討伐パーティーの料理係、がんばります!

ひろたひかる

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アラステア様の独白

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今回はアラステア様視点でお送りいたします。

☆★☆★☆


 私は一介の村人をドラゴン討伐に同行させることには反対だった。

  我々の行く先は危険な魔物の蔓延る森の奥。いくら魔法体質の持ち主だとて、全く戦闘経験のない者など足手まといになる。国王である父にも散々断ったのだ。

  なのになぜメンバーにいるのだ。
  それも、私よりも年下の少女じゃないか。

 「ピアです、よろしくお願いします」

  そう言ってピョコンとお辞儀をする様子は可愛らしく、決して危険な任務に同行させていい人物には思えなかった。
  とりあえず、無事に戻ったあかつきは父王を問いつめなければ。半泣きするくらいには。


  現実に、彼女は魔物を恐れていた。
  だから我々も彼女を戦闘から遠ざけた。当然だ。だが、突然背後から襲われた時はそういうわけにもいかない。彼女にも血なまぐさい場面を見せることになる。
  まあ、料理人という仕事柄、血にはある程度耐性はあるようだが、やはり命のやり取りは当然ショックがあるわけで。
  私達に庇われながら戦いの最中に巻き込まれた時は気丈に振舞っていたが、その後戦闘が終わり、食事の支度を始めて一人になったときに、カタカタと手が震えて包丁を持てない様子を見てしまった。
  なのに誰にも気づかれないように必死に自分を立て直し、「せめてみんなの邪魔にならないように」と恐怖を飲み込もうとしていた。

  そこからだ。
  私の彼女への見方が変わってきたのは。

 「ピアは……よく頑張ってくれているよ」

  一晩の宿を求めた森の奥の洞窟で焚き火を囲みながら、私はついポツリとこぼしてしまった。ピアはすぐ隣で眠っていて、焚き火の薄暗い明かりに照らされて寝顔がぼんやりと浮かんで見える。疲れているんだろう、こんなに近くで話しているのに起きる気配はない。

 「ああ、もっと早くに泣き出すと思ってたよ」
 「ですね。芯の強いお嬢さんだ」

  ジャンゴとレーヴェも同意する。

 「全く、父上も母上も何を考えているんだか。こんな女の子を討伐隊に」
 「そりゃなあ、王太子殿下にちゃんと温かい食事をさせてやりたいからだ、と」
 「ーーーーはあ?」
 「俺は国王陛下がそう言っていたと聞いてるよ」

  前言撤回。号泣させる。

  私のためにこんな怖い目に合わせているのだと思うとひどく申し訳ない気がしてきた。
  ピアは守る。必ず無事に連れて帰る。そう心に決めた。そっと額にかかった髪をよけてやる。


  それから、特に魔物と遭遇したあとはできるだけ横にいるように心がけた。彼女の中で恐怖が大きくなってしまった時にすぐ手を繋げるように。ピアの手は小さく、少し荒れている。貴族の令嬢たちとは違うその手を、私はピアが怯えるたびに繋いだ。

  そうしている間に彼女の瞳にだんだん違う色合いの光が見えるようになってきた。
  私を見るときにだけ覗く、甘やかで優しい光だ。

  正直、私は今まで絶えず人から一歩引いて接してきた。それは王太子という立場のおかげで誰も彼もが下心を持って擦り寄ってくる、それを目の当たりにしてきたからだろう。表面的には人当たりよく、けれど内実は冷ややかに。それが私、王太子アラステアだ。

  なのにどうだ、このピアという娘は自分がこんな危険な目に遭っているというのに泣き言一つ言わない、自分の中でわななく心を必死で抑え、ただ私達のために頑張っている。

  いつしか彼女の瞳に映る甘やかな光を嬉しく思う自分がいた。


  ああ、わかっているさ。いくらピアを好きになっても、この討伐が終われば会うことすらかなわなくなると。
  それは身分差という、高い山であり深い谷。物語のように愛と努力だけで乗り越えられるものじゃあない。ならば、この討伐が終わるまでの間だけでも彼女を愛そう。ピアもそれはよくわかっていた。






  それを覆したのは、ピア自身の持つ能力だった。



 「よくも……よくも皆を! アラステア様を!」

  ドラゴンと対峙し、絶体絶命の場面で震えながら立ち上がったピア。いつも明るく気丈に振る舞う彼女からは考えられないほどの怒りを感じた。

 「ふざっけんな、おっきいだけのトカゲの分際で! すっぱり捌いてやる!」

  そして彼女は言葉通り実行した。
  その魔法体質ですっぱりとドラゴンを捌いてみせたのだ!




  この時のことを私は忘れない。

  あんなに内心怯えていた彼女が必死になっくれている、その気持ちに感動した。
  その愛情を重たいものと感じてもおかしくないのに、逆に舞い上がるほど嬉しかった。
  なのに、その裏に利益で推し量っている自分もいるのだ。
  ドラゴンを倒した娘、その魔法体質。その利用価値を計算してしまっていたんだ。
  私は王太子だ。そう遠くない未来には我を捨て、国のために尽くさねばならない。そのそばにピアがいればそれだけで国内、国外を問わず小さからぬ抑止力になる。その上、平民出身の彼女だ。民衆からは絶大な支持を受けられる公算が高い。

  一瞬でそこまで考えて、私は自分で自分を殴り倒したくなった。真っ直ぐ私を見つめてくれるピアの瞳が眩しくて見られなくなった。たまらず視線を揺らしてしまう私を「自分の能力におびえている」と誤解させることになってしまったのは計算外だったが。


  私は、汚い。

  なのに、それがわかっているのに、私はピアを手放せない。




  だから、その自分の汚さを知りながら父王に進言してピアを「聖女」に祭り上げた。
 「聖女」という肩書きがあればおそらく王太子との結婚だって問題にはならないだろう。誰はばかる事なく側にいられる。これは私のわがままだ。



  おかげで彼女との婚約もとんとん拍子に進んだ。その過程で腹に一物持った家臣を炙り出せたのはラッキーだった。
  彼らは私がいないすきを狙ってピアを排斥しようと、彼女を魔物討伐に行かせてしまったのだ。
  ジャンゴが伝令を飛ばしてくれたおかげで私も大急ぎで城へ戻ってきたが、私が城へ到着するのとほぼ時を同じくしてピアたちも帰ってきてしまった。ピアを助けに行けなかったことに歯噛みしたが、彼女が無事だったことには心底ホッとした。

  ピアと一緒に行きたかった。彼女を助け、寄り添い、その小さな手を握って彼女の支えになりたかった。ーーーーそんな想いは表情に出さず、ただ冷ややかに奸臣共を見据える。
  ピア、ごめん。次は必ず私自身の手で君を守る。いや、次の機会なんてないように君を守る。奸臣どもに囲まれている彼女に心の中で語りかけると、それが聞こえたかのように笑顔を見せてくれた。
  それにこっちが癒やされていてどうする!

  なのにピンチはすぐに訪れる。
  奴らの目の前でピアの魔法体質を見せつけて釘を刺そうと思ったのだろう。宰相がマギバニーを用意していた。
  マギバニーは一言で言ってしまえば雑魚だ。冒険者や騎士の見習いたちが手始めに相対するようなモンスター。宰相もピアの安全を考えてくれたのだろう、マギバニーを準備した理由はわかる。だが。

 「か、かわいい〜!」

  ピアは違った。女の子特有の「可愛いは正義」理論でマギバニーを「食材」ではなく「可愛いうさちゃん」とカテゴライズしてしまったらしい。

  食材と見なせなければ、ピアの魔法体質は働かない。このままでは逆に奸臣共のつけ入る隙になってしまう。

 「こっ、こんな可愛い子を……私には出来ま」

  泣きそうな小さな声で口を開いた彼女の言葉をかき消すように言葉を重ねた。

 「ピア。私は今日の夕食はマギバニーのワイン煮が食べたいなあ」
 「はいっ! かしこまりました!」

  すぱぱぱぱん!

  いっそ気持ちいいほどに思い切りよくマギバニーを捌いてしまった。その時の奸臣共の顔は見ものだった。青くなり、果ては白くなる。たった今まで「かわいいから倒せない」と瞳が語っていたものを、私の一言であっさり殺してしまったピア。彼女を何か恐ろしい物を見る目で見ている奴らにイラッとするが、これで彼女を害そうとする者たちへの抑止力となれば。

  ……結果的にはなりすぎたけど。
  私の一言でパッと態度を変えたピアを「王太子を盲信している」「王太子の機嫌を損ねると彼女に何をされるかわからない」と、恐れの対象として見るものが増えたのだ。

  ごめんね、ピア。
  私の行いは、君の評価を望まざる方向へ曲げてしまってばかりだ。
  けれど、君の周囲にいる人たちはみんなわかっている。君本人がいかに純粋で、優しく、芯の強い娘かということを。

  ごめんね、ピア。
  私は愛する君を国政のために利用するんだ。ドラゴンを倒した聖女と君をまつりあげることで国内にも国外にも抑止力としてしまっている。
  でも、約束するよ。近い将来、そんなものが必要ないほどに国力をつけ、諸外国とも対等に渡り合える力をつけると。

  だからそれまで、どうか私に守られていてくれ。
  せめてピア自身は私の思惑など知らず、幸せにしていてくれ。
  私は君を守り、甘やかす。君がそんな評判で傷つかないように遠ざけてみせる。
  そしていつか君の抑止力など必要なくなったら、二人でのんびり旅にでも行こう。


  ――――そんな思いを込めて、今日も私はピアの手を握る。
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