女神の使いは使命が不明

ひろたひかる

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4.

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その夜のことだった。

「サーナ様、陛下が」

突然レーンハルト陛下が訪ねてきた。私は夕食も終え、そろそろ寝間着に着替えようかというタイミングだ。当然、王様といえどいささか礼儀に欠けた訪問だ。ソフィアさんが慌てて私の髪を整えてくれて、そう時間をおかずに陛下と対面した。

「こんな夜に申し訳ない。今日はなかなか時間があかなくて」
「いいえ、私もまだ起きていましたから。陛下はお忙しい方なんですから気にしないで下さい」

ソフィアさんが淹れてくれた紅茶に手を伸ばし、レーンハルト陛下はどこか疲れた表情だ。よっぽど忙しかったんだなあ。
そんな風に考えて陛下の言葉を待つ。

「――――今日、サーナがあれと会ったと聞いた」
「あれ、って」
「王子のことだ。私の息子、クリストファーと会っただろう」

クリストファー、と名前を呼ぶのにどこか苦しそうな顔をする陛下。
なんでこんな顔をするんだろう。自分の子供なのに……

「クリスがサーナにロギィを投げつけたそうだな。あの子の父として謝りたくてな。すまなかった」
「いえ、私は蛙――――ロギィは慣れていますから大丈夫ですよ。それより私の方こそ王子様と知らずに首根っこをつかんでしまって。申し訳ありません」
「首根っこを? つかんだ?」

あれ? そこは聞いてなかったのかな? まずい。
けれどレーンハルト陛下は目を丸くして驚いているだけだ。起こっているふうじゃない。

「あの……」
「――――サーナは随分と勇敢だ。あのかんしゃく玉に物怖じしないでいられるとは天晴だ」
「怒ってらっしゃらないんですか?」
「怒るものか。原因はクリスにある――――サーナ、サーナは子供の扱いに慣れているのか?」
「私、施設育ちですから」

そこから成り行きで私の生い立ちを話す羽目になった。

両親が亡くなったのは私がまだ小学校の三年生の頃だ。
たまたま平日に休みを取った父が母と一緒に外出、その先で暴走車にはねられ私は一気に両親を失った。
仲のいい夫婦だとは幼心にも思っていたけれど、まさかしせつ天国へ行くときまで二人一緒とは思わなかった。残された私は身寄りがなく、施設に預けられることになったのだ。
入所した施設はいい施設だったと思う。子供と向き合ってくれるちゃんとした先生がいて、同じような境遇の子供がたくさんいて。贅沢をさせてもらえるわけじゃ決してないけれど、人のつながりの暖かい場所だったと思う。
小学3年で入所した私は今日まで施設で育ったおかげで、いわば最長老の一人。年下の子や新しく入所してきた子のお世話もしてきた。

「その施設というのは、孤児院のようなものか?」
「それに近いですね。親のいない子供だけじゃなくて、親に問題のある子供も預けられたりします。それに私みたいにずっといる子もいれば、数ヶ月だけ預けられてまた親元に帰って行く子も――――」
「親に問題のある……」
「はい、悲しいことに親が子供を殴ったり、暴力をふるわなくても育てることを放棄してほったらかしにしていたり。そんな親たちもいるんです」
「――――」
「陛下?」

ふと視線外したレーンハルト陛下はどこか辛そうだ。あまり触れちゃいけない話題だったかな。

「あ、ええと、その施設も18歳になった次の春には出なくちゃいけない決まりになってまして、私もあと1年で施設を出て仕事について一人暮らしする予定なんです」
「そうか……いろいろあったんだな」
「でも楽しいこともたくさんありましたよ! だからしんみりなさらないで下さい。毎日小さい子達を追いかけ回して、忙しくて楽しいんですよ」

そう、寂しいなんてかんがえなくて済むほどにぎやかだった。みんな今頃どうしてるかな。
タイチにリョータ、ミクにリンカ。思い出したらちょっとだけ鼻の奥がつんと痛くなった。久しぶりに小さな子どもと接触したからかな。

「その、すみません勝手に王子様とお会いして」
「なぜ謝る?」
「え、だって、その」

まさか存在すら教えられてなかったから警戒されてるんだと思ってた、なんて言えない。そこは笑ってごまかしてしまおう。日本人の必殺武器、あいまいな笑い!

「何でもありません。ひょっとして紹介いただく前に会っちゃうのは失礼だったんじゃないかと」
「そんなことはない――――ああ、こんな時間に長々とすまなかった」

話を切り上げるように陛下が席を立った。
その瞬間、何故か急に焦りが私の心を捉えた。

「あっ、あの!」
「なんだ?」

ソファから立ち上がり呼び止めると陛下は立ち止まり振り向いてくれた。ランプの灯りのもと、陛下の金の髪が光を弾いてキラキラ見える。

「そ、その、クリストファー殿下とこれからもお会いしてもいいですか?」

陛下を呼び止めてしまった理由はこれじゃない気はするけど、これも確かに聞きたかったことだ。

「クリスと? 構わんが」
「ありがとうございます! あと、できれば王妃様にもご挨拶したいですが、私から伺うのは失礼に当たるでしょうか」

だって、陛下とも殿下とも会ってるのに王妃様にご挨拶もしないなんて、まるで王妃様を無視してるみたいじゃない? 
でももしかしたら国によっては目下のものから目上の人に対して紹介もなしに挨拶するのは失礼ってところもあるかも。そう思って尋ねたのだが、陛下の表情からヒュッと温度が抜けた。

「王妃……? 王妃などいない」

冷たい声。まるで陛下が石造りの像になってしまったんじゃないかって思うほどに表情も硬い。私、不味いこと聞いちゃった……?
けれどすぐに陛下の表情が元に戻る。自嘲するようにふっと笑って「夜にすまなかった。ゆっくり休んでくれ」と言い置くと、今度こそ部屋から出ていった。



「サーナ様、レーンハルト陛下が昨日のお詫びを、と」

翌日昼過ぎ、私を訪ねてきたのはアシュレイさんだ。大きなリボンのかかった四角い箱を持ってきて、それを私に渡してくれた。
え、お詫び? 何の?
箱の中身は半球状のカラフルな塊が美しく並んでいた。

「ボンボンです。中はお酒ではなくシロップですので大丈夫ですよ」

お菓子! うれしい。でも、なんのお詫びなのかてんでわからない。
首をひねっていたらアシュレイさんがこっそり教えてくれた。

「昨夜帰り際につっけんどんな態度をとってしまったと。陛下は四角四面な方ですが、人としても王としても決して悪い人間じゃない、むしろ根は優しすぎ――――いえ、余計な話を。
とにかく、陛下は突然故郷から切り離されてしまったサーナ様のことを気にかけていらっしゃるんですよ」
「はい、それはよくわかります」

具体的に何が、とは言えないけれど、厚遇してもらっているのはわかる。ただの女子高生である私を「女神の恵み」だという理由だけで王宮の奥で衣食住を賄ってもらったり(それも上げ膳据え膳)、教育も与えてもらっている。ましてや毎日ではないにしろ国の重鎮と呼べる方々と食事して、とかありえないだろう。
それに夕べ陛下がは私が不用意に王妃という単語を出したせいだ。あのあとソフィアさんに聞いたら「陛下は離婚なされたのですよ」と言葉少なに教えてくれた。それは触れられたくない部分かもしれない。悪いことを聞いちゃったなあ……

「サーナ様は悪くありません。誰にも教えられないことに気をつけろと言われても無理というものですからね」

アシュレイさんはそういって王室の現状を話してくれた。
政略結婚で結ばれたレーンハルト陛下と王妃のミカエラさんは、最初から相性が良くないと言われていた。真面目で仕事熱心、国民の生活を良くすることに腐心している陛下と、派手好きで奔放なミカエラさん。世継ぎのクリストファー殿下には恵まれたが、その後性格の不一致が原因で離婚してしまったんだとか。世継ぎの王子は生んだんだからもういいでしょう、と。

「ところが一つ大きな問題が持ち上がりました。クリストファー殿下は大きな魔力を潜在的にお持ちなのにそれを使うことができなかったのです」
「魔法を使えないってことですか? ええと……ここではそれは大変なことなんですか?」
「普通ならそれほどおおごとではありません。殿下がレーンの、国王のただひとりの子供というところが問題なのです。この国では国王はもっとも強大な魔力の持ち主が継ぐことになっていますので」

国王という存在はこの世界の女神ロリスとこの世界をつなぐものとされ、そのために魔力の多いものが選ばれるのだという。王位継承権はあり、その順位は地球とは変わらない、王の子供がまず継承権を持ちその後に王のきょうだいが――――というもののようだが、その中でも魔力の優劣で順序が変わることがあるようだ。
だからレーンハルト陛下の唯一人の子供であり潜在的な魔力は多いのに魔法の使えないクリストファー殿下という存在はとても微妙らしい。

「またクリス殿下ご本人が少々難しいお子さんでしてね、それが殿下のお立場を悪くしているんです」
「でもまだお小さいのに――――」
「そう言って逃げられないのが辛いところですね」

うわあ。
施設の子供たちだって、あれくらいの子供は癇癪は起こすし聞き分けは悪いし、王太子として節度ある行動をしろなんて無茶だと思うけど。
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