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真夜中の侵入者

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【注】無理矢理、触手表現ございます(表現だけ)。

★★★★★


 黒い黒い闇の広がる深夜のことだった。

 伯爵令嬢ポリーの部屋のフランス窓がギギィッと音を立てて開いた。物音でポリーも目を覚ます。厚い雲に覆われた夜空からは光は射さず、辺りは闇に覆われている。もしも少しでも光が射せば、美しい金髪がふわりと広がるのが見えただろう。。

「誰? 誰かいるの?」

 気配はするが相手の声はしない。しかし、息を飲む音が部屋にこだました。

「ご、強盗?!」

 ポリーはベッドの上で身を固くした。美しく清廉と噂の高い伯爵令嬢であるポリーはまさに花も盛りの年頃、その部屋に押し入るなどど、彼女が身の危険を感じたのも無理はない。

「強盗? お金や宝石が目当てですの? でしたらほら、窓の右にある引き出しにありますわ。どうぞ、それを持って出ていってくださいませ」

 しかし、侵入者は動こうとしない。

「はっ! まさか、目的はこの私自身……?!」

 体にかけていたシーツをぎゅっと握りしめ、ポリーは小刻みに震えだした。

「そんな! 私、まだそんな……! いいえ、婚約者もいないというのに純潔を無理矢理奪われなければならないというの?!」

 侵入者がびくりと動いたのが気配でわかる。
 ポリーは深窓の令嬢なので男女の交わりについては無知と言っていい。

 はずだった。

 しかし、彼女には隠れた趣味があった。
 女性向けの官能小説が三度の飯より好きなのだ。おかげで立派な耳年増に成長してしまっている。

「いけませんわ! そんなっ、無理矢理押さえつけて……ああっ、私、抵抗したら縛りあげられてしまうのでしょうか? 縛られてベッドの上に吊るされて、ネグリジェを引き裂かれてしまうのね……! この青い肉体を荒縄で縛られるのね……!
 そして、そして、○●を▲▽されて、『体は正直だぜ』とか蔑まれるのよ! そして、羞恥と恐怖に悶える私をじっくり眺め回して、『いいザマだな、雌豚め』などと……」

 どうやら彼女の愛読書は随分とジャンルが偏っているらしい。
 侵入者はそこでじっと立ち尽くすだけだが、ポリーの妄想は止まらない。

「いいえ、ひょっとしたらそれよりももっと違うプレイがお好みなのかしら……! ま、まさか今流行の触手プレイでは……! 触手のある魔獣をお持ちなのね。それをわ、私にけしかけて……! 粘液で服が溶けてボロボロになっていって、その隙間をヌメッとした触手が入り込んでくるのですわ! 私の肌を這い回り、体中をネトネトに、そして無理矢理快感を覚えさせられて乱れる私を強盗さんが押し倒して、嫌がる私の蜜壷に猛り狂う剛直を突き立てるのですわ……! 私は触手と強盗さんとにメチャクチャに犯されて、いつしか自ら腰を振るようになっていくのですね!
 そうして私、もう強盗さんがいなければ生きていけないカラダにされてしまうのね……あああっ、どうしましょう!」

 そこからも延々と続くポリーの妄想。
 はっと気がついた時にはそこに人の気配はなく、開いたフランス窓からテラスが見えるだけだった。ようやく分厚い雲から顔を出した月が、静かにそれを照らしているだけだった。

 ★☆★☆★

「え? お兄様がお熱を?」

 夜中の侵入者のことを侍女頭に伝えようとしたら、ポリーの兄が高熱で寝込んでいると聞かされ、それどころではなくなってしまった。
 ポリーの兄ヨハンは長男でこの家の跡継ぎ、清廉潔白な青年だ。

「ええ、昨夜遅くに帰宅された時に執事が眠り込んでしまっていたらしくて扉を開けられなかったようなのです。
 それで起こすのは忍びないと仰って、テラスから家にお入りになったようなのですが」
「テラスから?」

 ポリーはテラスを見た。テラスは館の外壁に横一直線に繋がった長いテラス、各部屋から出入りできるようになっている。当然、ヨハンとポリーの部屋もテラスで繋がっている。というか、隣の部屋なのだが。

「何やらうわ言でポリー様をお呼びになっていますよ。僕のかわいいポリー、嘘だと言っておくれ、とか何とか」

 その瞬間、ポリーは昨夜の侵入者の正体を悟る。
 兄に隠れて愛読しているエロ小説のままの妄想を語ってしまったポリー。おそらく、深窓の令嬢と信じていたポリーから語られる際どすぎる言葉の数々は、真っ暗闇の深夜にうっかり部屋を間違えて入ってしまった侵入者をショックで高熱が出るほどに打ちのめしてしまったのだろう。

 そしてポリーは、兄を熱のせいで悪い夢を見たと誤魔化すか修道院に行くか、はたまた羞恥のあまり出奔するかの選択を頭の中で考え始めた。
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