女神の使いは使命が不明

ひろたひかる

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「――――それがいい復習になったんでしょうね。次の授業のとき、エドガー先生が殿下に『しっかり身についていますね』ってびっくりしていて」

 鮮やかなピンクの花が夜風に揺れる庭で、私はクリストファー殿下の様子を話していた。
 空には冴えた青白い月が星の光を邪魔している。相槌を打ちながら聞いてくれているレーンハルト陛下は依然と同じゆったりとした白いシャツ姿、ちょっとばかり恋愛経験のない私には刺激が強すぎる。
 私は気づかれないように微妙に視線をずらして話し続けた。

 あれから数日、私はほぼクリストファー殿下にべったり、文字通りお世話役に徹している。
 もちろん日々の細かい身の回りのお世話やスケジュール管理はアデラさんたち侍女のお役目。私は主に話し相手に徹している。人様の仕事を奪うわけには行かない。

 そうやって過ごしてみるとお城の人たちが言うような殿下のかんしゃくは起きていない。まだまだ不慣れな私相手だから殿下もカッコつけてるんだろうか。
 なんて考えながら前みたいに夜フラフラと庭を散策していた。陛下が一人で散歩していた庭だ、そんな危険なことはないだろうとソフィアさんに声もかけず出てきたのはいいが――――

「サーナ」

 またしても陛下とばったり会うとは思ってもみなかった。
 けれど今回はどうやら偶然ではないらしい。

「サーナがいるのが見えたのでな、抜け出してきた」
「私……ですか?」

 一瞬ドキッとする。
 少女マンガならこんな月の明るい庭でこんなイケメンと二人きり、はらはらと散る花びらの下で「おまえに……会いたかった」なーんてロマンチックな告白シーンになるんだろう。
 けど!

「日中は全く時間が取れなくてな。クリストファーの様子を聞きたくて」

 はい、むしろ幼稚園の先生と保護者の会話です。お迎えのときにその日の様子を報告する、あれです。

 そして冒頭のセリフにつながる。

 ひとしきり私の話に耳を傾けた陛下はふっと笑った。

「なにしろ仕事に忙殺されてクリストファーの顔を見られない日がほとんどなものでな。あの子のことを心配してはいるのだが。
 側使えの侍女からも報告は上がってくるがサーナからも聞いてみたかった」

 私とこんなふうに話す時間が作れるのは夜遅い時間だから。さすがにぐっすり眠っているクリストファー殿下をたたき起こして話をするわけに行かないのだろう。
 だからせめて私に話を聞きたい、そういうことか。そうだよね、私なら「女神の恵み」という立場で王族と同等の地位、って実感はわかないけど、忌憚なく話ができると思われたかな。侍女さんたちじゃ殿下への文句なんて立場上言えないもんね。

「ごはんも一緒に食べられないと聞きました」
「そうだな」
「淋しくないですか?」
「――――あの子には、怖がられるだけだからな」

 怖がる? クリストファー殿下が陛下を?
 陛下は肩と視線を落としている。
 なんでそんなふうに思ってるんだろう?

 そんな疑問が顔に出てしまったのだろう、レーンハルト陛下が話してくれた。

「俺は王だ。国を、民を導きよりよい国を作り上げていくことが仕事だ。そしてクリストファーはまだ立太子していないがいずれは王になる。王となる責任をきちんと伝えなければならない。だから少しばかり――――厳しく相対している。だから怖がられているんだ」

 その言葉に私はクリストファー殿下が「さすが陛下の息子」と褒められたときの反応が微妙だったことを思い出した。アデラさんに褒められて嬉しそうな顔をするかと思ったのに見事にスルーした、あのときだ。

「まだ幼いあの子には厳しいかも知れない。だがあの子は魔法を使えなくなってしまった。これは王太子になるには致命的なんだ、王には大きな魔力が求められるからな――――あの子は魔力は潜在的に大きなものを持っているが魔法として発現させることができない。おそらくそれを口実にクリストファーの立太子に異を唱えるものが出るだろう。だからあの子には魔法が使えなくても王にと求められるほど、王としての資質を身につけてもらわなければならない」
「陛下……」
「すまない、重たい話をした。サーナには俺の代わりにクリスの親代わりをしてほしい、と言うつもりはない。ただあの子はサーナを気に入っているらしいから、君の負担にならない程度でいいから相手をしてやって欲しい」
「私、クリストファー殿下のこと好きですよ」

 陛下が頭を下げそうに見えて私は慌てて言葉を挟んだ。
 でも、クリストファー殿下のことが可愛くてしょうがないのは本心。

「まだ殿下のお世話役になってそんなに日にちは立っていませんけれど、嫌々やっているわけじゃありません。殿下とお話しするの、とっても楽しいんです」
「ありがとう、サーナ」

 その時少し強い風が吹き抜けて、ピンクの花弁が一気に巻き上げられた。風に流れるように舞うそれは夜目にも鮮やかで、そしてすぐそばのベンチにいた私達はすっかりピンクまみれだ。
 けれどそんなことが気にならないくらい私の目は釘付けになってしまっていた。

 レーンハルト陛下のおだやかな微笑みに。

 陛下が笑っているところを見たことがない。アシュレイさんも言っていたけど仕事人間で、おまけに威厳を保っていないとならない職業柄なのかな、いつもピシッとした表情のイメージしかない。
 そこにこのやさしそうな笑顔――――大事な息子を褒められた、うれしそうなお父さんの顔。こっちまでほっこりしちゃいそうな顔。

 陛下がイケメンなのはよくわかってた。出会いからイケメンだとは思っていた。
 金の髪、吸い込まれそうな青い瞳。どこをとっても「美しい」という言葉が似合う造作で、それは何も変わっていないというのに、何この破壊力。何だろうこの胸の奥がうずく感じ。
 完璧な一枚の絵画を見ているような感動だろうか――――
 いかん。よくわからないけど、いかん。

「へ、陛下、私はそろそろ」
「ああ、そうだな。戻るとするか」

 座っていたベンチから立ち上がり覚えたての淑女の礼をする。そのまま踵を返そうと思ったがレーンハルト陛下に呼び止められた。

「――――サーナ」
「は、はい!」

 振り返るとレーンハルト陛下が立ち上がってこちらを見ている。花盛りの夜の庭で街灯にぼんやりと照らし出された陛下はなんだか目のやり場に困るほどイケメンだ。

「サーナ、何日かに一度でいい。またこうやって時間をもらえないか。そして君の口からクリスの様子を聞かせて欲しい」

 その言葉を聞いて私は嬉しくなった。口先だけじゃなく、この人は確かにクリストファー殿下を大切に思っているんだ。
 なら私にはその申し出を断る理由なんてない。

「はい、もちろんです」
「ありがとう――――また君をみつけて話しに来るようにする」
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