっちも気がつかない。 邪魔して、邪魔され、そんな日々。 ある日、義姉さまと僕達3人のバランスが崩れる。 魔道士になった義姉さまは、王子であるアルベルトと婚約する事になってしまったのだ。 それでも、僕は想い続ける。 そして、絶対に諦めないから。 1番近くて、1番遠い……そんな義姉に恋をした、一途な義弟の物語。 ※不定期更新になりますが、ストーリーはできておりますので、きちんと完結いたします。 ※「鈍感令嬢に恋した時から俺の苦労は始まった」に出てくる、ミカエル・アルフォントルートです。 同じシチュエーションでリンクしているところもございますが、途中からストーリーがまったく変わります。 別の物語ですので「鈍感令嬢に〜」を読んでない方も、単独でお読みいただけると思います。 ※ 同じく「鈍感令嬢に〜」にでてくる、最後の1人。 ジェスタールート「グリム・リーパーは恋をする ~最初で最後の死神の恋~」連載中です。 ご縁がございましたらよろしくお願いいたします。 ※連載中に題名、あらすじの変更、本文の加筆修正等する事もございます。ストーリー展開に大きく影響はいたしませんが、何卒、ご了承くださいませ。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

捕まり癒やされし異世界

蝋梅
恋愛
飲んでものまれるな。 飲まれて異世界に飛んでしまい手遅れだが、そう固く決意した大学生 野々村 未来の異世界生活。 異世界から来た者は何か能力をもつはずが、彼女は何もなかった。ただ、とある声を聞き閃いた。 「これ、売れる」と。 自分の中では砂糖多めなお話です。

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

処理中です...