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エピローグ

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★★★★★★★★


 妹のポリーが腐った海の底にどっぷりと浸かってしまってから、屋敷の中は至る所に貴腐人が闊歩するようになってしまった。
 親友ラッセルとの衆道疑惑(というか妄想)に拒絶反応を示したヨハンは、パニックのあまり「僕は女性が好きだ」と声高らかに叫んでしまったために一部から「女を渡り歩くイケナイ男」疑惑をかけられてしまった。
 おかげで、父クロードに頼み込んだ縁談は遅々として相手がみつからないようだ。

「ヨハン、おまえの縁談が決まったぞ」

 クロードから書斎へ呼び出されたのは、ヨハンが縁談を頼んでから半年後のことだった。

「あ、ありがとうございます!」

 ヨハンは思わず頭を下げた。本来、親の決めた縁談なのだから礼を言うのは変な感じもするのだが、ヨハンは心底感謝していた。これで衆道疑惑は晴れ、女に汚いとう噂まで払拭されるに違いない。自分は妻となった女性を心から敬い、愛する努力をする。決してつらい涙を流させるようなことはしないと誓う。
 そして、妹のポリーだ。ヨハンが結婚すればさすがに自分をモデルに下世話な妄想をすることもないだろう。同じ家の中に貞淑な女性がいれば、少しは自粛してくれるのではないかと期待している。

「お相手はおまえの希望通り貞淑と噂の高い女性だ。物静かで奥ゆかしい性格、趣味は読書と絵を描くことだそうだ」
「すばらしいですね。僕の理想通りです」
「うむ。今度顔合わせの場を設けるが、もう受けるということで相手方とも話がついている。いいな」
「はいっ! お会いするのを楽しみにしています」

 クロードは満足そうにうなづいた。父親の目から見ても釣り合いのとれたいい縁談だ。同じ親の決めた結婚だったとしても、本人同士の気が合うにこしたことはない。

「うむ。可愛らしいお嬢さんだからな。よかったな」
「どんな方なのでしょう。絵姿とかはないのですか?」
「知った顔だ。絵姿は必要ないだろう」
「知った……顔?」

 前途洋々だと晴れやかな気持ちになっていたヨハンの心に、かすかに黒い雲が影を落とす。
 確証はない。だが、なにかいやな予感がする。
 そのとき、扉をノックする音がして勢いよくポリーが飛び込んできた。

「お父様! お兄様がライラと結婚するというのは本当ですか!」
「なんだポリー、はしたないぞ。いままさにその話をしていたところだ。ライラ嬢の名前をこれから伝えて驚かそうと思っていたのに、おまえは」
「あら、申し訳ありません」

 ポリーが全然悪いと思っていない笑顔で謝罪している横で、ヨハンの顔色が青くなってきた。

「ライラ……?」
「ええ、お兄様。私の大親友、モンテール子爵令嬢のライラですわ」
「たしかポリーにロマンス小説を最初に読ませた人物だと……」
「その通りですわ! 覚えていてくださったのですね」

 確か、一番最初にポリーの官能小説趣味がばれてしまった時に聞いた覚えがある。ライラからロマンス小説を薦められて読んでいるうちにはまってしまったと。でも、たしか最初は官能シーンのない恋愛小説だったと言っていなかっただろうか。
 ならば安心かもしれない。ロマンス小説好きということならまだ自分も受け入れられる。きらきらふわふわのお姫様と王子様が恋するだけの物語なら。

 しかしヨハンの心に影を落とした暗雲はきっちりと仕事をこなす。

「そう、私、ライラのことは心の師匠と呼んでいます。最初に私に小説の世界を教えて、より深く美しい世界まで導いてくれたのですわ」
「――――それはつまり、ロマンス小説だけでなく官能小説を教えたのも」
「はい、ライラ師匠です」

 ヨハンはがらがらと足下が崩れていく音を聴いた。

 ――――まさかの、ラスボス登場……っ!

「すごいんですのよ、ライラは自分でもそれは心ときめくお話を書いていて――――いけない、これは内緒って言われていたんですわ」

 死刑宣告。

 ヨハンは今すぐ出家するか、出奔して行方をくらますかの選択を頭の中で考え始めた。



〈完〉
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