漂泊のエトランジュ

ひろたひかる

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狭間の国編

エトランジュと懐かしい声

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 レギオン? 
 聞き間違えた?

「フィオ、今なんて」
「レギオンじゃよ。おぬしの婚約者レギオン・エイド・メルファーク。忘れたわけではなかろう?」

 アディーラがにやにやと煙管の煙を吐く。
 なぜここでレギオンの名前が出るのか。なぜレギオンの魔法とフィオが関係あるのか。そんな疑問とともにいつも必死に蓋をしている熱が胸の奥にわき上がる。

 絶対国に戻ると固く誓ってはいるものの、あくまで偶然に頼るしかないこの旅で、レギオンともう会えないかも知れないという不安にリアンナは蓋をしていた。レギオンへの気持ちを忘れたわけじゃない。ただ思い出すと会いたくて会いたくてたまらなくなるからわすれたふりをしているだけだ。

 ところがここに来てレギオンの名前を聞いてしまった途端、その蓋の留め金が外れてしまったようだ。

 フィオがとことこ近づいてきてリアンナの膝に乗り、後ろ足で立ち上がってリアンナの頬に一筋だけ伝ったしょっぱい涙をぺろりと舐めてくれた。

「申し訳ない、見苦しいところを」
「よい、よい。当然じゃ。思う存分泣いて構わんぞ」
「いえ、さすがにそれは」

 苦笑いしながらフィオの頭を撫でる。

「あの、それでレギオンの魔法というのは」
「そのフィオはの、精霊にはあるまじき冒険好きなんじゃ。今回のように以前も勝手に探検に出かけ、崖から落ちて大けがをしたことがあった。そこを助けてくれたのがレギオンじゃ」
「――――フィオ? 君は私の世界へ行ったのか?」
<ちがうよ。レギオンがここへ来たの>
「ここ……へ?」
「愛されておるのう。レギオンはおぬしを探してあちこちの世界を旅していると言うておった」
「え!」

 レギオンが、自分を探している?
 世界を渡り歩いて――――

「そんな……そんな!」
「心配か?」
「当然です!」
「ふふ、やはりそういうときは女性らしい顔をするのじゃな」

 アディーラにそう指摘されて顔が赤くなる。それを見てまたアディーラがにやにやと笑い出す。

「まあよい。レギオンはおぬしと違って自由に跳ぶ先の世界を選べると言っておった。ただ、あてがあっておぬしを追っているわけではないので、大半はランダムに跳んでいるらしいがの。レギオンがここへ来たのは偶然じゃ。けれどその魔法で傷ついたフィオを治してくれた。
 ただ、その魔法を受けたからフィオはレギオンの魔力に染まってしまったのじゃ。いわば契約精霊のような存在になった。フィオがいずれ行く世界はこれでおぬしらの世界と決まったようなものじゃ」
「そんなことが――――」
<フィオ、レギオンの魔法でいっぱいになったからレギオンと一緒に行きたいって言った。そしたらレギオン、フィオが狭間の国から旅立つ時までにもしリアンナが狭間の国に来たら一緒に旅してリアンナを守ってほしいって。だからフィオ、リアンナを待ってた。間に合って良かった。
 フィオにはもうレギオンはパパみたいなもの。だから、リアンナがママになるの>
「ま――――!」

 リアンナはたまらず真っ赤になって、アディーラが腹を抱えて笑い出した。ひとしきり笑ってから「すまんすまん」とまた酒をあおった。
 そして、精霊のひとりに言いつけて小さな箱を持ってこさせた。

「それからな、フィオを治してくれた礼をしたいと伝えたら、いつかおぬしがここへ来たときに渡して欲しいと言って、ほれ、これを渡された」

 手渡されたものは金色の腕輪。中心に青い石のはまった、いわゆるバングルと呼ばれるタイプのものだ。そっと指を這わすと、どこか泣きたくなるほど優しい波動が伝わってきた。

「レギオン」
「そうじゃ。レギオンがそれに魔力を込めていった。おぬしがそれをつけていればおそらくそれに惹かれて会える確率が高まるじゃろ。さすがにその微弱な魔力ではそれをめざして転移してくることは無理じゃ。だが少しずつ近づいてくるやもしれん。
 それから、ほれ、ちょっと石に魔力を込めてみるのじゃ」
「魔力を? こうですか」

 石に触れる指先に魔力を集めてみる。

『――――ア』

 ふと、声が聞こえた気がした。もう一度、もっと強く魔力を集めてみると。

『リア。俺だ、レギオンだ』
「――――!」

 誰よりも聞きたかった声が聞こえる。声にならない声をあげてその声に集中する。

『リア。俺だ、レギオンだ。この声はこの石に録音していくものだから会話することはできない。いつかリアがここへ来た時に渡してもらえるかも知れないという万に一つの可能性に賭けておいていく。
 今俺はリアを探して世界を渡っている。必ず見つけ出すから、絶対に諦めるな。俺は諦めない。絶対に。
 一緒に帰って、いつか行ったスピカの丘に一緒に星を見に行こう』

 ぽろぽろと涙が溢れ出る。喉の奥が熱くて、心も溢れ出てしまいそうだ。うん、うんと声にあいづちを打ってしまう。

『リア、愛している』
「レギオン!」

 声はそこで終わっていた。

 ただぽろぽろと涙を流すリアンナの頬をフィオが必死に舐める。いつの間にか大きくなっていて、リアンナをくるりと包み込んでくれた。

「がんばるのはよいが、溜め込むのはよくないぞ。今は思う存分吐き出すといい」

 いつの間にか側に来ていたアディーラがぽんぽんとリアンナの頭を撫でた。
 ただただアディーラとフィオの優しさがありがたかった。







「その姿で行くのか?」
<うん! これが一番ラクピン>
「らくぴん?」
<あ、違った、楽ちん>

 また最初の毛玉――――実際にはふわふわの子犬の形なのだが――――に戻ったフィオは、次の世界へと出発するリアンナの肩にふわりと飛び乗った。全くといっていいほど重さを感じないのは精霊だからなのだろうか。

「アディーラ様、お世話になりました」
「おお、ふたりとも達者でな。一日も早くレギオンと会えるよう祈っておる」
「では」
<ばいば~い、アディーラさま~>

 リアンナとフィオを青い光の繭が包む。

 次はどんな世界へ行くのだろう。わからないが、一緒に旅する仲間ができてリアンナは少し心が軽くなったように思った。
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